転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第4話 石ころ争奪戦

 その年の夏、隠れ穴はいつにも増して静かだった。

 なんでもウィーズリー家は懸賞だか何だかで大金を当てて、一家そろってはるばるエジプトまで旅行に出かけてしまったらしい。スピナーがまた拾ってきた新聞の切れ端で、得意げにそう語っていた。今回の新聞は、奇跡的にほぼ最新だった。

 

「いいか、よく聞け。人間がいない。これが何を意味するか、わかるか」

「……ぶん回しがない」

「そうだ。平和だ。誰にも投げられない、夢のような夏だ!」

 

 ……まあ、それはいい。歓迎すべき事態だ。

 問題は別にあった。ヒマを持て余した庭小人は、絶対にろくなことを始めない。これはもう、自然界の絶対法則である。

 

 その法則が発動したのは、よく晴れた朝のことだった。

 

「だ、大発見だァァァッ!」

 

 グリットが目をぎらぎらと血走らせて、俺の巣穴に転がり込んできた。手のひらには、いつもの小石。

「見ろ新入り、この石! ヤバいピカピカだ! 最高に特別な石、きっと“伝説の石”に違いない!」

「……ただの濡れた小石だろ、それ」

「違う! よく見ろ、光ってる、丸い、そして重い! 特別な石の三拍子が完璧にそろってるんだ!」

 

 断っておくが、その石はまったく光っていなかった。丸くもないし、特別重くもない。そのへんの地面にいくらでも転がっている、どこから見てもただの石だ。

 だが庭小人にとって、何が「特別」かどうかは本人の確信がすべてなのである。そして厄介なことに、この確信というやつは、恐ろしい速さで伝染する。

 

「特別な石だって!?」

「俺も探す!」

「ピカピカで丸くて重いやつだな!?」

 

 グリットの叫びを聞きつけて、あっという間に庭じゅうの庭小人が目の色を変え、「伝説の石」探しに狂奔し始めた。ポルカは仕込んでいたミミズ料理を放り出し、ロックは頭突きをやめて「石頭で本物の石を見分けてやる!」と意味不明な理屈で参戦し、グランポまでが「わしが若い頃の石は、もっと光っとった」とよちよち列に加わった。

 

(なんでだよ。なんでみんな乗るんだよ。石なんてそのへんに無限に転がってるだろ)

 

 俺はこの狂騒に巻き込まれまいと、そっと巣穴に引きこもろうとした。が、無駄だった。

「新入り、お前も探せ! 俺の長年の勘が告げている。お前は“特別な石を見つける顔”をしている」

「どんな顔だよ。あとその勘、一回も当たったことないだろ」

「いいから来い!」

 

 こうして俺は、心底どうでもいい「伝説の石」探しに強制動員された。炎天下の庭を、ジャガイモ頭の集団が目を皿にして地面を這いずり回る。相当異様な光景だったと思う。幸い、見ている人間はエジプトにいたが。

 

 数時間後、庭の中央には集めてきた「伝説の石」が小山のように積み上がっていた。

「どうだ新入り。どれが一番、特別だと思う?」

「……全部、ただの石だよ」

「は? お前、見る目ないなァ……」

 

 失礼な。見る目がなさすぎるのは、どう考えてもそっちだ。

 しかもなぜか、その流れで「伝説の石・品評会」が始まってしまった。なぜ俺が審査員なのか、誰も説明してくれない。

 

「まずは俺のだ!」

 ポルカが差し出したのは、ただ丸っこいだけの石だった。

「見ろ、このふっくらした感じ。よく太ったミミズみたいで、食欲をそそるだろ!」

「石を見て食欲をそそられるな。あとそれ、食えないぞ」

 

「次はわしじゃ」

 グランポが苔むした石を掲げる。

「これはのう、わしが若い頃からずーっとそのへんに転がっとった、由緒ある石で……いや待て、これは昨日のミミズの食べ残しじゃったか。うーむ……」

「どっちにしろ、いらないよそれ」

 

「ふっ、本命は俺だ」

 スピナーが平べったい石を見せた。

「拾った新聞によると、平たい石は水面で何度も跳ねるらしい。つまりこれは、空を飛ぶ伝説の石だ」

「それはただの水切りだろ。しかもお前、川まで持ってって投げてなくすパターンのやつだ」

 

「俺のはこれだ!」

 ロックが自分の額をどんと叩いた。

「俺の石頭! これこそ世界一硬くて特別な石だ。なあ、審査してくれ!」

「それは石じゃなくてお前の頭だ。審査対象に自分の体を出すな」

 

(なんなんだ、この地獄みたいな品評会は)

 

 全員が自分の石(と頭)こそ最高だと譲らない。俺の「全部ただの石」という唯一にして絶対の正論は、見事に黙殺された。

 

 しかも問題はここからだった。誰も一歩も譲らず、ついには所有権をめぐって、石の山の上で取っ組み合いの大乱闘が勃発した。石が宙を舞い、誰かの頭に当たり、誰かが泣く。そしてまた別の誰かが新しい石を見つけて「あっ、こっちの方がピカピカだ!」と叫ぶ。

 

「やめろ! 落ち着け! いいか、よく聞け!」

 俺は乱闘の真ん中で声を張り上げた。

「その石は全部おんなじだ! どれにも価値なんてない! ただの石なんだよ!」

 

 一瞬、庭小人たちがしんと静まり返った。お、効いたか、さすがに正論が通じたか――と思った次の瞬間。

「……今の聞いたか?」

「ああ。新入りのやつ、“どれにも価値がない”って言いやがった」

「つまり、どの石も平等に特別、ってことだな!」

「そうか! じゃあ全部ほしい!」

「俺もだ!」

「曲解だァァァ! どこをどう聞いたらそうなる!?」

 

 火に油だった。争奪戦は俺の正論を燃料に、さらに激しさを増した。もう何も言うまい。庭小人に論理は通じない。三度目の痛恨の学習だった。

 そして俺は、いつのまにか石の山の下敷きになっていた。

 

(前世の俺……今、庭で石の下敷きになってるよ。何やってんだ、本当に)

 

 ずっしり重い石の山の下で、俺は遠い目をして空を見上げた。雲が、のんびりと流れていた。

 だが、庭小人の騒ぎはいつだって始まりが唐突で、終わりはもっとあっけない。

 

「……なあ。よく考えたら、こんなにいらなくない?」

 

 誰かがふと、そう呟いた。次の瞬間、あれほど命を懸けて奪い合った「伝説の石」を、庭小人たちはいっせいに生垣の向こうへポイポイと投げ捨て始めた。

「いらねー!」

「ポーイ!」

「あー、すっきりした!」

「お前らァァァ! じゃあ今日一日の大騒ぎは何だったんだァァァ!」

 

 数時間の情熱は、跡形もなく霧散した。石の山からようやく這い出した俺は、その光景を呆然と眺めていた。

 ふと見ると、グリットだけが最初に見つけたあの一個を、まだ大事そうに両手で握りしめていた。

 

「……お前は、捨てないのか?」

「うん。これは捨てないよ」

「なんでだよ。さっきお前が言い出したことだろ」

「だって、これは特別だから」

 

 そう言って、グリットはへへっと笑った。その石を宝物みたいに胸に抱えて。

 なんてことのない、ただの石。光ってもいないし丸くもない。だけどこいつにとっては、世界でたった一つの宝物。誰が何と言おうと、自分が「特別だ」と決めた、それだけで特別になる。

 ……まあ、そういうのも悪くないか。馬鹿げてるけど、ちょっとだけ羨ましくもあった。

 

 少しだけ心が温かくなった――その直後。

 ごつんッ。投げ捨てられた石の最後の一個が、見事に俺の石頭を直撃した。

 

「いってェッ! 誰だ今、投げたの!」

「あ、ごめ〜ん。手がすべった〜」

 

 ノロウだった。

 ……うん。やっぱり撤回する。こいつらと心を通わせようとした、さっきまでの俺が馬鹿だった。

 

 その夜。人間のいない静かな庭で、俺は巣穴の外に出て、一人で星を見上げていた。

 馬鹿で騒がしい一日だった。半日かけて石を奪い合って、あげくぜんぶ放り投げて、最後は石の山の下敷き。おまけに帰り際、ノロウの“手がすべった”石まで頭に食らった。我ながら、つくづくろくでもない一日だ。前世の俺が見たら、きっと頭を抱える。

 ……こういう、何でもない一日が、ほんの少しだけ、こわい。この平和が、いつまでも続くわけじゃないと、俺だけが知っているから。だが、今夜は考えるのをやめた。星を見上げて答えが降ってくるなら、とっくに降っている。それに、深刻な顔は、どうにも俺の柄じゃない。

 隣ではノロウが、いびきまじりに寝言を漏らしている。「ミミズ……まだ、あるよ〜……」。よほどいい夢を見ているらしい。遠くの巣穴からも、誰かの寝息が切れ切れに届く。まったく、こいつらときたら、明日の心配なんて、これっぽっちもしていない。

 その底抜けの能天気さが、今夜はなぜだか、少しだけ羨ましかった。

 

 巣穴をのぞくと、グリットはあの“特別な石”をしっかり抱いて眠っていた。価値なんて、誰にもわからない。けれど本人にとっては、世界でたった一つの宝物。

 馬鹿げている。でも、ふと思う。前世の俺は、他人が決めた「価値」ばかりを気にして生きていなかったか。給料、肩書き、評価。誰かのものさしで自分を測って、勝手にすり減っていた。

 こいつらは違う。自分が「特別だ」と思えば、ただの石ころだって宝物になる。誰に笑われようと、関係ない。

 ……もしかしたら、いちばん自由なのは、こいつらなのかもしれない。そんなことを考えながら、俺は眠りについた。

 

 馬鹿で、自由で、何も気にしない。そんなこいつらと過ごすうちに、前世で凝り固まっていた俺の心も、少しずつほどけていくようだった。気づけば、こいつらの馬鹿騒ぎが、嫌いではなくなっている自分がいた。認めるのは、ちょっと癪だけれど。

 

 ちなみに翌朝。ゆうべの感傷を根こそぎ台無しにするように、ノロウが寝ぼけて俺の巣穴の壁を掘り進め、見事に隣の巣まで貫通させていた。

 ……うん。歴史を変える前に、まずこいつの徘徊をなんとかしたい。俺の果てしない夏は、まだまだ続きそうだった。

 貫通した穴から、隣の巣のグリットが「おはよう」と顔を出した。例の石を、まだ抱いたままで。俺は思わず噴き出した。まったく、退屈だけはしない夏だ。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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