ケンガンシークエル   作:如月雪

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阿古屋好きな人はごめんなさい

















モノローグ

──空間が歪んだ。

 

視界がねじ曲がる。

足元の感覚が消え、上も下もわからなくなる。

この感覚には覚えがあった。

世界間転移。

ただし、エヴァの転移魔法とはまるで違う。

もっと乱暴で、強引で、まるで世界そのものに無理やり引き剥がされたような感覚。

 

「……チッ」

 

舌打ちする。

最後に見た光景を思い出す。

エヴァは無事だろうか。

あの師匠なら簡単には死なない。

だが、はぐれた以上は話が別だ。

 

「……ッテぇ……ここはどこだ?」

 

周囲を見渡す。

死臭。

部屋の中には複数の死体が転がっている。

 

「……!?」

 

魔力が薄い。

いや、ほとんど存在しない。

空気そのものが違う。

まるで魔法文明が存在しない世界に放り込まれたような感覚だった。

 

「冗談だろ……」

 

もしそうなら面倒だ。

刀也の強さは吸血鬼としての身体能力だけではない。

長年培った魔法技術があってこそ成立している。

魔力が使えないとなれば話は変わる。

もちろん弱体化したところで並の相手に負ける気はない。

だが、未知の世界で情報もなく放り出された状況は最悪だ。

 

まずは情報収集。

そう判断した瞬間だった。

 

「アンタ!助けてくれ──」

 

《正 義 執 行》

 

次の瞬間、男の首が宙を舞った。

 

魔法ではない。

身体能力だけでもない。

長年の鍛錬によって磨き上げられた戦闘技術。

人間離れしている。

だが間違いなく人間の技だ。

 

「ハ……?」

──

 

「じゃあ、俺は関係ないので、それじゃあ――」

 

刀也は踵を返した。

だが。

 

「悪はすべて滅する。正義を執行する」

 

背後から声が響く。 

刀也は反射的に身を捻った。 

拳が空気を裂き、頬を掠める。

 

「チッ……」

 

振り向く。

そこには先ほど男の首を刎ねた男――阿古谷が立っていた。

 

「貴様も悪だ」

「そうか」

 

刀也は肩を竦めた。

 

「なら好きにしろ」

 

魔力も気配もない。ただ純粋な肉体の完成度だけで成立している踏み込み。

刀也はわずかに目を細めた。

次の瞬間、拳が頬を捉える。

鈍い衝撃が走り、視界が揺れる。

身体が後方へ流された。

だが倒れはしない。

拍遅れて、刀也は口元を拭った。

 

「なるほど」

 

思った以上に重い。

そして単調でもない。

すべてが「正義」を貫くために最適化された動きだった。

刀也はそれを受け流しながら、少しずつ前へ出る。

距離が詰まる。

 

──阿古谷の目がわずかに動いた。

 

攻撃は確かに当たっている。

それでも、目の前の男は止まらない。

むしろ近づいてくる。

 

「人の理を外れた存在か」

 

低く呟く。

 

「そうかもな」

 

刀也は肩を軽く竦めた。

 

「ならばなおさら正義を執行する」

 

最後に一段、圧が増した一撃。

刀也はそれを真正面から受ける形で踏み込んだ。

距離がゼロになる。

互いの呼吸が触れるほどの間合い。

 

「一つだけ訂正してやる」

 

静かな声。

刀也は重心を落とした。

無駄のない動き。

全身の力を一点にまとめる。

 

「勝った方が正義だ」

 

短い一撃が放たれた。

衝撃が走り、阿古谷の身体が大きく後方へ弾かれる。

床を滑るように距離が開いた。

 

一瞬の静寂。

 

「ハァ……ハァ……」

 

静寂。

床に転がる阿古谷を見下ろしながら刀也は額の汗を拭った。

 

「さすがに魔法なしだとここまで大変とはな」

 

普段なら一瞬で終わる相手だった。

それでも勝てたのは経験の差だろう。

 

「この先が思いやられるな」

 

阿古谷を見下ろす。

魔法とは別系統の強さ。

 

「魔法以外の手段も必要か」

 

そう呟いた時だった。

 

「阿古谷……?」

 

女の声。

刀也が振り返る。

入口に一人の女が立っていた。

倒れた阿古谷を見て目を見開いている。

そしてゆっくりと刀也へ視線を向けた。

倒れた阿古谷を見て目を見開いた女は、そのまま刀也へ視線を向けた。そこにあったのは驚愕だけではない。興味と警戒が入り混じった、相手の正体を測ろうとする目だった

 

「ボクは檜山瞬花」

 

女はゆっくり口を開く。

 

「キミさ……阿古谷を倒したんだよね?」

「だったら何だ」

 

刀也の返答にも檜山は怯まない。

むしろ笑った。

 

「興味がある」

「ハァ?」

「色々説明したいこともある。もちろん悪いようにはしない」

 

一歩近づく。

 

「ついてきてくれないか?」

 

刀也は目を細めた。

 

「それが罠じゃない保証は?」

 

檜山は少しだけ考えた後、肩を竦める。

 

「ないね」

「……」

「嫌ならボクを殺してもいい」

 

あっさりと言った。

 

「でも、たぶんキミはこの世界のことを何も知らない」

 

その言葉で刀也の眉がわずかに動く。

檜山はそれを見逃さなかった。

 

「ここじゃなんだし、場所を変えよう」

「……案内しろ」

 

檜山が笑った。

 

「ありがとう」

──

 

巨大なモニターに映る企業名。

 

『拳願仕合開催』

 

見たこともない文字列。

いや、文字自体は読める。

だが意味がわからない。

 

壁一面を覆うガラス。

天井から降り注ぐ白い光。

魔導具ではない。

刀也は確信していた。

 

(……魔法じゃない)

 

現代の世界。

その中心に今、自分は立っている。

 

「いつになったら戻れるのやら……」

 

ため息を吐く。

だが嘆いていても仕方がない。

生きることには慣れている。

何百年も。

異世界だろうが地獄だろうが、環境に適応すること自体は難しくなかった。

 

――問題は

 

「企業対企業が代理人を出して戦う?」

 

刀也は眉をひそめた。

 

「そう」

 

向かい側に座る檜山が頷く。

 

「そしてその勝敗で利権や契約が決まる。それが拳願仕合だ」

「頭がおかしいな」

 

即答だった。

檜山は苦笑する。

 

「否定はしないよ」

「……何のために?」

「江戸時代から続けられてきた、商人たちによる利権をかけた闘いさ。」

 

刀也は腕を組んだ。

この世界には魔法がない。

魔物もいない。

 

この世界には魔法も魔物も存在しない。それでも争いだけは消えていなかった。結局のところ、人間はどの世界でも変わらない。手段や形が違うだけで、本質は同じなのだ。

 

「で、俺をどうしたい?」

「阿古谷を倒した」

 

檜山の目が細くなる。

 

「それだけで十分価値がある」 

「評価されても嬉しくないな」

「キミは強い」

「そうか」

「もっと驚いてくれない?」

「事実だろ」

 

檜山は思わず吹き出したが、刀也は至って真面目だった。自分が強いことなど本人が一番理解している。何百年も戦い続け、その果てに生き残ってきたのだから。

 

そんなことは本人が一番理解している。

 

何百年も戦い続けてきた。

その果てに生き残っている。

今さら誰かに評価されて喜ぶような年齢ではない。

 

「面白いねキミ」

「そうか?」

「うん。すごく」

 

檜山は机に肘をつくと、値踏みするように刀也を見つめた。その目は珍しい生物を前にした研究者のそれによく似ている。興味と好奇心を隠そうともしていなかった。

 

「一つ聞いていい?」

「内容次第だ」

「キミ、本当に人間?」

 

――!?

 

刀也はしばらく黙り込んだ。どう答えるべきか考えていたのだ。吸血鬼、不死者、異世界人――どれも事実ではあるが、そのまま話して信じてもらえるとは思えない。

 

「半分くらいは」

「それ肯定だよね?」

「さあな」

 

檜山が笑う。 

だがその目は笑っていない

間違いなく勘づいている。

阿古谷を殺した瞬間。

あれは人間の動きではなかった。

少なくとも常識の範囲にはない。

 

「まあいいや」

 

檜山は立ち上がった。

 

「とりあえず今夜の宿は用意するよ」

「助かる」

「その代わり」

 

言葉が止まる。

振り返った檜山の口元が歪んだ。

 

「拳願会の闘技者になってみない?」

 

――?

 

「断ったら?」

「阿古谷を倒した、アレは僕の闘技者。それに……」

「?」

「受けたら強い奴と戦えるし、帰る道筋もわかるかもしれない。」

 

――!!

 

(少しは楽しめるかもしれんな)

 

口元が僅かに上がる。

それを見た檜山も笑った。

 

――

 

巨大モニターに新たな映像が映し出される。

観客の歓声。

闘技場。

 

「面白そうじゃないか」

 

その呟きを聞いた檜山は笑った。

まるで新しい玩具を見つけた子供のように。

そして刀也はまだ知らない。

 

――この世界にもまた

 

化け物が存在することを。

それも魔法ではなく、ただ人間でありながら化け物と呼ばれる者達が。

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