転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第3話 迷子のノロウ

 「あれぇ〜……ここ、どこだっけぇ〜?」

 

 その間延びした声を聞くたびに、俺の一日は確実に長くなる。

 ノロウだ。くしゃくしゃ頭の、目の細い、背の低い庭小人。なし崩しに同居することになった、俺の巣穴の相棒である。相棒と言っても、頼りになった試しは一度もない。なにしろこいつは、世界記録級の方向音痴なのだ。

 

「お前なあ、また迷子か。昨日もおとといも同じこと言ってたぞ。巣穴はあっちだ」

「えぇ〜? そうかなぁ〜。でもさ〜、僕思うんだよね〜。世界って、毎日ちょっとずつ場所が変わってるんじゃないかなぁ〜って」

「変わってるのはお前の記憶だけだよ」

 

 ノロウは俺のツッコミなどどこ吹く風で、てけてけと逆方向へ歩き出した。俺は深いため息をついて、その後を追う。

 こいつに正論を返すだけ無駄なのは、もうとっくにわかっている。それでもつい口が動いてしまうのは、たぶん俺の、治らない悪い癖だった。

 こいつを放っておくのは危険だ。前に一度本気で見失ったときは、三日後に隣の農場のニワトリ小屋の屋根で、堂々と日向ぼっこしているのが見つかった。どうやって川を越えてそんなところまで行ったのか、本人に聞いても「あれぇ〜、そんなとこ行ったっけ〜?」の一点張りだった。もはや徘徊の才能である。

 

 そもそも、こいつと同居するはめになったのも、その徘徊癖が原因だった。

 始まりは、俺が初めてぶん投げられた、あの日だった。野原で自分の巣穴を見失い、途方に暮れていたこいつを、見るに見かねて連れ帰ってやったのだ。たったそれだけのことが、運の尽きだった。そしてその晩から、ノロウはなぜか、毎晩のように俺の巣で寝るようになった。

 

「ふぁ〜あ……あれぇ〜? ここ、僕の巣じゃ、なかったっけ〜?」

「違う。俺の巣だ。お前の巣は、まだ見つかってないだろ」

「そっか〜。じゃあ明日、ちゃんと探すね〜。おやすみ〜」

 

 そしてこいつは、また寝た。翌朝には当然、自分の巣を探すことなどきれいさっぱり忘れていた。追い出そうとしても暖簾に腕押し、叱ってもけろりとしている。気づけばなし崩しに、俺の巣は二人部屋になっていた。

 今思えばあれが、俺がこの庭で初めて「誰かと一緒にいる」ことになった瞬間だった。認めたくはないけれど。

 

「ねえねえ〜、僕の巣穴、どんなだったっけ〜?」

「お前がそれを俺に聞くな」

「えへへ〜、そっか〜」

 

 庭を二人でとぼとぼ歩く。しばらく行くと、グリットが地面に小石の山をせっせと並べているのに出くわした。例の石ころコレクターだ。

 

「おーいグリット。ノロウの巣穴、どこか知らないか?」

「ん? ああ、ノロウなら前に俺の巣に一週間くらい居候してたぞ」

「えっ、一週間も?」

「うん。でもなあ、あいつ毎朝起きるたびに“あれ〜、ここ僕の巣じゃないよね〜?”って不思議そうに聞いてくるんだよ。それがだんだん面白くなっちゃってさ。何も言わずに放っておいた」

「お前もお前で、どうなんだよ……」

 

 ちなみにノロウは、その一週間、自分が他人の巣に泊まり続けていることに最後まで気づいていなかったらしい。巣穴の概念から見直したほうがいい。いや、その前に自我からだ。

 

 俺たちはなおも庭をさまよった。途中スピナーに出くわしたので、一応聞いてみた。

「スピナー。ノロウの巣、どこか知らないか?」

「ふっ……いい質問だ。実はな、拾った新聞によると、迷子になった者は北を目指すと必ず家に帰れるらしいぞ」

「で、北はどっちだ?」

「……どっちだろうな」

「役に立たねえ情報を自信満々で言うな!」

 

 そういえば、とスピナーは思い出したように続けた。

「去年、赤毛の坊主どもが話してたぞ。あの魔法学校にはな、三つ首のでっかい犬がいるんだとよ」

「……三つ首の犬」

「ああ。しかもその奥に、とんでもない宝が隠されてたとか。庭小人の与太話みたいで笑えるだろ」

 笑えない。それはたぶん、本当の話だ。前世で読んだ。俺はそっとため息をついた。こいつらの“噂”は、十回に一回くらい、ぞっとするほど的を射ている。

 

 そうこうしているうちに、ふと気づくとノロウの姿が消えていた。

 血の気が引いた。慌てて庭を見回す。いない。嫌な予感で生垣の隙間から隣の農場を覗くと、案の定、ニワトリ小屋へ続く道を、てけてけとのんきに歩いていく小さな後ろ姿が見えた。

 

「ノロウーッ! そっちは違うッ! というか敷地から出るなァァァ!」

 

 短い足で必死に追いかけ、ニワトリに突かれそうになっているノロウを間一髪で引きずって戻す。

「あれぇ〜? 君なんで、そんなに息切らしてるの〜?」

「お前を追いかけてたんだよッ!」

「えへへ〜、ありがと〜。あ、そういえば向こうに、白くてふわふわした、おっきい鳥がいっぱいいたよ〜。あれ僕の親戚かなぁ〜?」

「ニワトリだよ! しかもお前より、よっぽど賢いやつらだ!」

 

 ……正直、本気でそう思った。

 

 結局その日も、ノロウの巣穴は見つからなかった。まあ当然だ。あるのかどうかも怪しいのだから。

 夕方、俺たちは庭の隅の大きなキノコの根元に並んで腰を下ろした。茜色の空に、最初の星が一つぽつんと瞬き始めている。ノロウは何の心配もなさそうに、ぼんやりとその空を見上げていた。

 

「ねえねえ〜」

「なんだよ」

「君ってさ〜、なんでそんなに、いっつも色々考えてるの〜?」

「は?」

「だってさ〜。ぶん回されたらちゃんと怒るし、巣の場所も気にするし、僕の心配までしてくれるし、明日のことも考えてるでしょ〜? ……庭小人なのに、変なの〜」

 

 言われて、俺は黙った。言い返す言葉がすぐには出てこなかった。

 この庭の連中は、みんな“今”だけを生きている。昨日のことは覚えていないし、明日のことは考えない。腹が減ったら掘って食い、眠くなったら寝て、ぶん回されたらけらけら笑って飛んでいく。それでも――いや、だからこそ、誰一人不幸そうな顔をしていない。

 考えすぎて空回りしているのは、前世の記憶なんてものを抱えて一人で重たい荷物を背負っているのは、いつだって俺だけだった。

 

「……うるさい。放っとけ」

「ふふ〜。でもね〜」

 ノロウは目を細めて笑った。

「君がいてくれてよかった〜って思うよ〜。僕、迷子になっても、君がちゃーんと探しに来てくれるって、なんか知ってるんだ〜」

「……記憶もないくせに、そういうことだけはやけに自信たっぷりに言うんだな」

「うん〜。なんでかそれだけは、わかるんだよね〜。不思議〜」

 

 なんだそれは。俺はそれ以上、何も言えなかった。藍色に変わっていく空を、二人でただ眺めた。

 

 しばらくして、ノロウがごそごそとミミズ串を二本取り出した。

「はい、君の分〜」

「……いつのまにこんなもん持ってたんだ」

「えへへ〜。さっき君がニワトリのとこで僕を探してる間に、掘っておいたんだ〜。君いっつも、僕のために走ってくれるから、お礼〜」

 

 差し出された泥つきのミミズ串を、俺はしばらく見つめた。正直うまくない。庭小人のごちそうは何度食っても慣れない。

 でも――迷子のくせに、記憶もないくせに。こいつはこういうことだけは、ちゃんと覚えている。

「……いらねえ、とは言わないでおいてやる」

「やった〜」

 

 二人で並んで、まずいミミズ串をかじった。遠くでポルカたちが馬鹿騒ぎをする声がする。グランポのオチのない昔話も、風に乗って切れ切れに聞こえてくる。いつもの馬鹿で騒がしい庭の夜。なのに不思議と、心は静かだった。

 

 ――そんな穏やかな時間に終止符を打つのは、いつだってあの声だ。

 

「庭小人退治の時間よー!」

 

 ジニーの明るい声が庭に響いた。その瞬間、ぼんやりしていたノロウがぱっと立ち上がり、俺の手をぎゅっと握った。

「あ、ぶん回しの時間だ〜。ねえねえ、今日は一緒に飛ぼうよ〜!」

「なんで俺まで巻き込まれてるんだよおおお!」

 

 抵抗もむなしく、その日、俺たちは手をつないだまま二匹まとめてぐるぐる回され、見事なダブル・ぶん投げを決めた。

 

「いっけえ〜、二匹まとめてー!」

 

 手をつないだまま、ぐるぐる回りながら生垣の向こうへ。

「ねえねえ〜、君〜」

「なんだよ、こんな飛んでる最中に!」

「あのね〜、僕気づいたんだ〜。二匹で飛ぶと、一匹より、こわくないね〜」

「そういう問題じゃないだろ! あとしゃべると舌噛むぞ!」

「えへへ〜」

 

 回転する視界の中で、ノロウの手だけがやけにしっかりと、俺の手を握っていた。まったく、目が回る空の上でも、こいつは相変わらずのんきだ。それでも心の底から楽しそうに笑っている。

 

「うわぁ〜、見て見て〜! 今日もすっごく飛べたね〜!」

 

 俺はなぜだか、つられて笑ってしまった。いい大人が(中身は)、庭小人と手をつないで空を飛んで笑っている。ばかみたいだ。でも、悪い気分じゃなかった。

 

「……バカか、お前は」

 

 ごつん、ごつんと、石頭を二つ並べていつもの茂みに着地する。土まみれで並んでひっくり返り、また二人で空を見上げる。最初の星が、もうはっきりと輝いていた。

 

(……こんな毎日も、悪くないかもしれない)

 

 いや。まだ認めないけどな。認めたら、なんだかいろいろ終わってしまう気がするから。

 

 茂みから二人で這い出すと、近くで石を磨いていたグリットが、にやにやしながらこっちを見ていた。

「お前ら、また二人で飛んでたな」

「……成り行きだ」

「いつも一緒だなァ。巣穴も一緒、ぶん回されるのも一緒。仲良しだな」

「うるさい。こいつが勝手についてくるだけだ」

「ふぅん。でもお前、ノロウがいないと、ちょっと寂しそうだぜ?」

「……は? んなわけあるか」

 

 断じてない。断じてないが、なぜかその時、ノロウは得意げに胸を張った。

「えへへ〜。僕たち、相棒だもんね〜」

「相棒になった覚えはないっ」

「またまた〜」

 

 グリットが笑い、ノロウもつられて笑う。俺は二人にツッコむのが馬鹿らしくなって、空を見上げた。まったく、いつのまに俺は、この庭でこんなにツッコミ役が板についてしまったんだろう。

 

 その夜もノロウは当然のように、俺の巣穴にもぐり込んできた。そして翌朝、目を覚ましたノロウは俺の顔を見て、きょとんとして言った。

「あれぇ〜? ここ、僕の巣だったっけ〜?」

「……もういいよ。お前の巣はここだ」

「やった〜!」

 

 こうして俺の巣は、正式に二人部屋になった。頼んだ覚えは一度もないんだけどな。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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