転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第6話 グランポの昔話は止まらない

 「わしが若い頃はのう……」

 

 その一言が庭に響いた瞬間、空気が凍りついた。

 庭小人たちがいっせいに動きを止め、そろりそろりと後ずさりを始める。グランポの昔話。それはこの庭で最も恐れられた、終わりなき拷問の合図だった。

 長い白ヒゲをたくわえ、背中の丸まった老いた庭小人。手にはいつもの「杖」――ただの木の枝。物知り風で昔話が大好きで、そして致命的なことに、その話には一度もオチがない。

 

「待て、待つんじゃお前たち。今日のは特別じゃぞ。わしが若い頃に体験した、それはそれはすさまじい大冒険の話を――」

「あっ、た、大変だ! ノロウがまた迷子になってる!」

「お、俺はミミズの仕込みが!」

「俺は頭突きの練習があるんだったァ!」

 

 みんな見え透いた言い訳を残して、てんでに逃げ出していく。逃げ足だけは、こういう時やたらと速い。

 そして逃げ遅れた俺だけが、グランポの真正面にぽつんと取り残された。

 

「おお新入り。お前はいい子じゃのう。逃げない、いい子じゃ。よし、聞かせてやろう」

「いや待ってくれ、俺も今、急に巣穴の用事を――」

「昔々、この庭にはのう、それはそれは偉大な庭小人がおったんじゃ」

 

 始まってしまった。俺は観念して芝生に腰を下ろした。夕風に、グランポの長い白ヒゲがゆらゆら揺れている。

 

「その偉大な庭小人はのう、なんと人間に魔法を教えたんじゃ」

「庭小人が、人間に? 魔法を?」

「そうじゃ。杖の振り方も、ほうきの乗り方も、まじないの言葉も、ぜーんぶ庭小人が教えてやった。それで人間どもはたいそう感謝して……いや待て、感謝されたんじゃったか、それとも追い出されたんじゃったか。うーむ……」

「どっちなんだよ。話の根幹だろ、そこ」

「まあ、どっちでもええわ」

「よくない! 全然よくない!」

 

 案の定、話はすぐに脱線し、矛盾し、ところどころ消滅した。偉大な庭小人はいつのまにか空飛ぶドラゴンと死闘を繰り広げ、次の瞬間にはそのドラゴンと親友になり、さらに次の瞬間には、話はグランポが三日前に食べたミミズの歯ごたえの感想にすり替わっていた。

 

「いやー、あの時のミミズはよかった。こう、しこしこしておってのう……」

「冒険は!? 偉大な庭小人はどこいった!?」

「ん? なんの話じゃったかな」

「お前の話だよ!」

 

 オチはない。最初からない。たぶんグランポ本人も、自分が何の話をしているのか半分もわかっていない。

 

(聞いている俺が悪いんだろうか。……いや、悪いのはどう考えてもこいつだ)

 

 夕日が沈み、あたりが薄暗くなってくる。それでもグランポの昔話は滔々と続いた。俺は何度か本気で意識を失いかけた。立ったまま眠れるという新しい特技が芽生えそうだった。

 その時、生垣の陰からこっそり様子をうかがう影があった。逃げたはずの庭小人たちが、「もう終わったかな」と偵察に戻ってきたのだ。俺は目で必死に訴えた。来るな。来たら捕まる。逃げろ――だが、その願いもむなしく。

 

「お、グリット、お前も聞きに来たのか!」

 グランポが目ざとく見つけた。

「い、いや俺はただ、通りかかっただけで――」

「まあ座れ! ちょうどいいところなんじゃ。偉大な庭小人がドラゴンと相撲を取る場面じゃ!」

「さっき親友になってなかったか、そのドラゴン!?」

 

 こうして逃げ遅れた庭小人がまた一匹、生贄に加わった。道連れが増えるのは、正直ちょっと嬉しかった。地獄は一人より二人だ。

 

「四つ目の話はのう、“世界でいちばん賢かった庭小人”の伝説じゃ」

「その庭小人はのう、人間の言葉をぜんぶ覚えて、本まで読めたんじゃ」

 俺はどきっとした。それはまるで、今の俺みたいじゃないか。

「で、その庭小人はどうなったんだ?」

「うむ。あんまり賢すぎて、考えすぎて、ある日頭から湯気を出して、ぱたっと倒れたんじゃ」

「救いがなさすぎる!」

「じゃから新入りや、あんまり考えすぎるんじゃないぞ。庭小人はほどほどがいちばんじゃ」

 

 ……妙に的を射た忠告だった。考えすぎて空回りしているのは、いつだって俺だ。まさかグランポのデタラメな昔話に、人生を諭される日が来るとは。

 

 そして五つ目の話の途中で、どこからかふらふらとノロウが現れた。

「あれぇ〜? ここどこ〜? ……あ、グランポじいちゃん。何してるの〜?」

「おおノロウ! いいところに! 昔話を聞いていけ!」

「わーい、昔話〜」

 

 迷子のノロウだけが、唯一心の底から嬉しそうに座った。こいつは何度同じ話を聞いても毎回新鮮に忘れているから楽しめるのだ。ある意味、グランポの最高の聞き手だった。

 

「……のう新入り。お前、わしの話、つまらんと思っとるじゃろ」

「え。……いや、まあ」

「ふぉっふぉ。ええんじゃ。みんなそう思っとる。わしの話を最後まで聞いたやつはおらん。それでもわしは話すんじゃ。なぜか、わかるか」

「……なんでだ?」

「忘れたくないからじゃよ」

 

 グランポは遠い目をして、暮れていく空を見上げた。

「庭小人はのう、みんなすぐ忘れる。昨日のことも、仲間のことも、自分の巣のことすらな。それが悪いとは言わん。忘れるからつらいこともすぐ忘れて、また笑える。庭小人はそうやって生きとる。……じゃがな、わしは年寄りじゃ。先が長くない。だからせめてわしくらいは、この庭で起きたことを、仲間がいたことを、覚えていてやりたいんじゃ。たとえ誰も聞いてくれなくてものう」

 

 俺は少し言葉を失った。くだらないデタラメな昔話。その裏にこんな想いがあったなんて。この馬鹿で能天気な庭小人たちにも、忘れていく日々を惜しむ心があるなんて。俺だけが孤独だと思っていた。でも本当はこの老いた庭小人も、ずっと一人で、みんなの分まで覚えてきたのかもしれない。

 

「……なあじいさん。ひとつ聞いていいか。あんたがいちばん、覚えていたい話はどれなんだ?」

 グランポは少し驚いたように目をしばたたかせ、それからゆっくり空を見上げて、今度は脱線も矛盾もせず、静かな声で語り始めた。

 

「……昔な、この庭にピートという庭小人がおった。間抜けで優しくて、いつもみんなを笑わせるやつでな。わしの相棒じゃった。ある冬、ひどく寒い日があってのう。腹をすかせた小さな庭小人の子に、ピートは自分の最後のミミズを分けてやったんじゃ。……そのまま、春を迎えられなんだ」

 

 俺は黙って聞いていた。

「誰も覚えとらん。ピートのことも、あいつが優しかったことも。庭小人はすぐ忘れるからのう。……じゃがわしが覚えとる。わしが覚えとる限り、ピートはまだこの庭におるんじゃ。そう思うとるんじゃよ」

 

 夕日がグランポの白いヒゲを赤く染めていた。

「だからな新入り。忘れんでくれ、とは言わん。お前もいつか忘れるじゃろう。それでええんじゃ。ただ、今一緒におるこいつらのことを、今だけはちゃんと見ておいてやれ。それだけでじゅうぶんなんじゃ」

 

 その言葉は、前世の記憶を抱えて一人で空回りしていた俺の、胸のいちばん奥にすとんと落ちてきた。

 忘れないことが大事なんじゃない。今ここにいる仲間を、今ちゃんと見ておくこと。それがたぶん、いちばん難しくて、いちばん大切なことなのだ。

 

「……じいさん」

「ん?」

「その話、もう少しだけ聞いてやる。ただし、オチはつけろよ」

「ふぉっふぉっ! 欲張りなやつじゃのう!」

 

 と、グランポがふと声をひそめた。いつものふざけた調子とは違う、静かな声で。

「のう。ひとつだけ、本当の話をしてやろう」

「本当の?」

「庭小人の頭は石みたいに硬いじゃろ。あれは伊達じゃないんじゃ。昔から言われとる。“庭小人の石頭にゃ、魔法も効かん”ってな」

「……魔法が、効かない?」

「そうじゃ。どんな立派な魔法使いの呪文も、わしらの石頭はぽーんと跳ね返す。……ま、そんなもん、役に立った話は聞いたことがないがのう。ふぉっふぉっ」

 

 グランポはそう言って、またけたけた笑った。

 くだらない。いつもの根も葉もないデタラメな昔話の一つ。……そのはずだった。でもなぜだろう、その言葉だけは妙に、俺の石頭の奥にこつんと残った。

 

「ふぉ……それでな、偉大な庭小人は最後に空へ飛んでいってのう……ぐぅ……」

 

 気づけばグランポは、話の途中ですやすや眠っていた。オチのない昔話の、さらにオチのない結末。俺はやれやれと立ち上がり――その時だった。

 

「庭小人、み〜つけた!」

 

 月明かりの庭に、子どもたちの声が響いた。眠りこけたグランポがいの一番につままれ、ぐるぐる回されて生垣の彼方へ飛んでいく。

「ふぉ〜……」

 夢の中でも飛んでいるのか、幸せそうな寝言を残して。

 

 飛ばされたグランポを、俺はやれやれと回収しにいった。生垣の向こうで、じいさんは雪のように白いヒゲを土まみれにして、それでも幸せそうに眠っていた。

 こいつは、忘れていく仲間たちの分まで、ずっと覚えていようとしている。報われない役目だ。誰も聞いてくれない昔話を、それでも語り続ける。

 でも、と俺は思った。今日は、俺が聞いた。ピートのことも、石頭のことも、ちゃんと聞いた。だったら、グランポはもう、一人じゃない。

 少なくとも今夜だけは、ピートという庭小人がこの庭にいたことを、俺もちゃんと覚えている。それで、いいはずだ。

 じいさんを背負って巣穴へ運びながら、俺は心の中で、そっと約束した。あんたの話は、俺が覚えておく。たとえ、いつか俺も忘れる日が来るとしても、今だけは、ちゃんと。

 

 ……まあ、いい夢を見てくれ、じいさん。

 巣穴に運び込むと、グランポは寝言で、また誰かの名を呼んでいた。ピートか、あるいは、もうこの庭にいない別の誰かか。

 忘れないでいてやること。それは、こんなにも優しくて、こんなにも淋しい行いなのだ。俺はその寝顔を見ながら、前世の物語のことを思った。俺もまた、誰にも言えない記憶を、一人で抱えて生きている。じいさんと、俺は、案外似た者同士なのかもしれない。

 

 あんたのデタラメな昔話が――いや、この硬いだけが取り柄の石頭が、いつか本当に誰かを救うことになるなんて。この時の俺は、まだ知らなかった。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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