勇者より儲かる商売がある ~ステータス測定器で世界市場を制した商人の話~ 作:スコップ売りの少女
「ガイアス!」
「おはようございます」
「おはようございますじゃねえ!」
王都本店最上階の会長室の扉をロイドが勢いよく開け放ち、そのまま朝刊を机の上へ叩きつける一方で、ガイアスはいつものように落ち着いた様子で紅茶を飲みながら今日の売上報告書を読んでいた。
「新聞を見ろ!」
「見ています」
「一面だ!」
「一面ですね」
「大事件だぞ!」
「そうですね」
「なんでそんなに冷静なんだ!」
ガイアスは記事を読んだ。
数秒後。
「ああ」
「ああじゃない!」
「復活しましたか」
「復活したんだよ!」
新聞の見出しには大きく書かれていた。
『魔王軍復活』
『北方領域にて魔族軍団確認』
『魔王城再建の兆候あり』
『王国緊急会議開催』
王都は朝から大騒ぎだった。
商人は商品の買い占めを始め。
貴族は領地へ避難し。
冒険者ギルドには討伐依頼が殺到している。
数十年ぶりの国家危機だった。
「まずいぞ」
「増産ですね」
「お前はまず心配しろ」
「しています」
「どこがだ」
「供給不足を」
「そこじゃねえよ!」
ロイドは頭を抱えた。
目の前の男は本当に昔から変わらない。
世界が滅びそうになっても、最初に考えるのは市場と在庫である。
「なあ」
「はい」
「魔王だぞ」
「そうですね」
「魔王軍だぞ」
「そうですね」
「人類存亡の危機だぞ」
「そうですね」
「感想は」
ガイアスは即答した。
「勇者需要が増えます」
「最低だな」
沈黙。
ガイアスは真顔だった。
本気だった。
だから余計にたちが悪い。
「ロイド」
「何だ」
「考えてみてください」
「嫌だ」
「魔王軍が現れます」
「うん」
「人々は不安になります」
「うん」
「強くなりたいと思います」
「うん」
「ステータスを確認します」
「うん」
「測定器が売れます」
「うん」
「勇者が増えます」
「うん」
「さらに測定器が売れます」
「うん」
「素晴らしい循環です」
「地獄みたいな循環だな」
その時だった。
営業部長が会長室へ飛び込んでくる。
「会長!」
「どうしました」
「大変です!」
「売れましたか」
「売れました!」
「予想通りですね」
「予想するな!」
ロイドが叫ぶ。
営業部長は報告書を広げた。
「魔王復活の速報からわずか三時間で!」
「はい」
「初心者向け宝珠が完売!」
「はい」
「冒険者カードも完売!」
「はい」
「スカウターも完売!」
「はい」
「在庫がありません!」
ガイアスは立ち上がった。
そして窓の外を見た。
王都中央通り。
店舗の前には長蛇の列。
人々は不安そうな顔で商品を買い求めている。
「なるほど」
「なるほどじゃねえ」
「予想以上です」
「予想してたんだな」
「少しだけ」
「少しじゃねえだろ」
営業部長はさらに報告を続ける。
「冒険者ギルドからも追加注文です!」
「何台です?」
「三万台!」
「少ないですね」
「どこがだ!」
「勇者育成学校からも注文です!」
「何台です?」
「二万台!」
「少ないですね」
「感覚が壊れてる!」
「さらに神殿から」
「何台だ」
「五万台です!」
ロイドは黙った。
営業部長も黙った。
ガイアスだけが静かに頷いた。
「工場を増やしましょう」
「お前本当にブレねえな」
その頃。
王城。
緊急会議。
「魔王軍が復活した!」
「軍備を整えろ!」
「勇者召喚の準備だ!」
「冒険者を集めろ!」
王国中が大混乱だった。
一方その頃。
「第二工場を稼働してください」
「はい」
「第三工場も」
「はい」
「第四工場も」
「はい」
「増産です」
「はい」
「何でこんな時に元気なんだお前」
ロイドは本気で聞いた。
するとガイアスは珍しく少しだけ考え込む。
「ロイド」
「何だ」
「私は商人です」
「知ってる」
「だから危機を見ると考えるんです」
「何をだ」
「何が必要になるかを」
ロイドは少し黙った。
「……」
「人は不安になると現状を知りたくなります」
「まあな」
「自分は戦えるのか」
「うん」
「どれだけ強いのか」
「うん」
「どれだけ成長できるのか」
「うん」
「だから測定器が必要になります」
「なるほどな」
「私はそこに商品を置くだけです」
「言い方だけ聞くとまともなんだよな」
「まともですよ」
「でもお前」
「はい」
「魔王復活の記事を見て最初に言ったの増産だぞ」
「正解でした」
「結果論で殴るな」
その時。
また別の報告書が届く。
ガイアスが目を通す。
そして。
「ほう」
「何だ」
「面白いですね」
「嫌な予感しかしない」
「魔王軍幹部のステータス情報が出回っています」
「うん」
「人気ですね」
「人気?」
「ランキング化しましょう」
「やめろ」
「魔王軍幹部最強ランキングです」
「やめろ」
「毎週更新します」
「やめろ!」
会長室にロイドの叫び声が響いた。
しかしガイアスはもう次の企画書を書き始めている。
勇者需要。
軍事需要。
情報需要。
魔王軍需要。
彼の頭の中では既に新しい市場が生まれていた。
「なあガイアス」
「何でしょう」
「もし魔王が勝ったらどうする」
ガイアスは即答した。
「魔界支店を出します」
「知ってた」
「競争相手が少なそうですので」
「その発想が出る時点でお前は人類側じゃねえよ」
窓の外では鐘が鳴り響いている。
王都は戦争の気配に包まれていた。
人々は恐れ。
国は備え。
勇者たちは立ち上がる。
そしてガイアスだけは。
「ロイド」
「何だ」
「魔王軍向けモデルの試作品を作りましょう」
「早すぎるだろ!」
人類最大の危機を前にしてなお、彼は一人だけ次の顧客のことを考えていたのである。