【完結】転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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幕間 フレッドの聞いた音

 ホグワーツの戦いのさなか、フレッド・ウィーズリーは不思議と満ち足りていた。

 

 城は崩れ、廊下は燃え、あちこちで仲間が倒れていく。窓の外では、見たこともない数の呪文が夜空を焼いていた。世界は今夜、終わるのかもしれない。それでも――フレッドの隣には、ずっとわだかまっていた兄がいた。

 パーシー。

 出世にとりつかれ、魔法省にしがみつき、家族を見下して出ていった、あの堅物の兄。何年も口をきいていなかった。母が泣いても、頑として戻ってこなかった兄。

 その兄が、この戦いの夜、ふらりと現れたのだ。すまなかった、と。馬鹿だった、家族を疑って本当にすまなかった、と。鼻を真っ赤にして、みっともなく謝る兄を見て、フレッドは毒づいてやろうと思った。今さら何だ、と。

 なのに、口から出たのは別の言葉だった。「よく言った、パーシー」。そして気づけば、肩を並べて杖を振っていた。

 

 兄弟というのは、おかしなものだ。何年の溝も、命のやり取りの前では、案外あっけなく埋まってしまう。

 

 廊下の向こうでは、戦いが荒れ狂っていた。閃光が壁を焦がし、悲鳴と崩落の音が絶え間なく響く。城のどこかで、母が、父が、兄たちが、それぞれの持ち場で戦っている。双子の片割れのジョージも、別の場所で杖を振っているはずだった。

 ばらばらに散って、それぞれの場所で踏ん張る。それが今夜の、ウィーズリー家のやり方だった。生きて、また全員でこの城を出る。それだけを信じて、フレッドは杖を握りなおした。隣に兄がいる。それだけで、不思議と怖くなかった。

 

「驚いたな、お前が魔法省に逆らうとはね、パーシー」

 フレッドが軽口を叩くと、いつもなら説教で返してくる兄が、めずらしく、にやりと笑った。

「ああ、辞表を出してきたよ。あんな大臣の下では働けないと言ってね」

 フレッドは、目を見開いた。

「お前……いま、冗談を言ったのか、パーシー!」

 信じられなかった。あの、冗談ひとつ言えなかった兄が。生真面目の塊だった兄が。今、この地獄のような戦場で、軽口を返してきた。

 フレッドは腹の底から笑った。何年ぶりだろう、兄とこんなふうに笑い合うのは。失われたと思っていた時間が、たった一言で戻ってきたような――そんな、満たされた笑いだった。

 

 その笑いには、何年分もの想いが詰まっていた。

 パーシーが家を出ていった日、母がどれだけ泣いたか。食卓に一つだけ空いた席を、家族がどんな顔で見ていたか。表向きは「あんな奴、知るか」と毒づきながら、フレッド自身、ずっと胸の隅に小さな穴を抱えていた。双子は二人で一つだが、ウィーズリー家は九人で一つだ。一人でも欠ければ、どこか歪んでしまう。

 その欠けたピースが、今、隣で笑っている。馬鹿げた冗談を言って、すすだらけの顔で。それだけで、この地獄の夜が、ほんの少しだけ報われた気がした。

 

 ――そのときだった。

 

 背筋を、氷のような予感が走り抜けた。

 理屈ではない。戦場で何度も命を拾ってきた者の、本能のようなもの。

 いま、自分は死ぬ。背後の壁が爆ぜ、すべてが終わる。その確信が、なぜか、はっきりと胸をよぎった。笑ったまま、世界が真っ白になる――そんな未来の気配が、確かにそこにあった。

 

 だが。

 爆発は、起きなかった。

 

 代わりに聞こえたのは、ひどく場違いな、間の抜けた音だった。

 

 ごつん、と。

 

 何か小さなものが、猛烈な速さで廊下を横切り、壁を狙っていた敵の横っ面に、ごつんと直撃したのだ。

 敵の杖先が大きくぶれ、放たれた呪文は壁ではなく天井へと逸れた。瓦礫がぱらぱらと落ちる。それだけだった。崩れるはずだった壁は、崩れなかった。

 爆風に吹き飛ばされ、床に叩きつけられながら、それでもフレッドは――生きていた。すすと埃にまみれ、したたかに腰を打ち、けれど確かに、息をしていた。

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。耳の奥がきんと鳴り、視界は土煙で白く濁っている。咳き込みながら身を起こすと、すぐ隣でパーシーも同じように咳き込んでいた。

 崩れたのは天井の一部だけだった。狙われていたはずの壁は、不自然なほど、そっくりそのまま残っている。あれだけの至近距離で呪文を受けて、なぜ自分たちは無事なのか。戦場の経験が長いフレッドには、むしろそのことが奇妙でならなかった。

 あの一瞬、確かに死を覚悟した。本能が、終わりだと告げていた。なのに、終わらなかった。まるで誰かが横から手を伸ばして、運命の軌道をほんの少しだけずらしたかのように。

 

「いってえ……! パーシー、生きてるか!?」

「ああ……! お前こそ、無事か、フレッド!?」

「当たり前だろ! このくらいで死んでたまるか!」

 

 よかった、と思った。心から。

 兄も生きている。自分も生きている。あの一瞬、確かに死を覚悟したのに、二人とも、ちゃんとここにいる。

 

 そして、ふと、瓦礫の隙間に奇妙なものを見つけた。

 土まみれの、ジャガイモ頭。庭小人だ。

 なぜ、こんな戦場の真ん中に。隠れ穴の庭にいるはずの害獣が、どうしてホグワーツに。考えても、わかるはずがなかった。

 考える余裕も、なかった。フレッドは反射的に、その小さな体をつかみ上げた。家でいつもやっているように、ごく自然に。

 馬鹿馬鹿しいほど日常的なその動作が、こんな地獄の中で、なぜか彼を正気に引き戻した。死の淵から、いつもの自分へ。

 

「こんなとこで笑わせてくれるじゃねえか。よし、お前は退場だ。安全な外まで、特急便だぞ!」

 

 ぐるぐると回して、割れた窓の外へ放る。いつものぶん投げ。いつものお約束。

 小さな影は、夜空へと飛んでいった。妙に堂々とした、満足げな飛びっぷりで。

 

 戦いは、その後も長く続いた。多くの命が失われ、多くの涙が流れた。けれど夜明けとともに、闇の帝王は滅び、戦争は終わった。ウィーズリー家は――誰一人、欠けることなく、その朝を迎えた。

 

 あとになって、フレッドは時々、あの夜のことを思い返した。

 たしかに、自分は死ぬはずだった。あの一瞬、本能が、確かにそう告げていた。背中に死が触れる感触まで、はっきりと覚えている。なのに、こうして生きている。ジョージの隣で、店を切り盛りし、新しいいたずら商品を考えては、家族を笑わせている。

 双子の片割れを失わずにすんだ。それがどれほど幸運なことか、フレッドは誰よりわかっていた。

 戦いのあと、ジョージは無事に駆け寄ってきて、すすだらけの顔で、ぐしゃぐしゃに泣きながら笑った。生きてるな、と何度も確かめ合った。二人そろっていなければ、自分たちは半分にしかなれない。それを、あの夜ほど痛感したことはなかった。

 夜明けの大広間に、ウィーズリー家の全員が集まったとき、フレッドは思わず人数を数えた。父、母、ビル、チャーリー、パーシー、自分、ジョージ、ロン、ジニー。誰も欠けていない。九人、全員。母はその輪の真ん中で、子どもたち一人ひとりを順番に、痛いほど強く抱きしめた。多くの家族が、その朝、誰かを失っていた。広間のあちこちで、すすり泣きが上がっていた。だからこそ、全員そろっていることの幸運が、フレッドには信じられなかった。

 なにか大きな歯車が、ほんの少しだけ、本来とは違う向きに回ったような。そんな、説明のつかない感覚が、ずっと胸の底に残っていた。

 やがて世界に平和が戻ると、二人はまた店を開けた。ダイアゴン横丁の「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」。けたたましい色の看板の下で、いたずら商品を売りさばき、客を笑わせ、母に叱られる。何も変わらない日々が、戻ってきた。当たり前のように続いていく明日が、どれほど得がたいものか――それを知ってしまった分だけ、二人の笑いは、前より少しだけ深くなった気がした。

 失ってからでは遅い。当たり前が当たり前でなくなる瞬間を、フレッドは一度だけすぐ間近で覗き込んだ気がしていた。だからこそ何でもない一日の重みを、誰よりも噛みしめることができた。それはあの夜をくぐり抜けた者だけに許された、ささやかな贈り物だった。

 

 戦争のあと、店にはたくさんの子どもが訪れた。泣きそうな顔をした子には、フレッドとジョージはこっそり、いちばん馬鹿げた商品を握らせた。

 世界を、ほんの少しでも笑わせること。

 それが、戦争のあとも自分たちにできる、いちばん馬鹿げた戦い方だった。

 馬鹿げた商品で誰かを笑わせるたび、フレッドはふと、あの夜のことを思い出した。自分もまた、誰かに生かされた一人なのだと。

 だったらその分、精一杯、馬鹿をやって生きてやろう。

 それくらいが、名も知らぬ恩人への、せめてもの礼になる気がした。

 

 もっとも、その恩人が、実家の庭で毎日ぶん回している害獣の一匹だったなどとは、フレッドは夢にも思わなかった。

 帰省するたび、庭ではあいかわらず庭小人たちがのそのそと這い回り、子どもの頃と同じように退治されては生垣の向こうへ飛んでいく。フレッドはその一匹をつかむたび、なぜか妙に心が和んだ。理由はわからない。ただ、この馬鹿馬鹿しい庭の営みが、いつまでも変わらず続いていることが、たまらなく愛おしかった。

 誰かが命がけで守った日常が、ただ当たり前に続いていく。

 そのことの、なんと贅沢なことか。フレッドは生涯、あの夜の「ごつん」の正体を知らないまま、それでも誰より幸福に、笑って生きた。

 その笑い声が今日も隠れ穴に響いていることを、当の恩人だけが、庭の隅から、こっそり誇らしく聞いていることも知らずに。

 

 救ってくれたのが何だったのか、ついにわからずじまいだった。

 あの間の抜けた「ごつん」という音だけが、耳に残っている。戦場には、あまりにそぐわなかった、あの音。

 誰かに話せば、きっと笑われる。庭小人に命を救われたなんて、ウィーズリー家の双子の名がすたる。だから、墓場まで持っていくつもりの、小さな秘密にした。

 ただ――それからというもの。隠れ穴の庭でぶん回される庭小人を見るたびに、フレッドはほんの少しだけ、手加減をするようになった。

 ほんの少しだけ、だけれど。

 その手の中で、一匹の庭小人が、なぜか妙に誇らしげに身をよじったのを、フレッドは気のせいだと思った。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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