ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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    第2部「交錯する理想」

 

 

 

 

 

 六十層の街は、夕刻の色を帯び始めていた。

 斜陽が高塔の影を長く伸ばし、石畳を焦がすように染めている。露店の店主たちは商品の補充に忙しく、鍛冶屋の店先からは金槌の音がリズムのように響く。

 そんな喧噪の中を、キリトとシリカは肩を並べて歩いていた。

 

「今日は本当に助かりました。ありがとうございました」

 シリカが深く頭を下げる。肩の上ではピナが翼をふるわせ、「きゅぴ」と一声鳴いた。

 

「いや、俺の方こそだ。やっぱりシリカがいると戦いやすい」

「いえ、キリトさんが前に立ってくれたからです」

 そのやりとりはもう何度目かの定型句のようで、けれど互いに少し照れた笑みが残る。

 

 戦闘の熱気はとうに冷めていたが、まだ肌の奥に名残りが残っていた。ピナの体温が肩越しに伝わるたび、シリカは現実に戻ってくるような安心感を覚える。

 

「……あの、キリトさん」

「ん?」

「今日って、このあと用事あるんですか?」

「ちょっとな。人と会う予定がある。渡すものがあるだけだから、すぐ終わるけど……先に戻ってもいいぞ」

「大丈夫です。一緒に行きます」

 

 いつも通りの、柔らかな返事。

 キリトは頷くと、路地の奥へと足を向けた。露店の喧騒から少し離れた裏通り――夕方の光が届かない石の道。

 狭い路地を抜けた先で、フードを深く被った影が軽く手を振った。

 

「まいどー、キー坊!」

 聞き覚えのある軽快な声。アルゴだ。

「……おや、シーちゃんも一緒か。おつかれさんやな」

「アルゴさん、こんにちは」

「ふふ、いつも礼儀正しいこっちゃなぁ。――で、キー坊。例のブツ、持ってきた?」

 

「いつものマップデータだ。アスナの分も預かってる」

「おおきに」

 アルゴが受け取った転送用クリスタルを、光にかざして確かめる。

 指先でひょいと回す仕草が癖になっているのか、光が彼女の頬をかすめて金色に反射した。

 

「ほな、お代は――」

 腰のポーチに手を伸ばそうとするアルゴの前で、キリトが軽く手のひらを上げた。

「いらない」

「……またかいな。あのなキー坊、貰えるもんは貰っとき。世の中、“情けは人のためならず”言うやろ?」

「いらん。そのかわり約束しろ」

「約束?」

「無茶するな。俺とアスナの望みは、それだけだ」

 その声には笑いがなかった。

 

 アルゴはほんの一瞬だけ目を細め、すぐに肩をすくめて笑った。

「はぁ……二人揃って頑固やな。あいわかった、心に刻んどくわ。無茶は、せぇへん」

 

 彼女は転送クリスタルを内ポケットにしまい、反対の手で端末を取り出した。

「ところでキー坊、うちの速報登録、ちゃんとしとる?」

「攻略情報とレア素材、あとレアモンスターの速報だけだ」

「あほぅ! 経済系、時事ネタ、街角ゴシップ、ぜーんぶ登録しぃ。いっけん関係ない話でも、つなぎ合わせたら大きい絵が見えてくるんやで?」

 人差し指を立て、いつもの調子で笑う。

「これ、お姉さんからのアドバイス⭐︎」

 

 軽口を叩きながらも、指先の動きは止まらない。アルゴは端末を操作し、なにかをポチッと開いた。

「ほれ、今ちょうど新しい特集が出たとこや。見てみぃ」

 

 端末の画面には、派手な見出しが躍る。

 文字は金色で縁取られ、まるで笑っているように歪んで見えた。

 

【特集】《黄金の箱》事件──誰がギルド資金を“溶かした”のか?

 

 小見出しには続きがある。

 ――ある中堅ギルドの資金箱から金貨が消失。当初はシステムエラーとされたが、後の調査で“副団長の私的な買い物”が発覚。闇取引に絡む“紅い瞳の女”の影が浮かぶ。

 

「……ギルド資金の横領か」

「せやせや。最初は『バグや!』言うてたけど、掘ったら出てきたで。“紅い瞳の女商人”に夢中になった副団長が、限定装備だの珍品だの買い漁って資金箱を空にしたっちゅうオチや」

 アルゴはけらけら笑う。

「今ごろ連中、大慌てやろな。『副団長は解任!』、『資金は帰ってこない!』、『紅い瞳はどこ行った!』――もう祭り騒ぎや」

 

 ふざけているようで、説明は妙に的確だ。事件の流れを数行の言葉で整理し、聞く側に“絵”が浮かぶような語り口。

 シリカが小首を傾げた。

「……あの、“紅い瞳の女性”って本当にいるんでしょうか?」

「おるやろ。けど今は名前も顔も書かん。“紅い瞳”っちゅう記号だけ放っときゃ、街の連中が勝手に噂してくれる。ほら、“風”ってやつや。風が回り出したら、あとは勝手に情報が集まる。――で、次の記事で“ほんまにあった形”だけ拾う。それが商売や」

 

 その言葉にキリトが小さく息を吐く。

「相変わらずだな。……ま、街の防犯にはなってるかもな」

「そうや。嘘も混ぜたら風は冷える。半分だけ真実で煽るのが一番ええ温度や」

 アルゴは肩をすくめ、また笑った。

 ピナが不思議そうに首を傾げ、シリカが苦笑する。

 

 ひとしきり笑ったあと、キリトが声を落とした。

「……なぁ、アルゴ。買いたい情報がある」

「ほぉ? 珍しいな。キー坊が? レア素材? レアモンスター? 今なら特別価格で――」

「中間層のプレイヤーの現状。それと、ALFが最前線から撤退の噂についてだ」

 

 その瞬間、風が止んだように感じた。

 けれどアルゴは笑みを変えない。眉ひとつ動かさず、口角だけが形を保っている。

 

「なんや、また地味な話題やなぁ。もうちょい夢のあるもん頼みぃや」

「“勘”だ。……ちょっと嫌な予感がしてる」

「キー坊の勘、か。――当たるから怖いんよな、それ」

 

 彼女は軽く鼻を鳴らし、周囲へ視線を流した。

 往来を横切る商人、酒場から聞こえる喧噪、石畳を叩く靴音。どこにでもある夕暮れの風景だ。

 けれどアルゴの目は、ほんの一瞬も止まっていない。

 観察していないようで、すべてを見ている。そんな目だ。

 

「……ここじゃあれなや」

 ひとつ息をついて、アルゴは笑った。

「場所、変えようか」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 六十層の裏路地。人通りもなく、風が吹けば塵が舞う。

 古い木扉を開くと、紙と油の匂いが迎えた。

 ここはアルゴの“アジト”の一つ。

 壁に貼られたメモ、層ごとのマップ、流通ルート、匿名の取引ログ。どれも薄いランタンの灯に照らされ、陰影の中で揺れている。

 

 アルゴはどかっと椅子に腰を落とし、湯呑みを手にした。

「ま、硬い話になる前に一服な」

 キリトは無言で頷き、壁際の木椅子に腰をかける。

 シリカはその隣に、背筋を正して座った。ピナが梁に止まり、青白い光を点す。

 

「そういや、“箱”の事件な」

 アルゴが口を開いた。

「副団長が“紅い瞳”に見惚れて散財したって話、あれウチから見たら逆やで。“紅い瞳”の方が副団長の“箱”の鍵を回したんや」

「……鍵?」

「せや。『渡してへん』言い張っとるけどな、人は“言葉”にも鍵を渡す。渡した自覚がない分、やっかいなんや」

「……皮肉、効いてるな」

「商売柄、舌だけは達者でな」

 

 軽い冗談のようでいて、奥に芯のある声だった。

 キリトは軽く息を吐き、視線を戻す。

 

「で? さっきの話や。なんでそんなこと気にしとる?」

 促され、キリトは隣の少女に視線を向けた。

「……シリカが今朝言ったんだ。中間層の人たちが、“最前線を目指す壁が高くなってる”って話をよくしてるって」

 

「お?」

 アルゴの眉が上がる。

「シーちゃん、ええ感覚持っとるなぁ。情報屋にならんか? ウチの右腕として」

 

「い、いえ……私はそういうのは……」

 シリカが慌てて両手を振る。

 アルゴは笑いながら湯呑みを置いた。

 

「ま、珍しいキー坊の頼みやし、特別にちぃとだけ教えたるわ」

「助かる」

「まずな――中間層。表向き大きな変化はない。けど、攻略組が上に登るほど、“中間層そのものの壁”が高くなっとる」

 

「ん? どういうことだ?」

「シーちゃん、分かるか?」

 

 シリカは一瞬考え、言葉を選びながら口を開いた。

「……攻略組が進むほど、“中間層”の位置そのものが押し上げられてるんです。

 たとえば五十層のころの“中間”は二十層前後でしたけど、

 今は三十層とか四十層あたりがもう“中間”って呼ばれてて……。

 つまり――“中間”の基準が、どんどん上にずれてきてるんです」

 

 アルゴが指を鳴らす。

「正解。お見事」

 軽く笑いながらも、瞳の奥は真剣だった。

「つまりやな――層が進むたびに、装備も物価も情報も全部高うなる。

 下の層の連中は昔より置いてけぼりや。上と下の差が、洒落にならんほど広がっとる」

 

「……」

「細々と日銭稼いでる連中は、上位組が欲しがる素材とか依頼で食いつなぐ。

 けどな、上位が“下層素材”を必要としなくなったら……?」

「金策ができなくなる」

「正解。そうなると、路頭に迷う奴が出る」

 

 アルゴは湯呑みを揺らしながら、声を少し低くした。

「……路頭に迷うっちゅうのは、単に“金がない”いう意味やない。

 生きるための理由を見失う、っちゅう意味や」

 

 キリトがわずかに眉を動かす。

 アルゴの目が鋭くなった。

 

「昔もおったやろ。行き場をなくして、“力”で居場所作ろうとした連中」

「……ラフィン・コフィン」

「せや。あいつらは壊滅した。けど、思想までは消えとらん」

 静かな声だった。

「極限まで追い詰められたら、人は奪う方に流れる。

 ウチはそれが怖い。下層が沈黙してる今が、いちばん危ない」

 

 シリカの喉がひくりと動いた。

「……まさか、また……?」

「まだ芽や。せやけど、こういう芽は早い。

 昔より下層は静かすぎる。静かっちゅうのは、嵐の前の空気や」

 

 ランタンが小さく揺れ、壁に貼られた地図の影が震える。

 アルゴは息を吐いた。

「ほんま、今のアインクラッドは“高層の安定”の裏で、“下層の沈黙”が広がっとる。……その歪みを、誰が支えるかやな」

 

 キリトは拳を膝の上で握った。

「……なぁ、アルゴ。“紅い瞳の女”って、下層で動いてるプレイヤーか?」

「さぁなぁ」

 アルゴはあっけらかんと肩をすくめた。

「風が運んできた話や。――風の出どころまで追うのは、蛇の仕事やろ」

 冗談めかして笑ったが、その笑みの奥に、短く沈んだ色があった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「……で、ALF(アインクラッド解放軍)の話や」

 アルゴが湯呑みを置き、背を預ける。

「さっきキー坊が言っとった“撤退”な。あれ、表向きは“金がもたん”っちゅう理由や」

「金……?」

「せや。最前線での活動費がえげつない。修繕費、薬、転移結晶、食糧、補給路――全部が桁違いや。

 “負担が大きすぎる、一旦下がる”って説明しとる」

 

 キリトは目を細める。

「……でも、本当は違うんだろ」

「さすがやな」

 アルゴは笑って指を立てた。

「本音はな、五十層の“壁”で諦める奴を減らしたいんや。

 あの壁のせいで、夢も命も折れるプレイヤーが多すぎた。

 “もう少し支えられたら”って奴を、一人でも多く救うために下がったんや」

 

  沈黙。

 アルゴは湯呑みを見つめたまま、続ける。

「ALFの本体部隊は、最前線の《補給ルートの確保》《救護班》《運搬班》はそのまま続ける予定や。

 けど《エリア攻略》《ボス戦闘》担当の主力は五十層台に再配置してる。

 下層プレイヤーと一緒にクエスト受けたり、依頼手伝ったり、治安維持の活動もしとる。

 ……地味やけどな、そうやって“次に上を目指せる奴”を育ててるんや」

 

 アルゴは少し笑みを浮かべ、指を鳴らした。

「それにな、ただ戦うだけやない。

 下層のプレイヤーが集めた素材を積極的に買い取って、流通を回しとる。

 さらにALFが運営してる施設――カフェや鍛冶屋、雑貨屋なんかにも、そういう連中を雇っとるんや。

 “戦えんでも生きられる場所”を作る。それが、あいつらのもう一つの戦場や」

 

 シリカが驚いたように目を見開く。

「……まるで、本当の街みたいですね」

「せや。せやけど、それを正直に言うたらどうなる?」                   「……誰も、前に出なくなる」

「その通り。

 五十層の恐ろしさを正直に話したら、挑戦する奴が減る。

 せやから、“金のせい”にした。

 笑われてもええ。軽蔑されてもええ。

 ――それでも、誰かを守るためにな」

 

 ピナが小さく鳴く。

 シリカの瞳が揺れた。

「……そんなふうに、誰かを支えてる人たちがいるんですね」

「そらそうや。見えんとこで汗流す奴ほど、だいたい報われへんのが世の常や」

 アルゴは肩をすくめ、軽く笑った。

「シン坊――あそこの団長らしい話やろ。」

 

「……あぁ」

 キリトは小さく頷いた。

「変わってねぇな、あの人は」

 懐かしむような声。

 ランタンの火が一度揺れ、静かに落ち着く。

 

 アルゴは湯呑みを飲み干し、ふっと笑った。

「キー坊。風は上に行くほど薄うなる。息できんくなったら、剣も振れんで」

「……忠告として、聞いとく」

 

静寂。

 紙がひらりと風に揺れ、火の影が壁を走る。

 この空気のどこかに、“この世界の脈”がある気がした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「でも――ゲームってさ。そういう“壁”を越えたときに、一気に強くなるもんなんだ」

 

 椅子の背にもたれながら、キリトがぽつりと呟いた。

 薄暗いアジトの中、壁にかけられたランタンがわずかに揺れ、彼の横顔を照らす。

 その光は、冷たい鉄の机の上に散らばった地図やメモ用紙に淡い影を落とした。

 

「うまくいってくれるといいな。……“プレイヤー人口”の減少は、ゲームにとって致命的だから」

 

 彼らしい、ゲーマーの視点だった。数字でも理屈でもなく、純粋な感覚からくる懸念。

 この世界が“ゲーム”であることを、彼は誰よりも真剣に理解している。

 

 向かいに座るアルゴが、口角を上げた。

「ふん、相変わらず“らしい”考え方やな。……で? 肝心の最前線はどうや? 順調か?」

 

「血盟騎士団は大きな問題なし。みんなで頑張ってるよ」

 キリトの声は落ち着いていた。

 隣のシリカも頷く。「はい、団の士気も高いです」

 

「せやなぁ、六十二層の戦いも“圧勝”やったらしいしな。ええことや。ようやっとる」

 アルゴは笑いながらも、指で机を軽く叩いた。

 その音は妙に乾いて、静かな部屋に響いた。

 

 キリトが少し間を置いて、低く言葉を継ぐ。

「……でも、もっと先に進めば、そうはいかないと思う」

 

「ほう?」

 

「この先、もっと先の層に進んだら――大規模ギルドが“本当の意味で”協力しないといけなくなる。

 そういう時期が、きっと来る」

 

 その声音は、予測というより“確信”に近かった。

 キリトが数多の死闘で培った勘が、それを告げている。

 

「大規模ギルドは、いくつかあるけど……」

 彼は机の上の紙に指を滑らせ、順に名前を挙げていった。

「血盟騎士団、聖龍連合、風林火山、アインクラッド解放軍……それと、黄金林檎。

 今“トップギルド”と呼ばれるのはこの五つだ」

 

「せやな。中でも頭ひとつ抜けとるんは、血盟と聖龍や」

 アルゴが頷きながら言う。

「……で、協力ゆうたな。どことどこが組むつもりや?」

 

「血盟と聖龍。それくらいじゃないと、全体を引っ張れない」

 

 その言葉に、アルゴはぴたりと動きを止めた。

 次の瞬間、堪えきれんというように吹き出す。

 

「……ぷっ、あははははははははは!」

 

「なにがおかしい」

 キリトはむっとして眉を寄せたが、アルゴは腹を抱えて笑い続ける。

 

「いやいや……いやぁ、キー坊はこのゲーム始まってから、よう“先のこと”考えるけどな、

 今回はずいぶん思い切っとるやないか。血盟と聖龍が“手ぇ取り合う”なんて、夢物語もええとこや」

 

 キリトの表情が引き締まる。

 

「俺は真剣だぞ」

 

 その声音に、アルゴが肩をすくめた。

「わかっとるわ。……せやけど、忠告したる。期待するだけ、無駄や。断言したるで」

 

 隣で聞いていたシリカが驚いて身を乗り出す。

「な、なんでですか?」

 

 アルゴは深く息を吐き、帽子のつばを少し下げた。

 その影が、表情を半分隠す。

 

「……いま、血盟騎士団と聖龍連合がどういう関係か、知っとるか?」

 

「一、二を争うトップギルドだろ。ライバルだけど――情報共有もしてるし、

 攻略エリアの分担もうまくやってる。そんなに悪い関係には見えない」

 

「アホぅ」

 アルゴが机を軽く叩く。

「最悪や最悪。喧嘩一歩手前やったんやで」

 

「喧嘩?」

「せや。補給線の確保、物資の調達、傘下ギルドの縄張り。

 小競り合いの種なんて、いくらでもある。

 せやけどな、両方トップやから――表向きはうまいこと折り合いつけとった。

 “利害一致”や。要するに、上っ面の平和や」

 

 アルゴの声は淡々としているが、奥に含んだ皮肉は鋭い。

 そして、そのあと――小さく息を吐いた。

 

「でもな、キー坊。クルちゃん……“氷姫”の一件で、全部パァや」

 

 その名前に、キリトの眉がぴくりと動く。

 シリカが思わず身を乗り出した。

 

「な、なんでティンクルさんが?」

 

 アルゴは視線を上げ、二人の顔を順に見た。

 その眼差しには、探るような光が宿っていた。

 

 

「トップギルドにはな、“暗黙の了解”ってもんがあるんや」

 アルゴは机の上のカップを軽く回しながら言った。

 シリカが息を飲む。キリトも腕を組み、続きを促した。

 

「表向き、他ギルドが勧誘しとるプレイヤーに横から手ぇ出したらあかん。

 ギルド間で人を引き抜いたり、話を横取りしたりする――そういう真似は“御法度”や。

 無駄な争いを避けるための、最低限のマナーっちゅうやつやな」

 

 言葉の途中で、アルゴは自嘲気味に笑った。

「もっとも、実際は裏で駆け引きや買収が飛び交っとる。

 それでも、表では“話し合いで折り合いつけた”って形にするのが普通や。

 ギルド同士、最低限の信頼関係は保っとかんと、攻略に支障が出るからな」

 

 そこで一拍置き、アルゴが静かに続ける。

「でも――あの一件は、全部すっ飛ばした」

 

「一件?」

 シリカが問い返す。アルゴは頷き、少し目を細めた。

 

「聖龍連合がクルちゃんを勧誘しとったのは、誰でも知っとる話や。

 ……並の勧誘やない、ギルドの総力かけてクルちゃん口説いとったんや。

 でも――結果的に彼女は血盟騎士団に入った。

 そらもう、聖龍からしたら“横取り”以外の何物でもない。

 プライドずたずた、メンツ丸潰れや」

 

「……」

 キリトは何も言わなかった。

 アルゴは肩をすくめ、軽い調子で続ける。

 

「まぁ、あの“氷姫”の首を縦に振らせたヒー坊――いや、団長ヒースクリフは見事や。

 そういう意味ではな。

 ただ……血盟が勝った分だけ、聖龍は大きく面子を失った。

 世間から笑われて、内心では煮えくり返っとるわ」

 

 シリカが小さく眉を寄せた。

「でも、ギルドって……本人が入りたい場所を選ぶんですよね?

 だったら、ティンクルさんが血盟を選んだのは自由で……」

 

「正論や。正しい」

 アルゴはすぐに頷いた。

「でもな――世の中、正論だけでは回らん」

 

 机を指で軽く叩きながら、アルゴが淡々と語る。

「聖龍連合みたいなトップギルドは、“メンツ”が命や。

 傘下ギルドへの影響力、入団希望者の質、スポンサー的立場のプレイヤーの信用。

 一度“ナメられた”ら終わりや。だから、いざとなったら意地でも引かん」

 

 アルゴの言葉には、現実の戦場を見てきた者の重みがあった。

「まぁ、団長のリン坊――聖龍のリーダーは感情で動くタイプやない。

 せやけど、下の連中が抑えきれんほど不満溜めたら、話は別や。

 そうなったら、強気な手に出ざるを得ない…って場合もでてくるんや。

傘下ギルドの中には、“血盟と手ぇ切れ”って声もかなり出とった。

 今はどうにか沈静化しとるけど……火種は残っとるわ」

 

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