転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第12話 結婚式と銀の仮面

 その日の隠れ穴は、夢のように美しかった。

 真っ白な天幕の下で、金色の楽団が軽やかな音楽を奏でている。着飾った魔法使いたちがシャンパン片手に笑い、語らい、踊る。花嫁のフラーはまるで光をまとっているように美しく、花婿のビルは傷だらけの顔をこれ以上ないほど誇らしげにほころばせていた。双子のフレッドとジョージは、おそろいのけばけばしい紫のローブで、客たちに次々といたずらを仕掛けては笑い転げている。

 あたたかくて、賑やかで、幸せで。絵に描いたような祝福の光景だった。

 ――だからこそ、俺は生きた心地がしなかった。

 

 この日を、俺はずっと恐れてきた。

 ビルとフラーの結婚式。それは、魔法界が崩れ落ちる、その最初の一押しだ。今夜、銀色の守護霊が舞い降りて、すべてが暗転する。前世で読んだとおりなら、間違いなく。

 庭の隅から、俺は天幕を見上げていた。金色の光、流れる音楽、踊る人々。誰もがこの幸福が永遠に続くと信じている。その無防備な笑顔の一つひとつが、俺には痛かった。

 胃のあたりが、ずっと重い。心臓が、嫌な速さで脈打っている。庭小人の小さな体には、抱えきれないほどの緊張だった。それでも、逃げるわけにはいかなかった。今日この瞬間のために、俺はこの庭で何年も、息を殺して待っていたのだから。

 

 俺は朝から、庭小人の仲間たちをこっそり生垣の陰に集めていた。

「いいか、よく聞け。今日、この庭に悪いやつらが来る。すごく悪いやつらだ」

「悪いやつら〜?」とノロウが首をかしげる。

「ああ。そいつらは人を傷つける、容赦なく。だから来たら、お前たちは絶対に逃げろ。巣穴に隠れて出てくるな。いいな?」

「えー、でも」とロックが口をとがらせた。「ぶん回してくれそうな相手なら、俺は挑むぞ!」

「挑むな! 今回ばかりは本当に挑むなよ!?」

 

 話がどこまで通じているのか、はなはだ不安だった。三秒後には忘れていそうな顔ばかりだ。

 目の前にずらりと並んだ、ジャガイモ頭の面々を、俺は不安まじりに見回した。罠を作らせれば天下一品の(ただし暴発する)チップス。石頭で硬いものを砕き、衝撃にもびくともしないロック。やたらと目立つ身なりのメロウ。どうでもいい情報だけは誰より集めてくるスピナー。声をかければ仲間をぞろぞろ集めてくるポルカ。石を握ったら絶対に離さないグリット。そして、三歩で迷子になるノロウ。……世界一頼りない軍勢だった。これで闇の魔法使いの手下に立ち向かおうというのだから、笑うしかない。だが、こいつら一人ひとりの馬鹿げた特技が、いざというとき、何かの役に立つかもしれない。そんな根拠のない予感だけが、今の俺の頼りだった。

 それでも、こいつらしかいない。人間の言葉も話せず、魔法も使えない俺にとって、この馬鹿どもこそが、唯一の手札だった。

 だが、もう時間はなかった。

 

 夕暮れ。空が茜色に染まり、音楽がひときわ華やかに高まった、その瞬間。

 銀色の光がふわりと天幕の中に舞い降りた。大きな山猫の姿をした守護霊。それは低く、よく通る声で、すべての客に向かって告げた。

 

『魔法省は陥落した。魔法大臣は死んだ。やつらが――来る』

 

 一瞬の、凍りつくような静寂。次の瞬間、悲鳴と怒号がいっせいにはじけた。

 黒いローブの影が、ぽん、ぽんと空気を裂いて天幕の中に次々と出現する。死喰い人だ。閃光が飛び交い、テーブルがひっくり返り、客たちが我先にと逃げ惑う。夢のような結婚式は、ほんのまばたきの間に、地獄の戦場へと変わった。

 

 さっきまで踊っていた人々が、悲鳴をあげて姿をくらます。倒れたテーブルから、ごちそうが土の上にぶちまけられる。誰かの呪文が天幕の支柱を裂き、白い布が炎を上げて崩れ落ちていく。花嫁衣装の裾を踏みながら逃げるフラーを、ビルがかばって杖を構える。モリーが子どもたちの名を叫ぶ声が、混乱の中に響いた。

 俺は、震えていた。前世で文字として読んだときには、ここまでの恐怖は想像もしなかった。本物の悲鳴。本物の閃光。当たれば人が死ぬ、本物の呪文。これは、ごっこ遊びじゃない。庭小人の馬鹿騒ぎとは、何もかもが違う。

 それでも、足を止めるわけにはいかなかった。震える膝を叱りつけて、俺は混乱の中へ突っ込んでいった。

 

「――来た」

 

 俺は生垣の陰から飛び出した。短い足で転びそうになりながら、混乱のただ中へ駆け込む。

 その視界に、一人の死喰い人が飛び込んできた。銀色の仮面、手にした杖。そいつは騒ぎに乗じて、逃げ遅れて柱の陰にうずくまるジニーに、杖を向けていた。

 

(――させるかッ!)

 

 考えるより先に、体が動いていた。俺は近くでおろおろしていたロックとチップスのところへ転がり込み、ありったけの声で叫んだ。

「ロックッ! チップスッ! 今だッ! 俺をぶん回せ! 思いっきりあいつに向かってぶん投げろォォォ!」

「えっ!? 今いいのか!?」とロックが目を丸くする。

「庭小人を自分から投げろって、初めて言われたぞ!?」とチップス。

「いいから早くッ! 全力で回せェェェ!」

 

 長いあいだ、あれほど嫌で、あれほど憎んだぶん回し。そのぐるぐる回る地獄の遠心力を、今、俺は自分から仲間に頼んでいた。

 ロックとチップスが俺の両足をがっしり掴み、ぐるん、ぐるん、ぐるんぐるんぐるんと全力で回し始める。視界が回転する。空も天幕も悲鳴も閃光も、ぜんぶぐちゃぐちゃに混ざり合う。いつもならただ気持ち悪いだけのその感覚が、今日だけは――なんて頼もしいんだろう。

 

「いっけえええええッ! 最遠飛距離、更新だァァァ!」

 

 俺は放たれた。ただの石くれとなって、まっすぐ死喰い人の銀の仮面めがけて飛んでいく。

 その刹那、ひらりと何かが視界の端をかすめた。淡い色のリボンだった。いつのまにか俺の後を追ってきていたメロウが、懐に後生大事にしまっていたあの“宝物”を、あのジニーの落とし物を、風に乗せて放っていたのだ。

 

「お嬢さんのピンチには――! このメロウが参上するのさァァァ!」

 

 淡い色のリボンがふわりと舞い上がり、死喰い人の顔にまとわりつく。視界をふいに奪われた男が「うっ」とたじろぎ、わずかに杖先が揺れる。

 その、コンマ数秒の隙に。

 

 ごつんッ!!

 

 俺の石頭が、銀の仮面のど真ん中に、ごつんと直撃した。きぃんと硬い、あのクリスマスの夜と同じ、呪文を弾く感触。衝撃が脳天から爪先まで突き抜け、目の前で星が散る。それでも俺の石頭は、砕けも欠けもしなかった。

 男の放ちかけた閃光が、不発のまま明後日へ逸れる。仮面の死喰い人は白目をむいて、その場にどさりと崩れ落ちた。

 

 ジニーは何が起きたのかわからないという顔で、目をまんまるにしていた。まさか足元に転がってきた土まみれの庭小人が自分を救ったなんて、知る由もない。

 

「――みんな、下がって! ハリー、ロン、ハーマイオニーはもう発ったわ! 早く、避難を!」

 

 誰かの叫び声。戦いは混沌のまま、次の局面へ流れていく。逃げる者、応戦する者、閃光と悲鳴。俺は地面に転がったまま荒い息をついた。石頭がじんじんと痛む。でも――その痛みが今は誇らしかった。

 

 助けた。原作には書かれていない、ほんの一瞬の危機から。たった一人を、確かに。

 

 地面に転がったまま、俺は荒い息のあいだに、必死で庭を見回した。

 ジニーは母に手を引かれ、人混みの中へ駆けていく。無事だ。ビルとフラーも、アーサーも、双子も、それぞれに杖を振りながら、生きて動いている。誰も欠けていない。少なくとも、今夜は。

 やがて死喰い人たちは、目当ての獲物――もうこの場にいないハリーたち――を取り逃したと悟ったのか、悪態をつきながら次々と姿を消していった。あとに残されたのは、踏み荒らされた庭と、焼け落ちた天幕と、ぶちまけられた祝宴の残骸だけだった。

 ついさっきまで、ここは光に満ちていた。音楽が流れ、人々が笑っていた。それが、こんなにもあっけなく。

 胸が、ぎゅっと痛んだ。守れたはずなのに、守りきれなかった何かが、確かにある。平和そのものは、もう、この手からこぼれ落ちてしまったのだ。

 

 メロウがふらふらと駆け寄ってきた。

「ふっ……見たかい新入り君。私のリボンが、お嬢さんを救ったのさ」

「……ああ。今回ばかりは、お前のくだらない片想いに礼を言うよ」

「ふふ、素直でよろしい」

 

 そこへ、ロックとチップスものこのこと顔を出した。

「なあ新入り、今の見たか! 俺たちのぶん回し、過去最高の出来だったぞ!」

「ああ……ありがとう。助かった。本当に」

「ん? なんか、いつもより素直だな。気持ち悪いぞ」

 ロックが本気で首をかしげる。こいつらは、自分たちがたった今、一人の少女の命を救ったことなど、まるでわかっていない。明日にはきれいさっぱり忘れているだろう。それでいい。それが、こいつららしい。

 逃げろと言ったのに、結局そばに残って俺を投げてくれた。馬鹿で、聞き分けがなくて――どうしようもなく、頼もしい仲間たちだった。

 

 くだらない片想いの記念品が、馬鹿げたぶん回しが、一人の少女を救った。

 ――なんてことだ。

 この庭の何もかもが、無駄じゃなかった。

 

 でも、まだ終わっていない。これはほんの始まりにすぎない。

 今夜のは、いわば前哨戦だ。今日この瞬間から、世界は長い闇に沈んでいく。魔法省は落ち、人々は身を隠し、隠れ穴にも厳重な結界が張られるだろう。子どもたちは、それぞれの戦いへ散っていく。

 そして――その果てに、あの最後の戦いが待っている。城が燃え、たくさんの命が散る、あの夜が。フレッドの運命がかかった、本当の戦いが。

 今夜、俺は確かめた。庭小人の石頭は、死喰い人にも通用する。リボン一本が、馬鹿げたぶん回しが、現実に人ひとりを救える。

 俺たちは、ほんの少しだけ、未来をずらした。

 庭小人でも、誰かの足元くらいは変えられる。

 だったら――あの最後の戦いの、あの廊下にも、きっと届く。フレッドのもとへも、間に合わせてみせる。

 

(待ってろ。今度こそ、絶対に間に合わせてやる)

 

 夕闇に消えていく死喰い人たちの影を土まみれで睨みつけながら、俺は痛む石頭をぐっと上げた。

 長い戦争が、今、始まる。けれど俺は、もう怯えてはいなかった。たった今、この小さな体でも、運命に爪を立てられることを知ったのだから。

 戦いの夜が、始まろうとしていた。

 俺たちの、誰にも知られない戦いも。

 誰にも気づかれず、誰にも称えられない。それでも、たしかに始まったのだ。

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