気づかぬうちに配信者にされました。明日機種変します 作:モカチップ
……思いがけない光景。この場合は画面によりよくわかんないありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになったような…泣いたり笑ったりできない状況を受け入れたくない脳が拒否反応を起こしていた。
開いた口が塞がらない。
声すら出せないわ。何もない草原の中で風の擦れる音だけが聞こえてくる。
「…あの…ロトム?」
『はい。なんでしょうか?』
「……これは…なに…?」
その画面を写しているスマホ…というかポケモン?であるロトムにやっとこさ出せた言葉で問いかけた。
『え?配信ですけど?』
無機質で機械的でありながら彩のある女性の声がさも当然かのように答えた。
:お、やっと見つかった!
:長かったなぁ
:いえーい!みってるー?
:2年間も気づかないってマ?
:カイルくんだしなぁ
:無自覚に人とポケモンを口説くんやで?
:ロトムいわく自称コミュ障
:確実に陽の者です
:そのせいでストーカーまで現れる始末
マッスグマガチ勢 50000円
:見つかった記念!
マッスグマガチ勢 50000円
:またマッスグマとイチャイチャしてください!
マッスグマガチ勢 50000円
:マッスグマを手持ちにしてください!
マッスグマガチ勢 50000円
:マッスグマは神です
マッスグマガチ勢 50000円
:マッスグマを愛でよ
:ナイスパ
:ないすぱぁ
:お、来たなストーカーその1
:その1は草
:実際その1なんだよなぁ
:なんならもう1人?もう1匹がいる訳でして……
:その2の妹さんェ
:あれはカイルが悪い
:あんなことされてはい、さよならとは思わないっしょ
:完全に恋する乙女だったし
:兄君が見たら脳破壊されませんか?
:兄君も懐いてたよ。共に戦いたいみたいな感じやった
:乙女(ストーカー)
:配信内でカイルくんがポケモンと戯れる度にハイライト消してるからな
:殺気放ってるしそのせいでポケモンが怯えてカイルくんに抱きつくから更に……
:しかし相変わらずのマッスグマで草
:毎回限度額は本当に草なんよ
:ロトムネキが設定しなきゃ永遠と金で殴ってた気がする
:マッスグマ確実に富裕層なんよ
:高給取りってことはジムリーダーとか四天王?
:流石にジムリーダーはそこまで殴れないと思う。ただの金持ちでしょ
:配信内でも盛り上がったっけ?
:これだけはいえる。カイルくん面倒なリスナーとポケモンにクソデカ感情ぶつけられてて本当に可哀想と思います
:ワイはカイルの不幸で飯が美味いです
流れていくコメントのえげつない情報量。
僕は天を仰いだ。
☆
僕はただの旅人に過ぎない。
バックパッカー…旅行客の方が正しいかもしれないね。
名前はカイル。21歳。
出身地はジョウト地方のヨシノシティ。
ありふれた家庭に生まれた一人っ子。
ほんと何処にでもいる一般人のはず…だった。
とりあえずその配信を無理やり終わらせて逃げようとしたロトムを捕まえる。
「遺言を聞こうか」
丁度、機種変をしようと思っていたんだ。
オプションでロトムも変えられるから変えてしまった方が良さそうだ。
『待ってください!痛い!痛いです!』
やっぱりスマホを握り潰すことはできないか。ポケモンの技を受けても掠り傷で済むくらい頑丈な作りをしている。
「当然の報いだと思うよ?勝手に人の個人情報を全世界に発信しているわけだしさ」
ポケチューブ。全世界で爆発的な人気を誇る配信サイト。ポケモン講座やバトル映像等ありとあらゆる動画配信されている。
僕も電車の中や船の上で暇つぶしで見るくらいには使用していた。
あくまで見る側の人間。リスナーとしてだ。
なのに見られる側の人間。配信者になった覚えはない。
しかも僕に隠れて約2年間も配信していた。気づかない僕も僕だけど、それでもとうてい許されるものではないと思うよ?
『カイルは最強のポケモントレーナーなんです!全世界に知らしめるには良い機会で…いたたたたっ!』
「お前はなにをいっているんだ?」
支離滅裂な発言にため息を吐きたい。
このロトムは頭のネジが三桁は外れていた。
スマホの契約時からおかしかった気がする。
かれこれ3年の付き合いだが…はぁ…。
今更ながら怪しいパッチでも使われたのかってくらいおかしい。ポリゴンZかよ。
初めはそんなものかと思ってたから気にしなかったけど間違いだったようだ。不良品を掴まされってことかぁ。
受付のお姉さん美人で優しかったんだけどなぁ。丁寧に説明してくれたのに…カモられたのか。
田舎者のガキなんてカモネギみたいなもんだよなぁ。人間不信に陥りそうだよ。
『壊れちゃ…壊れちゃう…』
「とっくに壊れてるだろ」
こっちは自由気ままに旅行をしてるというのに。明日までの関係ってことで許してやるか。
スマホロトムを離す。
「はぁ…過ぎたことは仕方ない」
『本当ですか!さすがはカイルです!このまま配信を──』
「明日機種変するからそれでバイバイな」
『…え?…えぇ!?ちょっと待ってください!今機種変っていいましたかぁ!?』
「当たり前だろ。何が好きで個人情報を丸裸にした不良品を使い続けるんだ」
配信動画を削除して、スーパーチャットのお金も全てお返ししないといけない。
ポケチューブの運営にお問い合わせすればいい。それで何事も無かったかのように旅行を続けよう。次のロトムはマトモな奴がいいな。
『ダメですよ!ポケチューブのチャンネルの登録者数もシビルドン上りでポケッターでも次のライブ配信の告知もして枠も取ってるんですよ?』
「?????」
今なんていった?
ポケッター?ポケッターってあれだろ?
これもポケチューブと同じく有名なSNS。
ポケモントレーナーなら誰もがやっている。
因みに僕はやってない。
だから分かる。…こいつ。
「ポケッターもやってるのか」
『…ぁ……ま、ままま…待っ…にゃ!?』
はい捕まえた。
どっかに手頃な石は落ちてないだろうか。
硬いものならなんでもよい。うん、見つからない。
「仕方ない。殴って壊すしかないか」
拳を振り上げスマホロトムに向かって振り下ろす。
『た、たたたたんま!たんまです!ふぎゃ!』
「なんだい?」
『痛いじゃないですか!馬鹿になったらどうするんですか!?』
「大丈夫。お前はもう馬鹿だし馬鹿は死ななきゃ治らない」
それに逃げようと思えば逃げられるでしょ?
本当に逃げたきゃとっくにスマホから飛び出している。
『…意地悪です』
「それでなに?明日機種変するのは決定事項だから」
『1度ポケチューブとポケッターを開いてくれませんか?』
「は?いいけど…」
画面に表示されたポケチューブのアイコンをタッチする。一瞬ロゴが表示されると動画リストに映した。
『マイページにいってください』
言われたとおりにマイページを移る。
一切設定していないデフォルトアイコンはデフォルメされたスマホロトムに変わっておりカイロト旅行チャンネルという名前に変わっていた。
なんだよカイロトって…カイルとロトムを合わせたのか。ネーミングセンスが地底まで行ってるわ。
…かなりの数の配信動画がアーカイブとして残っている。そのどれもが最低でも10万再生は越えていた。
なにより目を引いたのは登録者数。
「…151万?…151万!?」
『そうですよ!151万人!これはポケチューブの中だとトップクラスなんです!!』
いやいやいや!僕は何もしてないぞ!?
地方を巡って観光してただけじゃないか!?
『それもたった2年で151万です。これは凄い事なんですからね!!』
なにどやってんだへし折るぞ。
『それだけカイルは有名なんです。インフルエンサーといっても過言はありません』
過言なんだよボケがァ!!
インフルエンサーってのはガラル地方のジムリーダーキバナとかパルデア地方のジムリーダーナンジャモみたいな人のことをいうんだよ!!
こちとらただの旅行客だぞ!?
『昨日料亭でご飯を食べましたよね?』
「は?…うん、家庭料理みたいな温かく美味しい定食を食べたけど…それが…おま…」
『配信してました。その影響でその料亭には大勢の客が舞い込んできたようです』
こいつテメェ!!
『安心してください。カイルが御手洗に行っている間に撮影許可を頂きましたので』
そういう問題じゃあねえんだよ!!
『それだけ影響力があるんです。なのにいきなりチャンネル削除は炎上してしまいますよ?ライブ告知もしていますしファンが悲しまれます。カイルはそれでいいんですか?』
「ファンを盾にされても僕にはノーダメージなんだよ」
今日認知したばかりだぞ?
ファンと言われても実感もなにもねえよ。
『………………』
「なんだよ急に黙って」
もしかして充電切れか?
その方が助かる──
『やだやだやだやだやだやだ!!!配信するのぉ!!もっとカイルを有名にするのぉ!!!』
「うるさっ!」
急に駄々を捏ね始めたぞこいつ!
画面の中で泣きながらワーワー喚き散らしている。
「おいバカやめろ!!迷惑になるだろ!?」
『やーだーぁ!!!カイルが配信するっていうまで叫び散らしてやるぅ!!!うぇぇぇんん!!!』
ああああああああぁ!!!!スピーカー音をMAXにするなぁ!!!ハイパーボイス級がよぉ!!!
わざわざ少女みたいな声になって泣くんじゃねえ!!!傍から見れば僕が悪者になるだろぉ!!!
「げっ…!!」
なんだなんだ?と人集りができていた。しかもポケモン達も不安げにこちらを見ている。
ああああああああぁ!!!!
「分かった!!分かったよ!!配信すれば良いんだろ!!ちくしょうめぇ!!!!」
その場と今後の天秤をはかりにかけて泣く泣く配信に同意してしまった。後悔も反省もしている。絶対に機種変してやる。