一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ――   作:無月

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憤り 想う者 【稟視点】

「りーんちゃん、お待たせしたのですよ」

「それほど待ってはいませんよ、風」

 突然かけられた声に私はさほど驚きもせずに返事をし、読んでいた書簡を脇へと置く。

 ここは魏の城内、庭園の一角にある四阿(あずまや)であり、その位置から魏の将しか知ることがなく、使うこともない場。三国が手を取りあった今もこの場は将たちの憩いの場として使用され、我々の茶会の場となっている。

「それにしても、もうじき一年になるというのにあちこち騒がしくなってきましたね。

 臥龍も、鳳雛も、いまだに空を仰ごうとしているなんて、本当に・・・ 馬鹿馬鹿しいかぎりです」

 三国同盟が結ばれ一年、天下を諦めない様子を見せたのは将ではなく、軍師たる彼女たちだった。

 武将のように剣をとり、あからさまな行動を移さずに、ひっそりと動いているつもりでしょうが、耳を掠めていく噂は消すことは出来ません。

「あちらの美周郎さんと、孫家に遜る方もですねぇ。困ったものです」

 風もやれやれと言った様子で首を振り、用意しておいた菓子へと手を伸ばす。私も菓子に手を伸ばし、その菓子を三つに割り皿の上に置く。

「ですが、流している噂は見過ごすことは出来ませんねぇ?

 まさか、いまだにお兄さんをネタに使われるとは思っていませんでしたよ。

 それにとってもわざとらしく広がってますよねー、将たちの耳に入ることが前提で都でも流されていますし」

「我々を怒らせること、我々から剣をとらせることが狙いなのでしょうね。

 美周郎たちはむしろその先を見ているように見えますが・・・ 一つの大陸、三つの国、平和である今ですら満足しないなど、なんて欲が深い」

 この策を考えた理由も察しはつきますが・・・・ 彼女はそんなに自国が中心であってほしいのでしょうかね?

 菓子を口にしかけ、どうにも食が進まずに手を置く。

 かつての私であったなら、この一件にも積極的に対策を練ろうとしただろう。けれど今の私に、その気はない。

「・・・・ねぇ、風」

 一年前のあの日から、全てが向こう側の出来事のように感じてしまう。

 茶も、菓子も味がしない。映る景色に心が動かされない。幾多の本を読んでも、策を練っても満たされることがない。そんな中でふと頭によぎるのは、会いたい彼が望まないことだと理解しているというのに。

「戦が起きれば、世がもう一度乱れてしまえば・・・・ 彼は帰ってきてくださるのかしら?」

 三国が争った時、時代の移り変わりに彼が来るというのなら、今一度戦を起こしてしまおうとすら考えてしまう。

 その程度で一刀殿が戻ってきてくださるというのなら、私は喜んであの二国を壊滅させる策を練ることだろう。

「もし仮にそれでお兄さんが帰ってきたとしても、お兄さんはきっと泣いてしまいますねぇ」

 そう、優しい彼なら、誰よりも民に近しかったあの方は悲しげな顔するに決まっている。

「それでも・・・

 彼が私たちの元へ帰ってきてくださるというのなら、私はそれすらも実行に移してしまいたい」

 役目として己に課してきた戦すらもなくなり、彼が居た場所だけに埋められない空白を残して世界はただ漠然とそこに在る。生きることは虚しく、出来ることなら私もあの日に、彼と共に消えてしまいたかった。

「稟ちゃん・・・

 あの日から、心は凍ったままなのですねぇ」

 風の悲しげな言葉に、私はおかしくもないのに口元に笑みが浮かぶ。

「おかしいでしょう? 風。

 彼がいなくなった日から、世界がまるで色を失ったように見えてしまう。あれほど望んでいたというのに、願っていたのというのに。

 『彼一人がいなくなった』 たったそれだけで、全てが味気ない」

 まさか私がこうなってしまうなんて、思ってもいなかった。

 けれど、あぁ・・・ 本当に臥龍も、鳳雛も愚かですね。

「負け犬たちがなんと吠えようと、彼が居ない事実に比べれば無に等しいというのに」

 あれ以上の悲しみなどなく、あの時ほど自分の無力を嘆いたことはない。

 どうすれば、彼は居なくならずに済んでいたのか?

 あの体調不良に関連しているというのなら、どうして私は蜀の伏兵に気づけなかった?

 他者よりも己に対し怒りを抱き、行く宛てもない感情を積み上げられた仕事へとぶつけていくしかなかった日々。

 彼の居ないこと以上に我々の感情を乱れさせることなど、ありはしないのに。

「稟ちゃん、泣きたいときは泣いてくださいねー?」

 そんなことを考えている私を、不意に風が抱きしめた。

座っている私の頭を抱えるようにして、何度も優しい手が私の髪を撫でていく。

「涙すら乾いて、消えてしまったんですよ。あの方と共に」

 どうすれば、彼の元へ行けるのだろう。

 どうしたら、彼が居た日々に戻れるのだろう。

 どうすることも出来ないことも、もう何も変えられないこともわかっているというのに願ってしまう。

 涙は枯れ、怒りは燃え尽き、悲しみは使い果たし、彼の愛してくれた笑顔は忘れた。それでも会いたい。彼に会いたい。

「では、稟ちゃん。少しの間、こうして風に勇気をわけてください。

 お兄さんが皆さんに笑顔を運んでいたように、大切な友達を、仲間を、同朋を守る力を風にわけてください」

 あぁ、風。あなたは本当に強い。

 そうしてあなたは、あの日からずっと私たちを支えようとしている。

「風は強いわね」

「いえいえ、風は非力ですから、大したことは出来ていませんよ」

 私たちを支えるあなたは、一体いつ泣くのでしょうね?

 けして私たちに押し付けることもなく、受け止めて、支えようとしてくれるあなたの優しさに私たちはきっと甘えている。

「ありがとう、風」

 そして、ごめんなさい。

 あなたにばかりそんなことを押し付け、それでもなお彼を求めてしまう私が居ることを。

「それはお互い様ですよ、稟ちゃん」

 言葉に出さぬ思いすら察してしまうほど私と風の付き合いは長く、互いに涙を見せることを拒むように四阿に静かに温かな雨が降り、私たちを濡らしていった。

 

 

 

 城で風と別れ、私は目的もなく街を歩く。

 街のいたる所に彼が残した意匠、生活の知恵、彼が好んで通った店など消すことの出来ない痕跡に溢れていた。

 表立った武勲をあげることも、文官としての際立った才があったわけではない。それでも彼が基礎から作り上げた警邏隊は、街を治める上ではなくてはならないことだった。

「一刀殿・・・ やはりあなたは変わった方でした」

 将としても、人としても、この大陸、この時代にあまりにもそぐわない方だった。

「ですが、やはりあなたは・・・ とても凄い方です」

 平凡な彼が一つの隊を作り上げ、それは今も多くの街を守っていることも。ただの男である彼が華琳様を始めとした多くの者たちを変えていってしまったことも。存在自体が謎だらけであり、そこに居ることが異常そのもののような方だった。それでも彼が居ることは自然で、当たり前になっていた。

「今も、心からお慕いしていますよ。一刀殿」

 誰にも聞こえぬように囁いたその言葉を、私は一度も真正面から彼へ向けることが出来なかった。いつか言おうと思い、ずっと胸に秘めたまま言えずにいた言葉はこんなにも簡単に口に出来るものだった。

「伝えることが出来ていたなら、あなたはなんと言ってくださったのでしょうね?」

 策を巡らせ、多くを想定する軍師にも出来ない。難解でありながら、どうしたいかは容易に答えが出てしまうもの。それが私の今もなお侵され、これからも侵され続けるだろう愛しき病。

「それが恋、ですか」

 あなたが残してくださったことは目に見える物ばかりではない、消え去ってしまうばかりではないとわかっていても。

 ここにあなたが居なかったら、意味がないじゃないですか。一刀殿。

 残したものは宝であり、守るべきもの。それが一人の不在で、こんなにも切なくなる。

「おや? あれは・・・・」

 そうして目的もなく歩いていると、広場の端に集まる人だかりで視線が止まる。

 人の間からわずかに見えた中央に居たのは、彼の直属の部下であった凪さんと真桜さん。凪さんが掴みかかっているのは劉備の忠犬と名高いあの魏延。この時点で彼女が何を言ってしまったかを想像するのは容易ですが、何もわからぬまま突っ込むのは愚行ですね。少し情報収集し、機を見計らってからにしましょう。

「すみません。何があったかご存知ですか?」

「楽進様があそこの嬢ちゃんの言葉に掴みかかっちまったんだよ・・・・ でもまぁ、あの発言を聞き逃せねぇのは楽進様だけじゃねぇけどな。周りを見てみなよ」

 とりあえず間近にいた男性へと声をかけると、簡潔に説明し、周囲を指差す。見れば周囲の民も魏延へと冷たい視線を向け、中には怒りや憎しみの類のものすら見られた。

「北郷の旦那が『居ない方が正解』なんざ誰にも言わせねぇ・・・!

 北郷の旦那が、北郷隊がいてくれっから俺たちは安心して生活できてんだ!」

 一刀殿、あなたは知っていましたか? これがあなたの居た証です。

 他の誰でもない、他国にすら真似することの出来ない魏の警邏隊。『民の生活を守ること、日常を守ること』言葉にすればそれは簡単ですが、とても難しいことです。

 下手に高い身分の者が街を歩けば、何事かと普段の生活を送ることは出来ず、かといって力のある名のある武将が常に歩けば、民は恐れてしまう。警邏隊は、弱いあなたと新兵だからこそ作れたものなのです。

「――――― だって、もういない人を悪く言ってもしょうがないでしょ?」

 その言葉には私だけでなく、周囲の者の全員が一斉に一人へと視線を向けていく。

 あぁ、劉備殿。やはりあなたですか。本当にあなたは臥龍や鳳雛、軍神に大切そうに守られる宝玉のような方ですね。穢れを知らず、覚悟すら抱いたのは私がわかる限りでは最期の戦だけではないでしょうか。

「北郷隊の皆さん、郭奉孝の名において命じます。

 民を散らしてください。このままではこの場で暴動が起こりかねません」

 冷静であることを装いながら、私は近くに居た警邏隊へと指示を出します。

「ですが、郭様!

 我々も北郷隊長をここまで言われ、黙ってなどいられません!!」

「彼がそれを望むと?

 あなた方の隊長ならばこの場で何と言って、どんな行動を移すか、私よりもあなた方は知っているでしょう」

 まっすぐこちらを見てくる兵の目は怒りに揺れ、私はそれを冷たく睨み返す。

 隊長としての彼を一番知っているのは現場に居た彼らであり、直属の部下である彼女たち。そんな彼らが彼がこの場に居合わせたらどうするかを、わからない筈がない。

「・・・・っ! はっ!」

 何かを堪えるようにした兵は姿勢を正し、素早く行動へと移っていく。そう、それでいい。彼ならきっと自分の悪口すら笑い飛ばし、この混乱を丸く治めてしまう。

「全員、民の誘導を行うぞ!」

「ですが! 班長!!」

「この程度の信ずるに足らん噂など、北郷隊長なら笑い飛ばすようなことだ。我々は職務を全うする!」

 一刀殿、あなたは本当に多くの者に慕われていますね。恋慕と敬慕、形は違えどあなたを慕う者はなんと多いことでしょう。

 けれど一刀殿、私はあなたのようにはなれない。

 あなたの居ない世界は寂しく、戦のない大陸に私は不要だとすら感じてしまう。

 ですが、あなたが守った世界を、華琳様が今も守ろうとしているこの大陸に私は価値を見出すことは出来るのでしょうか?

 風や春蘭殿のように多くを支えることも、彼女たちのように私はあなたが守りたかったものを守ることが出来るのでしょうか? 仮にその答えがわからずとも

「ごめんね、隊長。

 沙和、今ちょっとだけ笑うの辛いかもー」

 あんな顔をする可愛い部下を、あなたが放っておかないことはよく心得ていますよ。

「凪さん、真桜さん、沙和さん、大丈夫ですか?」

 凪さんの肩に手を置くと少々驚かれてしまいましたが、かまいません。私には似合わないことだということは重々承知しています。

「一部始終、拝見させていただきましたよ。劉備殿、そして魏延殿」

 よそ行きの笑みを作りながら、私は彼女たちへと視線を向ける。将として下の方である彼女たちを知らずとも、三国会議に何度か出席している私を知らないということはあり得ませんからね。

「貴様は確か・・・」

「魏の、郭嘉さん」

「えぇ、その通り。

 あなた方の発言に対しては私からも言いたいことはありますが・・・ まずは凪さん、真桜さん、沙和さん」

 二人から視線を外しながら、私は後ろに居る凪さんたちへと視線を向ける。おそらくはもっとも彼と長く過ごし、距離感が近かったであろう方々。

「この方たちが否定した彼が成し遂げたこと、残したことを魏の将の中で最も知っているのは悔しいですがあなた達です」

 そんな彼女たちならば、誰もが目に見えてわかる形で彼がいた証を他者に見せることが出来る。出会うという意味では私と風が最初ではありますが、魏の中で最も新参なのは私たちですからね。

「私がこの場を片づけますので、あなた方はこの二人に彼がいた証を見せてきてはいただけませんか?」

「隊長のいた、証・・・・」

「そんなん、ありすぎて逆にわからんですよって。稟様」

「けど、沙和たちなら知ってるの。

 どうして似てるように見える桃香ちゃんと隊長がかぶって見えないかってことを・・・」

 皆さんの目に光が宿りましたね、これでこちらは心配無用。ならば、私がすべきことはこの場の処理。そして・・・ この二人がしたことの重さを示すこと。

「さて、劉備殿、魏延殿。

 あなた方蜀は、三国同盟から脱退なさりたいのでしょうか?」

 私は振り返り、久しぶりに感情の高ぶりを感じながら、そのまま笑顔を向ける。

「えっ!?」

「な、何故そうなる!」

 何も考えずに口にした、やはりですか。

 ならば改め突きつけてあげましょう。彼が立場としてどんな存在かを、その噂がどんな危険なものであるか。そして、自分たちが一年前どんな立場であったかをじっくり思い出していただきましょう。

「不在でありますが彼は魏の柱石であり、魏の将。劉備殿、あなたは義妹の御二人や同朋の侮辱を聞き穏やかで在れると?

 まして彼女たちにとって、彼は直属の上司。魏延殿、あなたは師である厳顔殿を見も知らぬ者に悪しざまに語られ、笑われた時、その武器を振り上げぬ自信がおありで?」

「そ、それは・・・・」

 真桜さんがいっていたように、この程度(・・・)で済んでいるのは居合わせたのが私たちだったからだ。もしこの場に居たのが桂花殿や秋蘭殿、霞殿であった時など考えるだけで恐ろしい。逆の立場であったなら彼女たちが怒り狂うことは明白、蜀は主従の線引きは曖昧ですが非常に仲間思いですからね。

「仮にも一国の王ならば、発言に気を付けることです。そして・・・」

 視線は蜀の忠犬であり、劉備の腰巾着と名高い彼女(魏延)で止まる。

「将の発言は王への責任へと直結します。

 王に近しいものは勿論、王の護衛たる者が国を危険に晒すようなことなどあってはならない。それを肝に銘じることをお勧めします」

 笑顔のままそう言いきり、私は北郷隊への方へと足を向ける。一つだけ言い忘れたことを思い出し、私は笑みを消して振り返る。

「それでもなおあなた方が戦乱を望むというのならば、私の持てる全ての軍略をもって、今度こそ徹底的に潰して差し上げましょう。敗残国殿」

 そんな私たちの間に響くは手を叩く音と、この場に似合わない楽しげな笑い声。

「いやはや、主に猪が一人しかついていないと聞いて飛んできてみれば、なかなか面白い状況になっているようで」

「これは良い所に来ましたね、星。

 最近蜀から流れている魏の柱石への暴言等は、蜀の総意ととってもよろしいでしょうか?」

 楽しげにする星に冷ややかな視線を向けつつ、にこやかに対応してみせる。いかに友人と言えど、彼女は蜀陣営。その辺りを明確にしていただかない限り、私は真名を預けた友人であっても気を許すことはない。

「小さな軍師たちの考えまでは知らないが、蜀の総意ではない。そして私がこの場に居ることもまた、あの小さな軍師たちは望んでなどいないことだろう。

 彼の噂は蜀内ではここまで酷くはなかったというのに、魏に近づくほど酷くなる一方で驚かされたものだ」

「そうですか・・・・」

 蜀の総意ではないのならば、これは独断の可能性がある。だが、軍師の主たる者が関わっていることは間違いないでしょうね。

 背後の劉備をわずかに覗き、私は星へと視線を向け続ける。

「あなたの主は一年前から何も変わらないようですね、星。

 あなたがどうしてあんな者を主に選んだのか、理解に苦しみます」

 そう、何も変わらない。

 他の者はどうかはわからないが、『王になどなりたくなかった』と叫んだ彼女に対し抱いたのは失望。彼女は王になる覚悟も、上に立つ野心もないままに担ぎ上げられただけの神輿なのだと深く実感した。

 そして今も、軍師のしていることもわからないまま、無知であることを許されている。

「あの方は・・・ 純粋でな。

 他者を疑うということを知らず、信じ頼るのだ」

「あそこまで来ると、ただの阿呆でしょう」

「今日はいつになく手厳しい」

 私の言葉に苦笑し、肩をすくめる星は言い返す言葉もないと言った様子で両手をあげた。

「もしもまたあなた達が戦をするというのなら、また民を信じ頼るのでしょうね。けれど・・・」

 信じ、頼るという言葉は一見は響きがいい。事実、彼女の言葉を信じ、頼ってついて来た者はこれまで多くいた。だが、それは実績があってこそ発揮されるもの。

「魏の平和の元で生きた民のどれほどが、かつてと同じ大義名分で共に戦うのでしょうね?」

「戦などさせぬさ、少なくとも私はそう動く。

 現状、信じてくれとは言えぬ身だ。これは我々蜀の不備、謝罪の言葉すら嘘に聞こえてしまいかねん」

 星の言葉はいつもと変わらないというのに、その目はまっすぐにこちらを見てくる心地よいもの。

「結果は、期待せずに待つとしましょう」

 星が動くというのならば、こちらが下手に動くことは出来ません。妙な動きをして、発案者たちに状況がばれても面倒ですからね

「それではまるで、戦をしたいように聞こえるぞ? 稟」

「柱石を失ったものが傾くことはとても容易ですよ、星。

 龍と鳳は私たちが脆く崩れることを狙っているのでしょうが、基礎が腐っているわけでもなく、要がまだしっかりしているというのにその場で自壊するはずがないでしょう?

 大きく揺れ、周りに多大な被害を被って崩れることが摂理というものです」

 その柱石は、私たちが崩れてしまわぬように多くの支えを残してくださるような方でしたがね。それでも空いた穴が埋まることなど、ありはしないのですが。

「末恐ろしい限りだ・・・

 精々、これ以上揺らさぬように努力するさ」

「えぇ、そうしてください」

 星の言葉に短く返し、私は北郷隊の元へ歩こうとすると肩を掴まれた。

「稟よ。

 それほどまでにお前を変えた御使い殿は、一体どんな方だった? そして、恋とはそれほどまでに良いものか?」

 どんな方・・・・ そう言われ見上げた空に浮かんでいたのは白き雲。

 あぁ、そうだ。あの方は雲に似ている。流されているというのに、それすらも形を変えて楽しまれ、どんな空であっても嬉しそうに進んでいく。人を包んで魅了して、そして誰も拒むこともない方。

「雲のような方でしたよ。

 人々を魅了し、見ているだけで笑顔にさせてしまうような、そんな方でした」

 彼が残したものを、華琳様が築くものを、私は己に守ることを課そう。私の戦い方で、今度こそ守ってみせよう。

「そして恋は・・・ 星、あなたもすればわかりますよ」

 それだけを応え、私はそっと笑った。


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