幼馴染の美少女と同棲してるんだけど、とりあえずカブトムシ捕まえようぜ!   作:冷製春雨スープ

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縛りの解放!それは肉体の躍動!

 

 誰しもが考えたことがあるだろう。

 

 体に重りをつけて生活するだけで、満を持して重りを外した時に凄みがでるよな。

 

 そう考えたことがあるはずだ。なぜならそれはロマンなのだから。

 

 苦戦していた強敵が、「真の力を解放する時がきたか......」と言ったら胸熱だろう。

 普段は冴えない味方キャラが、重りを外しながら「.....本気を出すのはいつぶりですかね?さて....とっ!」と言ったら上がるだろう?

 

 そう言うことである。

 

 

 6月中旬、シトシトと降りしきる雨音が静寂を切り裂いて、カエルがドレミを唄い、紫陽花がより一層、淡く鮮やかな輝き増した頃、初夏の生命力溢れる美しさが世界を包み込む。

 町の活気はそのままに、カッパとパステルカラーの長靴を履いた幼児が、ぴちゃぴちゃと水溜りで笑顔で踊る。

 

 そんな楽しげな町の一軒家。その一つに幸久はいた。

 

 幸久は恩田くんプレゼンツのアニメをリビングで視聴していた。恩田くんの紹介してくれるアニメはバトル物が多く、今回の物もその例に漏れることなく、バトル物だった。

 

 柚木は現在、特売に出かけており、ついて行こうとした幸久の肩を掴みながら

 

 『特売はね.......戦争なんだよ......女の戦場なの。だから今日は私1人で行く。見ててねゆーくん。今日は焼肉だよ!!』

 『.....ああ.......。頑張れ柚木、草葉の陰から応援していよう』

 『意味もわかってない言葉は使うもんじゃないよ!じゃ、行ってきます!!』

 

 そう言って出かけてしまった。

 正直特売なら自分もついていった方がいいんじゃないか?とも思ったが、柚子の覚悟の決まった真剣な表情を見て、野暮なことを言うものではないと思った幸久は突っ込まなかった。

 

 柚木的には、幸久を連れて行った場合、特売とは関係ないところに連れて行かれる可能性を排除したかっただけである。

 

 世の中には知らない方が良いこともあるのだ。知ったところでどうにかなると言う話でもないのだが。

 

 閑話休題、話を戻そう。

 

 重りをつけながらの生活は修行の一種である。その重りが重ければ重いほど修行になるのだろう。そしてそれに比例するように凄みが増す。

 

 何を言いたいのかと言うと、全男は縛りや覚醒が大好きなのだ。

 

 幸久はテレビ画面に映るアニメにて、1人の登場人物が足の重りを外し、軽い口調でそれを地面に落とした。

 周りが「それで何が変わる?」と嘲笑する中、その重りが地面に触れた途端、大きな音と共に砂が盛り上がった。

 

 ありありと現れる非常識、周囲の驚愕がとてつもないエクスタシーを産んでいた。

 

 そんなワンシーンを見た幸久は、無意識に口から言葉が漏れていた。

 

 「おぉ...おお!うおおおお!!!」

 

 かっこよかった。憧れた。あまりアニメを見た経験も、インターネットに触れた経験も乏しい幸久にとって、このベタとも言えるワンシーンは真っ直ぐと胸の中心を貫いた。

 

 やりたい、やりたい。やってみたい。そんな思いが幸久の心中を支配する。

 

 「俺もこれやりてぇ!!!」

 

 今この時、幸久のやることが決まった。

 幸久が真剣な表情で考え始める。

 

 どうすりゃいいんだろう。

 とりあえず重りを手に入れることは大前提、でもどこに売ってんの?

 

 少なくとも地元の無人販売所では見たことがない。

 

 ならばどこに売って.......売って....?

 

 そうか、そうか!

 

 「そうか!!わかったぞ!!コンビニだぁ!!」

 

 あるじゃないかコンビニが!田舎にはなかった都会の象徴!!この世の全てを手に入れることができる魔法のお店!!

 

 この間ヘリウムガスはなかったが、それは何かの間違いだろう!!多分人気で品切れだったんだ!!だっておにぎりもジュースもお菓子も、本だって買えるんだから!!

 

 重りが買えない道理はない!!

 行くぞ!!!!

 

 幸久は一つのことに夢中になると、周りがよく見えなくなる悪癖があった。ヘリウムガスの件からそこまで時間は経っていないのにも関わらず、コンビニ信仰が進行していた。

 

 そもそもヘリウムガスがコンビニに売っているわけがない。そんな事実を受け入れられなかった幸久は無意識に気づかないフリをしていた。

 

 満面の笑みを浮かべた幸久は立ち上がり、そのまま戸締りもせずに家を飛び出した。戸締りの必要がなかった地元の感覚が抜けていない。

 柚子に怒られる未来が確定してしまった事実を幸久は知らない。

 

 

 ◇

 

 

 幸久はコンビニについてから、ポケットからスマホを取り出して、画面を見せながら、最近話すようになった友達店員に言った。

 

 「なんか体につける重りをくれ!!」

 

 「........あんた、なんでコンビニに売ってるなんて思ったわけ?あるわけないじゃんね」

 

 「なんでだアリサ!!そんなはずはない!!コンビニだぞ!?!?」

 

 「コンビニだからだし!!」

 

 「コンビニになかったらどこにあるって言うんだ!!ヘリウムガスと同じで品切れなら言ってくれ!!覚悟はできてる!!」

 

 「だーかーらー!!そもそも置いてねーの!!コンビニじゃ取り扱ってねーの!!」

 

 「だってコンビニだぞ!!コンビニはなんでもあるはずだろ!?おにぎりもジュースも本も買えるじゃん!!なら重りもないとおかしい!!」

 

 「何が!?!?だーらねーって言ってるし!!」

 

 「なんでだ!!」

 

 「なんでも!!!」

 

 幸久はヤバいクレーマーの如きいちゃもんをつけた後、現実を直視しきれず膝から崩れ落ち、項垂れる。

 そんなどこかで見たことのある幸久の姿に、白咲アリサは呆れた表情をしていた。

 

 先日の一件から色々とあり、なんだかんだ仲良くなった友人である。

 幸久達が通っている高校は、本来アルバイト禁止なのだが、2人は学校に黙ってアルバイトをしているという共通点があった。

 要は秘密の共有である。

 

 「で、幸久?あんたなんで重りなんか欲しいわけ?」

 

 コンビニにないならどこにあるってんだよ......

 コンビニよ....俺に何を求めてんだ....?

 わかんねぇよ......

 

 「......幸久?あんた聞いてんの?」

 

 俺の夢はここで終わんのか......?こんな、こんな序盤で........

 俺やりたいのに.....重り外してドカンやりたいのに.....

 

 諦めねぇ.....諦めねぇぞ俺は!!

 でもわかんねぇ......

 柚木.....ゆずきぃ......たすけてくれぇ......

 

 「おい!無視すんなし!!おい!おーい!」

 

 コンビニにはなんでもあるんじゃ......

 「幸久!!」

 

 アリサの大声で沈みかけていた意識が覚醒する。

 

 「んあ?なんだアリサ。俺今忙しんだけど」

 

 「くっそ、こいつ.......まぁいいし!!だから、なんで重りが欲しいんだって聞いてんですけど!!」

 

 幸久はわかりきったことを聞いてくるアリサにやれやれと言うように首を振って立ち上がった。アリサの額に青筋が浮かぶ

 

 「はぁ?なんだアリサ、お前知らないのか?」

 

 「マジでこいつ........で!!なんで!!!」

 

 「そりゃお前、あれだよあれ。」

 

 「だからなに!!!」

 

 「重りを体につけて生活するだろ?」

 

 「......は?」

 

 「時が来たら外すじゃん?」

 

 「.......?......???」

 

 「なんかカッケェだろ!!やってみてぇ!!.......でも重りがない......」

 

 訳のわからない幸久の主張をアリサの脳は理解することを諦めた。

 思っていた以上にどうでもいい理由にアリサは手を額に当てて、ため息を吐く。

 

 そして、自分の爪を見ながら、心底どうでも良さそうに言った。

 

 「あっそ。なんか聞いて損した気分だし。ほらあれ、あのペットボトルでも背負ってれば?」

 

 「?どう言うことだ?」

 

 「重りがないなら作ればいいって言ってんの。もうあーし仕事戻りたいんだけど」

 

 盲点だった。そうか。そうか!ないなら作る!そんな当たり前のことを忘れていた!!

 

 コンビニは俺にそれを教えようとしていたんだな!!!

 俺はなんでも揃ってる.....だが、そのなんでもを作るのはお前自身だ。

 

 ってことだな!!わかったよコンビニ!!俺、お前に甘えてた!!

 

 幸久は、自分の爪に夢中なアリサに近づいて、その手を両手で包み込む。そして顔を近づけて感謝を伝えた。

 

 アリサは突然握られた手と幸久の顔を交互に見て、顔を赤くする。

 

 「ありがとうアリサ!!助かった!!お前いいやつだな!!!」

 

 「はぁ!?いや....え?ちょ、近い近い近い!!あんた距離感バグってんじゃないの!?」

 

 「お前と友達でよかった!!!お前は俺の恩人だ!!!」

 

 「だから近いって!!離れろし!!!」

 

 幸久はアリサの手を離し、片手をブンブンと振りながら去って行った。

 

 「じゃあなアリサ!!!また明日なぁ!!!」

 

 アリサはコンビニから外を出て、遠ざかっていく幸久の背中を見ながらまたため息を吐いて、少し笑った。

 

 「本当.....変なやつ......」

 

 

 ◇

 

 

  玄関の扉を開ける。

 

 「ただいまー!!......ん?まだ帰ってないのか?いや、靴はあるな」

 

 3ヶ月も住めば見慣れる景色、いつも通りの玄関に家の匂い。しかし、その漂う雰囲気だけは異なっていた。

 

 ただいまをいつも返してくれる人の声がしない。

 

 幸久は首を傾げながら柚木の靴を見つめる。家にいるはずなのに声がしない。生活音もない。普段ならリビングから何かしらの音が聞こえてくるはずだった。料理音然り、洗濯音然り、テレビ然り。

 

 そのどれもが無い家に違和感を感じる。

 

 幸久はうんうんと腕を組みながら頭を悩ませた。

 

 うんこ.......か.......

 

 柚木との同棲にあたり、母が授けてくれた『同棲三箇条』

 

 その1

 「生理的な部分に踏み込まない」踏み込んだら最後、お前の命はない。

 

 その2

 「無断外泊をしない」破ればお前の命はない。

 

 その3

 「普段のありがとうを大切に」破ればお前は後悔することになるだろう。あとお前の命はない。

 

 幸久は母の言っている意味はよくわからなかった。そもそもなんで命が無くなるのかが1番わからない。しかし、『同棲三箇条』を授けた時の母の顔は、戦いに行く戦士のように真剣で、幸久の肩を握る手は力強かった。凄みを感じた。

 

 流石に命は失いたくない幸久は、当時その真剣な母の眼差しを真っ直ぐと見て、深く頷いた。

 

 ふっ......俺は守るぜ母ちゃん、死にたく無いからな。

 

 幸久はまるで旧友と別れる洋画の様に母の幻影に向けて片手を上げた。背中で語りたかったのだろう。

 

 気を取り直して早速重り作りだ!!確か空っぽの2Lペットボトルがいっぱいあったはずだ!!昨日捨てるの忘れてたからな!!

 

 幸久はウキウキとした様子でリビングの扉を開いた。

 

 「おかえり、ゆーくん」

 

 キッチンの前のダイニングテーブルにて、柚木が姿勢を正して座っていた。

 柚木の瞳にハイライトはなく、ただ静かに幸久を見る。

 

 「?なんだいたのか。それより聞いてくれ!!俺今かーーーーー」

 「ゆーくん」

 

 「なんだ?」

 

 柚木は視線で幸久に座るように促した。

 幸久は柚木の対面の椅子に座った。幸久が着席したことを確認した柚木は話し始めた。

 

 「ゆーくん。何か忘れてくこと......あるよね?」

 

 幸久は素直に考え始める。

 

 もしかして柚木怒ってんのか?

 忘れてること......忘れてること.......ペットボトル捨て忘れたことじゃ無いよな?

 それは昨日「そうなの?いいよいいよ!次捨てればいいんだから!!」って言ってたし。怒ってなかった。ならちげぇよなぁ........

 

 んあー.......ねぇな。

 

 「何もなーーー」

 「あるよ.....ね?」

 

 「..........え?」

 

 「あるでしょ?もっと考えてみて欲しいな」

 

 え?なに?なんだ?俺なにやったん?

 

 早く重り作りたいんだけど.......

 今言ったらダメそうだなぁ。どうしよう。

 全然身に覚えが.......あっ

 

 「......もしかして、俺が昨日、柚木のちょっといいシャンプー使ったことか?」

 

 「ううん。違うよ。あとそれはいつもだよね?ちゃんと知ってるよ。むしろ使って欲しいから放置してるの」

 

 「そうなのか?」

 

 「うん。それに私達の生活費は、ゆーくんの両親の仕送りと、ゆーくんのバイト代で賄ってるから。私がそのことに文句は言えないよ。いつもありがとうゆーくん」

 

 「いや、そんなこと気にしなくてもいい」

 

 違ったらしい。なら本当にわからない。

 こうなったら、とりあえず時間を稼ぐしかねぇな。

 話逸らそ

 

 「ありがとうゆーくん。でも当たり前とは思えないよ」

 

 「そうか?でも俺こそ助かっていると思うんだけどな。俺家事なんもわかんねぇし。洗濯のやり方も、柚木に教えてもらってんのに全然覚えらんねぇ」

 

 柚木は真顔を崩して、優しく微笑んだ。

 

 「それこそ気にしなくていいよ。家事くらいやらなきゃね?それに私は好きでやってるの。だからゆーくんはそのままでいいの」

 

 「そうか。でもいつもありがとう」

 

 「いえいえ。私の方こそいつもありがとう。ゆーくん」

 

 柚木は両手を少しテーブルから出して、小さく振った。

 幸久と柚木は目を合わせて、そこから数秒ほど笑い合った。温かな雰囲気が広がる。

 

 「......なら、俺ちょっとやりたいことがあってよ。また後でな」

 

 幸久はそう言って、立ち上がった。

 

 よし、とりあえず重り作りながら考えよう。

 おじさんも言ってた。

 

 頬に紅葉の形の赤を作ったおじさんも言っていた。「男には、逃げも大切なんだ」って

 

 ありがとうおじさん。おじさんの言ってたことの大体は嘘だったけど、それでも俺には届いてるよ。

 

 幸久が柚木に言ったことに何一つの嘘も誤魔化しもないが、だいぶ最低なことを無意識に行っていた。おじさんの影響なのだろう。

 

 幸久は柚木に背を向けて、ペットボトルを回収するためにキッチンの方へ向かおうとしたところで、柚木に呼び止められる。

 

 「ゆーくん。座りなさい。まだ話は終わってないよ」

 

 「.......はい」

 

 幸久は大人しく椅子に座り直した。

 

 「それで、ゆーくん。考える時間は取れたよね?」

 

 「え」

 

 「何か、忘れてること.......ないかな?」

 

 温かな空気はものの数十秒で霧散した。幸久の額に冷や汗が垂れる。

 特に心当たりのない幸久は、沈黙を選択した。悪手である。

 

 「...........」

 

 「わからないんだね。そっか、そうだよね。」

 

 「......怒ってる?」

 

 「怒ってないよ。」

 

 「おこっ————」

 「怒ってないよ」

 

 「..........」

 

 「怒ってないよ」

 

 「......はい」

 

 柚子は先ほどの温かい微笑みではなく、形だけの冷たい微笑みを作った。その目は決して笑っていない。

 

 「ゆーくん、今日家を出た時に何かを忘れてたよね?ここまで言ったらわかるよね?」

 

 「........あっ」

 

 「うん。わかったみたいだね。戸締りせずに家を空けちゃったよね。何回目だと思う?」

 

 幸久に流れる冷や汗が増していく。心臓の鼓動が早くなり、固唾を飲んだ。

 

 ここで間違えれば、なんかやばいかもしれない。

 柚木がここまで怒ってんのは久しぶりだ。やべぇ.....足が震えてきた。小鹿みてぇだ。

 

 「........3回.....?」

 

 柚木はわざとらしく、明るい声を出した。

 

 「違うよゆーくん!不正解!でも惜しいかったよ!!」

 

 幸久はその明るい声を聞いて、少し肩の力が抜けた。

 

 俺は、俺は切り抜けた!!なんか間違えてたっぽいけど、柚木の声が明るくなった!!

 これでやっと重り作りを始められる。

 

 幸久は今度こそ本来の目的を果たすため、立ちあがろうとして、動きをピシリと止めた。

 柚木の目はまだ笑っていないことに気が付いたからだ。

 

 「23回だよ!」

 

 「........はえ....?」

 

 「23回だよ。ゆーくんが戸締りを忘れて家を空けた回数。23回だよ」

 

 「い、今惜しいって......」

 

 「うん。下一桁が合ってたからね。甘めに採点したの。」

 

 「.....スゥー........」

 

 「私もね?こんなことを一々言いたくないんだよ?向こうじゃ戸締りの習慣がなかったから、ゆーくんが忘れちゃう気持ちも理解できるしね?」

 

 「はい」

 

 「でもね?23回は、多くないかな?私は多いなって思うんだけど、ゆーくんはどう思う?」

 

 「.....俺も多いなって.....思いました.....」

 

 「ふふっ.....そうだよね。多いよね。よかった私だけじゃなくて!」

 

 逃げ道、逃げ道はどこだ!このままじゃやばい!!このままじゃ!!

 

 柚木は、幸久の逃げようとする気持ちに勘付いて、立ち上がり、幸久の隣の席に座り直した。

 

 椅子ごと体を幸久の方へ向ける。

 

 「今、逃げようとしたよね?あっ!怒ってないよ!もちろん怒ってない!........でもいっぱいお話ししようね?ゆーーくん」

 

 お説教はそこから2時間ほど続いた。

 

 10分間の大反省の後、空気を読まずに「重り作り手伝って」と言った幸久に呆れ、お説教をしながら手伝った柚木は誰よりも幸久に甘かった。

 

 

 ◇

 

 

 後日、幸久はベッドの上で目が覚めた。辺りを見渡すと、なにやらごちゃごちゃとしており、一切片付いていない。

 仮面や木刀、昆虫観察キット、虫取り網に自作の貯金箱など、さまざまな物が転がっていた。

 

 幸久は、部屋の真ん中に置かれているペットボトルの塊を見て、ニヤリと笑った。

 

 くっくっく.......これで俺は........

 

 

 

 幸久は重い足取りで部屋を出て、リビングに向かった。

 扉をを開ける。そこには、キッチンで朝食の準備をしている柚子の姿があった。

 

 扉の音に反応して、柚木が幸久を見た。

 

 「あ!ゆーくんおは......よ....う?」

 

 「ああ!おはよう!見てくれ柚木!」

 

 足をその場でぷらぷらと揺らす。揺れるたびに水が弾けるような音が鳴っていた。

 幸久の両足には、2Lペットボトルが片足5本づつガムテープで括り付けられていた。ペットボトルは一つ一つがきちんとつながっており、アンクルウェイトのようになっている。

 

 片足約10キロ。膝や足首の関節に大きな負担がかかる重量である。決して日常で装着し続けるものではない。

 

 柚木が信じられないと言うような表情をした。

 

 「あの....ゆーくん?そのね?これから学校なんだけど.......」

 

 幸久はそれに、さも当然だと言わんばかりに自信満々に行った。

 

 「わかってる!だから付けたんだ!」

 

 幸久的には、これが当初の目的なのだ。常日頃身につけ続け、満を持してドカン。

 幸久の考えは徹頭徹尾変わっていない。

 

 「えっと.....昨日何も聞かずに手伝ったんだけど、いや!聞かなかった私がダメだったのかもしれないんだけど!その......なんで?」

 

 「それはもちろんロマンのためだ!!」

 

 「ロマン?」

 

 「そう!ロマンだ!もしかして柚木もやりたいのか?そうならそうと言えよ!!ちょっと待っててな!!今日は片足だけで許してくれ!」

 

 幸久が片膝をついてしゃがみ、足に装着している重りを外そうとする。

 すかさず柚木は幸久を止めた。

 

 「いや!いや私はいいよ!!大丈夫ありがとう!」

 

 「ん?そうか?遠慮しなくていいんだが......」

 

 「ううん!遠慮なんてそんなそんな!気持ちだけ受け取っておくね?」

 

 「ふーん。わかった。んで柚木、今日の朝飯なに?」

 

 「あ!今日の朝ごはんはね!BLTサンド.....じゃなくって!ゆーくん本当にそれ学校につけて行くの?先生に怒られちゃうよ?」

 

 「大丈夫大丈夫!」

 

 「なにが!?」

 

 「まぁまぁ、大丈夫だって!多分な!それよりも腹減った!」

 

 幸久はバチャバチャと音を立てて歩いて、席についた。そして無垢な笑みを柚子に向けた。

 

 柚木は幸久のそんな顔を見ると、何も言えなくなってしまうのだ。

 柚木は幸久に対しては、本当に甘かった。ゲロ甘だった。

 

 

 ◇

 

 

 幸久と柚木が学校に着いたのは、朝礼の途中であった。

 元々、高校と家が離れていることも原因の一つではあるが、大部分が幸久のせいだった。

 慣れない重りをつけてでの生活、それも片足10キロは尋常ではなかった。一歩一歩が重く、その歩みは遅かった。

 

 幸久を止めなかった手前、柚木だけが先に行くこともできず、幸久に合わせて柚木も遅刻してしまった。

 

 幸久が教室のスライド式の扉を勢いよく開けた。バンと言う音が教室に響き渡り、クラスメートと担任の教師が、一斉に音の方を見る。

 

 「おはようございます!!」

 

 「お、遅れてすみません!!おはようございます!」

 

 「馬鹿に奈凪、遅刻だぞ。どうしたんだ?」

 

 一切悪びれてもいない幸久と、申し訳なさそうな、どこか恥ずかしそうな柚木。そんな対象的な2人を見て、担任の剛力先生は少し心配そうな表情をした後、幸久の足についている重りを認識した。

 

 剛力先生は、こめかみを揉みながら瞳を閉じて、もう一度開ける。

 

 変わらない。現実のようだ。

 

 幸久の足についている大きいペットボトル。それが雑にガムテープでぐるぐる巻きにされていた。

 

 「.......奈凪、とりあえずお前は先に席につけ」

 

 「は、はい」

 

 柚木が席に座ったことを確認した剛力先生は、幸久に質問を始めた。

 

 「馬鹿、お前のその足はなんだ?」

 

 「重りだ!いいだろ!!先生もつけてみるか?」

 

 「それはいい。それでだな馬鹿。なんで学校にそんなものをつけてきたんだ?」

 

 「ふっ......よく聞いてくれた!!先生!!それはロマンだ!!」

 

 剛力先生の額に青筋が走る。

 

 「ほう。ロマンか。それはよかったな。」

 

 「ああ!よかった!俺は満足している!!」

 

 剛力先生の額の青筋が増える。

 教室が緊張に包まれた。

 

 「馬鹿、お前は学校にそんなものをつけてきていいと思っているのか?」

 

 「大丈夫だ!!」

 

 「なぜそう思う」

 

 「わからんが、多分大丈夫だ!!」

 

 幸久は胸を張って剛力先生にそう言った。

 剛力先生は絶句したように口をぽかんと開けたあと、もう一度こめかみを揉みながら幸久に言った。

 

 「馬鹿、お前はバカなのか?」

 

 幸久は心底不思議そうな顔をする。

 

 「先生、俺の苗字はな?バカじゃなくて、ましかって読むんだ。勘違いされやすいんだけど、次から気をつけてくれよな!!」

 

 幸久はサムズアップをしながら、剛力先生に向かってウィンクをした。

 

 

 幸久の放課後の呼び出しが確定した。もちろん重りは没収され、講義した幸久は、剛力先生による拳骨によってあえなく撃沈した。

 

 剛力鐵、体育教師。筋骨隆々で日焼けサロンに通ってできたその浅黒い肉体は、幸久の頭を正確に捉え、的確な拳骨を振り下ろしたと言う。

 まさに肉体の躍動であった。

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