幼馴染の美少女と同棲してるんだけど、とりあえずカブトムシ捕まえようぜ! 作:冷製春雨スープ
前半部分はシリアス目に書いてますが、この作品にシリアスはほぼありません。
傘で雨雲を切り裂く妄想は、全男子が通る道。多分
吹き荒れる強風が木々をこれでもかと荒ぶらせ、降り落ちるはずの雨粒が舞い上がるように下から顔を濡らしていく。服は濡れており、纏わりつくような重さと冷たさが少年の体を支配していた。
少年はそんな世界を1人で歩いていた。もちろん少年の他に人影はなく、月や星々さえも姿を隠しており、もの寂しさを感じていた。
足取りは重く、幽鬼のようにふらついて、下を俯いていた。
いつしか一つの公園にたどり着き、その中心で立ち止まる。
ここは.....何もない公園だな.....今の俺みたいだ....
遊具一つない公園だった。青々とした芝生が広がり、無駄に広く、小さなベンチとその上を覆う屋根が端にあるだけの公園。
普段は、小さな子供がボールを持ち寄り遊ぶ姿が見られるであろう公園。
少年はベンチに座り、上を見上げた。舞い上がる雨粒が目に入ることも気にせず、曇天の空を睨みつける。
そして、胸ポケットから小さな箱を取り出し、棒状の小指サイズの物を咥えた。
数十秒たっぷりと睨みつけたあと、ポケットからスマホを取り出して、慣れた手つきでロック画面を解除した後にアプリを立ち上げた。
テレンテレンという軽い音と共にスマホを耳に当てる。
『..........なに』
スマホから聞こえる小鳥が鳴いたかのような華蓮な声、その声色は何かを警戒しているような、呆れているような。
少年は少し考え込んで、沈黙の果てに躊躇いながら言った。
「やっぱつれぇわ」
『当たり前だよね!?!?早く帰って来なさい!!このおばか!』
少女の怒号が耳をつんざいた。
ガリッと言う音が少年の口から鳴った。
◇
平屋の一戸建て、高校進学を機に両親が少年と少女に家族価格で貸し出している一軒家。その玄関で、少女は急いで持って来たタオルで少年の髪を乱雑に拭いていた。その仕草はまさに泥だらけの野犬を扱うような手つきだった。
一通り頭を拭き終わった少女は、湿ったタオルを少年に投げつけ、腰に手を当てた。
「このまま家に上がらないで!!濡れちゃうじゃん!!」
「別にいいじゃん」
「なにが!?」
「いやだって!なんか、そのぉ.....カワクジャン」
少年の口調は端にいくにつれて自信がなくなっていった。少年はわかっていた。明らかに少女が言っていることが正しいと言うことに
「乾くじゃない!!誰が掃除してると思ってるの!」
「はい」
「ああもう!服もこんなにびちゃびちゃで、お洗濯も私がしてるでしょ!!なんでこんなことしたの!」
少女の名前は、奈凪柚木(ななぎ ゆずき)
黄色がかった茶髪が軽くウェーブがかかっている、柔らかい印象を抱かせる少女である。
「なんか....おもしろいかなぁって...」
「面白くなかったんでしょ!?」
「うん.....」
「だから言ったの!止めたの!!台風の日に外出るな!って!!」
「はい......」
少年の名前は、馬鹿幸久(ましか ゆきひさ)
桜のような淡いピンク色の髪が特徴の男の子である。
現在は、高校1年生の6月。満開に咲いていた桜は散り、少し暑くなって来た季節、梅雨も近く、空気が湿気を帯びてきた今日この頃。
高校入学から2ヶ月しか経っておらず、人間関係を構築している期間であろう時期に突如訪れた台風
全高校生は歓喜した。
休みになんじゃね!!?土日以外.....土日以外で頼む....!!
何も高校が嫌いなわけではない。楽しいっちゃ楽しい。でもそれはそれ、これはこれである。突然の休暇は全人類垂涎ものの出来事だろう。
この幸久という男も例外ではなかった。
が、この男は台風の音を自室のベッドの上で寝転びながら考えていた。考えついてしまった。
今外に出て、絶望したサラリーマンごっこするの絶対楽しいじゃん!!俺ってば頭良すぎ!IQ3垓はあるんじゃねぇの?
幸久は馬鹿だった。それも筋金入りの。
行動力もあった。タチが悪い。IQは3しかなかった。サボテンと同じである。
「風強くて真っ直ぐ歩けないし.....雨痛いし.....服と靴下ぐちょぐちょで気持ち悪いし.......絶望したサラリーマンごっこ見てくれる誰かはいなかったし.....」
「当たり前だよね!?今外に出る人なんていないよ!」
「やっぱりさ、絶望したサラリーマンごっこは誰かに見せてこそじゃん?ほら、せっかくスーツも着たのにさ」
「知らないよ!あとそれレディスーツだから!しかも私のだから!!今のあんた女装した変態だから!!絶望したサラリーマンじゃなくて、OLだから!」
幸久は勢いよく立ち上がり、頭に乗っているタオルを勢いよく取って、握りしめた。
「なら........ならどうすればいいって言うんだ!!俺に女のことなんかわかんねぇよ!!」
幸久は思い出していた。ちょうど40分ほど前の出来事を
幸久はごっこ遊びをする上で、欠かせないものは何かと考えた。
一つ、スーツであること
当たり前である。だって絶望したサラリーマンごっこなのだから、スーツでなくては意味がない。
2つ、タバコがあること
幸久的には絶望したサラリーマンは全員タバコを吸うという幻想に取り憑かれていた。空を見上げながらタバコを咥えて、ライターをかしゃかしゃするのだと。そう考えている。
早速準備を始めた幸久に問題が降りかかる。スーツはないし、制服では趣旨に反する。
タバコもなく、そもそも未成年だから持ってるはずがない。
くそっ!!これじゃ完璧には......
俺は.....俺は!サラリーマン失格だ....!!
その時、幸久はリビングのハンガーラックにかかっている一つの服が目に入った。
レディスーツである。
あれもスーツといえばスーツ......
なら......行ける!!
そして何かを思いついた幸久は、キッチンへ足早に向かい、戸棚を開いて一つの箱を取り出した。ココアシガレットである。
これは......ほぼタバコか!!
これが全ての誤算であった。そもそもサイズがあっておらず、ぴちぴちで動きずらい。スカートの関係上スースーして落ち着かない。それでも外に出た。絶望したサラリーマンごっこのために
幸久の意思はかたかった。
結果は知っての通りである。借りた(勝手に)スーツはびしゃびしゃのどろどろで、ココアシガレットは湿って美味しくない。なんかベトベトしている。
ほぼ八つ当たりの少年の血気迫る表情を見て、少し戸惑った柚木が答えた。
「え!?え、えーっと.....多分バー?かなんかで黄昏れ.....じゃない!!なんであんたが怒ってんの!怒りたいの私!!」
「はい.....でも!」
「でもじゃないの!ほら、行くよ!」
柚木は幸久の靴を脱がしてから、手を引きながらズンズンと進む。
少年は風呂場に連行されていった。さながら警察と犯人の様相である。
「ちゃんとあったまるまで出てこないで!!わかった!!?」
「はい......ごめんなさい....」
幸久は脱衣所で肌に張り付いたレディスーツを脱いでいく。縦型洗濯機の上に乾燥機があり、その隣にはタオルが入ったプラスチック製の衣装ケースに、独立洗面台がある。
幸久はパンツ一丁になった時に頭を悩ませた。
スーツを洗濯機にぶち込んでもいいのかわからない。そもそもどうやって洗濯するのかも知らない。
どうするべきなんだろう。わかんな。えぐえぐのえっぐえぐ。詰みました。こりゃ柚木に聞かないとわかんねぇわ。
「なぁーー!!ちょっちきてー!!」
なにー?と言う声と共にスタスタと言う足音が外から聞こえ、ノックの後に声をかけられる。
「まだ服着てるの?入っていいの?」
少年は脱いだレディスーツと、パンイチ状態の自分の体を見る。
パンツ履いてるしいっか。
「いいぞ」
スライド式の扉が開き、料理をしていたのかエプロンを付けた柚木が目を瞑りながら扉を開けて、ゆっくりと目を開けた。
そして、驚愕に顔を歪める。
そこにいたのは変態1人、それも普通の変態ではない。
上半身裸で、下着しか身につけていないその姿、百歩譲ってそこはいい。そこはだ。
身につけている下着が問題だった。
可愛らしいフリルにリボン、清楚を体現したかのようなその御姿は、まさにパンツ。
全雄の共通認識として、人類史上1番と言っても良い発明品。
男子高校生が喉から手が出るほど求めてやまないその布切れは、男用の物ではなかった。
柚木は信じられないと言うかのように、震える指で幸久を指差した。
「ねぇ、ゆーくん......それ.....」
「ああ、柚木、スーツって洗濯機に入れていいのか?」
「いや.....そうじゃなくて.....」
「後洗濯ってどうやるんだ?ごめん。俺まだ覚えてなくて.....」
「あ、いいよいいよ!私家事好きだし!私がやる........じゃなくて!」
「.....ん?何か気になることがあるのか?」
幸久は正面を向き、両手を広げる。
少しもっこりとしていた。
幸久は忘れていた、と言わんばかりにパンツへ目を向けた。
「ああ、後この下着なんだが.....」
やめろ。やめた方がいい。絶対にやめるべきだ。
「どうやって洗うんだ?お前のだから、下手に扱うわけにはいかなくてさ」
「やっぱり私のだよね!!どうりで見覚えがあると思ったよ!!ゆーくんなにやってるの!!どこにあったのそれ!!私のお気に入り!!」
「んあ?そりゃお前の部屋にーーーー」
バシンと言う音が一つ響いた。幸久の頬に綺麗な紅葉が咲いた。
「ゆーくん最低!!もう知らないから!!あとスーツは畳んでおいて!!クリーニング出さなきゃだから!!あと下着は上の棚のネットに入れといて!」
頬を赤く染めて、怒りと恥ずかしさが混ざった表情をした少女は勢いよく扉を閉めて、走ってどこかへ行ってしまった。
幸久はヒリヒリと痛む頬をさする。
俺のもっこりキングダムに恐れ慄いたのか?昔見たことあるだろうに。
幸久は下のもっこりを見ながら、一人芝居を始めた。喋っていることを表現するように、言葉と共に少し腰を左右に揺らす。
「ふっ.......お前も罪なモノだな。」
「ソンナコトナイヨ」
「そう謙遜すんなよ!相棒!」
「ユキヒサモイイオトコ」
「まぁな!」
少年は髪をかきあげるように持ち上げて、オールバックにした。
少年は大事なことがわかっていなかった。
◇
風呂から上がり、タオルを首にかけた幸久は、リビングの机に並ぶ料理を見て、目を輝かせる。
大葉と大根おろしの乗った和風ハンバーグに、ご飯、里芋のにっころがし、だし巻き卵、サラダにお味噌汁。
少し豪華な家庭料理の数々に幸久の口の端からよだれがチラリ。
「柚木!今日ハンバーグか!!いいチョイスだな!!最&高!!」
先に席に着席して待っていた柚木は、口元に手を当てて笑った。
「もう、なにそれ。ほらほら早く座って?」
「おう!腹減った!」
幸久は急いで席に座り、両手を合わせて感謝を捧げる。そんな幸久を確認した柚木も続いて手を合わせた。
「「いただきます」」
早速ご飯茶碗と箸を手に取って、ハンバーグを小さく切り分けてから、口に運ぶ。そして明らかに比率のおかしい量の米をかきこんだ。
口をリスのように大きく膨らませてもぐもぐと咀嚼する。ある程度噛み砕いたところでゴクンと飲み込んだ。
「うっまいな!豆腐ハンバーグか!」
「うん。口にあったならよっかたぁ。これも食べてみてよ、このにっころがし自信作なんだ!」
柚木はにっころがしを一つ取り、幸久の口元に運ぶ。幸久は何ら疑問に思っていないのか、そのまま雛鳥のように食べさせられる。
「これもうめぇ!っぱ柚木なんだわ。っぱ柚木の飯がいっちゃんうまいな!多分!!」
「ふふっ、調子いいんだから。こっちのだし巻き卵はどう?ちょっとお出汁入れすぎてさ、少し形崩れちゃってるけど、味は美味しいと思うよ?」
「ん?そうか?そんな崩れてるようには見えないけどな」
幸久は手でお椀を作りながら、だし巻き卵を一切れ取り、口に入れた。滲み出る優しい出汁の味に卵のまろやかさ、端的に言うととても好みの味だった。
「うまい!!!」
幸久は次々に料理を食べていく。一つ一つ食べるたびにうまいうまいと言う幸久を見て、嬉しそうにしながら柚木もゆっくりと食べ始めた。
「そういえば、なんでその......私の......アレを履いてたの?」
突然話しかけられた幸久は、口にパンパンに詰めていた物を一気に飲み込んだからか、少し喉に詰まりかけて、それをお茶で一気に流し込む。
死ぬかと思ったと少し安堵の息を吐いた後に柚木の方を見た。そして神妙な顔で話し始めた。
「んぐ.....はぁ。それはだな。」
「.....うん」
「俺........中身も大事かなって.....」
「うん?」
「俺だってアレが女性用だってわかってたんだよ。でもさぁ、やっぱり郷に入れば郷に従えって言うじゃん?」
「..........」
「だからお前のパンツ借りたんだ」
全くもって意味のわからない理由を喋る馬鹿の顔は無駄に真剣だった。そして曇なきまなこをしており、自分の正しさを疑っていない。
柚木は呆れたように手を額に当てて、幼児を諭すような優しい微笑みを幸久に向けた。
「あのね?ゆきひさくん、勝手に人のもの持ち出すのは悪いことだよね?お母さん、お父さんが知ったらどう思うかな?」
幸久は少しきょとんとした顔をしてから、上を見上げ考える。
そして、顔を青く染め上げて柚木に頭を下げた。
「もうしません」
「ん!よろしい!次はないからね?」
「はい......」
少ししょぼんとした様子だった幸久は、食事を再開した瞬間、先程の反省は全て吹き飛んだようにテンションが上がった。
柚木はそんな単純な幸久を微笑ましげにただ見つめていた。
◇
夕食を食べ終わり、食器も洗い終わったあと、幸久と柚木は2人並んでテレビを見ていた。
「そういやさぁ、明日は高校あるんかな」
「んー....そうだなぁ。天気予報によると、明日もまだ台風は続くみたいだから、お休みになるんじゃないかな?」
「マジ!?やった!明日休みになったら、ほぼ4連休じゃん!今日木曜だし!激アツ!」
「ゆーくん、休校分の宿題はあるんだよ?私やったの見せてあげないからね?」
幸久は胸を張り、ドヤ顔をかました。
柚木は勘違いしてんな。そもそも俺が教科書を家に持って帰るわけねぇんだよなぁ!!つまりやりたくてもできないってこと!
あ"〜、やりたかったなぁ。でもないんじゃ仕方ないよなぁ〜
「......ゆーくん。先生に怒られても知らないからね?」
「でーじょぶでーじょぶ。先のことは先の俺に任せればいいの!んなことより映画見ようぜ映画!」
「え〜本当かなぁ。......それで、映画って?」
幸久はリモコンを操作し、テレビと自分のスマホを接続する。そして、ネッツフリックスを立ち上げた。
「見ろよこれ!絶対面白くなさそうだろ!一緒に見ようぜ!明日休みになんだろぉ?」
画面に映っている映画の題名は、『トリプルベッドキャッツ3〜またたび惑星を星間飛空〜』だった。なんともC級映画っぽい題名であった。低予算臭がぷんぷんとする。
「面白くないなら見たくないよ。明日学校ないのは、確定じゃないんだから。ね?今日はやめとこう?」
幸久はスッと立ち上がり、ゆっくりと床に仰向けで寝転がってから、そのまま首だけを動かして柚木を見る。
「な、なに?」
幸久は両手と両足を少し浮かし、バタバタと動かした。首も左右に振ることで、嫌だと言う意思を行動で表現する。
「いいじゃんいいじゃん!頼むよゆずきぃ!!俺見てぇよ!今見てぇんだよぉ!」
柚木はあわあわとしながら言った。
「え?え?ちょ、ちょっと落ち着いて?ね?」
「やだやだやだやだぁ!見るんだぁ!今見るんだぁ!頼むよぉ!お願いだよぉ!」
「そ、そんなに見たいなら、1人で見ればいいんじゃないの?」
「1人は寂しいじゃん!ぼっち映画はつれぇよ!一緒に見ようぜ!"柚木"と見たいんだよぉ〜」
あわあわとしていた柚木の動きがピタリと止まった。そして俯きながら、確認するように尋ねた。髪のせいでその表情はわからない。
「私と?」
「そういってんじゃぁん!」
「それ言ってるの私だけだよね?適当じゃないよね?」
ただをこねていた幸久も動きを止めて、寝そべったまま柚木を見る。
「え、うん。」
柚木はその言葉を噛み締めたあと、にへらとだらしなく笑った。
「仕方ないなぁゆーちゃんは!もう!今日だけだよ?」
幸久はバッと立ち上がり、嬉しそうに柚木に言った。
「よしきた!!俺ポテチとジュース持ってくるな!!」
そこから真夜中まで、2人は面白くもない映画を見続けた。幸久はそんな映画に爆笑し、柚木は幸久を見て楽しそうにしていた。