一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ――   作:無月

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苦労する者と単純馬鹿 そして 獣たち 【翠視点】

「蒲公英の奴、おせぇなぁ・・・」

 いつも通りあいつら()の世話をしてから、部屋で銀閃の手入れや軽い柔軟、型をこなす。

 本当は外でやりたいけど、最近どうも城も街も空気が悪くてやりにくいんだよなぁ。

 帰る準備してるだけだってのに、ちょっと朱里と雛里に見られたらやたらしつこく聞かれたし。

「まっ、霞が馬乳酒持ってきてくれたから、多少マシだけどな」

 そう言ってあたしは何本目かの馬乳酒を飲み、空になった瓢箪を転がしながら寝台で横になる。

「あぁー、平和だなぁ~」

 鼻歌でも歌いかけたその時

「お姉様の馬鹿ー!

 馬鹿なお姉様の馬鹿ーー!!」

「帰ってきて、いきなりそれか!?」

 人の悪口を叫びながら、扉を壊さんばかりに入ってきた蒲公英を反射的に怒鳴り返すが、涙目になってこちらへと詰め寄ってきた蒲公英の勢いは一度のツッコミでは収まりそうにない。

 ていうか、何で涙目なんだ? こいつ。

「何が『あぁー、平和だなぁ~』だよ!

 ていうか、朱里ちゃんたちに余計なこと言わないでって言ったのにどうして二人にたんぽぽたち帰るってこと知られてるの?!

 しかも何、この汚い部屋!?」

「だって平和だし」

 あたしがきっぱりと答えると、何故か蒲公英は一瞬だけ呆気にとられたような顔をしてから、体全体を動かして深く息を吸ってから吐き出した。

「この国で平和なのはお姉様の頭ぐらいだよ!」

「どーいう意味だ!」

「言葉通り以上の意味があるわけないじゃん!!」

 何で蒲公英の奴、こんなに怒ってんだ?

 三国が同盟を組んで、一緒に頑張ろうとしてる今以上に平和な時なんてあるわけないっつうのに。

「まぁ、少し落ち着けよ。これでも飲んで」

 そう言ってあたしは蒲公英へと一本の瓢箪を投げ渡すと、すぐさま栓をとって豪快に飲んでいく。

「あー! もう!! 水が美味しい!」

 叩き付けるように瓢箪を置いて、普段使わないあたしの椅子に座りながらさっきより多少は落ち着いたようだ。

 まぁ、あたしを見る目は相変わらず不機嫌そうだけどな。

「それで、どうして朱里ちゃんたちに帰ることを話したのかと、この部屋の惨状は何?」

 そう言って蒲公英が視線で示すのはあちこちに散らばった服や鎧、非常食。髪留めに地図、それからあたしの身の回りの物が袋へ入れるところで放置されていた。あとは鞍とか、あいつら(馬)の手入れに必須なものだけはきっちりとまとまっている。

「帰るにしても前もって一言言っておくのが礼儀だと思ってさー。部下たちに伝えた後、向かおうとしたらちょうど二人が来たから、その時に軽く話したんだよ。

 そしたらまぁ、二人が妙に話聞いてくるから正直に伝えた」

「その時点でいろいろ言いたいけど、今はいいや。

 それで、お姉様はなんて答えたの?」

 いろいろってなんだよ・・・

 あたしは普通にしてただけだっつの。いいけどな、蒲公英がおかしいのは今に始まったことじゃねぇし。

「大したことは言ってないねーぞ? ありのままに話しただけだしな。

 韓遂の爺様にも帰って来いって言われたし、そろそろ西涼も恋しいし、心配だから帰るって言っただけだって・・・」

「何で全部正直に言っちゃってんの?!

 ていうか、たんぽぽはあの時直接的には言わなかったけど『帰ること自体も待って』って言ったつもりだったんだけど?!」

「はぁ? お前こそ、何言ってんだよ?

 あたしは『蒲公英が戻ってきたら、帰れるようにはしとく』って言ったぞ?

 大体お前、あの時もすげぇいろいろ言ってたけど帰ること自体には反対してなかっただろうが」

「なっ・・・! でも・・・!」

 何かを言い返そうとしてるけど、口はぱくぱくと動くだけで声にはなってねぇな。それと一緒に手があてもなくさまよって、叩く仕草をしようとして途中で力尽きたように大した力も籠ってない拳を机に置いた。

「・・・・馬鹿の癖に、何で変なところ頭いいんだろ。

 こういうのを想像の斜め上を行かれる、っていうんだろうなぁ」

「どーいう意味だ!

 つーかそれ、絶対褒めてねぇだろ!」

「ここまで来ると、ある意味褒めてるよ!」

 お互い怒鳴り合いながらも、結局手をあげないのはこれがあたしと蒲公英の普通だからなんだろうなぁ。日常的な会話が怒鳴りあいとか自分でもどうかと思うが。

「じゃあさー、どうして帰る準備は出来てなくて、部屋がこんなに汚いの?

 まさか、朱里ちゃんたちと取っ組み合いのけんかしたわけじゃないよね?」

「お前はあたしを何だと思ってんだ!?」

「えー?

 子どもの頃からずっと傍に居たお姉様(従姉妹)で、ついでに西涼太守の娘で、もう血っていうか呪いの域に達してる馬好きで、おまけに名前にまで超がつくような単純馬鹿?」

「うし、表出ろ! 蒲公英。

 久々に稽古つけてやるからよ!」

「事実じゃん!

 名前もちょうど馬超だし!!」

「ふざっけんなー!

 あたしの名前を悪口と混ぜ合わせてんじゃねぇ!」

 狭い部屋の中で追いかけっこが始まり、力も技も大したことないくせに、うまくあたしの手を逃げていく蒲公英を必死捕まえようとする。

「あっ、そこ足元注意ね?」

「はっ、いくらお前が罠を作るのが得意って言ったってこの短時間でできるわけえぇぇぇーー?!」

 嬉しそうに笑って注意する蒲公英の言葉を気にせずに、足へと体重をかけて踏み出そうとしたあたしは無様にすっころぶ。

「この短時間にどうやった?!」

 すぐさま起きあがって怒鳴り返すと、蒲公英は得意げな顔でほとんどない胸を張った。

「お姉様の部屋が散らかってるから、いくらでも出来るよ?

 瓢箪とか、書簡とか、荷物の位置。それにさっきくれた水とかを工夫すれば、人を転ばせることなんてわけないもん」

「その知恵、もっと別なことに使えよ?!」

「お姉様にだけには言われたくないよ!

 それに結局、どうしてこの部屋が散らかってる理由答えてないし!」

「あぁ、それな。

 お前が戻ってくるまでに用意するつもりだったんだけど、荷物がまとまらなくて気が付いたらこうなってた」

 追いかけ回すのを諦めて、あたしがその場に座り直すと蒲公英は立ってた寝台の上で壁に寄りかかる。

「やっぱ馬鹿だ!? このお姉様(従姉妹)

 あれもこれも持って帰ろうとするから、うまく荷物がまとまらなかったんだよなぁ。ほとんど何も持たずにきた筈だってのに、平和になってからちょっとした物増えたし。

「そういやよ、荊州問題とかどうなったんだよ?」

「今、それ聞くの?!」

「さっきまで涙目だった理由って、それ関係なのか?」

 そもそも蒲公英が出かけたのってそれが理由だったしな、しかもさっきまで涙目だったし。

 蒲公英が泣くって結構怖い目にあったか、相当嫌だったかのどっちかしかないだろ。

「お姉様・・・・ まさか、わざとふざけたの?」

「はぁ? あたしは一度もふざけたつもりなんてねぇぞ?」

 あたしはありのままのあたしでいただけっつうのに、蒲公英がわちゃわちゃ言ってるだけなんだけどな?

「ははは・・・ お姉様だなぁ。

 なんか、力抜けた~」

 そう言って、大きな音を立てながらあたしの寝台に横になりやがった。

 そこ、あたしの寝床だぞコラ。

「だから、どういう意味だっつの・・・」

「さぁ~? お姉様自身にはわかんないと思うけど、まぁ今のは褒めてないこともなくもない、かな?」

「わけわかんねぇよ!」

「馬鹿にはわからない言葉で出来てるの~。

 まぁ、いろいろあったよ。

 怒ってなさそうな人が実は怒ってたり、自分より年下なのにいろんなことを見て大きくなってた子にびっくりさせられたり。子ども子どもって思ってた子が、実はちゃんとした芯を持ってたこととかね。

 さっきの涙目は・・・・ 紫苑さんと朱里ちゃんたちの報告の時、ちょっとね・・・」

 何でか最後だけ視線を遠くにやり、疲れ切った顔になっちまった。

 仲間同士の報告で疲れるとか、わけわかんねぇぞ?

 なんかぶつぶつ言ってるのがあんまり聞き取れねぇけど

『大体さ、なんなのあの空気? 蒸し暑いここが涼しいっていうか、寒くなるような空気とかって何? 紫苑さんも紫苑さんで一歩も譲る気ないから話長引くし、そもそも・・・』

 ・・・・なんかわかんねぇけど、大変だったのはよくわかった。

「あー・・・・ その、何だ。

 お疲れ?」

「そーだねー、これはもう飲まなきゃやってらんないぐらい疲れたねー。

 まさかこんなに馬乳酒の匂いしてる上にこんだけ瓢箪が転がってるんだから、疲れて帰ってくるだろう可愛い妹分(従姉妹)に馬乳酒一本も残してないとかないよね?

 ねぇ? お・ね・え・さ・ま?」

「わりぃ! 今日、恋たちと飯食う約束してるんだ!」

 あたしはそう言いながら素早く窓へと走り、窓枠を飛び越える。

「待てや! コラアァァァーーーー!!

 馬乳酒、寄越せーーーー!!」

 待てと言われて待つ馬鹿いないし、もうないもんは渡すこともできるわけがない。

 走りながら思ったことを心に留めて、あたしは遠回りしながら待ち合わせの店へと走った。

 

 

 

「待たせたな」

「待ったのです!

 まったく、恋殿を待たせるとはどういうつもりなのですか。今回はお前の奢りなのです!」

 そう言って席に座るとすぐさま音々が噛みついてくる一方で、恋は待ってないというように首を振ってくれた。

「勘弁してくれよ・・・

 さっきまで蒲公英に追いかけ回されてて、あんまり金持ってねーんだよ」

「どうせお前が何かしたに決まっているのです」

「話も聞かないで決めつけるのかよ?!」

 あたしらがそうしてるうちに恋はお品書きを指差していくつかの料理を頼んでいたようで、あたしらの服を引いてきた。

「二人とも・・・ 飲み物」

「茶をお願いするのです!」

「あたしも茶でいいや」

「ん・・・」

 店の人が下がっていくをの見送ってから音々を改めて睨みつけて、あたしは噛みつく。

「何であたしが何かしたこと前提なんだよ」

「蒲公英は理由なく悪戯はしても、わざわざ自分で人を追いかけ回すことはしないのです。

 大体、お前は毎日毎日何をしているのです?

 ねねはお前を、城だと厩舎と厨房ぐらいでしか見かけたことがないのです」

 恋以外興味関心がないのかと思ってたけど、意外とちゃんと見てることに驚き、あたしはおもわずじっと音々を見る。なんか睨み返されたけど。

 まぁ、確かにあたしは厩舎と厨房ぐらいしか行かないな。あとはたまに鈴々と稽古するために中庭に行くぐらいか?

「だって、その通りだしな。

 つーか、武官が馬の世話と武器の手入れ以外でやることがあるのかよ? なぁ、恋」

 そう言って恋へと振り向けば、不思議そうな顔をしてから首を縦に振る。

「ほら、恋だって頷いてるだろ?」

「書簡仕事が抜けてるのです!

 お前は本当に、それでも一太守の娘なのですか?!」

「あたしがやらなくても、蒲公英がやってくれるしな。

 あたしはもっぱら土地を守るために睨みきかせて、走り回る方が多かったんだ」

 母様も土地を守ることはほとんどあたしに任せて書簡仕事やってたし、蒲公英もそれに付き合わされたり、あたしについて来たりって結構まちまちだったからなぁ。

「あぁ、でも・・・・」

 いろいろ昔のことを思い出していくうちにあることに気づき、おもわず口にする。

「ん・・・?」

「蒲公英の悪戯癖が酷くなったのは、書簡やるようになってからだな」

「蒲公英がどうして悪戯をするのかがわかった気がするのです・・・・

 書簡とかの憂さ晴らしとなれば、反応の大きい焔耶の方がよかったというわけですか・・・ 焔耶を少しだけ不憫に思うのです」

 話していると料理が円卓に並び、それぞれ料理をつまみながらも話は続く。

 相変わらず品数多いなぁ、恋が食うからいいんだろうけどよ。

「つーか、蒲公英がいろいろおかしなことばっか言ってよー。

 『もし、三国が戦になったらどうする?』とか、『魏を恨んでないのか』とか聞いてきやがってさ。

 三国が平和になった今はそんなことありえねーし、あの時あたしらは殺し合いをやってたんだ。いつまでも恨んでたってしょうがねぇし、あんだけ広くいろんなことしてくれてんだ。悪く思えっていうのが無理なんだよなぁ・・・

 ってなんだよ、二人とも。

 どうしてそんな驚いたような顔すんだよ?」

 あたしの言葉に音々だけじゃなく恋まで目を丸くして、箸を止めていた。でも恋はすぐに目元を緩めて、あたしの頭を撫でてきた。

 何でだ?

「翠、まっすぐ・・・

 いつも、凄くまっすぐ」

「うん? まぁ、ありがとな?」

 優しいその眼差しがよくわからなくて、とりあえず礼を言う。

「馬鹿超がまともなことを言ったのです・・・・ 明日は雨なのです!

 どうしてくれるのですか! 張々たちが散歩に行けなくなってしまったではないですか!!」

「馬鹿超って誰だよ?!」

「馬鹿翠がいいのですか? ねねはどちらもいいのです」

「そこじゃねー!

 蒲公英もしやがったけど、あたしの名前と馬鹿を合体させてんじゃねぇよ!」

「ふんっ、馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのです」

 鼻を鳴らして料理にがっつく音々と、静かにたくさん食べる恋は対照的でなんか見てると面白い。勿論、あたしも食うけどな。

「まったく・・・

 ここからは仮定の話ですが、もし蒲公英の言うようなことになったら音々たちは南蛮に行くつもりなのです」

「南蛮? またなんでだよ?」

「動物いっぱい・・・ 幸せ。

 ご飯もたくさん」

 あたしが聞けば、恋がぽつぽつと単語で答えてくれて、なんとなくはわかってもそれ以上わからないから音々へと視線を向けた。

「セキトたちを連れ歩くにはやはり近くで、広い土地があった方がいいのです。

 それに食事もとれる環境となると、恋殿に懐いている美以たちのところへ行くのが一番ちょうどいいのです」

 真剣な顔をして語る音々は、同じような話をしていた時の蒲公英と同じ笑い飛ばしにくい空気を発していた。

 でも、違うだろ?

 また戦いが起きるなんて想像することも、そうしたら自分たちがどうするかよりも先に考えることがあるだろ?

「まぁ、もしもの話なんてしてもしょーがねーけどな。

 乱世終わらせたあたしらが、また戦いをするなんて馬鹿なことをしちゃいけねーんだよ。

 戦いが起きたらどうするかじゃなくてさ、そうしないために何とかしよーぜ?

 あたしは武しかないけど、手伝えることがあったら何でも言ってくれよな」

「ふんっ、お前に得はないのです」

「同じ陣営の仲間で、友達だろ?」

 そう言って空になった茶碗へお茶を注ぐと、音々は少しだけ顔を赤くして吐き捨てるように言った。

「・・・・やっぱりお前は馬鹿なのです」

「ははっ、なんか今日一日で馬鹿って言われすぎて慣れちったよ」

 笑いながらあたしは茶を飲んで、二人と料理を食べ続けた。

 この幸せと友情を、いつまでも続けられるように。

 『祈る』なんて人任せじゃなくて、あたし達がなんとかすることなんだってことを頭じゃないもっと深い所に残るようにあたしは誰に言うでなく誓った。


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