【完結】転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜 作:kobu015
結婚式のあの夜から、季節はいくつも巡った。
戦争は世界を容赦なく、暗く塗りつぶしていった。隠れ穴のあたたかかった灯りもめっきり減り、庭に出てくる人間もいなくなった。ぶん回しも、宴も、馬鹿げたごっこ遊びも。何もない、静かで重苦しい日々が続いた。庭小人たちでさえどこか元気がなかった。理由はわからなくても、空気の重さだけは感じていたのかもしれない。
だが――俺は待っていた。あの日を。
すべてが決する、最後の戦いの日を。
石頭を毎日磨いていた。馬鹿みたいだと自分でも思う。でも、それしかできることがなかった。
その兆しを、最初に運んできたのは――意外にも、スピナーだった。
ある晩、あいつが血相を変えて巣穴に転がり込んできた。
「おい、大ニュースだ! 今度こそ本物だぞ!」
また土から拾った古新聞か、と聞き流しかけて、俺ははっとした。今回は、新聞じゃない。家に出入りする騎士団の連中が、血相を変えて交わしていた言葉を、こいつが地獄耳で拾ってきたのだ。
「“生き残った男の子”が、ホグワーツに現れたって! あの城で、でっかい戦いが始まるらしいぞ!」
全身に、雷が落ちたような感覚が走った。
――来た。ついに、その日が来た。
スピナーの情報は、いつも十回のうち九回は、ずれている。古いか、間違っているか、心底どうでもいいかの、どれかだ。だが、残りの一回。その的中する一回が、よりにもよって、今夜だった。
「スピナー。お前……今回ばかりは、でかしたぞ」
「ん? なんだ気味が悪い。褒められると調子が狂うだろ」
こいつの“どうでもいい情報を拾う才能”が、今このとき、何より重要な合図を、俺に届けてくれた。長年の無駄な聞き耳も、まったくの無駄では、なかったらしい。
そして、その日はついに訪れた。スピナーの報せの、まさにその晩に。
家の中がにわかに騒がしくなった。窓から覗くと、モリーが鬼気迫る顔で暖炉の前に立っていた。子どもたちを守るためなら悪魔とでも戦うであろう、そういう母親の顔だった。暖炉に緑の炎が燃え上がる。煙突飛粉――いわゆるフルーパウダーだ。本来、あの城は煙突飛粉での出入りを固く拒むはず。だが今夜ばかりは、違った。城の守りそのものが破られかけている。その結界の綻びを突くように、暖炉の緑の炎は、確かにあの戦場へと通じていた。正確にどこへ出るのかまでは、わからない。ただ、あの戦いの城へ向かう道であることだけは、俺にはわかっていた。
「今だ! みんな、灰に飛び込めッ!」
俺は引き連れてきた仲間たちに叫んだ。
「えー、どこ行くの〜?」とのんきなノロウ。
「いいから来い! 今日は人生でいちばん盛大な、ぶん回し大会だ!」
「なんだって!? そりゃ行くしかねえな!」とロックが目を輝かせる。
我ながらひどい嘘だった。だが効果は抜群だった。「ぶん回し」と聞けば、こいつらは地獄の果てまでついてくる。ポルカが「宴だぞー! 全員集合だー!」と声を張り上げると、散らばっていた仲間が、あっという間にかき集まった。こんなときばかりは、こいつの“人を集める才能”が、やけに頼もしかった。
罠のチップス、石頭のロック、目立つメロウ、情報のスピナー、石を離さないグリット、そして迷子のノロウ。世界一不安な軍勢を引き連れて、俺はモリーが緑の炎に飛び込む、その一瞬の隙をついた。彼女の足元の灰の中へ、仲間ごとこっそりもぐり込む。
緑の炎が、世界をぐにゃりと呑み込んだ。
――気づけばそこは、地獄だった。
崩れた石壁。燃え上がる廊下。飛び交う無数の閃光。あちこちから上がる悲鳴と怒号。ホグワーツ城は完全な戦場と化していた。魔法使いが、巨人が、生き物たちが、命を懸けてぶつかり合っている。灰まみれの俺たちは、その片隅にぽとりと転がり出た。
「うわー、すっごいお祭りだね〜!」
「これは……お祭り、なのか……?」
だが、俺には笑えなかった。
すぐ目の前で、ローブの裾が炎に巻かれていた。崩れた天井の下から誰かの腕がのぞいていた。見上げるほどの巨人が、塔の壁をこぶしで殴り砕いている。緑や赤の閃光が虫の群れのように飛び交い、当たった者は声もなく崩れていく。
ここはごっこ遊びの庭じゃない。本物の戦争だ。本物の死だ。仲間たちは何もわかっていない。わかっていないからこそ笑っていられる。俺だけが、これから何が起きるかを知って、震えていた。
それでも、立ち止まってはいられなかった。
すぐ横を、緑の光がかすめる。崩れた石像の陰へ、ロックを突き飛ばして隠れる。天井から降ってくる瓦礫を、間一髪でよける。一度でも判断を誤れば、ここで全員おしまいだ。庭小人の小さな体など、流れ弾ひとつで終わる。
不思議と、頭の芯は冷えていた。前世で何十回も読んだ場面だ。どの廊下を抜ければ、あの場所にたどり着けるか。燃える城の見取り図を、必死に記憶からたぐり寄せる。
仲間たちは、相変わらず何もわかっていなかった。ノロウは「すごい花火だね〜」とのんきに天井を見上げ、ポルカは落ちていた何かを拾い食いしようとして俺に蹴られた。馬鹿どもめ。――でも、その馬鹿さが、こんな地獄の真ん中で、俺の心を、かろうじて折れずに保ってくれていた。一人だったら、とっくに膝をついていたかもしれない。
のんきな仲間たちを尻目に、俺は必死に前世の記憶をたどっていた。
フレッドが死ぬ場所。死ぬ瞬間。――それは廊下だ。久しぶりに兄のパーシーと二人、肩を並べて戦っている、その最中。わだかまっていた兄弟がやっと笑い合い、パーシーがらしくもない冗談を言って、フレッドが心の底から嬉しそうに笑った、その瞬間に。背後の壁が爆発する。
「こっちだ! 急げッ!」
迷っている暇はなかった。一瞬でも遅れれば間に合わなくなる。俺は仲間たちの背を押した。
「ぶん回し大会の会場はこっちだ! 急ぐぞ!」
その一言で、こいつらは地獄の戦場をわくわくとついてきた。我ながらひどい嘘だ。だが――この馬鹿さが今は心強かった。誰も震えていない。誰も立ち止まらない。
俺は走った。短い足で何度も転びそうになりながら、瓦礫をよじ登り、閃光をくぐり、必死に走った。石の廊下を曲がる。
――いた。
赤毛が二人。フレッドとパーシーだ。並んで敵に杖を向けている。そして、パーシーが何か叫んだ。フレッドが目を見開き――次の瞬間、心の底から嬉しそうに笑った。
「お前、いま冗談を言ったのか、パーシー――!」
その二人の背後、崩れかけた壁の向こうに。俺は見た。杖を構えた死喰い人の影を。名も知らぬ一人の男。その狙いは廊下の壁。あれが爆ぜれば、二人は瓦礫の下だ。
壁の奥で、石が軋む音がした。魔法で無理やり骨をへし折るような、不吉な、低い音。
そのすぐ手前で、フレッドは笑っていた。すすだらけの顔で、兄に向かって、いつもの調子で何か言い返そうとしている。
――駄目だ。その笑顔を、ここで消してたまるか。
(――間に合えッ!!)
庭小人に歴史は変えられない。未来も変えられない。
だが――“向こう”の結末を知っている庭小人になら、話は別だった。前世の記憶を抱えたままこの庭に転がり込んだ、その意味がもしあるとすれば。たぶん、今のこの一瞬のためだったのだ。
「ロックッ! チップスッ! ぶん回せェェェッ! ありったけの力で、俺をあいつにぶつけろォォォ!」
ところが、だ。
「石頭なら、俺が直接いったほうが早えだろ!」
あろうことかロックが、自分から敵へ突進しかけた。こいつの悪い癖だ。
「違うッ! お前の頭は、俺が運ぶんだよッ! いいから投げろォォォ!」
襟首をつかんで、力ずくで引き戻す。その数秒が、永遠に思えた。壁の奥で石の軋む音が、一段と高くなる。間に合わない――その三文字が、ぞわりと背筋を舐めた。
仲間たちが俺の両足を掴んだ。ぐるん。ぐるん。ぐるんぐるんぐるんぐるん――。
これまでの人生で、いや、小人生で。いちばん速く、いちばん強く、いちばん遠くへ。あれほど憎んだぶん回しの遠心力が、今この瞬間、俺のすべてだった。頼む。届け。たった一度でいい。間に合ってくれ――!
「いっけえええええええッ!!」
俺は放たれた。灰まみれのただの石くれとなって、燃える廊下をまっすぐ突っ切って、壁を爆破しようとする死喰い人の横っ面めがけて――飛んだ。
ごつんッ!!
石頭が、間の抜けた音を立てて、男の横っ面に直撃する。杖先が大きくぶれる。爆発の呪文は壁ではなく、明後日の天井へと逸れていく。ぱらぱらと瓦礫が落ちる。だが――それだけだった。廊下の壁は、崩れなかった。
たった、それだけだった。けれど、その“ほんの少し”が、崩れ落ちるはずだった運命の軌道を、確かに外したのだ。
だが、今度ばかりは、俺もただでは済まなかった。
ありったけの力で投げられた、渾身の一撃。その反動が、石頭ごと全身を貫いた。いつもの間の抜けた“ごつん”とは、わけが違う。脳天を白い痛みが裂き、視界がぐらりと傾いで、一瞬、意識がぷつりと途切れかけた。硬いだけが取り柄のこの頭に、ぴしりと、聞いたこともない嫌な音が走った気がした。
灰の中に転がったまま、指一本、動かせない。耳の奥が、きぃんと鳴っている。やれたのか、間に合わなかったのか――白くにじむ視界では、その時の俺には、それすら、わからなかった。
「うわっ!? なんだ今のっ!?」
逸れた爆風に、フレッドとパーシーが吹き飛ばされる。二人ともしたたかに床に叩きつけられ、もうもうと煙が立ち込めた。
――だが。起き上がった。二人とも、ちゃんと自分の足で起き上がったのだ。
「いってえ……! パーシー、生きてるか!?」
「ああ……! お前こそ、無事かフレッド!?」
「当たり前だろ! このくらいで死んでたまるかよ!」
フレッドが笑った。すすだらけの顔で、いつものいたずらっぽい顔で。生きて、ちゃんと生きて、笑った。
俺は瓦礫の隙間に転がったまま、それを見ていた。声も出なかった。ただ目の奥がじんと熱くなって、灰のせいだと自分に言い聞かせた。
(……間に、間に合った)
この一瞬のために、俺はここにいたのだ。
救えた。
誰も欠けさせなかった。
あのぶん回されて投げられた日々が、最後の最後に、たった一人の命を救った。
無駄じゃ、なかった。
あのくだらない毎日は、ちゃんと、この一瞬につながっていた。
前世で読んだ物語では、ここでフレッドは死んだ。
俺はそのページで、しばらく手が止まった。
なんで、よりにもよってこの男が、と。
その結末を、変えた。たった今、この手で。いや、この石頭で。誰にも知られないまま、たった一行だけ、物語を書き換えたのだ。
それで、じゅうぶんだった。じゅうぶんすぎるほど、だった。
「――おい、見ろよパーシー! こんなとこに庭小人がいるぞ!」
立ち上がったフレッドが、瓦礫の中の俺に気づいた。すすだらけの顔をひょいと覗き込んでくる。その目には、こんな戦場のただ中でも、あのいたずらっぽい輝きが宿っていた。
「こんな地獄みたいな戦場で笑わせてくれるじゃねえか! ……よし、お前はここから退場だ。安全な外まで、特急便だぞ!」
ぐいっと足を掴まれた。
――ああ、わかってる。この後の流れは。よく知ってる。
「ほら、いってらっしゃーい!」
ぐるんと、最後にもう一度。俺は生きているフレッド・ウィーズリーのその手によって、ぐるぐる回されて、戦場の割れた窓の外へ勢いよく――ポイッと放り投げられた。
星の見えない戦いの夜空へ。生きているフレッドの笑い声を、背中に受けて。
くるくると回る視界の中で、遠ざかっていく城を見た。
まだ戦いは続いている。閃光が走り、城のどこかが崩れ、人が倒れていく。俺が変えられたのは、たった一つの結末だけだ。この夜、失われる命のすべてを救えたわけじゃない。それは、ちっぽけな庭小人の手には、あまりにも余る話だった。
それでも――フレッドは、生きた。
あの笑い声は、明日も、その先も、隠れ穴の庭に響き続ける。
それだけで、いくつもの明日が、救われた。
物語の、たった一行。
けれど、その重さを、俺は知っている。前世で、あの死に涙した俺だからこそ。
(……ああ、くそ。最高の、最高のぶん投げだ)
涙かすすか、自分でもわからないものを目尻ににじませながら、ぐるぐる回る夜空の下で、俺は笑っていた。心の底から、馬鹿みたいに、笑っていた。
やがて夜が明ければ、闇の帝王は滅び、長い戦争も終わる。そして隠れ穴の庭には、欠けることのなかった笑い声が、また帰ってくるはずだ。
それを思うと――どれだけ石頭が痛もうと、不思議と、ちっとも嫌じゃなかった。
むしろ、生まれて初めて、ぶん投げられて、よかったとさえ思った。