転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜 作:kobu015
「名案を、思いついた」
チップスが腰に巻いた縄や針金、用途不明の小道具をじゃらじゃら鳴らしながら、自信満々にそう切り出した。鼻が高く、いつも何かしらの「作戦」を練っている庭小人。それがチップスだ。
そしてこの「名案を思いついた」という一言は、この庭で最も危険な災害予報だった。なぜならチップスが名案を思いつくと、決まって誰か――統計的に九割の確率で俺が――ひどい目に遭うからだ。
断っておくが、こいつの名案が成功したためしは一度もない。
いつぞやの「自動ミミズ収穫機」は、スイッチを入れた瞬間チップス自身をぐるぐる巻きにして宙づりにした。三時間、誰も気づかなかった。「巣穴・水洗トイレ計画」は、雨水を引き込む溝を掘った結果、庭小人の巣穴を一つ残らず水浸しにした。「空飛ぶ庭小人・翼の試作品」のテストパイロットはもちろん俺で、翼はまったく機能せず、ただいつもよりちょっと痛い落ち方をしただけだった。
「あの時のお前の飛びっぷりは見事だったぞ!」
「あれは飛んだんじゃない、落ちたんだ!」
「次はもっとうまく飛べる。俺の改良版があればな」
「次はない! 試作品の被験者を固定するな!」
極めつけは「巣穴・全自動目覚まし装置」だった。日の出と同時に小石が転がり落ちて寝ている者を起こす、という触れ込みだったが、装置は真夜中に暴発し、庭じゅうの庭小人を叩き起こした。そのうえ転がり出た石は、なぜか全部、俺の頭の上に落ちてきた。なぜ俺なんだ。被害者がいつも同じなのは、もはや呪いか何かだとしか思えない。
そんな輝かしい失敗の歴史を持つ男が、今日も新たな「名案」をひっさげてやってきたわけだ。俺の警戒レベルは当然、最大になっていた。
その夏、隠れ穴は確かにいつもと様子が違った。どこか遠くで、ほうきの大きな大会――クィディッチの世界大会があったらしい。ハリーやロンたち子どももそれを観に出かけ、つい先日戻ってきたばかりだと、スピナーが拾ってきたほぼ最新の新聞で興奮気味に語っていた。
ノロウなどは新聞の選手の絵を見て、「この人たち、自分から飛べるの〜? すごいねぇ〜。ぶん回してもらわなくてもいいんだ〜」と本気で感心していた。着眼点がどこまでも庭小人だった。
だが、俺が引っかかったのはその続報のほうだった。
大会の帰り道、何かよくないことがあったらしい。スピナーが見せてくれた新聞の切れ端には、夜空に不気味に浮かぶ緑色の印が載っていた。髑髏の口から蛇がにゅうと伸びている、おぞましい印。
(……闇の印だ)
俺の背筋がぞくりと冷たくなった。あれが夜空に上がるのは、あの闇の魔法使いの手下どもが、長い沈黙を破って再び動き出した合図だ。物語はここから、確実に不穏な方向へ転がり始める。前世の記憶が、俺にそう告げていた。
「なあスピナー。この緑の印、どう思う?」
「ん? ああこいつか。なんか不気味だよなァ。でもまあ遠くの話だろ。俺たちには関係ない、関係ない」
スピナーはけろりとそう言って、新聞をまた懐にしまい込んだ。
そう。俺以外の庭小人は誰一人として、この緑の印の本当の意味を気にする者はいなかった。
俺は一人、巣穴の入り口で、その緑の印の残像を反芻していた。
知っている。この夏を境に、世界はゆっくりと暗くなっていく。やがて闇の帝王が完全に復活し、人々は怯えて暮らし、たくさんの命が失われる。そして――あの赤毛の一家にも、その影は確実に伸びてくる。
何か、できないか。今のうちに、何か。だが、考えれば考えるほど、自分の無力さが嫌になる。俺はただの庭小人だ。人間に警告することもできず、戦うこともできない。せいぜい土を掘って、ミミズを食って、ぶん回されるだけ。
焦りばかりが募って、答えは出なかった。いつか来る日のために、今できることなんて、本当に何もないのだろうか――。
その答えのない問いを、俺はこの夏からずっと、胸の奥で抱え続けることになる。
……もっとも、そんな俺の深刻な物思いとは裏腹に。
仲間たちの関心はもっぱら、チップスの馬鹿げた「名案」のほうにあった。
「というわけで! 俺は考えた。人間が退治してくれないなら、自分から確実に遠くまで飛ばされる装置を作ればいい! 名づけて“ぶん回し必勝トラップ”だ!」
「おおーっ!」
なぜか庭小人たちが沸いた。チップスが得意げに、庭の中央にその「トラップ」を設置していく。縄とてこと、よくわからない仕掛けの組み合わせ。
「仕組みはこうだ。この踏み板に獲物が乗ると縄が締まって、てこの原理で子どもの足元まですぽーんと射出する! あとはつかんでもらってぶん回されるだけ。完璧なシステムだ!」
……仕組みはまったく理解できなかった。というか、たぶんチップス本人も半分も理解していない。てこの原理を語るやつの目が、あんなに泳いでいていいわけがない。
しかも、製作には他の連中も「手伝い」と称して加わっていた。これがまた、ひどかった。
ポルカは縄を結ぶ役のはずが、いつのまにかその縄でミミズを縛って干し始めていた。グリットは「重しに使え」と、例によって価値のない石をひたすら積み上げ、装置の重心を完全に狂わせた。ロックは「強度を確かめる」と言って仕掛けに頭突きを繰り返し、組み上がる端から部品を砕いていく。ノロウは、なぜか自分が部品の一部だと思い込んで、てこの先にちょこんと座っていた。
「お前ら、手伝う気あるのか!?」
「あるぞ! 大ありだ!」とチップスが胸を張る。
ない。どう見ても、ない。完成が近づくほど、装置はどんどん不穏な見た目になっていった。
「さあ、誰か試しにかかってみろ!」
「いや、誰もかからないだろ、そんなあからさまな罠に……」
俺が半笑いでそう言いながら一歩後ろに下がった、その瞬間。
ばすんッ! 俺の足元で、何かが跳ねた。
「……え?」
「おお! かかった! 獲物がかかったぞーッ!」
「獲物って俺じゃねえか! なんで! 俺、後ろに下がっただけだぞ!? 踏み板踏んでないだろ!?」
「いや踏んだ! お前の運命が踏んだんだ!」
「運命のせいにするな!」
縄がぎゅるるると足に巻きつき、てこがしなって、俺の体はものすごい勢いで空中に放り上げられた。
設計上はここで、ゆるやかに子どもの足元へ着地するはずだった。たぶん。だがチップスの欠陥トラップの威力は、設計者の想定をはるかに超えていた。
「いっけえええええッ! 記録更新だァァァ!」
「これお前の作戦の成果じゃねえ! 完全な事故だァァァ!」
俺は子どもの手すら借りず、人間の関与すら一切なしに、チップスの馬鹿げた装置の力だけで、隠れ穴の生垣を軽々と越えていった。
奇妙なのは、これだけの欠陥品なのに、飛ばす方向だけは妙に正確だということだ。狙った一点へ、過たず獲物を射出する。肝心の威力と安全性が、壊滅的なだけで。……どうでもいい特技だ、と思っていた。この精度が、ずっと先で、たった一匹の――いや、一人の命運を左右することになるなんて、この時は考えもしなかった。
夕暮れの空。ぐるぐる回転する視界。その片隅に、あの緑の闇の印がまだ焼きついている。
(こんな馬鹿な飛び方をしてる場合じゃ、ないんだけどな……)
頭の隅には、まだあの緑の印がちらついていた。だが、ぐるぐる回る視界の中でそれを考え続けるのは、さすがに無理があった。胃の中身がせり上がってくる。哲学も憂国も、三半規管の前ではまるで形なしだ。
……まあ、難しいことは地面に着いてから考えよう。今はとにかく、着地の体勢だ。
でも今はただ、土まみれで茂みに突っ込むことしかできなかった。
ごつん。石頭から見事な着地。
……だが、その日のトラップ騒動はそれだけでは終わらなかった。
俺がふらふらと巣穴へ戻ってみると、庭の中央になぜか行列ができていた。俺の派手な飛びっぷりを見た庭小人たちが、「俺も飛びたい!」「あの新記録を超えるんだ!」と、こぞってチップスの欠陥トラップに並んでいたのだ。
「次、俺だ!」
「いや、俺が先だ!」
「チップス、もう一回あのすごいやつ頼む!」
チップスは得意の絶頂で鼻を高くしていた。
「ふっ……俺のトラップが、ついに時代に追いついたか」
「追いついてない! ただの暴発装置に行列を作るな!」
そして案の定、調子に乗って連続稼働させたトラップは、三回目で盛大に火を噴いて自壊した。てこはへし折れ、縄はちぎれ、並んでいた庭小人たちはまとめて爆風で吹き飛ばされた。
「うわー!」「飛んだー!」「これはこれで楽しー!」
「お前ら、本当になんでも楽しめるな!?」
ちなみにその自壊のとばっちりで、巣穴に帰ろうとしていた俺は、二回目のぶん投げを食らった。今日だけで二回。新記録だ。誰も喜ばないけど。
黒焦げになった装置の残骸の周りで、庭小人たちはまだはしゃいでいた。誰も怪我を気にしない。誰も明日を憂えない。緑の闇の印が空に上がったことも、世界が暗くなり始めていることも、こいつらには一切関係ない。
その能天気さが、少し前までは、ただ呆れるだけのものだった。けれど今日は、なぜか少しだけ、羨ましかった。
何も知らずにけらけら笑っていられる強さってのも、案外、馬鹿にできないものだ。少なくとも、こいつらの笑い声だけは、いつだって本物だった。
俺は土まみれのまま、その底抜けに能天気な笑い声を、ぼんやりと聞いていた。なんだかんだで、嫌いじゃない音だ。
茂みの中で仰向けに転がったまま、俺は暮れていく夕焼けの空を見上げた。
今日も二回飛んだ。たぶん新記録だ。誰も喜ばない、世界一どうでもいい新記録。
……まあ、こんな一日も、悪くはないか。土まみれの石頭をさすりながら、らしくもなくそう思って、すぐに打ち消した。認めたら、なんだか負けた気がするから。
遠くからチップスの誇らしげな声が聞こえてくる。
「見たかみんな! 俺のトラップは史上最高記録を叩き出したぞーッ! これぞ科学の勝利だ!」
「お前のじゃない! 俺の犠牲だァァァ! あとそれは科学じゃない、ただの暴発だ!」
その夜、チップスは早くも「ぶん回し必勝トラップ・改」の構想を語り始めた。俺は聞かなかったことにして、巣穴の奥へ潜り込んだ。明日もまた、どうせろくでもない一日になるに決まっていた。
次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)