5月の生暖かい風の中、狙撃手《敵》は目を開けたまま寝ています。
「はっ」
大事なことに気づきました。
この人が死んだなら、幽霊になるはずです。
ジョナサンが言った通りならば、その幽霊は頭上からゆっくりと降りてきます。
彼は私を見て、どう思うでしょうか。
自身を殺した相手に何と言うでしょうか。
震えが止まらなくなりました。
彼から逃げなければ。
罪悪感はなく、焦燥感だけがあります。
屋上から飛び降りました。
地面が迫ってきますが、何も感じません。
ずぼっと、下半身だけが土に埋まります。
彼が私を掴んできたのです。
嫌です。殺されます。
地面に手をついて抜けました。
振り返らずに疾走します。
後ろから足音がしませんでした?
追いかけてきてます?
ビリビリと背筋に電気が走りました。
疲れないはずなのに、息が荒くて苦しいです。
初めてのおつかいをした八百屋を通り過ぎました。
ということは、近くにジョナサンたちがいます。
助けてもらいましょう。
ジョナサンに投げられた場所が視界に入りました。
「ジョナサンさん。助けてください!」
返事が返ってきません。
もう真後ろにいますよ!?
彼らがいるはずの場所には多数の人が寝転がっていました。
何が起きてるんですか。
刹那、右腕を誰かに引っ張られました。
「わっ」
視界が灰色のコンクリートに包まれます。
口を塞がれました。
「んんっ!」
「俺ですって」
上を見ると、ジョナサンが見下ろしていました。
伝えないと!
口が解放されます。
「敵に追いかけられているんです! すぐ後ろに!」
「……? 誰もいませんでしたよ?」
「え」
あんなに足音がしたのに。
360度見渡すと、敵の狙撃手はいませんでした。
私の妄想だったんですか。
「お、俺は無抵抗だ。足を撃たれて何もできない。捕虜にしてくれないか」
奥の部屋から声がしました。
狙撃手さんの声ではありません。
「誰です?」
「ああ、殺そうとするときに夏目さんの声が聞こえたんです。休んでいてください」
え、殺す?
「殺したら恨まれますよ!」
ジョナサンが立ち止まりました。
振り返らずに言います。
「本人に恨まれるのも、その人が大事だった人に恨まれるのも、そう変わりませんよ」
そう言って、また歩を進めました。
その人が大事だった人――彼以外にも恨む人がいるんですね。キリがないじゃないですか。
暫くして、ジョナサンは戻ってきました。
もうあの声は聞こえません。
「さぁ、夏目さんの本体のところへ行きましょう」
「そうですね」
私はこの時点で、なぜ気づけなかったのでしょうか。