【完結】転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

17 / 18
最終話 ぶん投げ人生にさよならを

 戦争は、終わった。

 長い長い夜が明けて、闇の帝王は滅びた。たくさんのものが失われ、たくさんの涙が流れたけれど。それでも世界は、ようやく光を取り戻した。

 

 けれど、その勝利は、決して安いものではなかった。長い戦いは、たくさんの深い傷を、世界に残していった。

 あの最後の夜だけでも、命を落とした者は少なくなかった。名のある魔法使いも、名もなき人々も、たくさん。魔法界のあちこちで、今も誰かが、失った誰かを悼んでいる。世界は、ゆっくりと、痛みをこらえながら、少しずつ立ち直ろうとしていた。

 それでも――この隠れ穴の庭だけは。ウィーズリー家の笑い声だけは、欠けることなく、まるごと残った。九人の家族が、一人も欠けずに、同じ食卓を囲んでいる。それがどれほど稀有なことか、俺は知っている。

 

 そして隠れ穴にも、またあのにぎやかな日々が帰ってきた。

 

 俺はいつもの庭の隅で、いつものようにひなたぼっこをしていた。あの戦いの日から、季節はもういくつか巡っている。庭にはまた笑い声が満ちていた。その中に――フレッドの声が、ちゃんとあった。

 ジョージと二人、相変わらずおそろいの顔で、誰かにいたずらを仕掛けては家じゅうを笑わせている。ときどき二人で、何か新しいいたずら商品の相談をしているらしい。楽しそうに、生き生きと。

 欠けることのなかった双子の声。それを聞くたびに、俺の石頭の奥がじんわりとあたたかくなる。

 

 もちろん、世界がほんの少しだけ変わったことなんて、誰も知らない。あの日ホグワーツの廊下の壁が崩れなかったことも、土まみれの庭小人が燃える戦場を横切って飛んでいったことも。歴史は何事もなかったかのように、静かに流れている。

 それでいい。影の功労者ってのは、きっとそういうものなんだろう。誰にも知られず、誰にも褒められず、それでも確かに何かを守った。――それだけで、じゅうぶんだ。

 

「新入り〜、なにしてるの〜?」

 

 ノロウが相変わらずの間延びした声で、てけてけとやってきた。あの戦場にもちゃっかりついてきて、ちゃっかり無事に帰ってきた迷子の名人。なんだかんだ、こいつがいちばんしぶといのかもしれない。

 

「新入りはやめろ。俺、もう新入りってガラじゃないだろ。何年ここにいると思ってるんだ」

「えー、でも〜。じゃあなんて呼べばいいの〜? 君、名前あったっけ〜?」

「……まあ、なくてもいいか」

 

 名前なんて、なくてもよかった。俺がここにいて、こいつらがここにいて、あの家が笑っている。――それで、じゅうぶんだった。

 

 その日も、庭にはいつもの面々が揃っていた。

 グリットは相変わらず、その辺の石を磨いては「特別だ」と一人で頷いている。ポルカは何の記念日でもないのに宴の支度を始め、スピナーはどこからか拾ってきた古新聞片手に根も葉もない噂を吹聴し、ロックは木に頭突きをして木のほうを弱らせていた。グランポは芝生で昼寝をしながら、オチのない昔話を寝言で続けている。メロウは誰かの落とした髪飾りを拾って、また勝手にときめいていた。

 誰も欠けていない。何も変わっていない。馬鹿で騒がしくて、どうしようもなく平和な、いつもの庭だ。

 

 転生したばかりの頃は、この連中を心底馬鹿だと思っていた。実際、馬鹿だ。今でもそう思う。

 迷子のノロウ。価値のない石を宝物だと言い張るグリット。理由もなく宴を開くポルカ。土から拾った新聞でデマを撒くスピナー。毎回俺を犠牲にする作戦バカのチップス。木を弱らせる頭突きバカのロック。報われない恋を続けるメロウ。オチのない昔話を語り続けるグランポ。

 救いようのない、愛すべき馬鹿どもだ。けれど、こいつらと過ごすうちに、いつのまにか俺は気づいていた。何も考えず、ただ今日を笑って生きるこいつらのほうが、前世であれこれ思い悩んでいた俺より、よっぽど賢い生き方をしているのかもしれない、と。

 

 ふと、家のほうからよく似た笑い声が二つ、重なって聞こえてきた。双子だ。フレッドとジョージが、何やら新しいいたずら道具の相談をしながら庭へ出てくる。フレッドがジョージの肩を叩いて、腹を抱えて笑っている。すすひとつついていない、晴れやかな顔で。

 ――生きている。あの戦いの夜、永遠に消えるはずだった笑い声が。今日もこうして、青空の下に響いている。

 俺はそれを庭の隅から、しばらく黙って見ていた。胸の奥がじんわりとあたたかくなる。これだけは、何度見ても慣れなかった。

 

 思えば、長い道のりだった。

 転生して、馬鹿な庭小人たちに囲まれて、毎日ツッコんで、ぶん回されて、投げられて、石頭をぶつけて。石ころ騒ぎに巻き込まれ、宴で巣穴を潰され、グランポの昔話に付き合わされ。いつのまにかこいつらと過ごす日々が、前世のどんな思い出よりもあたたかいものになっていた。

 

 ――と。

「あらあら! また庭小人がこんなに湧いてるじゃないの! ちょっと退治しなきゃね!」

 

 モリーのおなじみの声が庭に響いた。その瞬間、庭小人たちの目がいっせいに輝く。

「うおおお! ぶん回しの時間だァァァ!」

「最遠記録、更新するぞーッ!」

「新入りも行くぞ!」

「だから新入りじゃ……ああ、もういい! 行くよ! 行けばいいんだろ!」

 

 結局俺は今日も、仲間たちと一緒に、われ先にとウィーズリー家の子どもたちの前に並ぶのだ。

 あれほど嫌だった、ぶん回しぶん投げ。石頭をぶつける毎日。――でも今は、不思議と嫌いじゃなかった。だってこれは、この家が平和だっていう、何よりの証なんだから。

 

「お、今日も元気だな! よし、いくぞーッ!」

 

 ぐいっと足を掴まれる。ぐるん、ぐるんと世界が回る。空と庭と笑い声が、ぜんぶ混ざってミキサーになる。

 

「いってらっしゃーい!」

 

 ぽーんと青空へ。俺は生垣の向こうへと飛んでいく。

 ぐるぐる回る視界の中に、隠れ穴の庭が広がっていた。洗濯物がはためき、鶏が走り、庭小人たちがわれ先にとぶん回されている。窓の向こうでは、モリーが何かを叱り、双子が笑い、ロンとハーマイオニーが言い合いをしている。なんてことのない、平和な午後の景色だ。

 この景色を守るために、俺はここにいる。誰にも知られなくても、その事実は、回る空の上で、確かに俺の胸を満たしていた。

 飛びながら、ふと家のほうを見た。白髪交じりの痩せた魔法使いが、こちらを見上げていた。アーサーだ。彼は飛んでいく俺とふと目が合うと――ほんの少しだけ、片目をつむってみせた。

 

 ウインク。

 

 まるですべてを知っているみたいに。「ありがとう」とそっと言うみたいに。

 ……まさか。いや、あの好奇心の塊みたいなおっさんなら、ひょっとするかもしれない。

 一匹だけ妙に人間くさい目をした、この奇妙な庭小人を。

 ずっと前から、何も言わずに、見守っていたのかもしれない。

 

 考えてみれば、おかしな人生だった。いや、小人生か。

 前世では、ただの本好きの一般人だった。それが気づけば庭小人になり、大好きだった物語の中に放り込まれ、害獣として毎日ぶん回され、あげく、その物語の結末を一行だけ書き換えた。

 名前もない。誰にも知られない。歴史の教科書にも、魔法界の英雄譚にも、俺の名は決して載らない。フレッドを救ったのは庭小人だったなんて、未来永劫、誰も信じやしないだろう。

 それでも、いいのだ。

 俺は知っている。あの双子の笑い声が今日も響いていることを。ジニーがあの夜を生き延びたことを。この一家が、一人も欠けずに、こうして笑っていることを。それを、庭の隅から、こっそり見ていられる。

 ――これ以上の、ご褒美があるか。誰にも気づかれない誇らしさを、俺は石頭の奥に、そっとしまった。

 胸を張って言える手柄じゃない。誰かに自慢できる武勇伝でもない。それでも、これは確かに俺だけの宝物だ。グリットのあの石ころと、たぶん同じ。

 もしまた生まれ変わることがあるなら、今度は人間がいい。そう思っていた時期もあった。

 でも、いつからだろう。元の世界の夢を、ほとんど見なくなっていた。巣穴の土の匂いが、いつのまにか、いちばん安心する匂いになっていた。俺の居場所は、もう、笑い声と泥と、ぶん回される予感の中にある。

 だから今は、心から思える。庭小人で、よかった。この庭の、この一家の、片隅にいられて、よかった。

 

 ごつん。

 石頭からいつもの茂みに着地する。土と葉っぱと見知らぬ虫と一緒に、俺は青空を見上げて笑った。

 

 ぶん投げ人生に、さよならを。

 ――なんて、できるわけがなかった。

 

 俺が歴史を変えたことも、戦場を飛んだことも。

 あの夜のことは、墓場まで、秘密でいい。

 普通の庭小人にはできなかった。何も知らず、何も考えず、ただ笑って飛ばされていくこいつらには。前世を覚えていた俺だから、みんなとは違う頭でものを考えてしまう俺だったから、できたことだ。

 ……まあ、その“違う頭”のせいで、毎日ツッコミに追われる羽目にもなったわけだが。

 

 これが、俺の居場所だ。

 ただこの庭で、この馬鹿な仲間たちと、あのあたたかい一家のそばで。飛ばされて、転がって、また起き上がる。それを繰り返していけるなら、それでいい。

 馬鹿で、騒がしくて、どうしようもなくあたたかい、この庭が。

 

 タイトルをつけるなら、と俺は思う。前世で読んだ小説には、必ず題名があった。だとすれば、俺のこの奇妙な物語の題は――『ぶん投げ人生にさよならを』、とでもなるのだろうか。

 いつかこの理不尽なぶん投げ生活に、別れを告げる日が来る。そう願っていた時期も、確かにあった。

 でも、今ならわかる。さよならなんて、する気はない。

 ぶん回されて、ぶん投げられて、石頭をぶつけて。そのたびに、この家の平和を噛みしめる。それこそが、俺がこの世界で見つけた、たった一つの、かけがえのない居場所なのだから。

 だから、題名は、こう書き換えよう。

 ――『ぶん投げ人生に、さよならはしない』、と。

 

 今日もまた、庭小人はぶん回される。明日もきっと、ぶん回される。そして明後日も、その先もずっと、この平和が続くかぎり。

 たぶん俺は、どこまでも誇らしげな顔で、空を飛んでいた。




読了ありがとうございました〜。楽しんで頂けてたら幸いです。次回作もよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。