「それでは次のニュースです」

「◯◯県の刑務所にて、謎の不審死────」

「被害者は全身を刃物で突き刺されたように────」

「レポーターの姫宮さん、この事件はなぜ起きてしまったのでしょう」


「なぁぜ」

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知人から聞いた話です。


なぁぜ

 

 僕が彼女に気がついたのは、このアパートに引っ越してから二日目のことである。

 この部屋は台所のあるキッチンに和室が一部屋付いており、僕はもっぱらその部屋に布団を敷いて寝るのだが、深夜二時、彼女が僕を見下ろしているのに気がついた。

 

 白いワンピースに腰まで伸びた黒髪。しかして顔は前髪で隠され伺えない。

 なんとなくふわりとした実体感のなさに、彼女がこの世のものでないと気づいたのは、ほとんど見てすぐのことだった。

 

「なぁぜ」

 

「なぁぜ」

 

 ────とこの世のものとは思えない低い声で呻き、そして僕に気づくと凄まじい速度で僕の顔を覗き込んでくるのだ。僕の視界は彼女の目で埋まる。その女の目である。

 

 血走り、ぎょろりとした目。

 

 そうして気づいたときにはすっかり朝になっているのだ。

 そんな夢か現かわからない事象を、三日目から毎日見ている。

 

 なにもしてこないのであれば、ほうっておけと嘯く人もいるだろう。

 しかし、起きている間でも彼女の幻を見るようになった。

 

 遠くから、あの目でこちらを睨んでくるのだ。

 すると僕は金縛りにあったかのようになって、しばらく動けなくなる。

 いついかなる時も。横断歩道を渡っているときだって。

 

「なぁぜ」

 

 かろうじて死を免れたかと思えば、後ろからそんな囁きが聞こえてくるのだ。

 こんな状況があと三日も続けば、僕は間違いなく死んでしまうだろう。

 そう思い、信頼できる先輩に相談した。

 

 髪を金色に染めて、毎日アロハシャツを着ているようなチャラい先輩だ。

 しかし信心深いのか、首には十字のネックレスをいつも欠かさずかけていた。

 

「そりゃあおまえ、地縛霊だよ」

 

 地縛霊。要は人ではなく土地に憑く霊だと言う。パチンコ店でそんな説明をされてもまるで頭に入ってこないのだが、土地に憑くのであればなぜ僕に毎日付き纏うのだろうか。僕が先輩にそう聞くと、先輩はうっとおしそうにポケットから取り出したレシートになにやら手紙を描いた。

 

 そこには”こいつの話を聞いてやれ。ノブより”とだけ描かれていた。

 

「これもって大学のオカ研に行け」

「オカ研?」

「オカルト研究部!」

 

 僕は先輩にお辞儀をして、パチンコ代の三千円を建て替えると、さっそく大学のオカルト研究部とやらに伺うことにした。そこには様々な生物の標本・剥製が置かれていた。怪しげな本やなにやら呪物っぽい代物もいくらか。その最奥にあるソファに寝転がっている少女がいた。

 

 世界の呪物辞典と描かれた本をアイマスク代わりに眠っている。髪は茶。白衣と緑色のセーターが特徴的な……いや、なによりも特徴的なのは中学生と見間違うような華奢な体躯だろうか。

 

「あ、あの、ここがオカルト研究部でしょうか?」

「何ぞえ?」

 

 僕が声をかけると、ようやく少女がソファから起き上がってきた。ふわぁ、と欠伸をし寝癖のついた髪をかきわける。どうにもまだ睡眠が足りないようだった。

 

「君は何だい」

「あ、僕。ニノマエハジメと申します」

「ハジメ? 漢字は?」

「漢字の一に、始まりの始ですね」

「けったいな名前だね」

 

 ソファにしっかり座り直すと、手を向かいのソファに差し出してきた。

 どうやら座れということらしい。僕は遠慮なく座ることにした。すると逆に、少女は立ち上がり、備え付けのキッチンでなにやら器具を弄り始めた。コーヒーの渋い匂いがする。

 

「私はヒルカワコウタ。血を吸う蛭の川って書いて、小さい唄って書くの。口に貝のほうね」

「漢字はどうでもいいですけど」

「蛭川って苗字、嫌いだから小唄って呼んでね」

 

 そう言って、少し汚れたマグカップが僕の目の前に置かれた。

 お茶菓子はチョコスナック。それを美味しそうに小唄先輩はサクサクと食べ始める。

 

「で、何の用」

「あ、えーっとノブナガ先輩の紹介で来たんですけど」

 

 そう言って、一応直筆のレシートを渡すとポイっと丸めてゴミ箱に捨てられた。

 代わりに興味が惹かれたようで、猫のようにじぃ……と目を見開いてこちらを見つめてくる。

 

「なに? 心霊案件? 具体的にどうぞ?」

「実は転居してきたアパートに地縛霊がいまして……」

「ああ、憑いてきてるよね」

 

 小唄さんがそう言うと、パリィンとキッチンからコップが落ちた。

 なるほど、彼女はしっかりとこの場にも憑いてきているようだ。

 怖すぎる。僕はすっかり怯えてしまい、小唄先輩に抱きついてしまった。

 

「は、はやく祓ってくださいよ!! そういうことができる人なんでしょ!? 先輩!!」

「悪いけど私、見えるし話せるけど祓ったりはできないんだよね」

「な、なんでもいいから!!」

「落ち着いて、余計怒ってるよ。彼女」

 

 パリン、パリィン、とコップや皿が落ちていく。もちろん棚の呪物や標本も。ちょっとした地震みたいな感じだ。しばらく小唄先輩に抱きついて怯えているとやがてそれは止まった。

 

 いったいなぜ僕がこんな目に合わされるんだ。

 アパートを引っ越せば済む話なら今すぐにでも引っ越したいぐらいだ。

 

「どうやら彼女、君のことを付き合ってた人だと思っているみたいだね」

「そ、そんな!! 生まれてこの方彼女なんていたこと無いですよ!!」

「まぁ、その付き合ってた人に刺されたらしいからね。君なら今頃牢獄の中だ」

「ええ!?」

 

 たしかに異様に家賃が安いと思っていたけれど、まさか事故物件だったなんて。

 なんかそういうのは報告義務があるんじゃないのか? とりあえず、先輩から離れることに。いくら怯えていたと言っても、初対面の相手に抱きつくべきではなかった。

 

「彼女の事件を追うのが除霊の鍵かもしれないね」

「そういうものなんですか?」

「それで無理ならお手上げってことだよ」

 

 と言って、小唄先輩はわざとらしく両手を上げた。さながらアリクイの威嚇だ。

 こころなしか、頬も赤らめているように思える。

 

「えっと……じゃあ大家さんを問い詰めてみようかな」

「ふむ、私もついていっていいかい?」

「いいんですか?」

「これでもオカルト研究部だからね、興味津々だよ」

 

 ひとまず俺は散らかったオカルト研究部を片付けつつ、大家さんに電話をすることにした。

 最近のスマホは便利である。

 

『あ~~やっぱり出る?』

「出る、じゃないですよ!! 知ってたんですか?」

 

『うん、あのアパートに住んでた子ね、彼氏に殺されてね』

「それはなんで………」

 

『わかんないけど、借金とか相当あったんじゃないかな。無理心中をしようとして、彼氏さんだけ生き残っちゃったって当時のニュースではやってたよ』

 

「彼氏の場所とかわかります?」

『さぁ、刑務所じゃない?』

 

 終始、そんな適当な感じで電話は終わった。途中からスピーカーに変えて小唄先輩に聞いてもらっていたが、先輩も呆れたように肩をすくめていた。

 

「今から引っ越せば助かりますかね?」

「君を彼氏だと思っているから、死ぬまで纏わりつくだろうね」

「どうすればいいんですかぁっ!!」

 

 泣きを入れて、先輩にすがる。

 すると先輩はなにかを思いついたようにポン、と手を叩いた。

 

「その彼氏を連れてくればいいんだよ」

「でも今刑務所なんじゃないんですか?」

「どこの刑務所かわかればなぁ……」

 

 仕方ない、と首を横に振る先輩。

 万事休すかと思われたが……。

 

「よし、今夜は君の家に泊まろう」

 

 にんまりと天使のような笑顔で、小唄先輩はそう言った。

 ひとまず大学からアパートに戻ることに。

 

 最初に大家の部屋に突撃することにした。

 大家さんはふくよかな五十代ぐらいのおばちゃんである。

 

 文句を言ってやろうと思ったが、それより先に先輩が疑問を投げかけた。

 

「彼氏さんのお名前ってわかります?」

「ああ、一応? 姫宮さんって言ったかねぇ。確か今はこの県の刑務所に入っているはずだよ」

「へぇ、そこまで分かればいいかな。ありがとうございます」

 

 にぃ、と悪魔のような笑顔になる小唄先輩。

 ひとまず今夜は除霊作業となるわけだ。

 

 僕たちはコンビニで、なにか必要そうなものを買うことにした。

 

「とりあえず盛り塩。これ何の呪文も知らなくても効くからね」

「効くって?」

「とりあえずの結界とか。あとお酒があるといいね。お供え物っぽいのも」

 

 そう言って先輩がドンドンと商品をカゴに入れていく。

 今コンドームも突っ込まなかったか、この人。

 購入時、小唄先輩の背丈もあって凄まじく店員に睨まれてしまった。

 

 さて、その夜。あまり騒がしくしていたら霊は来ないと先輩が言うので、黙って二人で個別のスマホを見て時間を潰すことになった。こういう形だが、女の子を家に招くのは初めてでなんだかドキドキしてしまう。それは恐怖心からでもあったように思う。

 

 深夜零時を超えると、カタカタと周りの家具が揺れるように感じた。

 俺がすっかり怯えて布団に包まると、またいつものように、あの実体のない幽霊が現れたのである。今度は周りの電気が点滅し、そして暗くなった。

 

 突然、幽霊が僕に迫ってきたかと思うと、幽霊は見えない壁に防がれたようにぴたりと立ち止まった。それでも十分に怖い。

 

「まぁ待ちな。君の彼氏は彼じゃない」

 

 先輩がキッチンの方から幽霊を囲うようにして歩いてくる。

 幽霊はゆっくりと先輩の方を向いた。

 

「姫宮さんだっけ? 彼ならばこの住所にいるよ」

 

 先輩が見せたスマホの画面にはこの県の刑務所について描かれていた。

 幽霊はそれをしばらく眺めたかと思うと────。

 

「なぁぜ」

 

 そう言って、ふと消えた。電気も元通りに点く。

 既に幽霊の気配というものはこの部屋になかった。

 

「良かった、除霊完了だね」

「あああ、ありがとうございます小唄先輩!! 一時はどうなることかと……!」

「まぁ、でも……」

 

 先輩の最後の一言が俺の背筋を心底凍らせた。

 もう二度と、このような安アパートを借りることはすまい。

 

「彼氏さんは多分今頃心中の続きをやってるだろうね」 

 

 

 ※  ※  ※

 

「それでは次のニュースです」

 

「◯◯県の刑務所にて、謎の不審死────」

 

「被害者は全身を刃物で突き刺されたように────」

 

「レポーターの姫宮さん、この事件はなぜ起きてしまったのでしょう」

 

 

 

「なぁぜ」

 




おつかれさまでした。

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