転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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幕間 ジニーの一瞬

 その夜のことを、ジニー・ウィーズリーは後になっても、うまく説明できなかった。

 

 兄の結婚式は、夢のように美しかった。

 隠れ穴の庭に張られた真っ白な天幕。金色に輝く椅子の列。長兄のビルと、フランスから来た花嫁フラーが手を取り合うと、客席のあちこちからすすり泣きが漏れた。ジニーの母などは、もう式の途中からハンカチを離せずにいた。

 戦争のさなかだった。魔法界の空気は日に日に重くなり、家族の誰もが、口には出さない不安を抱えていた。だからこそ、この一日だけは――せめてこの数時間だけは、みんなが心から笑っていた。

 ハリーも、その場にいた。安全のために他人の姿を借りていたけれど、ジニーにはすぐにわかった。たとえ姿が変わっても、あの人を見間違えるはずがない。目が合うと、気まずそうに視線をそらされた。それが少し、悔しかった。

 

 式が終わると、白い天幕は宴の会場に変わった。

 金色の床で、着飾った客たちが踊る。フラーの親戚には、息を呑むほど美しい女性たちが混じっていて、ロンなどはすっかり目を奪われ、母にこっそり小突かれていた。双子はあちこちでいたずら花火を仕掛けては笑いを取り、年寄りの親戚にお小言をくらっている。楽団の軽やかな音楽が、夜風に乗って庭じゅうに流れていた。

 幸せな光景だった。けれどジニーは、その幸せが、薄い氷の上に立っていることも知っていた。

 誰もが笑いながら、どこかで身構えていた。大人たちは時折、入り口のほうへ視線を走らせる。ハリーは、近いうちにこの家を出ていく。自分にはついていけない、危険な旅へ。その背中を、自分は見送ることしかできない。

 だからこそ、この夜だけは、と思った。この音楽が、この笑い声が、少しでも長く続けばいい、と。

 

 その夜、ウィーズリー家の面々は、めずらしく顔を揃えていた。

 呪い破りのビルが花婿として中心に立ち、ドラゴン使いのチャーリーが遠いルーマニアから駆けつけている。双子はいたずらに忙しく、ロンはハーマイオニーの隣でそわそわしていた。父と母は、そんな子どもたちを少し離れたところから、目を細めて見守っている。

 ただ一人、パーシーだけは、まだこの輪の中にいなかった。家族と袂を分かったきり、意地を張って戻ってこない兄。その不在を、誰も大きな声では口にしなかった。

 それでも――残りの家族が、ひとつ屋根の下に集った、穏やかな夜だった。ジニーはこの時、まだ知らなかった。これほど屈託なく笑い合えるのが、しばらくのあいだ、これが最後になることを。だからこそ後になって、この夜の記憶は、宝物のように胸に残った。

 

 幸福は、銀色の光とともに崩れ落ちた。

 

 大きな山猫の姿をした守護霊が、ふわりと天幕の中に舞い降りる。それは低く、よく通る声で告げた。

 

『魔法省は陥落した。魔法大臣は死んだ。やつらが来る』

 

 一瞬の静寂のあと、世界は怒号と閃光に変わった。

 黒いローブの男たちが、空気を裂いて次々と現れる。悲鳴。倒れる椅子。逃げ惑う客。ジニーが振り返ったときには、ハリーたちの姿はもうどこにもなかった。三人で、どこかへ発ったのだ。約束どおり、自分たちだけの戦いへ。

「ジニー、伏せて!」

 誰かが叫ぶ。だがジニーは、伏せなかった。

 

 杖を抜いた。逃げるつもりなど、なかった。

 ウィーズリー家の娘だ。兄が六人もいて、その全員にもまれて育った。箒だって誰より飛べるし、呪文の腕も悪くない。戦えるなら、戦う。守られるだけの子どもでいるのは、もうごめんだった。

 

 ジニーは、迫ってきた一人の死喰い人めがけて、まっすぐ呪文を放った。閃光が相手のローブをかすめ、男がよろめく。やった、と思った。たった一発でも、自分は戦えている。

 だが、戦場は彼女一人のものではなかった。

 あちこちで悲鳴が上がり、客が我先にと姿をくらます。老いた親戚が金切り声をあげ、テーブルがひっくり返り、グラスが砕け散る。誰かがぶつかってきて、ジニーの体勢が崩れた。たった一発の手柄など、この混沌の中では、波にさらわれる砂粒のようなものだった。

 

 けれど現実は、その覚悟ほど甘くはなかった。

 混乱の中を駆けようとして、ひっくり返った椅子に足を取られた。倒れた拍子に、杖が手から離れて転がっていく。視界の隅で、それが誰かに蹴られ、さらに遠くへ消えるのが見えた。

 

 顔を上げると、目の前に銀の仮面があった。

 死喰い人が、ゆっくりと杖を持ち上げる。逃げ場はない。杖を拾う時間もない。仲間はみな、自分の戦いで手一杯だ。

 ジニーは奥歯を噛みしめた。恐怖はあった。けれど、それ以上に、悔しかった。こんなところで。何もできないまま。

 せめて、最後まで睨んでやる――そう思って、まっすぐに仮面を見据えた。

 

 その、刹那だった。

 

 ふいに、風が起きた。

 淡い色の――どこかで見覚えのある、自分のものだったかもしれない小さなリボンが、男の顔にふわりとまとわりつく。男が一瞬、たじろいで顔を背ける。

 そして次の瞬間。

 何か小さくて硬いものが、ものすごい速さで宙を裂き、男の横っ面に、思いきりぶつかった。

 

 ごつん、という、まるで戦場にそぐわない、間の抜けた、けれど確かな音。

 

 死喰い人は白目を剥いて、その場にどさりと崩れ落ちた。杖が手から滑り落ち、放ちかけた呪文が、見当違いの方向で弱々しく弾けて消える。

 

 ジニーは、呆然とした。

 いったい、何が起きたのか。誰かが助けてくれた――それはわかる。でも、その「誰か」が、どこにも見当たらない。

 ふと、倒れた男の足元に目をやる。そこに転がっていたのは、土まみれの、小さな影だった。ジャガイモのような頭をした――庭小人だ。

 よりにもよって、こんなときに。あの、いつも兄たちにぶん回されては生垣の外へ飛んでいく、害獣の庭小人が。なぜ、ここに。

 

 その庭小人は、ふらふらと身を起こすと、なぜか、ジニーのほうをじっと見上げた。

 ほんの一瞬、二人の目が合った気がした。土と埃にまみれた、ちっぽけな生き物。なのにその目には、害獣のものとは思えない光があった。まるで「無事か」とでも問いかけるような、確かな意志が。

 

「ジニー! 何してるの、こっちへ!」

 

 母の声に、ジニーは我に返った。杖を拾い、駆け出す。

 もう一度振り返ったときには、その小さな影は、人混みと土埃の向こうに、もう消えていた。

 

 その夜、隠れ穴の結婚式は無残に踏み荒らされ、客は散り散りになった。けれど、不思議と、命を落とした者は一人もいなかった。

 ジニーは確かに、あの一瞬、死の淵に立っていた。そして、何かに救われた。

 それが何だったのか、誰に話しても、きっと信じてはもらえないだろう。庭小人が人を助けるなんて、そんな馬鹿な話があるものか。気が動転して、見間違えたんだろう、と。

 だからジニーは、誰にも言わなかった。母にも、兄たちにも、ハリーにも。胸の奥に、小さな秘密としてしまい込んだ。

 

 あの夜を境に、世界は本当に変わってしまった。

 魔法省は闇に落ち、新聞は嘘で埋まり、知った顔が次々と姿を消していった。隠れ穴にも結界が張られ、家族は息をひそめて暮らすことになった。笑い声の絶えなかったあの庭から、人の気配が減っていく。ハリーたちの行方は、誰も知らなかった。

 それでもジニーは、折れなかった。あの夜、何もできずに倒れた自分が、悔しくてたまらなかったからだ。次は守られるだけじゃない。きっと自分も、誰かを守る側になる。そう、固く心に決めていた。

 救われた命には、きっと意味がある。

 たとえそれが、土まみれの小さな何かの気まぐれだったとしても。

 

 その決意は、口先だけでは終わらなかった。

 一年後、ホグワーツが戦場になった夜、ジニーは確かにその場に立っていた。母には「あなたはまだ早い」と何度も止められた。それでも引き下がらず、杖を構え、迫りくる黒い影へ呪文を放った。傷ついた友を背にかばい、倒れた誰かを安全な場所まで引きずった。腕は震えていたし、怖くなかったと言えば嘘になる。それでも、足は前に出た。

 あの結婚式の夜、何もできずに地面に転がっていた少女は、もういなかった。

 守られるだけだった自分が、今度は誰かを守る側に回る。

 その一歩を踏み出せたのは――もしかしたら、あの夜、土まみれの、名も知らぬ小さな何かに、命を拾われたからかもしれない。

 

 すべてが終わったあと。戦いの傷が少しずつ癒え、隠れ穴にまた笑い声が戻ってきた頃。ジニーはときどき、あの結婚式の夜のことを思い出した。死の淵で見た、銀の仮面を。そして、土まみれの小さな影を。

 誰にも言えない秘密を抱えているのは、少し寂しい。

 けれどそれは、自分だけが知っている、お守りのようなものでもあった。

 ときどき、あの夜の、間の抜けた“ごつん”という音が、ふいに耳の奥でよみがえることがあった。それだけで、ジニーは不思議と、もう少しだけ頑張れる気がするのだった。

 

 ただ――それから時々。

 平和が戻り、また庭でのんきにぶん回されていく庭小人たちを見るたびに。

 ジニーは、ほんの少しだけ手を止めて、そのゆくえを目で追うようになった。

 空を飛んでいく、土まみれの小さな影。そのどれかが、あの夜の恩人かもしれないと思うと、なぜだか無下にはできなかった。

 結局、最後まで、礼を言う相手は見つからなかった。庭小人はみな同じ顔をしていたし、そもそも人の言葉など通じない。問いかけても、つぶらな目できょとんと見返されるだけだろう。それでもジニーは、退治のたびに一匹ずつ、その顔をのぞき込む癖がついた。あの夜の、意志のある目を探して。

 けれどジニーは、決めていた。もしいつか、あの目をした庭小人にもう一度出会えたら。その時は、ぶん回す前に、こっそり「ありがとう」と言ってやろう、と。

 その日が来るのかどうかは、わからない。それでも、そう思っているだけで、なぜか胸の奥が、ほんの少しあたたかくなるのだった。

 その日も、庭の隅では、一匹の庭小人が土まみれになって、ぐるぐると宙を舞っていた。それが誰なのか、ジニーにはついぞわからなかったけれど。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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