幼馴染の美少女と同棲してるんだけど、とりあえずカブトムシ捕まえようぜ! 作:冷製春雨スープ
ある日の朝、時間にして9時くらいのちょうどいい時間帯。幸久と柚木は並んでソファに座っていた。幸久はテレビニュースを見ており、柚木はスマホで何かをしている。
紳士で親切で、プリティなチャーミーである幸久は、スマホを覗き込みたくなる気持ちを抑えて、テレビに集中した。
ニュースレポーターが紹介しているのは、潮干狩りだった。
干潮時に現れる遠浅の砂浜で、アサリやハマグリなどの貝類を採取する伝統的な行事である。
海無し県に住む人間は指を咥えてテレビ越しに見ることしかできず、その鬱憤をジャンボタニシの卵に八つ当たる毎日を過ごしているのではないだろうか。
この馬鹿幸久も例外ではない。
根っからの海無し県のど田舎育ちである幸久は、海に行ったことがなかった。
海がないからと言って、なにも嫉妬ばかりをしているわけではない。ど田舎にもいいところはたくさんある。
例えば、夏に入る川の冷たさの気持ちいいこと気持ちいいこと。その川で冷やしたスイカを食べると夏を実感することができる。
コンビニはないけれど
木漏れ日の差し込む山は歩いていると、さまざまな生き物を感じることができ、空気の良さはピカイチだろう。
コンビニはないけれど
ご近所同士のつながりが深く、村に住む皆は家族のような近さをしていた。
お裾分けは当たり前、玄関に鍵という概念があるのかもわからないほど、精神的に解放的な場所である。
無駄に金をかけた公民館で行われるたまにの飲み会では、村の一同が集まりどんちゃん騒ぎ。
そんな地元が幸久は好きだった。
コンビニはないけれど
だが、海に憧れがないと言えば嘘になる。海は本当にしょっぱいのか、川と何が違うのか、海にはどんな生き物がいるのか、金髪ナイスバディなお姉さんにナンパされてみたい。
幼少期、海に行きたいと言った幸久に従兄弟のおじさんは幸久の肩に手を置いてこう言った。
『海はな?なんかベタベタするし、砂浜熱くて裸足で歩くと痛いし、人多くて蒸し風呂みたいだし、思ったよりも汚いぞ』
小さい子供の夢を粉々にして、ミキサーにかけるような所業をしたおじさんに、幸久くん(7歳)は、おじさんの靴の中にカマキリの卵を入れるという所業を犯した。
これでイーブンである。
そんな幼少期から変わらず海に幻想を抱き続ける幸久は、高校進学と共に地元を出た時に期待していた。
もしかしたら.....もしかしたら.......
俺、海でびゅーしちゃう?かも!?
そんな期待とは裏腹に、ついた先は海無し県だった。そもそも同じ県なのだから当然である。
少し落胆した幸久は、それでも満足だった。近くにコンビニがあったからだ。
幸久は潮干狩りをしている子供の姿を見ながら考えていた。どうすればここで潮干狩りができるだろう?
もちろんここには海は無い。と言うより割と何もない。
あるのはコンビニと工場、田んぼにあとは何故か多いドラッグストアで構成された町であった。
元々住んでいた村がど田舎すぎて感覚が麻痺していたが、ここも十分田舎である。
海........水.......川..........ふむ。
潮干狩り.......貝..........ふむふむ。
柚木は真剣な表情をしている幸久を見て、嫌な予感がしていた。またおバカなことを考えているんだろうと呆れたようにため息を吐いた。
すると突然、幸久が指をパチンと鳴らしながら立ち上がった。柚木の肩がビクッと震える。
「柚木!」
「な、なに?」
「俺に任せとけ!!」
「何が!?」
「先に公園で待っててくれ!俺は後から行く!!なんか遊具がある方の公園だ!!じゃ!!」
満面の笑みを浮かべた幸久は柚木にそれだけ告げて、返答を聞かずに飛び出してしまった。
突然の出来事に少し固まっていた柚木は仕方ないなぁというように出かける準備を始めた。
◇
柚木は公園に到着し、ベンチに腰掛ける。
何をするのか何も聞かされていない柚木は、とりあえず汚れてもいいラフな格好で来ていた。
ゆったりとしたパーカーにスウェットパンツ、とても動きやすそうな格好である。
ポケットからスマホを取り出して、写真アプリを立ち上げて、お気に入りの画像を見始める。顔はニヤニヤとしており、だらしなく蕩けている。
___5分経過
「思ったよりも遅いな.......」
___10分経過
「今度は何を思いついたんだろ.....危なく無いことだといいなぁ」
___15分経過
ポケ〜っとしていた柚木は何かに気がついたように公園の入り口の方を見た。そこには必死な形相で全力疾走をしている人影が一つ。
幸久だった。幸久は、左手首にビニール袋をぶら下げて、右手で挟むようにペットボトル2本を持っていた。
ビニール袋をぶら下げている方の手をブンブンと大きく振り、俺だよ!俺俺!とアピールするように柚木へ知らせている。
柚木の前に辿り着いた幸久の息は荒く、少し過呼吸気味だった。
柚木の座るベンチの前で仰向けに寝そべった。
「はぁ、はぁ、はぁ、うっごほごほ、ひゅー、ひゅー」
「だ、大丈夫?ゆーくん...」
「だい..だいじょ、ごほごほ!はぁはぁ、大丈夫....」
どう見ても大丈夫そうではなかった幸久を心配しながら頭を上げて、自分の膝に乗せる。そして、ポケットからハンカチを取り出して額に滲む汗を拭き始めた。
そこから数分そのままでいたあとに、ようやく落ち着いた幸久は柚木にお礼を言った。
「.....ふぅ。ようやく落ち着いた!ありがとな!」
「いいよいいよ!でもなんでそんなになるまで走ってきたの?」
幸久はきょとんとして、さも当然かのように言った。
「?柚木を長い間待たせるわけないだろ?」
「え?あっ.....そ、そっか....うん、えへへ。ありがとう!」
柚木は顔を赤く染めてはにかんだ。
そして、慣れた手つきでどこからもとなく取り出したジップロックにハンカチを入れて、後生大事そうにポケットにしまった。
えへえへと笑いながら、よくわからない行動をし始めた柚木と、意図不明なジップロックに入ったハンカチを見つめる。
「柚木柚木、何してんの?最近の流行かなんか?」
「ん?違うよ!ジップロックに入れた方がせんど......じゃなくて!後で洗う時になんやかんやあって汚れが落ちやすかったりしたりしなかったりするんだよ!」
「そうか!おけおけおけ丸キングダム!!柚木は頭がいいなぁ。俺も負けてねぇけどな!」
その時、幸久は思い出したように右手のペットボトルを一つ差し出した。
「え?くれるの?ありがとう!」
「おう!今日なんかアチーしな!なんか飲まなきゃアスファルトの上のミミズみたいになっちまう!」
「えぇ〜。そんなに暑くないよ?今日。あと私たちはミミズじゃないから大丈夫。カピカピにはなんないよ」
柚木はあははと笑ってそう言いながら、ペットボトルのキャップを回した。
その瞬間、プシューと何かが抜ける音がしたのと同時に黒い液体が噴き出てきた。
「う、うわっ!な、なにこれ!炭酸じゃんこれ!」
「え?そうだけど?」
「炭酸振ったらだめだよ!ゆーくん!ほら見て、服がベタベタになっちゃったよ!あと何?この......なに?なんか匂いが......」
幸久は手に持っていた炭酸ジュースのラベルを柚木が見やすいように掲げた。
そこにあったのは、“新感覚!!うる⭐︎とら!蒲焼サイダー"と書かれたいかにも地雷臭のぷんぷんとする商品だった。
蒲焼きサイダーもよくわからなければ、うるとらもよくわからない。うるとらの間に挟まる⭐︎もよくわからない。
そんな日本の大きいお友達がよくわからない方向に迷走した結果生まれたであろう呪物。誰が供養するのだろうか?こんな新感覚は誰も求めていないだろうに。
そんな呪物の汁をぶっかけられた柚木は憤慨していた。
もちろんラベルを確認せずに開けた柚木にも責任の一端はあるのだろう。数字にして5%くらいはある。
が、そもそも炭酸ジュースを持ちながら走り、よくわからないジュースを買ってきた幸久が悪い。
「なんでコレ買ってきたの!もっと美味しそうなのあったでしょ!?」
「え?いやなんか気になって。いっぱい在庫あったし、人気なんかな?って。最近の若者ってよくわかんない物好きだろ?」
「それ絶対売れなくて、在庫があまりに余ってるだけだよ!もう.....もう!!ゆーくんのおバカ!」
「まあまあ、うめぇかもしんねぇじゃん?俺が先に飲んでみるよ」
幸久はキャップの開け閉めを上手い具合に行い、炭酸を少しずつ抜いていって、噴き出すことなくキャップを外した。
そして、満面の笑みを浮かべながら口をつけた。ごくごくの飲み込まれていく蒲焼サイダー。喉越しの良さそうな音が鳴る。
口を離した幸久の顔は、先程の笑顔とは打って変わって真顔だった。
口に広がる蒲焼の甘辛いタレの風味、そこに化学調味料特有の甘ったるさが合わさって、炭酸が口の中で弾けるたびに味蕾が襲われる。
コクの無い蒲焼、ご飯が進まなそうな味だった。端的に言えば不味かった。飲み物を飲んだはずなのに、何故だか水が飲みたくなる。
幸久はゆっくりと地面に蒲焼サイダーを置いて、左手で合掌し、右手で十字を切った。混ぜてはいけない概念を混合して、成仏を祈る。効果はないだろうが、その気持ちだけは伝わってくる。
「なんまんだむ、なんまんだむ、ほんにゃらかんにゃらシャー!!」
「そんなことしても意味ないでしょ!!あとキリスト教と仏教を混ぜないで!!私たちはどっちかと言うと神道でしょ!」
幸久は立ち上がり、自信満々に胸を張った。そのドヤ顔を見たのが柚木以外であれば、助走をつけた上でグーで殴られることだろう。
「お盆もクリスマスも祝うんだから、変わんないだろ!多分な!知らんけど!それより行こうぜ!今日はやることがあるんだよ!」
「えぇ......何やるの?ベタベタだからお風呂入りたいんだけど.....」
幸久はまあまあと言いながら、先行して歩き出した。柚木は置き去りになっていた幸久の蒲焼サイダーを回収して、これもジップロックに入れた。
幸久が一つの小さいな砂場にしゃがんで、袋から取り出した何かを埋めていく。全て埋め終わった幸久は、手をこいこいと振り、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「えぇ。高校生にもなって砂場で遊ぶの?」
そんなことを言いながら、柚木は幸久の隣にしゃがんだ。
幸久は、ちっちっちというように指を振って、懐から取り出したスコップを一つ柚木に手渡した。少し困惑した様子の柚木は首を傾げながら手元のスコップを見た。
「今からぁ!!第1回潮干狩り大会を開催する!さぁ掘れ掘れ!」
柚木は、あのニュースかぁ。と思いついた。
ビニール袋は明らかにコンビニの物、なら駄菓子を埋めたのかな?
柚木は大人しく、撫でるようにスコップで砂場の表面を掘っていく。砂を被せる程度だったのか、幸久の埋めた物はすぐに出てきた。
「うわぁ!!なにこれなにこれ!!」
埋められていたものは、トグロを巻いているような殻にふっくらとした見た目。
ジャンボタニシだった。
隣で楽しそうに無駄に慣れた手つきでスコップを振っていた幸久は、何を今更と言わんばかりの顔をする。
「だから、潮干狩りだって。貝じゃなきゃ意味ないだろ?
「だからって、これ!これタニシじゃん!!おじいさんの田んぼでよく見たジャンボタニシじゃん!」
幸久はさも当然だというように腕を組んで頷いた。
「そうそう!俺頭いいだろ?タニシを代わりに使う.......。思いついた時、ノーベル平和賞受賞まで見えたもんな!」
「コレ貝じゃないよ!」
「貝だろ」
「タニシだよ!」
「貝じゃん。スクミリンゴガイ。つまり貝じゃん」
「違うよ!普通潮干狩りって、あの........あれ!アサリとかさ!」
「コレも貝だし一緒だろ」
「アサリとジャンボタニシを一緒にしないでよ!見た目からして違うじゃん!!なんかアサリは美味しそうだけど、タニシはなんかこう......わかるでしょ!?!?」
「でもただのデカい貝じゃん。田んぼにいたおじいさんに持ってっていいか?って聞いたら「持っていってくれ!全部持ってってくれ!!」って言ってたし」
柚木は項垂れた。そして、話の通じない幸久を諦めたように言った。
「違うよぉ.....確かに貝だけど、貝だけど違うよぉ......。ゆーくんちゃんと調べたの?」
幸久は自信満々に太陽のような笑顔で言った。
「もちろんだ!任せろって言っただろ?ちゃんと調べた!」
「どこで?どこで調べたの?ちゃんとしたところ?」
「おうともよ!」
「じゃあどこ?」
「ヤプー知恵袋!!」
柚木は項垂れた顔を上げて、幸久の肩を掴んだ。そして言い聞かせるように諭した。
「ゆーくん!ヤプー知恵袋を過信したらダメなの!」
「......なんでぇ?」
「ヤプー知恵袋はよくわからない人が回答してるの!!(そんなことありません)、皆適当に答えてるの!!(そんなことありません)、信用なんてあってないようなものなの!!(そんなことありません)、わかった!?」
「わ、わかった」
幸久は、柚木の必死な剣幕に思わず了承し、頷いてしまった。
潮干狩りならぬ、タニシ狩りは思ったよりも楽しめた。16歳の男女が並んで砂場で遊んでいる姿を小さな少年少女が不思議そうに眺めていたそうな。
なお、ジャンボタニシは柚木監督の元、きちんとお家に持って帰りました。