一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ―― 作:無月
「遠かったねー、流琉」
「もぅ! 季衣!!
やることはいっぱいあるんだから、寝ちゃ駄目だからね?」
荷物を降ろしてすぐに寝台に寝転がる僕を注意しながら、流琉は自分の荷物を降ろして二つある机の片方に荷物を片していく。
「着いたばっかりなんだから、少しぐらいいいじゃん」
「そうも言ってられないでしょ?
鈴々ちゃんと小蓮ちゃんも今日中には着くだろうし、先についた私たちで少しでも生活環境整えておかなくちゃいけないんだから。
ほらっ、季衣も自分の荷物をほどいて片づける」
「はーい。
わかってるよ、流琉」
体を起こして必要な物しか入ってない荷物を引っ張ってきて、机や棚に収めてく。
まぁ、元々僕らはあんまり物を持ってないし、身なり着のままで放り出されても生活出来ちゃうんだけどね。僕も、流琉も華琳様のところに仕官するまではそうしてたんだし、身だしなみなんて気を使ってなかったもん。
でも、今回荊州に行くってことで華琳様を始めとした魏の将のみんなが『荊州の生活に困らないように』って使うことになるだろう筆を一揃えと硯、普段持ち歩くように
けどそれを含めてもやっぱり荷物は少ないし、ほとんど一緒に生活してきた流琉とは同じ部屋を使うことにした。
「さっき案内してくれた小隊長さんが城の見取り図と、書簡の状況とかが書いてある書簡を渡してくれたけど、書簡のほとんどは警備の報告書と町のちょっとした事の改善要求書が主で、食料の備蓄とかは滞りなく出来てたって書いてあるね。
この一年間は警備隊と一緒に来た数名の工作隊の人が、街のちょっとしたところは直してくれてたみたい」
「・・・・僕らが来なくても、兄ちゃんの部隊と工作隊だけで荊州だけなら何とか出来ちゃったんじゃん?」
北郷隊・荊州派遣部隊は兄ちゃんが警邏隊を創った最初の頃に・・・ それこそ凪ちゃんとかが来る前に指導した副官だった人が中心になって作られた。この隊は華琳様が指示を出す前、赤壁の戦い中に荊州近隣に控えていた人たちが率先してやりだしたことだった。
だから当初はいろいろ配置を変えようとしたんだけど、動いていた警邏隊の働きを見た華琳様がこの部隊なら任せられるって言って任せてたのが実情だったんだよねー。
「兄様の部隊がこれまでやってたことは、とりあえずみんなが生活できるように、困らないようにしてることだって、季衣だってわかってるでしょ?」
「わかってるよー。
大きく何かを変えたり、日常よりもっと大きなことは警邏隊には出来ないもんね」
流琉の案が採用されて、荊州を三国で協力し合って管理することまではいいと思うけど、その面子がまさか僕らと鈴々、小蓮だなんて聞いたときは僕ですら無茶だって思った。
なのに、風様を始めとした魏の将は誰も反対もしなくて、桂花様や稟様からはいくつかの質問はあったけれどそれも確認だけで、華琳様は僕らをまっすぐ見つめて言ってくださった。
『季衣、流琉。
あなた達がこれまで学んできたこと、見てきたもの、全ての成果を出す機会が訪れたわね』
とても優しい声と眼差し、大好きな僕らの華琳様の言葉。
『誰もが不可能と謳い、手を出すことを恐れた三国共有の土地。
三国の本当の意味での共同の治政、その始めの一歩を私に見せて頂戴。
あなた達は誰も歩んだこともない道を創る。それは険しいだろうけれど、乱世を知り、戦いを見て、私たちがしてきたことを理解しながら、手を結ぼうとするあなた達なら出来るわ。
季衣、流琉、胸を張って、堂々と行ってきなさい。荊州は任せたわよ』
農民でただの子どもでしかなかった僕らを見出して傍に置いてくれた、僕たちも、村も守ってくれた。優しくて、かっこよくて、何でも出来る多く、多くの人々の憧れである方。
それが、僕が一年前まで抱いていた『華琳様』だった。
ううん、今でもそれを信じてる。
だけど、それは外側から見た華琳様だってことを僕はこの一年で知ったんだ。
「あー、でも早く二人も来ないかなぁ。
そしたら何をするかとかの話し合いも出来るのに、それにご飯は大勢で食べた方が美味しいし」
「・・・二人が着くまではお城の中で出来ることをするから、街に食べにはいけないからね?」
「はーい・・・」
僕はご飯が食べたいとしか言ってないのに、どうして流琉にはわかっちゃうんだろ。荊州のおいしい店も知りたいし、お昼とかで覚えようと思ったのに。
「はぁ、別に普段のお昼とか外に言っちゃ駄目とまでは言ってないからね」
「やったーーー! 流琉、だーい好き!!」
「もう・・・ 季衣ったら」
「鈴々も、美味しいご飯が大好きなのだーーーー!」
僕達がそんなやり取りをしてると部屋に突然荷物を背負った鈴々が乱入してきて、その後を白い虎に乗った小蓮が必死に追いかけてた。あっ、大熊猫もいる。
「周々の全力の走りで追いつけないって、どういうことなの?!」
部屋の広さ的には二人が入っても大丈夫なんだけど、鈴々が走ってきて蹴り開けたから扉は見事に粉々になって、そのすぐ後を結構大きな虎と大熊猫が入ったから粉々になっていた扉だったものがさらに砕ける。
勿論その破片は僕らの寝台や、部屋に散らばって、それを見た流琉が笑顔で怒りだしてるけどまぁ、いっかー。
怒られるの僕じゃないし。
「鈴々の走りには、翠の馬たちだって追いつけないのだ。
だから、当然なのだ」
「競走したんじゃなくて、部屋に突撃しちゃ駄目って言いたかったの!
それに友達とはいえ、いきなり人の部屋に入るなんて失礼じゃない!」
「うん、そうだね」
別の話で盛り上がりかけた二人に、笑顔の流琉が近づいて腕を組んで立ってる。
僕、知ーらないっと。
「二人はご飯や礼儀作法の前に、ここの片づけから始めよっか」
僕は流琉の背後に見えた鬼と、扉の欠片が綺麗に片づけられるまで小隊長さんから貰った報告書の一覧を見て、軽く場内を回ってくることを決意した。
どうせ時間かかるだろうしね。
「あっ、流琉。
僕は城内見て回ってくるね。いろいろ場所覚えたほうがいいだろうし」
「迷子にはならないでね?
ここのお掃除が終わったら街で食事して、軽く見て回りたいから」
「だいじょーぶ。
見取り図、借りてくねー」
書簡の部屋に置いておくことになるだろう筆と硯もついでに持って、いくつかの何も書いていない書簡も忘れない。
『置いて行かないで(欲しいのだ)!』って二人が視線で訴えてきてるけど、完全に自業自得だからしっかり怒られておいた方がいいと思うー。それに『力加減できなくて物を壊しました』とか、うっかりやった行動でいろいろ失敗してたら領主勤まらないだろうしねー。
僕が城の配置を確認し始めて四半時もしないうちにちゃんと掃除は終わって、みんなでお昼を食べに行こうってことになった。小蓮が連れてきた虎と大熊猫にはとりあえず中庭を警備することで住処にしてもらって、今は長旅で疲れたからかすぐに寝ちゃってた。
「ここのご飯、美味しいのだ~!」
「うん! いいわね!!」
「鈴々ちゃん、小蓮ちゃん、かっ込まないの。
もっと味わって、ゆっくり食べていいんだよ。誰もとらないんだから」
みんなでおしゃべりしながらお昼を食べてると、僕はとりあえず丼を置いて、お茶を飲む。
うーん・・・ 美味しくないわけじゃないけど、やっぱり魏の料理の方が好きだなぁ。大陸の中央だからもうちょっといろいろな料理があるかと思ったけどそうでもないし、警邏隊の人たちじゃ交易とは出来てないんだろうなぁ。
「季衣?」
「それにしてもあの書簡の量は凄かったねー。
資料はほとんどないって話だったのに、まさか書庫が報告書で埋まってるとは思ってなかったよー」
流琉がなんか察したみたいで僕の方へ視線を向けたけど、僕が話を逸らすとそれを深追いしないで苦笑した。
「みんなに騙されたあぁぁぁーーー!
だから、シャオが書簡地獄に解放されるってあれだけ言っても何も言わなかったなんて!
あの書簡妄想狂のおっぱいお化けと、姉様大好き鈴付き暗殺者の馬鹿ーーーー!!」
あははは、誰のこと言ってるかそれだけで何となくわかるけど、呉が書簡地獄ってどれだけなんだろうねー。
「仕方ないでしょ? だって一年と半年分の報告書だよ?」
「えっ・・・・?
あれって一年と半年分の報告書なの?」
「そうだけど、どうかしたの?」
流琉が答えると小蓮は机に頭をぶつけて俯いて、小さくぶつぶつなんか言ってる。
「・・・と同じ量・・・・・やってるのよ?」
「え? 何言ってんの? 聞こえないよー?」
「あれと同じ量の書簡、もしくはあの量以上の書簡が一月で行き交ってるんだよ?!
将のみんなが五日間徹夜して、一日休憩を繰り返しても終わらない書簡の山なのに、一年と半年の書簡があれだけってどういうことなのよ?!」
僕が聞き返せば机を叩いて怒鳴ったから、軽く店の人に睨まれちゃった。
「蜀なんて、書簡がどうなってるかなんてわからないのだー。
というか、将のみんなが書簡やってるところを鈴々見たことないのだ!」
呉の心配と、蜀のことも今の言葉でかなり心配になっちゃったんだけど・・・
でも、不思議だなぁ。やってることは大して変わらない筈、っていうか華琳様の仕事の量とか内容を考えると、むしろ二国は治政ぐらいしかやることないと思うんだけど。
「んー? でも、何で?
蜀はともかく、呉の方には警邏隊がいくつか派遣されてたよね?」
「こっちが聞きたいよー。
シャオは経理とかの最終確認ぐらいしか手伝えなかったし、蓮華姉様は印璽押し続けてるし、それ以外の報告書とかはみんながやってたし」
「慣れの問題、じゃないかな?」
「慣れ?
だってシャオ達は、一年間もやり続けたんだよ?!」
「警邏隊がまだ創られて間もない頃、元々新兵の訓練の場だったんじゃなくて、職のない人たちや他のところから仕事を求めてきた人たちに協力してもらってたみたい。
作った兄様自身も当初は書簡の書き方なんてわからなくて、誰でもわかる報告書の書き方とかを臨機応変で工夫してきたんだって。将だけじゃなくて、一般兵の人たちとも意見を出し合って、今の形に落ち着いたみたい。他の地方に派遣されてるくらいなら基礎は出来てる人たちだろうしね。
それに慣れは警邏隊だけじゃなくて、それをまとめる上の人たちにも言えることだと思うの」
あー・・・ 確かに。
警邏隊の報告書ってほとんど兄ちゃんと、凪ちゃんたちの四人でまとめてたもんなぁ。
「三人とも凄いのだー。
鈴々はまったく書簡なんてやってこなかったから、ちんぷんかんぷんなのだ」
僕達の話をぼんやり見てた鈴々がそんなことを言うけど、僕だって書簡をやりだす前までそうだったしなぁ。
書簡なんてやることじゃないとか思った時もあったけど、報告書とかはやっぱり必要なことだから秋蘭様とかに教わって今までやってきたんだもんなぁ。
「わからないなら、頑張ってやっていこうよ。
だって荊州を守れるのは、僕達だけなんだからさ。
僕達は国がばらばらだけど、三国がいっぺんに揃って何かをやるなんて今まで出来なかったんだもん」
僕は茶碗を掲げると、みんなが目を丸くする。もー、なんでだよー。
「兄ちゃんが警邏隊を創ったみたいに、今度は僕らが荊州を創っていこうよ」
「季衣・・・・ うん、そうだね」
流琉が笑って、茶碗を掲げてくれる。
「勿論よ!
だって、シャオはそのためにここに来たんだから!」
小蓮も茶碗を掲げて、ない胸を張ってる。
「鈴々も頑張るのだ!
みんなで一緒に頑張るのだー!!」
鈴々が茶碗を掲げて、全員でぶつけ合った。
「これから頑張るぞーーー!」
「「「おおおーーーー!!!」」」