勇者より儲かる商売がある ~ステータス測定器で世界市場を制した商人の話~ 作:スコップ売りの少女
王都中央広場に設置された勇者召喚陣が眩く輝き、その場にいた貴族も平民も商人も衛兵も、もはや年中行事になっているはずの光景であるにもかかわらず反射的に視線を向ける中、光の柱の中心から制服姿の少年が転がり出るように現れた。
「うおっ!? マジで異世界転移した!? テンプレじゃん!」
「おおおおおおおお!」
「転生者だ!」
「いや召喚勇者か!」
「若いぞ!」
「高校生くらいじゃないか!」
「顔が主人公っぽい!」
「ステータスを見せろー!」
野次馬の歓声に囲まれた少年は戸惑いながらも妙に順応が早く、数秒ほど辺りを見回したあとで何かを思い出したように拳を握った。
「そうだ、まずはステータスだよな!」
「来るぞ!」
「定番だ!」
「レアスキル持ちか!?」
「チートか!?」
ステータス宝珠に触れて、少年は高らかに叫んだ。
「ステータスオープン!」
空中に青白い半透明の文字列が展開される。
群衆が一斉にどよめいた。
「おおおおおおおお!」
「攻撃力高っ!」
「魔力もある!」
「しかも固有スキル二つ持ち!」
「当たり勇者だ!」
「今期の目玉だな!」
広場の向かいにある喫茶店のテラス席でその光景を眺めていた男が、心底うんざりした顔でコーヒーを飲み干した。
「また転生者か」
向かいの席に座る男は帳簿から目を離さないまま答えた。
「正確には異世界召喚型ですね」
「どっちでもいい」
「よくありません」
「なんでだよ」
「転生者と召喚勇者では購買傾向に差がありますので」
「聞いた俺が馬鹿だった」
ロイドは深々とため息を吐いた。
かつて王国最高の鑑定士と呼ばれた男である。
今ではただの苦労人だった。
「で、今年何人目だ」
帳簿をめくる音。
羽根ペンが数字をなぞる音。
そして即答。
「八百二十七人目です」
「多すぎるだろ」
「昨年同期比で十二パーセント増です」
「増えてんじゃねえよ」
「市場拡大ですね」
「勇者を市場って言うな」
「消費者です」
「もっとひどくなったな」
ガイアスはようやく顔を上げた。
王都最大の商会、『ステータス商会』の会長。
勇者でもなければ賢者でもない。
魔王を倒したこともなければ伝説の剣を抜いたこともない。
だが資産だけなら王国でも指折りだった。
「しかし良い傾向です」
「何がだ」
「若い」
「勇者が?」
「ええ」
「若いと何か違うのか」
「購買意欲が高い」
「最低だなお前」
ガイアスは気にした様子もなく広場を指差した。
そこでは王国の神官たちが勇者を取り囲み、歓迎式典の準備を始めている。
「見ていてください」
「何をだ」
「三日以内にステータス宝珠を買います」
「賭けてもいいぞ、一日だ」
「おや」
「俺だって長年見てきたんだ」
「では一日ですね」
「嫌な経験則だな」
勇者が神官に何かを尋ねる。
神官が答える。
勇者が驚く。
そして。
「えっ、ステータス履歴って保存できないの!?」
ロイドが顔を覆った。
「あー」
「始まりましたね」
「始まったな」
「新規顧客です」
「勇者を客としてしか見てねえ」
神官が慌てて説明している。
どうやらステータスは見られるが記録は難しいらしい。
勇者が困惑している。
ガイアスは帳簿を閉じた。
「ロイド」
「嫌な予感しかしない」
「在庫は?」
「何のだ」
「冒険者カード初級版です」
「倉庫に二万枚」
「足りませんね」
「足りるだろ」
「今年は豊作です」
「農作物みたいに言うな」
ガイアスは立ち上がった。
「増産しましょう」
「待て」
「はい?」
「お前さ」
「はい」
「勇者が現れたの見て最初に出る言葉がそれなのか?」
「当然でしょう」
「なんでだよ」
「勇者が増えればステータスを調べる人間が増えます」
「うん」
「ステータスを調べる人間が増えれば測定器が売れます」
「うん」
「測定器が売れれば利益が出ます」
「うん」
「利益が出れば新商品を開発できます」
「うん」
「新商品が出ればさらに売れます」
「うん」
「つまり勇者は希望です」
「金の匂いしかしねえ希望だな」
ガイアスは広場の中央で歓声を浴びる少年勇者を眺めながら、商人らしい穏やかな笑みを浮かべた。
「良い年になりそうです」
「勇者の未来じゃなくて決算の話してるだろ」
「もちろんです」
「知ってた」
王都に再び歓声が響く。
また一人、異世界から勇者がやって来た。
そしてガイアスの目には、世界を救う英雄ではなく、新たな顧客第一号として映っていた。