転生したらウィーズリー家の庭小人だった件〜ぶん投げ人生にさよならを〜   作:kobu015

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第8話 しもべ妖精、現る!?

 思えば、去年の夏は奇妙だった。

 いつもの夏なら、赤毛の子どもたちがわいわいと隠れ穴に帰ってくる。なのに去年は――ついに一度も、誰も帰ってこなかったのだ。家はひっそりと静まり返ったまま、季節が過ぎていった。

 

 庭小人たちは、なんとなく調子が狂っていた。

「なあ、最近ぶん回してくれる坊主どもが来ないな」

「腹も減らない遊びってのも、味気ねえもんだ」

 ノロウにいたっては「あれ〜、この家、誰か住んでたっけ〜?」と、住人の存在ごと忘れかけていた。

 

 俺だけが、その理由を知っていた。戦いが始まったのだ。あの子たちは今、どこか別の隠された場所に身を寄せている。この庭にいては危ないから。

 ――そう思うと、いつもはうるさいだけの退治の日々が、妙に恋しく思えた。

 

 そして今年の夏。久しぶりに隠れ穴へ人の気配が戻ってきた。子どもたちが帰ってきたのだ。庭小人たちはそれだけで浮かれていた。……まあ、浮かれた連中がろくなことをしないのは、いつものことだが。

 

「大ニュースだ……聞いて驚くなよ」

 

 スピナーが帽子を目深に被り直し、いつもより声をひそめて切り出した。耳が大きく噂話に目がない庭小人。情報源は例によって、庭のどこかで拾ってきた、よくわからない新聞の切れ端である。

「その新聞によると、この庭に近々“伝説の存在”が現れるらしい」

「伝説の存在?」

「ああ。人間の言葉を流暢に話し、魔法を自在に操り、あろうことか人間の家の中を堂々と歩き回るという小さき者……その名も――“屋敷しもべ妖精”!」

 

 その頃、隠れ穴はまた少し様子が変わっていた。夜になると、見慣れない大人の魔法使いたちがこっそり出入りするようになっていたのだ。みんな深刻な顔をして、声をひそめて何かを話し合っている。家の奥から漏れる灯りも、どこか緊張をはらんでいた。

 俺にはそれが何なのか、わかっていた。騎士団だ。あの闇の魔法使いに対抗するための、人間たちの秘密の集まり。物語はもう後戻りできないところまで、確実に戦いへと近づいていた。

 

 その不穏さは、漏れ聞こえる大人たちのひそめた声にも、にじんでいた。その端々に、こんな言葉が混じっていた。

 ――去年の夏、ハリー坊が、吸魂鬼とかいう化け物に襲われたらしい。

 俺はぞくりとした。知っている。あれが近づくと、世界から楽しいことがぜんぶ吸い取られていく。もっとも、庭小人たちは相変わらず何も気づいていなかったが。

 

 例によって例のごとく、彼らの関心はまったく別のところにあった。

「いいか。しもべ妖精ってのはな、実は俺たち庭小人の遠い親戚みたいなもんらしいぞ」

「絶対違うと思うけど」

「すげー賢くて、魔法も使えて、きっと俺たちのリーダーになってくれる存在に違いない!」

「お前、話を盛りすぎだろ。一個も根拠がないぞ」

「根拠ならある。なんとなくそんな気がする」

「それを根拠と言わないんだよ」

 

 だが庭小人の噂の伝播力は恐ろしい。「しもべ妖精が来る」「俺たちのリーダーだ」という根も葉もない話は、あっという間に庭じゅうに広まった。

 ポルカは「リーダーの歓迎会を開こう!」とまた宴の準備を始め、グリットは献上用にと石を磨き始め、ロックは「俺の石頭を認めてもらう」と頭突きの練習を始めた。みんな、見たこともない「リーダー」に勝手に夢を膨らませて浮かれていた。

 

 しまいには「歓迎会の予行演習」まで始まる始末だった。

「いいか、リーダーが来たら、こうやってうやうやしく頭を下げるんだ。せーの」

 チップスの号令で庭小人たちがいっせいにお辞儀をする。が、ノロウだけはお辞儀のままこてんと前に転がって、そのまま寝た。

「ノロウ! 起きろ! 本番でそれやるなよ!」

 

 次はポルカが歓迎の出し物として「特製・ミミズのフルコース」を並べた。前菜・ミミズ。スープ・ミミズの泥煮込み。メイン・ミミズの炭火焼き。デザート・ミミズのなんか甘いやつ。

「全部ミミズじゃねえか。コースの意味あるか?」

「失礼な! 太さが違う!」

「そこの差別化はいらない!」

 

(……こいつら、本気だ。本気で歓迎しようとしてる)

 

 その純粋さがなんだか見ていられなくて、俺は嫌な予感を覚えながらも何も言えなかった。

 

 そしてその日は、本当に来た。

 騎士団の誰かが、古い屋敷から運び出した荷物の確認だとか何とかで、一匹の屋敷しもべ妖精を連れてきたのだ。詳しい事情までは、庭小人の俺にはわからない。

 しわくちゃの肌。コウモリみたいな大きな耳。ぎょろりとした落ちくぼんだ目。そいつはぶつぶつと不機嫌そうな独り言を呟きながら、よたよたと歩いていた。

 

「あれが……あれが伝説のしもべ妖精!」

 

 庭小人たちはいっせいに色めき立った。そして――あろうことか、ぞろぞろと列を作って、その妖精の後をついて回り始めたのだ。

「リーダー! 俺たちのリーダー!」

「魔法を教えてくださーい!」

「ぶん回されない方法、知ってますかー!」

「歓迎会やりますよー! ミミズ食べますかー!」

 

 しもべ妖精はぴたりと足を止めた。ゆっくり振り返り、ついて回る庭小人の群れを、心底汚いものを見るような目でねめつけた。

 

「……汚らわしい」

 しわがれた冷たい声が響いた。

「庭の害虫どもが。このわたくしめに何の用だ。気味の悪い。失せろ」

 

 ぴしゃりと言い放つと、妖精はくるりと背を向けて、さっさと家の中へ消えていった。

 

 ……庭に沈黙が落ちた。

 庭小人たちはしばらくぽかんと立ち尽くしていた。歓迎会のミミズ串を握りしめたまま、磨いた石を捧げ持ったまま。そして――いっせいに、がっくりとうなだれた。

「……リーダーに嫌われた」

「害虫って……害虫って言われた……」

「俺たち、親戚じゃなかったのかな……」

「ミミズいらないって……」

 

 あまりの落ち込みっぷりに、俺は思わず笑ってしまった。

 いや。落ち込むだけで終わらないのが、うちの庭小人たちだった。

「……でもあきらめないぞ。きっとリーダーは照れてるだけだ」

 スピナーがめげずに立ち上がった。

「拾った新聞によると、本当に偉い者ほど最初は冷たくするらしい。つまりあの“失せろ”は、“またおいで”の意味だ」

「どんな超解釈だよ。新聞、関係ないだろそれ」

 

 それから庭小人たちは懲りずにしもべ妖精につきまとっては、会うたびに「汚らわしい」「消えろ」と罵られ、会うたびにしょんぼりして、そして三秒で立ち直ってまたつきまとう、という地獄のような片想いを飽きもせず繰り返した。最終的にしもべ妖精は、庭小人を見るたびに露骨に回れ右をするようになった。……まあ、そうなるよな。

 

「当たり前だろ。あいつらと俺たちは、まったくの別モンだよ」

「えー……」

「向こうは賢くて魔法も使えて人間の言葉も話せる、立派な妖精。こっちは頭が硬いだけのただの害獣。同じにするのが間違いだ」

「ひどくない、それ!? 自分のことも害獣って言ってるし!」

「事実だろ」

 

 でも――と、俺は家の中へ消えていった妖精の後ろ姿を思い出して、ふと思った。

 あのしもべ妖精は、たしかに賢くて魔法も使えて立派だ。だけどいつも人間に仕えて、誰かに命令されて、奴隷みたいに縛られて生きている。あのぎょろりとした目の奥にあったのは、なんだかひどく疲れた色だった。

 前世で読んだ物語の中でも、屋敷しもべ妖精という存在はいつもどこか切なかった。主人のために身を粉にして働き、罰として自分で自分を痛めつける。自由を与えられることを、むしろ恥だと感じる者さえいる。賢いからこそ、自分の境遇をわかってしまう。わかっていて、それでも抜け出せない。

 

 それに比べて、馬鹿で自由で何も考えてなくて、害虫と罵られても三秒で忘れて、ぶん回されてもけらけら笑っているこいつらは。

 ……案外、こっちの方が幸せなのかもしれない。

 もちろん、こいつらにそんな理屈は通じない。明日にはしもべ妖精のことなんて、きれいさっぱり忘れているだろう。罵られたことも、磨いた石のことも。けれど、その忘れっぷりの良さこそが、たぶんこいつらの一番の強さなのだ。

 

 そんなことをぼんやり考えていたら、双子の楽しげな声が響いた。

「庭小人ども、また湧いてるな! よーし、退治の時間だ!」

 

 しょんぼりうなだれていた庭小人たちが、ぱっと顔を上げて目を輝かせる。

「ぶん回しだー!」

「飛ぶぞー!」

「リーダーに嫌われた憂さを、飛んで晴らすー!」

「立ち直り、はやッ! さっきの絶望はどこいった!?」

 

 切り替えの早さだけは、あの賢いしもべ妖精にも絶対に真似できない芸当だった。

 その日も俺はちゃっかり巻き込まれ、ぐるぐる回されて生垣の向こうへ放り投げられた。

 飛ばされながら、ふと、あのしもべ妖精のことを考えた。

 今ごろあいつは、薄暗い人間の家の中で、誰かに命じられるまま、黙々と働いているのだろう。賢くて、魔法も使えて、それでも、自分の意志で空を飛ぶことは、きっと一度もない。

 俺たち庭小人は、自分の意志で飛ぶことすら、できない。人間にぶん投げられて、無理やり飛ばされるだけだ。

 どっちが幸せかなんて、本当はわからない。けれど、こうして青空を、土まみれで、けらけら笑いながら飛んでいけるのは――少なくとも、悪い人生じゃない。そう思えた。

 いつか、戦争が終わったら。あの疲れた目をした妖精にも、自分の意志で空を見上げる日が、来るといい。そんなことを、柄にもなく、願った。

 

 考えてみれば、賢いというのも、楽なことばかりじゃない。多くを知り、多くを背負い、逃げ場をなくしていく。前世の記憶を抱えた俺自身、それを誰より痛感している。

 何も知らずに笑える強さ。それは、馬鹿にできない才能だ。俺にはもう、戻れない場所でもある。

 

 ごつんと石頭でいつもの茂みに着地しながら、夕暮れの空を見上げて思う。

 ……うん。やっぱりこっちの方が幸せだ。たぶん、な。

 茂みに転がったまま、俺は遠ざかる家の灯りを見た。あの妖精にも、いつか自由が訪れますように。柄にもなくそう願って、俺はのろのろと巣穴へ歩き出した。今日も、なんてことのない一日が暮れていく。

 それが、どれほどありがたいことか。あの疲れた目をした妖精を見たあとでは、その当たり前の日常のありがたさが、なおさら深く、身にしみるのだった。




次回は明日に17:00更新します。(毎日更新予定)
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