転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第10話 ロックの石頭伝説

 「頭さえあれば、俺は無敵だッ!」

 

 額に絆創膏を貼ったロックが、がっしりした体をこれでもかと反らして咆哮した。太い眉、たくましい体つき、そして何より自慢の、石みたいに硬い頭。口癖は「石頭、最強」。趣味は頭突き。それがロックという庭小人だった。

 

 その年の冬。隠れ穴には久しぶりに、ウィーズリー家の面々が勢ぞろいしていた。クリスマスだ。

 家の中はあたたかな灯りに満ちていた。窓からは笑い声と料理の匂いと、暖炉のぱちぱちという音が漏れてくる。雪の積もった庭からそれを眺めているだけで、なんだかこちらまであたたかくなるような夜だった。

 窓ガラス越しに、家族の影が見えた。山ほどの料理を並べるモリー。それをつまみ食いして手を叩かれる双子。暖炉のそばで丸くなる赤毛の子どもたち。久しぶりに帰ってきたらしい、眼鏡の黒髪の少年の姿もある。窓辺には手編みの飾りが揺れ、天井には宿り木が吊るされていた。

 庭小人には、クリスマスなんて関係ない。プレゼントも、ごちそうも、家族団欒も、縁のない話だ。それでも、あのあたたかな光をこうして眺めていられるだけで、不思議と満ち足りた気持ちになる。

 ――だからこそ、こわかった。この光が、いつか消えてしまうことを知っているから。

 

 とりわけ、双子のフレッドが目に入ると、胸の奥がざわついた。

 窓の向こうで、ジョージと額を寄せ合い、何かいたずらを企んでは肩を揺らして笑っている。屈託のない、こちらまで楽しくなるような笑顔だ。

 ――その笑顔が、いつか消える。

 前世で読んだ物語の、あの一行が、否応なく頭をよぎる。最後の戦いで、フレッドは死ぬ。笑ったまま、崩れた壁の下に。こんなにも生き生きと笑っているのに。今、すぐそこの、あたたかい部屋で、家族と一緒にいるのに。

 知っているのに、何もできない。その事実が、雪より冷たく、俺の胸を刺した。庭小人の俺に、いったい何ができる。考えても、答えは出ない。それでも、考えずにはいられなかった。

 

 だが、その賑わいの裏で、空気は確実に張りつめ始めていた。

 俺にはわかっていた。大人たちの顔から笑顔が消える瞬間が、年々増えていることが。ふとした会話の合間に落ちる沈黙が、年々重くなっていることが。戦争の影はもう、すぐそこまで来ていた。このあたたかな灯りを、いつか暗い手が覆い隠そうとする日が、確実に近づいているのだ。

 

 ――そんな世界の緊張など、ロックには髪の毛ほども関係なかった。いや、そもそもロックに髪の毛はほとんどないのだが。

 

「いいか、よく聞け新入り」

 ロックは雪の積もった庭で、得意げに語り始めた。

「庭小人の石頭はなァ、ただ硬いだけじゃないんだぞ。グランポの爺さんが言ってた。“庭小人の石頭にゃ、魔法も効かん”ってな!」

「……それ、ただの昔話だろ。じいさんの与太話だ」

「昔話じゃない! 伝説だ! ……よし、証明してやる。誰か、俺に頭突きを挑め!」

 

 始まった。恒例の石頭自慢大会だ。俺は相手をするのも面倒で、適当に聞き流していた。どうせいつもの馬鹿騒ぎだ。木に頭突きをして、木をへこませて、満足して終わる。そういう平和で無害な遊びのはずだった。

 

 ロックは結局相手が見つからず、「ならば自然を相手にするまで!」と、雪をかぶった木に頭突きを始めた。ごつん。ごつん。ごつん。木のほうがかわいそうな音を立てていた。ノロウはそれを見て「すごいね〜、ロックの頭〜、かちんかちん〜」とのんきに拍手をしていた。

 

 その日は結局、石頭の自慢大会になった。ロックが「俺の頭突きを受けてみろ」と挑み、なぜかポルカが応じ、こつんと頭をぶつけ合っては二人して目を回している。ノロウは数を数えようとして三を超えたあたりでわからなくなり、グランポは「わしが若い頃の頭突きは、樫の木をまっぷたつにした」とまた怪しい昔話を始めた。

 しまいには「石頭グランプリ」なる謎の競技まで始まった。生垣に向かって頭突きをして、いちばん大きな音を立てた者が優勝、というルールらしい。ロックが圧勝するかと思いきや、勝ったのは、たまたま硬い石に頭をぶつけて気絶したグリットだった。本人は気絶しているので、優勝の自覚もない。

「優勝者、グリット!」

「おーい、起きろー、優勝だぞー」

「……こいつら、本当に頭しか取り柄がないな」

 俺は呆れ半分、感心半分で、その馬鹿騒ぎを眺めていた。硬い頭も、こうして見ると、ただのくだらない自慢の種でしかない。まさかそれが、と――この時はまだ、思いもしなかった。

 くだらない。どこまでも平和でくだらない。窓の向こうのあたたかな灯りを眺めながら、俺はほんの少しだけ泣きたくなった。この何でもない平和が、あと何回巡ってくるんだろう、と。

 

 ……平和だった。その時はまだ。

 

 その夜のことだった。

 巣穴で眠っていた俺は、ふと嫌な気配を感じて目を覚ました。虫の知らせ、としか言いようのない、ざわついた予感だった。俺はそっと巣穴を抜け出し、庭に出た。

 

 冬の月明かりが、雪を青白く照らしていた。しんと静まり返った庭。その生垣の向こうに――黒いローブの人影が一つ、立っていた。

 顔は銀色の仮面で覆われている。手には細い杖。じっと隠れ穴の家をうかがっている。

 

(……死喰い人)

 

 全身が凍りついた。寒さのせいではなかった。間違いない、あいつらだ。あの闇の魔法使いの手下。たぶん偵察だ。騎士団が出入りするこの隠れ穴を、家を守る結界のほころびを、じっくり探りに来たのだ。

 声をあげようにも出ない。人間に危険を知らせる手段なんて、庭小人の俺には何一つない。ただ震えながら見ていることしか――。

 

 仮面の男が杖を構え、結界に向かって何かを唱えようとした。その瞬間だった。

 

「いたぞーッ! 深夜の特別ぶん回し大会だァァァ!」

 

 ……ロックだった。

 よりにもよってこんな夜中に、寝ぼけたロックが頭突きの相手を探してふらふらと庭に出てきてしまったのだ。そして生垣の向こうに立つ黒い影を見て、完全に寝ぼけた頭で勝手に「今夜の対戦相手」だと思い込んだらしい。

 

「待てロックッ! そいつはやばい、本物の――!」

「うおおおお! 石頭、いっくぞーッ!」

 

 止める間もなかった。ロックは雪を蹴立て、助走をつけ、渾身の頭突きを仮面の男めがけてぶちかました。

 仮面の男が咄嗟に振り向き、杖を向ける。白い光がロックの石頭めがけて放たれた――。

 

 きぃんッ。

 

 澄んだ音が夜気に響いた。呪文はロックの石頭に当たり、そして――ぽーんと、あっけなく跳ね返ったのだ。跳ね返った白い光は、あろうことか放った本人の足元で炸裂し、男の体を派手にひっくり返した。

 

「ぐあっ……!?」

 

 そして勢いそのままに突っ込んだロックの石頭が、体勢を崩した男の鳩尾に、ずどんと直撃した。仮面の男は白目をむいて、雪の上にどさりと崩れ落ちた。

 

 ……静寂。月明かりの庭に、雪のきしむ音すらしない沈黙が落ちた。俺はぽかんと口を開けたまま、その信じられない光景を見ていた。

 

(魔法が……本当に、効かなかった……?)

 

 頭の中で、何かが、かちりとはまる音がした。

 庭小人の石頭は、魔法を弾く。グランポの与太話だと思っていたあれは、本当だった。どんな立派な魔法使いの呪文も、この硬い頭の前では通用しない。

 その意味が、じわじわと胸に広がっていく。魔法が効かない――それはつまり、魔法使い相手にも、たった一つだけ、対抗できる手段があるということだ。たとえ非力な庭小人でも。たとえ言葉も話せなくても。

 ずっと探していた答えの、ほんのかけらが、雪明かりの中で、確かに見えた気がした。

 もちろん、ただ硬いだけの頭で、何ができるわけでもない。あの広い戦場で、たった一匹の庭小人にできることなんて、たかが知れている。それでも――ゼロではない。何もできないと思っていた俺の手の中に、生まれて初めて、小さな“武器”が握られた。そんな感覚だった。

 

「ふぅ、楽勝楽勝! なあ、見たか今の頭突き!」

 ロックは雪まみれで得意げに振り返った。

「ロック……お前、自分が今何をしたか、わかってるか」

「ん? いつもよりちょっと硬い相手に、勝った!」

「そういう話じゃ……いや、まあ、そういう話か……」

 

 ほどなく、庭の騒ぎに気づいた騎士団の誰かが血相を変えて家から飛び出してきて、雪の上に気絶している男を見つけ、慌ただしく縄で拘束した。

 もちろん、庭小人がこいつを倒したなんて誰も思いもしない。偵察に来た死喰い人が何かの拍子に自爆して気絶した。きっとそう片づけられるのだろう。

 騎士団の魔法使いたちは、雪の上に残った妙な痕跡に首をかしげていた。「自分の呪文が跳ね返ったらしい」「こんなことがあるのか」と、口々に不思議がっている。一人が、気を失った庭小人を――いや、ロックを見つけて、「庭小人がうろついてるな、追い出しておけ」と無造作につまみ上げ、生垣の向こうへぽいと放った。

 世界を救ったかもしれない英雄は、何の称賛も受けることなく、いつものように夜の闇へぶん投げられていった。本人は、ぐうぐういびきをかいて眠ったままだった。

 ……うん。これでいい。これが、庭小人だ。誰にも気づかれず、誰にも感謝されず。それでも、確かに何かを変えてしまう。

 

 だが――俺は。俺だけは、見た。確かにこの目で見たのだ。

 グランポの、あのデタラメでオチのない昔話。“庭小人の石頭にゃ、魔法も効かん”。

 ――あれは、本当だった。

 

 拘束された男が運ばれていくのを見送りながら、俺は雪の上に立ち尽くし、自分の硬いだけが取り柄の頭にそっと手を当てた。

 ずっと先の未来。あの戦いの日。たくさんの命が失われるあの戦いで。もしかしたら、この馬鹿みたいに硬いだけの頭が、誰かの運命を変えられるかもしれない。

 ありえない希望。ちっぽけな庭小人が抱くには、あまりにも大それた夢。――でも、それが初めて、俺の胸のいちばん奥に小さな火種となってともった。雪の降りしきる、クリスマスの夜のことだった。

 

 ちなみにロックは、翌朝にはゆうべの大手柄をきれいさっぱり忘れていた。

「え? 俺、ゆうべ何かしたっけ?」

「……いや。なんでもない」

 覚えていたって、どうせ自慢にしか使わないだろうけど。世界を救うかもしれない英雄は、今日ものんきに木に頭突きをしていた。

 その石頭が、ずっと先の戦場で、本当に世界を救う一撃になるなんて。教えてやっても、たぶんこいつは「俺、強いからな」と笑うだけだろう。それでいい。英雄なんて、それくらい呑気で、それくらい無自覚なほうが、案外、これくらいが、ちょうどいいのかもしれない。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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