勇者より儲かる商売がある ~ステータス測定器で世界市場を制した商人の話~ 作:スコップ売りの少女
「ねえロイド」
「何だ」
「創業当初の資料を整理していたら面白いものが出てきました」
「嫌な予感しかしねえな」
「初代ステータス宝珠の広告です」
「燃やせ」
「歴史的資料ですよ」
「俺にとっては戦争記録みたいなもんだ」
ガイアスが古びた羊皮紙を広げると、そこには『鑑定士不要! 誰でも使える! 銀貨一枚!』と大きく書かれており、その下には当時としてはかなり革新的だった半透明の宝珠の挿絵が描かれていた。
「今見ると攻めてますね」
「今じゃなくても攻めてたよ」
「そうですか?」
「お前な、当時の鑑定士ギルドがどれだけ怒ったと思ってる」
「結構ですか?」
「結構どころじゃねえ」
ロイドは頭を押さえた。
「思い出しただけで胃が痛くなる」
「私は楽しかったですよ」
「知ってる」
「毎日売上が伸びました」
「だからそういう話じゃねえんだよ」
当時。
王都。
鑑定士ギルド本部。
ギルド長を筆頭に幹部たちが円卓を囲み、その中央には発売されたばかりのステータス宝珠が置かれていた。
「ふざけるな!」
「我々への挑戦か!」
「神聖な鑑定技能を冒涜する気か!」
「商人風情が!」
怒号が飛び交う。
その中で若いガイアスは一人だけ落ち着いていた。
「神聖だったんですね」
「そこじゃない!」
「初めて知りました」
「話を聞け!」
「聞いています」
「聞いてない!」
ギルド長が宝珠を叩いた。
「これは何だ!」
「ステータス宝珠です」
「見れば分かる!」
「便利でしょう?」
「便利なのが問題なんだ!」
「そうですか」
「そうだ!」
「なるほど」
ガイアスは素直に頷いた。
ギルド長はさらに苛立った。
「鑑定は神聖な技能だ!」
「そうですか」
「そうだ!」
「知りませんでした」
「だから問題なんだ!」
「しかし」
「何だ!」
「利用者は喜んでいます」
「それは」
「銀貨三枚払わなくて済むので」
「ぐっ」
「列に並ばなくて済むので」
「ぐぬぬ」
「好きな時に見られるので」
「黙れ!」
「好評です」
幹部の一人が机を叩いた。
「我々には伝統がある!」
「素晴らしいですね」
「歴史がある!」
「立派です」
「誇りがある!」
「大切です」
「ならば!」
「はい」
「なぜ売る!」
「売れるからです」
沈黙。
あまりにも迷いのない即答だった。
「……」
「……」
「……」
「それ以外に理由がありますか?」
後にロイドは、この瞬間に会議は終わっていたと語っている。
価値観が違いすぎた。
鑑定士ギルドは伝統を守ろうとしていた。
ガイアスは需要を見ていた。
議論が成立するはずもなかった。
「結局どうなったと思う?」
現在。
ロイドが呆れた顔で尋ねる。
「売れました」
「売れたな」
「結構売れました」
「結構じゃねえ」
ガイアスは資料をめくった。
「初月三千個」
「十分多い」
「二週目一万個」
「嫌な伸び方だな」
「三週目三万個」
「止まれ」
「月末五万個」
「止まれって」
「翌月十万個」
「止まらなかったな」
ロイドは遠い目をした。
「鑑定士ギルドは毎日抗議してた」
「覚えています」
「王国に訴えたり」
「はい」
「神殿に泣きついたり」
「はい」
「新聞で批判したり」
「はい」
「お前は何してた」
「増産です」
「だろうな」
「工場を二つ増やしました」
「だろうな」
「職人を百人雇いました」
「だろうな」
「隣国への輸出も始めました」
「だろうな」
「忙しかったですね」
「絶対反省してねえな」
ガイアスは当時の売上帳簿を見ながら懐かしそうに微笑んだ。
「今思うと幸運でした」
「何がだ」
「競合がいなかった」
「競合どころか誰も作ろうとしてなかったからな」
「皆さん、鑑定士を増やそうとしていました」
「まあ普通はそうだ」
「私は宝珠を増やしました」
「それで勝った」
「それで勝ちました」
ロイドは椅子にもたれかかった。
「一番笑ったのはな」
「何でしょう」
「発売三ヶ月後だ」
「ああ」
「ギルド長が買った」
「買いましたね」
「自分で」
「買いましたね」
「神聖な技能だって言ってたのに」
「買いましたね」
「なんでだと思う?」
「便利だからです」
「便利だったからだよ」
二人の間に沈黙が落ちた。
そして。
「なあガイアス」
「はい」
「昔はな」
「はい」
「伝統とか歴史とか誇りとか、そういうものが勝つと思ってたんだ」
「そうですか」
「でも違った」
「違いましたか」
「ああ」
「何が勝ったんです?」
ロイドは窓の外に見える巨大なステータス商会本店を見上げた。
王都で最も高い建物。
世界最大の測定器企業。
その始まりは小さな宝珠一つだった。
「資本主義は神聖じゃなかった」
「ですが強かった」
「否定できねえのが腹立つんだよ」
ガイアスは満足そうに頷いた。
「良い商品でしたから」
「その台詞を聞くたびに鑑定士ギルドの墓参りに行きたくなる」
「まだ滅んでませんよ」
「滅びかけてるだろ」
「そこで朗報です」
「嫌な予感しかしねえ」
「次回は冒険者カードを発売します」
「やめろ」
「大ヒットします」
「やめろ!」
こうして王国初のステータス宝珠は、鑑定士たちの怒りと利用者たちの歓喜と大量の利益を生みながら、後の巨大産業の第一歩となったのである。