転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第11話 戦争の足音

 いくつもの夏が、過ぎていった。

 

 庭小人に時間の感覚はない。昨日と今日の区別すら、あやふやな連中だ。季節が巡っても、彼らはただ土を掘り、ミミズを焼き、ぶん回されて笑っている。それが永遠に続くものだと信じて疑わない。

 

 だが、俺には時間が見えていた。

 あの空飛ぶ車に乗って初めて庭に来た、痩せっぽちの黒髪の少年。ハリーはいつのまにか背が伸び、肩幅が広くなり、その顔つきはずっと大人びていた。眼鏡の奥に宿る光も、出会った頃の戸惑いがちなものから、何かを固く決意した者のそれに変わっていた。

 末の息子で可愛らしかったロンも、頼りがいのある青年になった。末っ子でおてんばだったジニーも、芯の強い美しい娘に育った。

 そして双子の――フレッドとジョージの、あのいたずらっぽい笑い声だけは、何年経っても少しも変わらなかった。

 

 俺はこの庭で、彼らが子どもから大人へと変わっていく、そのすべてを見てきた。

 ぶん回されて、ぶん投げられて、石頭をぶつける日々だった。

 それでも俺はずっと、この家のそばに居続けた。

 我ながら物好きな庭小人だと思う。でももう、この家の灯りを見ていない自分なんて、想像もできなかった。

 

 長い年月だった。

 家族が全員そろう賑やかな夏もあれば、誰も帰ってこない静かな夏もあった。懸賞を当ててエジプトへ出かけた年。クィディッチの大会の帰りに、夜空へ不気味な印が上がった年。見慣れない大人たちが夜ごと出入りし、家じゅうに張りつめた空気が満ちていった年。

 俺はそのすべてを、庭の隅から見てきた。人間たちが食卓で交わす言葉の断片を拾い、新聞のかけらをのぞき込み、世界が少しずつ暗くなっていくのを、誰よりも早く感じ取っていた。なぜなら俺は、その先で何が起きるかを、もう知っているのだから。

 それは、孤独な見張りだった。仲間たちは何も知らず、ただ今日を笑って生きている。俺だけが、近づいてくる嵐の足音を聞いていた。誰にも言えず、言ったところで通じず、ただ一人で、来るべき日を数えていた。

 

 とりわけ、フレッドのことを思うと、胸が締めつけられた。

 あの双子は、退治のたびに俺たちを誰よりも遠くへぶん投げる、いわば天敵だ。なのに、不思議と憎めなかった。いつだったか、巣穴が大雨で水浸しになった朝、フレッドが「かわいそうに」と笑いながら、こっそり庭の隅に小さな雨よけの板きれを立てかけていったことがある。たぶん本人は、ただの気まぐれだったのだろう。庭小人のためになにかするなんて、家族には内緒で。

 あの、いたずらと優しさが背中合わせの男が。原作では、あの最後の戦いで、笑ったまま、壁の崩落に巻き込まれて死ぬ。たくさんの仲間に惜しまれ、双子の片割れのジョージは、生涯その穴を抱えて生きていく。

 ――知っているのに、見過ごせるか。そんなこと、できるわけがない。

 

 そして、その夏。

 隠れ穴は奇妙な空気に包まれていた。

 

 庭はかつてないほど華やかに飾り立てられていた。真っ白な大きな天幕が張られ、色とりどりの花が咲き乱れ、長いテーブルがいくつも運び込まれていく。

 長男のビルと、銀色の髪の息を呑むほど美しい女性、フラーの結婚式だった。

 

「わー、きれいだねぇ〜。なんか、お祭りかな〜?」

 

 のんきにそう言って目を輝かせるノロウの隣で、俺だけがひとり、きつく唇を噛んでいた。

 

 わかっていたからだ。この幸せに満ちた一日が、何を意味するのかを。

 

 ビルとフラーの結婚式。それは物語の中で、平和が終わる日だ。

 この日を境に、魔法界は完全に闇の手に落ちる。長く、つらく、たくさんの血が流れる戦争が始まる。

 そして、その戦争の果てにある最後の戦いで。

 あの笑い声の絶えない双子の、片割れが。

 フレッドが――死ぬ。

 

「……させない」

 

 気づけば俺は、拳を握りしめてそう呟いていた。

 

「ん〜? なんか、言った〜?」

「……いや。なんでもない」

 

 馬鹿げている。庭小人が何をできるというのだ。

 俺はちっぽけで非力で、人間の言葉も話せない。魔法だって使えない。できることといえば、ぶん回されて、投げられて、石頭で着地することくらい。歴史を変えるだなんて、星に手を伸ばすより無謀な夢だ。

 

 何度、考えたかわからない。

 知らないふりをして、ただの庭小人として生きるほうが、よほど楽だ。来年も再来年も、土を掘り、ミミズを焼き、ぶん回されて笑っていればいい。仲間たちのように、明日のことなど忘れて。

 眠れない夜が、何度もあった。前世の記憶など、いっそ消えてくれればいいのにと思った。知ってしまったがために、俺はこの平和な庭の真ん中で、ただ一人、終わりの日に怯えなければならない。これは罰なのか、それとも――何かの、役目なのか。

 ちっぽけな庭小人が、歴史を変えようなんて。思い上がりだと、自分でも思う。失敗すれば、何も変わらない。いや、下手をすれば、自分が無駄に潰れて終わるだけだ。

 

 それでも――知っているのに何もしないなんて、できるわけがなかった。

 いつかこの家から、あの笑い声がひとつ永遠に消えるのを。ただ指をくわえて見ているなんて。

 毎朝ミミズを分けてくれるノロウ。くだらない石を宝物だと笑うグリット。意味もなく宴を開くポルカ。馬鹿ばかりだが、こいつらと過ごした日々が、前世のどんな記憶より、あたたかかった。そして、その馬鹿どもを毎年ぶん回しては、けらけら笑っていた、あの赤毛の一家が。

 守りたいと、思ってしまった。もう、知らないふりはできなかった。

 

 準備で慌ただしい庭の隅で、俺はひとり、じっと考え込んでいた。

 石頭のこと。クリスマスの夜のこと。何か、できることはないか。たった一つでも、運命を変える手立ては――。

 

 そんな俺を、ふと、誰かが見ている気がした。

 

 顔を上げる。

 白い天幕の影に、眼鏡をかけた痩せた男が立っていた。白髪が増え、少しやつれた。それでも優しげな目をした――アーサー・ウィーズリーだ。

 彼は忙しいはずの手を止めて、じっと俺を見つめていた。

 

 他の庭小人みたいに、ただ騒いでいるでもなく。土を掘っているでもなく。一匹だけ隅っこで、難しい顔をして考え込んでいる奇妙な庭小人を。

 

 害獣を見る目ではなかった。

 もっと不思議そうな――まるで、ずっと昔にどこかで会った誰かを思い出そうとするような、懐かしむまなざしだった。

 

 俺はふと思い出した。いつかロンが言っていた。「パパは庭小人を面白い奴らだって甘いんだ」と。

 この人はずっと、家族の中でただ一人、俺たち庭小人を害虫ではなく、何か特別な生き物として見つめ続けてきたのだ。

 ……もしかしたらこの人は、とっくに気づいているのかもしれない。この庭に一匹だけ、妙に人間くさい目をした庭小人がいることに。

 

「……君は」

 

 アーサーが何かを言いかけた、その瞬間。

 

「あなたっ! 何してるの! お客様がもうすぐいらっしゃるのよ! 早く、こっち手伝って!」

「あ、ああ! 今行く!」

 

 モリーの声に呼ばれて、アーサーは慌てて天幕の中へ戻っていった。

 最後にもう一度だけ、ちらりと俺を振り返って。その目は確かに、何かを語りかけているように見えた。

 

 俺は天幕の中を、そっとうかがった。

 花婿のビルが、傷だらけの顔で照れくさそうに笑っている。その隣で、フラーが愛おしげに彼の頬に触れる。モリーは目を潤ませながら、それでも休む間もなく動き回り、客の席を整えている。フレッドとジョージは、招待客に仕掛けるいたずらの相談に余念がない。ロンは、すました顔のハーマイオニーをちらちら気にしている。ジニーは、姿を変えたハリーのそばで、何か言いたげに口をつぐんでいた。

 みんな、笑っていた。明日この幸せが砕け散ることなど、知らずに。

 ――この光景を、守りたい。

 胸の奥が、焼けるように熱くなった。

 

 俺はその背中を見送りながら、もう一度拳を握りしめた。

 

 ――明日だ。

 

 明日、すべてが動き出す。平和な日々は終わり、長い戦いの夜が始まる。

 俺は決めた。

 

 たとえただの庭小人でも。たとえ誰にも気づかれなくても。たとえそれが、星に手を伸ばすような無謀な夢でも。

 この馬鹿で騒がしくて、あたたかい一家から――誰一人、欠けさせはしない。

 

 その夜、俺は巣穴で一睡もできなかった。

 頭の中で、何度も筋書きをなぞる。明日、この庭に死喰い人が来る。客は散り、ハリーたちは旅立つ。それは、止められない。止めてはいけない。物語は、そこから動き出すのだから。

 俺にできるのは、その大きな流れの片隅で、たった一つの結末だけをねじ曲げることだ。あの、笑い声の絶えない双子の片割れが、最後の戦いで命を落とす――その一点だけを。

 武器は、この石頭。魔法を弾く、馬鹿げて硬いだけの頭。そして、なんだかんだで俺の頼みを聞いてくれる、馬鹿で頼もしい仲間たち。それだけだ。心もとない。けれど、ゼロではない。

 

 隣で眠っていたノロウが、もぞもぞと寝返りを打って、薄目を開けた。

「ん〜……君〜、まだ起きてるの〜?」

「……ああ。ちょっとな」

「ふぅん〜。なんか、こわい顔してるよ〜。明日、なんかあるの〜?」

「……いや。なんでもない。寝てろ」

「そっか〜。……でもね〜。君が何かするなら、僕、手伝うよ〜。よくわかんないけど〜」

 

 そう言って、ノロウはまた、すぐに寝息を立て始めた。

 何もわかっていないくせに。こいつは、こういうことだけは、いつも、的を射てくる。

 俺は、その寝顔をしばらく見つめた。守るものが、また一つ増えた気がした。

 守りたいものが増えるたびに、こわさも増えていく。失うかもしれない、というこわさだ。前世では、こんなふうに何かを抱えて眠ったことなんて、一度もなかった。守るものなんて、何ひとつ持っていなかったのだから。けれど今は違う。このこわさごと、抱えて生きていく。

 

 夜の庭で、俺は自分の石頭にそっと手を当てた。

 頼むぞ、と。硬いだけが取り柄のこの頭に、生まれて初めて本気で祈った。

 

 明日の空が、晴れますように。

 そして願わくば――その青空の下で起こる悲劇を、ほんの少しだけでも変えられますように、と。

 答えてくれるかどうかは、わからない。それでも、祈らずにはいられなかった。長い夜が、ゆっくりと明けていく。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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