転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜 作:kobu015
「今夜は、宴だァァァッ!」
ある日の夕方、ポルカが頬をぱんぱんに膨らませて、高らかにそう宣言した。頬がふっくらしていて、ポケットにいつも食料を隠している宴会好きの庭小人。それがポルカだ。
「理由は?」
俺が一応聞いてみると、ポルカはきょとんとした。
「理由? なんで宴に理由がいるんだ?」
「……いや、いらないか」
「だろ! 強いて言えば、なんとなく今日はそういう気分だ!」
それがポルカの、唯一にして絶対の判断基準だった。なんとなくそういう気分。それさえあれば、こいつはいつでもどこでも宴を開く。そしてうちの庭小人たちは相変わらず暇だった。暇な庭小人はろくなことを始めない――例の絶対法則である。
「よーし、みんな! 今夜は俺の巣穴で盛大に宴をやるぞ! 人間どものいない夜は、宴と相場が決まってるんだ!」
「おおーっ!」
歓声が上がる。そしてなぜか、その流れで俺に白羽の矢が立った。
「新入り、お前は食料調達担当な!」
「なんで俺が……」
「いいから! 宴の主役は料理だ。ミミズと木の根と、あとはこう……いい感じのやつをいっぱい集めてこい!」
「“いい感じのやつ”ってなんだよ」
「いい感じのやつだ!」
“いい感じ”の定義を小一時間問い詰めたかったが、無駄だと知っていたので、俺は黙ってミミズを掘りに行った。
断っておくが、ミミズは別にうまくない。庭小人の味覚は控えめに言って終わっている。だがこの連中は本気で、ミミズの炭火焼きを最高のごちそうだと思っている。俺も最初は断固として口にしなかった。だが悲しいかな、腹が減ると庭小人は慣れる。今では塩(という名のただの土)をちょっと振ると、まあ悪くないなと思ってしまう自分がいる。完全な堕落である。
しかも一人で掘るのは不公平だと文句を言ったら、なぜか調達隊が結成された。メンバーは俺とノロウとロック。最悪の人選だった。
「ようし、いい感じのやつ、いっぱい集めるぞ〜!」
ノロウが張り切って先頭を歩き出す。
「おいノロウ、お前が先導するな。三秒で迷子になるだろ」
「えぇ〜? 大丈夫だよ〜。僕こう見えて、方向感覚いいから〜」
「お前の口から出ると、それ最大級の不安なんだよ」
案の定、ノロウは五歩でミミズのいない乾いた地面へ突き進んでいった。俺が軌道修正させている間に、今度はロックが暴走を始めた。
「いい木の根を見つけたぞ! こいつを引っこ抜けば、宴の主役だ!」
「ロック待て、それは木の根じゃなくて――」
「ぬんっ!」
ロックが頭突きの要領で地面に突っ込む。ぶちっと抜けたのは、木の根ではなかった。モリーが丹精込めて育てている家庭菜園のニンジンだった。
「やった! でかい木の根だ!」
「それ人間の畑のニンジンだよ! 戻せ、今すぐ戻せ!」
「えー、でも抜いちゃったし……」
「見つかったら、鍋で追い回されるんだぞ!」
結局ニンジンはこっそり土に埋め直した。ぐらぐらして、いかにも不自然だったが、見なかったことにした。その後もノロウは二回迷子になり、ロックは石を三個「食料だ」と持ってきて、俺の胃は宴の前から痛かった。
それでもなんとか、日が暮れる頃には宴の準備が整った。ミミズ串が山と積まれ、キノコ酒(という名のただの泥水)が割れた植木鉢になみなみと注がれている。
「乾杯ーッ!」
「宴だー!」
「ポルカ、いいぞー!」
ポルカの巣穴に庭小人たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、大いに盛り上がっていた。ノロウはさっそくキノコ酒を飲んで「ふぁ〜、いい気分〜」ととろんとし、グリットは例の「特別な石」をなぜかつまみ代わりになめ、ロックは酔った勢いで巣穴の壁に頭突きを始めた。
そして俺は、巣穴のいちばん奥で膝を抱えていた。
とにかく狭い。庭小人が二十匹も入れる空間じゃない。誰かのひじが顔に刺さり、誰かの足が腹を踏み、誰かのゲップがもろに顔にかかる。地獄の満員電車だった。
(換気。誰か換気をしてくれ。あとできれば俺を外に出してくれ……)
「おーい新入り! なに、すみっこで辛気くさい顔してるんだ!」
ポルカが真っ赤な顔で絡んできた。
「お前も飲め、食え、踊れ! 宴ってのはな、頭を空っぽにして楽しむもんだ!」
「お前はいつも空っぽだろ」
「だろ! だから毎日楽しいんだ!」
……反論できなかった。くやしいがこいつはたぶん正しい。考えすぎてすみっこで膝を抱えている俺より、何も考えずに真っ赤な顔で笑っているポルカのほうが、よっぽど小人生を満喫している。
宴がたけなわになると、誰が言い出すでもなく「隠し芸大会」が始まった。
まずグリットが、例の「特別な石」を頭の上に乗せて見せた。
「見ろ、落ちない! これが俺の芸だ!」
「それ、ただ石を頭に乗せてるだけだろ」
次にスピナーがもったいぶって立ち上がる。
「俺は未来を予言できる。拾った新聞に書いてあった、今夜の運勢だ。……今夜、この巣穴は崩れる」
「縁起でもないこと言うな!」
そしてトリはノロウだった。
「僕の特技はね〜……どこでも寝られること〜」
そう言うが早いか、ノロウはその場でころんと横になり、三秒で寝息を立て始めた。
「おお〜!」「すげえ!」「芸術だ!」
「いや、それ芸か!? ただ寝ただけだろ!?」
だが満場一致で、ノロウの優勝が決まった。審査基準は不明である。俺は優勝者を叩き起こす役を押しつけられた。なんでだ。
そして宴がいちばん盛り上がった、その瞬間。悲劇は起きた。
「みんな! もっと高く、高く跳んで踊ろうぜーッ!」
調子に乗ったポルカが、巣穴の天井に向かってぴょんと跳ねた。みしり、と嫌な音がした。だが酔っぱらった庭小人たちは誰も気づかない。ポルカにつられて、全員がいっせいに跳ねた。
みしり。みしり。ばき、ばき――
「……あ」
全員が天井を見上げた刹那。
ど、しゃあああああんッ!!
巣穴の天井がまるごと崩落した。土砂とミミズ串と泥水と庭小人どもが、ぐっちゃぐちゃに混ざり合って星空の下へ噴き上がる。俺たちはもんどり打って夜の庭に放り出された。
月明かりの下、土まみれの庭小人たちが点々と転がっている。俺は仰向けで空を見ていた。星が回っていた。
「……ぷはっ。いやー、いい宴だったなァ!」
最初に起き上がったポルカが、満面の笑みでそう言った。
「どこがだァァァ! 家、お前の家、まるごと崩れたんだぞ!? 全壊だぞ!?」
「しょうがねえ。じゃあ今夜は外で寝るか! 見ろよ、星がきれいだぜ!」
「いや落ち込めよ! ちょっとは落ち込もうとしてみろよ!」
「落ち込んでる時間がもったいない! さ、二次会だ! 星空宴会だーッ!」
「立ち直りが災害級だな、お前は!」
そのポジティブさは、もはや一周回って才能だった。誰一人として巣穴の消滅を気に病んでいない。それどころか「これはこれで新しい宴のスタイルだ」と、本気で第二ラウンドの空気が漂い始めている。
「よーし、星空の下で仕切り直しだ! 誰か無事なミミズ串はないか!」
「あったぞ! 崩落してもしっかり握ってた!」
「さすがポルカ、食への執念だけは本物だな!」
「それ、褒めてないからな」
土まみれのミミズ串を回し食いしながら、庭小人たちはまたけらけら笑い始めた。崩れた土の山を椅子がわりに、降ってきた星を肴にして。正直こいつらの立ち直りの早さだけは、ちょっと見習いたいと思った。ほんのちょっとだけ。
――と、その時だった。
「こんな夜中に、いったい何の騒ぎなのッ!?」
いつのまにか帰ってきていたモリーが、鍋とおたまを手に勝手口から仁王立ちしていた。庭の惨状を見て、こめかみにくっきり青筋が浮かんでいる。
「やだ、もうッ! せっかく留守にしてたら、庭がめちゃくちゃじゃないの! あんたたち、いいかげんにしなさいッ!」
ガンガンガンッと鍋を打ち鳴らされ、庭小人たちはきゃーきゃー言いながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「逃げろー! 母ちゃんの鍋だー!」
「でも楽しかったなー!」
「また、やろうなー!」
「やらなくていい! 二度とやらなくていいから!」
俺も土まみれのまま、必死に自分の巣穴へ逃げ帰った。その途中、ふと空を見上げる。星がばかみたいにきれいだった。崩れた巣穴も、まずいミミズの炭火焼きも、鍋で追い回される夜も。
……まあ悪くは――いや、やっぱり次は、もうちょっと家が崩れない宴を開いてくれ。頼むから。
ちなみにその夜、巣穴を失ったポルカは、当然のように俺の巣に転がり込んできた。ただでさえノロウと二人で手狭だというのに。
「いやー、世話になるな新入り! お礼に明日も宴を――」
「やらせるか。あとお前、寝相が最悪なんだよ。腹を蹴るな!」
狭い巣穴に、ノロウとポルカと俺。三匹で身を寄せ合って眠るには、あまりにも手狭だった。ポルカのいびきはうるさいし、ノロウは寝ながら俺の腹を蹴る。最悪の寝心地だ。
それでも――不思議と、嫌じゃなかった。
前世では、一人暮らしだった。広い部屋で、静かで、快適で。けれど、誰かの体温を感じて眠ることなんて、なかった。こんなにうるさくて、狭くて、あたたかい夜を、俺は知らなかった。
誰かのいびきも、寝返りの振動も、夜中に飛んでくる足の裏も。前世なら耐えられなかったはずのそれが、今はただ、生きているもののぬくもりに思えた。
崩れた巣穴も、まずいミミズも、鍋で追われる夜も。全部ひっくるめて、悪くない。いや――正直に言えば、ちょっとだけ、幸せだった。
前世の俺なら、こんな状況は耐えられなかっただろう。プライベートも、静けさも、何もない。けれど今は、この息苦しいほどの近さが、なぜか心地よかった。一人きりじゃない、という、ただそれだけのことが。
その夜、俺の巣穴の定員はまた一つ超過した。なんで俺の巣だけ、こんなに人口密度が高いんだ。
でも、まあいい。明日もまた、こいつらと馬鹿をやるのだろう。それも悪くないと、心のどこかで思い始めている自分が、少しだけ怖かった。完全に毒されている。
ポルカのいびきと、ノロウの寝言を子守唄に、俺はいつのまにか、深い眠りに落ちていた。
――そして真夜中、寝ぼけたポルカが、俺の頭を鍋と勘違いして、おたまで二、三発、引っぱたいた。
返せ。さっきの感動を返せ。
次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)