人の気配が微塵もせず、陰鬱な空気が漂っているキヴォトスの何処かにあるゲマトリアの拠点にて、今日も鉄を打つ小気味のいい音が一定の間隔で鳴り響いている
その音の所在は何処であろうかと探してみようとすれば、銃を所持するのが当たり前とされるキヴォトスで普段どころかこれまでの生活で見たことも無いような文字を目にすることになるだろう
『鍛造室』
はて、どのような意味であるかと思考を巡らせるが鍛造という言葉を聞いたことがないので全く想像がつかない。しかし、部屋の内部からは間違いなく鉄を叩くような重々しい音がする
それならば鍛造とは銃を製造するような意味合いを持った言葉なのだろうと推測できる。なるほど、此処には銃を造っている職人がいるのだと。自分が想像したようなオーダーメイドの銃をきっと造ってくれるに違いない
此処に生徒がもしいたならば、自身の新しい銃との生活を思い描きながら鍛造室の扉を開くだろう。だが、この場所はスケバンも黙るゲマトリアの拠点であるため万が一にも外からの侵入者が〜という事はありえない
扉が開かれると共に鍛造室の内部にこもっていた熱気が我先にと冷やされた空気を押しのけて外界へ飛び出して行った
扉を開けたのはきゃぴきゃぴした青春謳歌してます系のJKでは勿論なく、黒いスーツを着用したおよそ人とは言えない生物だった
彼の名前は『黒服』この鍛造室にずっとこもっているとある職人に伝えるべきことがあったのでやって来たのである
黒服が歩を進めるほど熱気は増していき、同時に鉄を打つ音も大きくなっていく。7、8歩ほど歩いたところで目的の人物の背中を確認し、鍛造に集中している意識をこちらへと向けさせる為に声をかける
「あなたに伝える事があります──『刃』さん」
大きな音が鳴っている状況でも良く通るスッとした声が届いたのか、鉄を叩いていた手を止めて、血にも似た真っ赤な羽織を着た包帯塗れの男──刃(ジン)がゆっくりと金槌を置いて後ろに振り返る
「なんだ、黒服。また他のメンバーから俺宛てに依頼でも来たか?」
「いいえ、依頼ではありません。ただ、小耳に挟んで置いた方がよろしいかと思って情報を渡しに来たのです。興奮し過ぎて情報の伝達が遅くなってしまいましたが」
「前置きはいい…教えろ。鉄が冷めてしまう」
「『先生』と言われる大人がキヴォトスにやって来たようです。あまりまだ詳しく観察はしていませんが、大人であるならば我々ゲマトリアへの加入も視野に入れておこうと思っています。刃さんも興味があれば接触を試みては如何でしょうか?それでは…」
そう言うと黒服はやるべき事があるのか直ぐに帰っていった。黒服が鍛造室に来てまだ数十秒しか経っていないが、刃が剣を打つ為の手を止めて、更に鉄が冷えることさえも気にせず鍛造室周辺はやけに静かになった
「遂に来たか、先生。この時を待ち侘びたぞ」
静かになった鍛造室では刃の独り言が良く響いている。反響した自分の言葉で自分に言い聞かせるように心を落ち着かせ、幾分か冷静になったようだ
「俺がキヴォトスに先生としてではなく、『千冶・刃』としての肉体を授かってショックを受けたのがまるで昨日のように感じる…あれはもう何十年も前の話だが、煩悩に塗れていた己を見つめ直すのに良い機会だったな」
多少冷静になったとしても、心の奥底から湧いて上がってくる感情は簡単に鎮めることはできない
「俺がこの地に来訪して今に至るまで目的が変わった事はない。『
手のひらをじっと見つめたり、閉じて開いてを繰り返してみたりと自らの覚悟を再確認する
「その果てに俺が死ぬかも知れないが、この肉体は幾度となく死の淵から黄泉帰り、新生を果たすだろう。そうだな、まず先生に出会ったら『飯を食え』とでも言ってみようか」
重くなりかけていた空気は霧散し、再び鍛造室は熱を帯び始める。刃は剣と向き合い、金槌を握って剣に振りかざす。その一振りを造り終わると、汗を流す為に風呂に入り、包帯を巻き直して鍛造室の外──自らの活動拠点の一つであるブラックマーケット目指して悠然と歩き出した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
“ここがブラックマーケットか〜”
「ここは治安が悪いからおじさん達からなるべく離れないようにしてね」
一方、先生とアビドスの面々はブラックマーケットで探索をしていた。
アビドスの面々は先生と話しながら、たまに襲ってくるスケバン達を淡々と戦闘不能にしつつ歩いていく。すると、先生の視界に入ったある看板が興味を惹いた
“へえ、ブラックマーケットに鍛冶屋なんてあるんだね”
先生が物珍しさにそうポツリと言うと、一番近くにいたセリカが反応する
「キヴォトス中何処を探してもここ以外の鍛冶屋なんてないに等しいと思うわ。オーダーメイドの銃の作成依頼とかも出来るんだけど、メインとなる商品は刀や剣なんだって。少なくとも売れてるところは見た事ないわね」
目玉とも言える商品が売れていなくて経営が成り立つのか心配ではあったが、キヴォトスは銃社会。刀や剣を購入するのはコレクターか剣狂いだけしかいないだろう
「ここの鍛冶屋さんは昔からあるみたいですけど、銃のパーツやオーダーメイドなどで利益を得ているので潰れていないそうですよ〜♤」
『私もここの鍛冶屋さんで入学前にオーダーメイドのハンドガンを購入させていただいたんです。確か、シロコちゃんのアサルトライフルもここからパーツを取り寄せたんですよね?』
「ん、ここのパーツは一級品。もう少ししてお金が貯まったらロードバイクの部品も頼んでみるつもり』
“結構みんなこの鍛冶屋さんと関わりがある事はわかったけど、とりあえず他の通行人の邪魔になってるかも知れないから折角だし入ってみない?”
それを聞いて全員確かにと納得し、ぞろぞろと入店する
「なんだ、客か?ああ…誰かと思えばアビドスの面々か。息災だっただろうか。その中に見慣れん顔も混じっているようだが」
“私と同じ大人をキヴォトスに来てから初めて見たよ。私は先生。よろしくね”
「やはり、最近よく名前を聞いていた先生だったか…俺の事は刃と呼べ。鍛冶屋、料理人、賞金稼ぎとして生計を立てている。俺の店に来たと言うことは依頼だろうか?」
先生が刃に向かって抱いた第一印象は「身長高っ」「包帯!?」「体格凄い…」であった。逆に刃は、「飯を食え…」「細いな」「まず飯を食え」である
もっと他に考えるべき事があるであろうが、第一印象というものはこういうものだ。大まかに相手の情報を掴むという点では両者とも出来ているので間違いではないのかもしれない
“キヴォトスで鍛冶屋なんて珍しいと思ってつい入店しちゃって”
「そうだったか、それならば仕方あるまい。今後何か武器や獲物が欲しければいつでも連絡するといい」
“どうもありがと…ん?賞金稼ぎ?”
生計を立てていると言っていた職業の中で一つだけ異色のものがあったのにも関わらず聞き逃してしまいそうになった
横目にして話を聞いていたホシノがその真っ当な疑問に刃の代わりに答えるべく、前に出た
「刃さんはこう見えて本当に強いんだよ〜キヴォトスの中でも十指…いや、5本の指に入るレベルかな?」
「よせ、小鳥遊。俺を買い被りすぎだ…せいぜい巡航戦車を単独で斬り伏せるくらいだろう」
「それは力を解放してない時でしょ〜?解放してない状態だって本人が言ってるより5倍は強いと思ってた方が良いよ」
“待って、ちょっと待って。会話についていけないんだけど「斬り伏せる」って何?もしかして刃さんって…”
「先生の予想通り剣を使って戦う異色のスタイルだよ〜」
先生の頭の中では「鍛冶師なんだから剣で戦うのは至極当然…かも?」という肯定寄りの考えと「それはそうとオーダーメイドの銃を造るのになんで銃を使わないんだ」という疑問が渦巻いてパンク寸前になっている
「刃さんの実力が知りたいのなら、いい例があるよ。ブラックマーケットに来る途中に何千メートルにも及ぶ長さのガラスの道とその周りに咲く彼岸花が大量にあったでしょ〜?あれ、刃さんが機械のおっきなヘビに襲われてたユメ先輩の事を助けた時の本気の一撃の跡なんだ〜」
「ああでもしなければ間に合いそうになかったからだ...結果的に砂漠に巨大なガラスの道を作ってしまうとは考えもしていなかった」
“そういえば遠目に見えてたなぁ、日の光を反射してた妙に長い壁みたいなの…”
情報量の暴力を受け、そのうち先生は考えるのをやめた。なぜそれほどの実力を持っている人が鍛冶屋を、なぜ料理人をと頭を回転させればさせるほど何も導き出せないまま脳が処理落ちするからだ。気がついたら目の前に書類が出て来て情報が綺麗にまとめられてたら良いのにと最後に思って、そのまま近くの来客用の椅子に座っていることしかできなかった
千冶・刃(オリ主)…ここキヴォトスってマジ!?先生になって生徒達とキャッキャウフフな青春を送れる日が来るなんて!え?本編開始のウン十年前?え?鏡に映ってるの先生じゃなくて刃じゃね?
黒服…私がゲマトリアに所属する前から刃さんはいるようですが、彼はどう言った事をしているのでしょうか…?
ホシノ…うへ〜刃さんはユメ先輩の命の恩人だよ〜皆んな刃さんを頼れば間違いない!あ、先生は仕事を押し付けようとしないでね。
先生…何でも頼って良いならこの書類の山を片付けて欲しい