時は戻って、2日前。とある研究施設で。
エリスは悩んでいました。
人間の魂を地球に留めるか、留めないか。
人間は死んだら幽体となり、聖なる母《太陽》に吸収されます。
しかし大気圏に特別な膜を張れば、幽体をはじき返すことができ、幽体を地球に留めることができるのです。
それが彼女らの研究結果でした。
(幽体を留めることが本当に幸せなの?)
目の前には、巨大な試作機があります。
半径1キロ圏内での実験です。
(これは触れてはいけない……?)
刹那、研究室が赤く染まり、けたたましい警告音が鳴り響きました。
扉から女が飛び出してきて、エリスを押し倒します。
女の身体は、ミイラのように細いです。
「なんですか。ちょ」
そして、エリスの首に掛かっている『鍵』を乱暴に奪い取りました。
それは試作機の作動に使うものです。
「私は、太陽に吸い込まれたくない……!」
女は精一杯叫び、横にある出力装置を最大に引き上げて『鍵』を差し込み、回しました。
「あれ?」
作動しません。
3人がそれぞれの鍵をそれぞれの穴にさして、回さなければいけないからです。
エリスは、フゥ、と溜息を吐きました。
「離して……」
警備員が女を取り押さえます。
それを見るエリスの目には、真っ直ぐな火が灯っていました。
立ち上がり、部下たちを見やります。
「この実験はあまりにも不自然すぎます。当企画を、中止します」
研究員は皆、神妙な顔つきです。
(何年もかけた研究がボツになるのだから、無理もない)
反対にエリスはどこか清々しい様子でした。
エリスは鍵を抜こうと、手を伸ばします。
ガチャ、ガチャ。
「な、なんで」
エリスは振り返り、信じられないという顔で部下二人を見つめました。
「わたしも、吸い込まれるのはごめんなんだ」
「すまない」
彼らもまた、女と同じ思想であり。
女が与えたチャンスに、彼らは抗えなかったのです。
「やった……」
女は満面の笑みで仰向けに倒れました。
機械の作動音だけが、この空間に流れました。
視点戻ります。
恩人は平垣を可憐に乗り越えました。
私の本体の心配をしていると、身体を誰かに持ち上げられます。
「わっ!」
ジョナサンさんに投げられたことを理解すると。
時既に遅し。
壁が迫ってきていました。
思わず目を瞑ります。
しかし、いつまでたっても衝撃がありません。
ゆっくりと目を開きます。
そこは部屋でした。
4つの椅子にその机、薄型テレビ。
どういうことでしょう。
誰がどう見てもリビングでした。
ポカンと口を開けてると。
「おわっ! 凄い!」
驚愕の声を上げるジョナサンさんが。
壁をすり抜けてきました。
まるで3Dプリンターの制作過程を早送りしたように。
恐怖を与えるには十分でした。
「ひぃ」
「ビビらないで。幽霊ですよ? それよりさっきはすみません」
なるほど、幽霊だから壁をすり抜けられたのですね。
でも、まだわからないことがあります。
ジト目で見つめました。
「なんで、投げたんですか?」
「あ、そのう、ですね……。敵から守らなければと思いまして。幽霊だから、守る必要ありませんでした……」
「敵?」
あの金属音――敵の銃撃だとしたら。
鳥肌が立ちました。
「マジですか」
「そうです。って君の本体が危ないよ! 同じ幽霊だと思ってました!」
ジョナサンさん――ジョナサンは、元来た壁に吸い込まれていきました。
わたしの本体生きてるよね!?
急いで追いかけました。
壁はすんなり通り抜けられます。
通り抜けたいと思えばできるということですか?
それも違うような気がします。
本体は力なくうつ伏せで倒れていました。
半袖から覗く腕には擦り傷があります。
息はしているようなので安心です。
本体の先にはジョナサンの後ろ姿があって。
そのまた先には狙撃手さんが銃を抱えて、平垣に寄りかかっていました。
その顔は真剣そのものです。
「ジョナサンさん、この後は――」
「なんか、ポルターガイスト的な……」
そういって彼は、足元の雑草に触れると、僅かに揺れた気がしました。
もしかして、できちゃいます?
「今のって」
「もう一回やってみよう」
そういって思いっきり雑草を叩きます。
雑草は手をすり抜けて、振動しました。
少しだけ、干渉できるようです。
「これじゃ人は殺せないよー」
なんて物騒な。
殺さなければ道はないのでしょうか。
例えば狙撃の妨害とか。
「狙撃手の目を触るとかはどうでしょうか」
「……。それいいかも!」
「でも敵の位置がわからない――」
「それなら大丈夫です。この住宅街で、ここを狙撃できる場所はあそこしかありません」
そう言って彼が指したのは、昔通った中学校でした。
ここからは1キロ近く離れていて、屋上が民家の上に見えました。
あそこなら、確かにここを狙えます。
「よし、早めに片付けよう」
ジョナサン、同じチームの狙撃手さんは心配ではないのでしょうか。
そういう素振りを見せないのは、信頼からくるものなのでしょう。