転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜 作:kobu015
「やあ新入り君。いい天気だねぇ。……ところで君は、恋を知っているかい?」
ある晴れた朝、耳に一輪の花を挿し、わずかな髪をきっちり七三に分けた庭小人が、やけにキザったらしい仕草で俺に話しかけてきた。
メロウ。この庭でいちばんの――自称・色男である。自称、というところが肝心だ。他称では、ただのお調子者のお騒がせ者だからだ。
「知らないし、知りたくもない」
「ふっ、つれないねぇ。だがいいだろう。今日という日、君は伝説の恋の現場に立ち会うことになる。光栄に思いたまえ」
「思わないし、巻き込むな」
俺の冷たい返事など、メロウの耳にはまったく届いていなかった。彼のうっとりとした視線の先には、庭の片隅で楽しげにおしゃべりをしている二人の人間の少女がいた。
燃えるような赤毛のジニーと、栗色のふわふわした髪のハーマイオニー。夏休みのあいだ、隠れ穴に遊びに来ているらしい。木陰のベンチに腰かけて、何やら本を広げている。
「見たまえ、あの輝きを。あの可憐さを。私は決めたよ新入り君。このあふれんばかりの魅力で、あの二人のお嬢さんを振り向かせてみせる」
「やめとけ。冷静に考えろ。サイズが違いすぎる。お前、あの子の靴より小さいぞ。そもそも種族が違う」
「ふっ……愛にサイズは関係ないのさ」
「関係大ありだよ。物理的に」
そもそもメロウのこの妙な恋愛観が、どこから来たのか。俺は知っている。
いつだったか、スピナーが拾ってきた新聞の切れ端に、人間向けの恋愛指南の記事が載っていたのだ。「素敵な殿方になるための十か条」だの「運命の出会いは突然に」だの、そういうやつ。庭小人のほとんどは見向きもしなかったが、メロウだけは、その色あせた紙きれを、まるで聖典のように読み込んだ。
以来こいつは、自分を「色男」だと信じて疑わなくなった。耳に花を挿すのも、髪を七三に分けるのも、全部その記事の受け売りだ。情報源が一枚のボロ新聞だという点が、もう、救いようがない。
「いいかい新入り君。殿方たるもの、常に身だしなみと、自信と、そして“押し”だ。これは恋愛の鉄則さ」
「その鉄則、どこのどいつが書いたのかも怪しいぞ」
「ふっ、真実はいつだって、紙きれ一枚に宿るものさ」
「宿ってないよ。ただのゴミだよ」
だがメロウの決意は、岩よりも固かった。いや、頭の中身が岩なのかもしれない。庭小人だけに。
メロウはおもむろに、近くの庭小人たちを集め始めた。
「諸君! 今日という日をよく覚えておきたまえ。この私がついに、真実の愛をつかむ日だ!」
ノロウが「あいぞ〜」とのんきに拍手し、ロックが「愛って、頭突きで勝てるのか?」と的外れな質問をし、グリットは「これ餞別の石な」といらない石を握らせてきた。
「お前ら、ちょっとはちゃんと応援しろ」
俺がそうツッコむと、メロウはふっと爽やかに笑った。
「いいんだ新入り君。理解されない孤独もまた、色男の宿命さ」
「その自己完結だけは、本当に一人前だな」
そしてメロウは襟元(葉っぱ)を整えると、果敢に少女たちのもとへ突撃を開始した。
だがその恋の道のりは、あまりにも庭小人的な障害に満ちていた。
まず第一の関門。張り切って歩き出したメロウの前に、ぬっとポルカが立ちはだかった。
「おメロウ、いいところに! ちょっと宴の準備手伝え! ミミズが足りないんだ!」
「い、今はそれどころではないのだ! 私には果たすべき使命が――」
「まあそう言うな。ミミズ十匹でいいから」
「離せ! 私の運命の時間が!」
ポルカを振り切るのに五分。貴重な五分を失った。
第二の関門。ようやく解放されたメロウの足元で、ばすんと何かが跳ねた。チップスが性懲りもなく仕掛けていた、例の欠陥トラップだった。
「うわああ!?」
縄に足を取られ、メロウは無様にすっ転んだ。耳に挿していた花が、無情にも地面に落ちる。
「私の……私の決めの花が……!」
「それ、自分で挿してたただの雑草だろ」
第三の、そして最大の関門。砂まみれになりながら立ち上がったメロウの行く手に、ふさふさの毛玉のような巨大な生き物が立ちはだかった。ハーマイオニーの飼い猫――クルックシャンクスだ。ぺしゃんこの顔と金色の目で、メロウをじっと見据えている。明らかに「獲物」を見る目だった。
「ぬ、ぬぅ……き、君はなかなか、いい毛並みをしているねぇ……」
メロウが引きつった笑みで機嫌を取ろうとした次の瞬間、クルックシャンクスが猛然と飛びかかってきた。
「ぎゃあああああ! 猫だァァァ! 恋の道に猫はァァァ!」
メロウは必死の形相で庭じゅうを逃げ回った。毛玉に追いかけられ、植木鉢をなぎ倒し、洗濯物の下をくぐり、また転び。その命がけの追いかけっこを、俺は遠くのキノコの陰から生暖かい目で見守っていた。
「全部、自業自得だと思うぞ。猫に色目を使うやつがあるか」
しかも、いつのまにか他の庭小人たちまで集まってきて、その追いかけっこを完全に見世物として楽しみ始めていた。
「よーし、賭けをしようぜ! メロウが捕まるか、逃げ切るか!」とポルカ。
「俺は“三周以内に捕まる”に、石三個!」とグリット。
「僕は“迷子になってどっか行く”に一票〜」とノロウ。
「お前ら、仲間が食われそうなのを肴にするな!」
俺がそうツッコんでいる間にも、メロウは「助けてくれ新入り君ーッ!」と涙目で駆け抜けていった。だが、誰も助けない。庭小人にとって、仲間の災難ほど上等な娯楽はないのだ。薄情にもほどがある。
結局、メロウは生垣に頭から突っ込んでようやく猫をまいた。賭けは「三周以内に捕まる」も「逃げ切る」も外れ、勝者はなし。庭小人たちは「引き分けかー」と不満げに解散していった。誰のための賭けだったのか。
それでも――驚くべきことに、メロウは諦めなかった。猫をなんとか振り切り、満身創痍になりながら、ついにジニーの足元までたどり着いたのだ。その執念だけは、正直少し感心した。方向性は完全に間違っているが。
ジニーの足元で、メロウは一度、深く息を整えた。
砂まみれで、葉っぱの飾りもどこかへ落とし、見る影もない。それでも背筋をぴんと伸ばし、ありったけの威厳をかき集めて、人間の少女を見上げる。その姿は、滑稽だったが、不思議と、ほんの少しだけ立派にも見えた。
遠くで見ていた庭小人たちも、さすがにこの時ばかりは、固唾を呑んで見守っていた。ポルカもグリットも、ノロウまでもが、めずらしく静かだ。報われないとわかっていても、命がけで何かに突き進む姿には、馬鹿なりに、心を動かされるものがあるのかもしれない。
メロウが、口を開いた。長年あたためてきた、渾身の口説き文句を。
「お嬢さん……はじめまして。私の名は――」
震える声で、メロウが人生最大の告白を始めた、その瞬間。
じゃり。
告白は最後まで続かなかった。本に夢中になっていたジニーが、考えごとでもしていたのか、足元の“小石”に気づかず、靴先でぽいっと軽く弾いた。
メロウの小さな体は、きれいな放物線を描いて、遠くの藪の中へ消えていった。
……南無。俺はそっと手を合わせた。
しばらくして藪をかき分け、土まみれのメロウを回収しにいった。てっきり号泣しているかと思いきや、彼は藪の中で仰向けに転がったまま、うっとりと夕暮れの空を見上げていた。
「……見たかい新入り君」
「何を」
「あの娘の足が、この私に確かに触れた。……あれは間違いなく、脈ありの合図だ」
「ただの誤認だよ。完全に石ころ扱いされてただろ。あと地味に痛そうだったぞ、今の蹴り」
「ふっ……恋を知らない子どもには、この繊細な機微がわからないのさ」
「お前のそのポジティブさだけは本物だな」
ポジティブがここまで突き抜けると、もはや一つの才能だ。打たれ強さではロックといい勝負かもしれない。
メロウはふらふらと立ち上がり――その時、ふと足元で何かを拾い上げた。
ジニーがいつのまにか落としていったらしい、小さなリボンだった。淡い色の、ほどけかけた可愛らしいリボン。
淡い色なのに、不思議とよく目立った。土と緑ばかりの庭の中で、そこだけぽつんと、人の世界の色をしている。風にひらりと揺れれば、遠くからでも、いやでも目を引いた。――その“やたらと目立つ”という、ただそれだけのことが、いつか思わぬ場面で効いてくるなんて、この時は知る由もなかった。
「おや……これはあの娘の忘れ物かな」
メロウはそれを両手でそっと包み込み、宝物でも扱うように胸に抱いた。
「ふふ……これは私が大切に預かっておくとしよう。いつかこれを返す、その日のために。それが私と彼女の、運命の再会の瞬間になるのさ」
「ただの落とし物だろ、それ。あと勝手に持ち帰ると、それただの泥棒だぞ」
「ロマンがわからないやつめ」
メロウは俺のまっとうなツッコミを鼻で笑い、その淡い色のリボンを後生大事に懐の奥へしまい込んだ。
巣穴に戻ると、メロウは仲間たちを集めて、得意げに今日の“戦果”を語り始めた。
「諸君、聞いてくれ。今日、私はお嬢さんと、確かに心を通わせた。そして、愛の証をこの手に得たのだ」
「えー、すごい〜」とノロウがのんきに拍手する。
「で、その愛の証ってのは?」とグリット。
メロウが、うやうやしくリボンを取り出す。庭小人たちは「おおー」と感心したが、ロックだけが首をかしげた。
「それ、ただのひもじゃねえか。俺の絆創膏のほうが、まだ価値があるぞ」
「ひもではない! リボンだ! 乙女の魂が宿っているのだ!」
「魂は宿ってないよ」と俺は冷静にツッコんだが、メロウはもう聞いていなかった。リボンを胸に抱いたまま、うっとりと宙を見つめている。重症だ。
くだらない。本当にくだらない、片想いの記念品だ。俺はその時、心の底からそう思った。
――だが、ずっとずっと先の、あの運命の結婚式の日に。まさかこのたった一本のほどけかけたリボンが、誰かの命を救うたった一つの鍵になるなんて。
この時の俺たちは、メロウ本人すら、誰一人として知る由もなかったのである。
くだらない片想いも、馬鹿げた執念も、いつかどこかで、誰かを救う一手になるのかもしれない。――そんなこと、この時は、まだ思いもしなかったけれど。
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