一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ―― 作:無月
「どうか、どうか・・・・」
私たちが誓いを新たにして食事処から出ると、道端に汚れた頭巾を被った人が二人座っていました。
「あー・・・ 物乞いかぁ。
あぁいう人たちがいなくなるようによくしていかないとねー」
そう言いながら私たちを置いて、季衣はもうその人たちへと駆け寄っていっちゃいました。
「なーんかどっかで聞いたことのある声なんだけどなぁ・・・
気のせいかなぁ?」
その後を追って私たちも走り出すと、小蓮ちゃんだけが首を傾げていてそれを気にかけつつ、さっきの声を思い出しても、私には覚えが全くありませんでした。
「どうか、吾に蜂蜜水を!」
「要求高っ?!」
「流琉ー、結構要求高い物乞いさんだったよー」
物乞いさんの言葉に季衣は笑ってこっちを振り向く前に、小蓮ちゃんが驚く方が早かったです。
「いえ、あげなくて結構です」
「やっぱりいいってー」
「七乃~~~?! 何故、断るのじゃ!」
「その方が美羽様の反応が可愛らしいからですよ」
小さい子の方の発言をきっぱりと大きな方が否定して、小さい子の方は涙目になってしまいました。頭巾の方も小さい方が立ち上がった時捲れて、そこには綺麗な髪をした女の子がいました。
「っていうか!
袁術と張勲じゃない?!」
「ぴっ?!
孫家・・・ に、こんな奴居ったかのぅ?
あの鬼は知っておるが、吾はあまり他の奴を知らんのじゃ」
小蓮ちゃんの大声に袁術と呼ばれた小さな子は怯えて、すぐさま張勲と呼ばれた大きな方の背に隠れてしまう。張勲もその声に小蓮ちゃんへと視線を向けていますが、しばらく見て首を傾げてしまいました。
「あらあら、これは孫家の・・・・ どちら様でしたっけ?」
「何で知らないのよ?!」
「あー! 思い出しました!!」
張勲さんは手を叩いて何かを思い出したように、小蓮ちゃんを指差します。
「胸がなくて、存在感も薄く、私たちが統治していた頃はどこかの地方に左遷されていた孫家の末っ子さんですね」
「あんた、シャオに喧嘩売ってんのね! そうよね!
買ってやろうじゃない!! 表出なさいよ!」
「鈴々ちゃん、とりあえず小蓮ちゃんを押さえて!」
事態の収拾がつかなくなりそうなので、とりあえず鈴々ちゃんに小蓮ちゃんを押さえつけてもらいました。季衣は季衣でさりげなく二人の傍に立ってるのは、多分二人がどさくさに紛れて逃げ出した時すぐに追えるようにしてくれてるんだと思います。
「了解なのだー。
ていうか、袁術と張勲って誰なのだ?」
「はーなーしーなーさーいーよー!
シャオは今、譲れない戦いをするんだからぁ!
ていうか、あんた達袁術たちのこと知らないの?!」
小蓮ちゃんってツッコミいれたり、怒ったり忙しないなぁ。
でも、袁術? 袁家の人なの? この人たちが?
「知らないよー。
『袁』って言われて浮かぶのって、あのくるくる金髪くらいだし。そう言えばあの人たちって今、どうしてるんだろうね?」
「あぁ、あのくるくる金髪は蜀に居るのだー。
普段は、なんか変な仮面になって遊びほうけてるのだー」
今、蜀の治安がすっごく心配になりました・・・
というか、霞様のご友人がいるなら袁紹さんがそっちに居るのって結構まずいような・・・?
「そのくるくる金髪の腹違いの妹がそれよ!
そっちの張勲は、袁術の付き人!
大体、その二人のせいで孫家は・・・・!!」
「小蓮ちゃん」
どう見ても怒り以上の気持ちを抱いて何かを言おうとした小蓮ちゃんを私は止めて、ゆっくりと言いました。
「ここはもう呉でも、乱世でもないよ。
ここは、三国が共に並ぶ地・荊州。今はみんなが手を取りあう時代、だよ?」
「っ!! そうだけど・・・ けど!」
「恨むのも、怒るのも、簡単だよ。
でも、私たち三国は一番手をつなぐことが難しいと言われた人たちと、ちゃんと手を結べてるよね?」
呉と越族の間に立った兄様のように、三国を結んだ私たちの王様のように。
私たちはもう、過去に囚われちゃいけない。
そのための希望が私たちだから。
「・・・・ごめん」
鈴々ちゃんも大丈夫と判断したみたいで小蓮ちゃんを離して、小蓮ちゃんはさっきの二人へと頭を下げた。
「突然大声で怒鳴っちゃって、ごめんなさい」
小蓮ちゃんの様子に張勲さんと袁術ちゃんも驚いたみたいに目を丸くし、私たちを見ていた。
「七乃~、この者は孫家の者なのか?」
「えぇ、そうですよ~。
けれど、すぐに殺そうとしてるわけではないですから大丈夫ですよ。美羽様」
「そうではなくてじゃの。吾も孫家のことを知ろうとしなかったのじゃ。
父様も、母様も居なくなってしまってから、吾は七乃と蜂蜜水ばかり考えておったのじゃ。
それどころか他の者たちを鬼とか、怖い者としか思ってなかったのじゃ。でも、違うのかのぅ?
普通に泣いて、笑って、怒る。誰もが吾と同じなのかのぅ?」
「それは・・・」
張勲さんが何かを言おうとする前に、季衣がその間に割って入った。
「そうだよ。
怒りたい時は怒って、泣きたい時は泣いて、笑う時は笑う。で、誰かが困ってる時は手を差し伸べる。
それがこれからの時代、僕らの生きる時代なんだよ。
だから僕たちは、困ってる君たちの助けになりたいんだ」
胸を張って、得意げに応える季衣の言葉はまるで兄様みたいで、私はおもわず笑ってしまいます。
あぁ、私たちの中に兄様の考えは染みついているんだって、そんな当たり前になってしまうようなことを兄様は
「そうなのだ!
二人とも、生活に困ってるんなら城に来るのだ!
お城なら住むところもあるし、蜂蜜水は難しくてもご飯は用意できるのだ。
流琉もそれでいいのら?」
「そうね。
まずは物乞いをしてた二人の意見を聞いて、それから他のいろんなことを考えてきましょう!」
さっきまで怒っていた小蓮ちゃんも、鈴々ちゃんと一緒になって二人の手を引っ張り出していて、困った顔をした張勲さんがこちらを見てくる。けど私はそれに、笑顔を向けることを答えとしました。
観念してくださいね、張勲さん。
硬く繋がれたその手は一番最初に教えてくれた人がそうだったように、一度握ったら絶対に離してくれないんです。
相手がどれだけ怒っても、困って逃げ出しても追いかけて、泣いてる時は嫌でも離してくれなくて、笑った時は一緒になって喜んでくれるもの。
繋いだ手は優しいのに、とっても強い
とりあえず私が非常食として持ってきた食材で軽い料理を作っているうちに、三人には二人の身なりとかを整えてもらうことにしました。
私たちの服ってほとんどは動きやすさ優先の薄着だし、余るほど服は持ってきてないので小蓮ちゃんに服を買ってもらうことにして、井戸の位置を鈴々ちゃんと季衣に案内をしてもらっています。
「と言っても、大した料理は出来ないんですけどね」
昨日、旅の途中で季衣が狩った肉を炒めて、いくつかの野菜も入れて水を入れてしばらく放置する。その間に乾燥麦を水で戻して、戻ったら出汁の中に麦を入れて軽く煮込むだけ。
「健康状態とか、どれくらい食事してなかったかもわからないもんね」
なるべく体に優しいものにしないと、あとお茶のためにお湯も沸かさないと。
「いい匂い、なのじゃ」
「ですねー」
「もう出来ますから、そちらの席について待っていてくださいね」
食べる前から褒め言葉を貰うとやっぱり嬉しくて、おもわず頬が緩んでしまいました。
「流琉! 僕も食べたい!!」
「鈴々も!!」
「・・・・シャオも」
「三人はさっきご飯食べたばっかりから、駄目!
夕食は私が作るから、三人はそれまで仕事だからね」
匂いにつられて食いしん坊さん達の食欲も刺激されたみたいだけど、さっき食べたばっかりだから禁止です。
財政を食事で圧迫しましたなんて、華琳様に報告できるわけがないもの。
「さぁ、どうぞ」
袁術さん達へお粥と漬物を出しながら、袁術ちゃんは早速口にしてあまりの熱さに百面相しているけど、それでも勢いは止まらずに食べていました。張勲さんもゆっくりとですが食べ始めて、漬物と一緒に味わって食べていることが伝わってきました。
感想は言わなくても、『美味しい』ということを表現しているその姿はやっぱり嬉しいです。
「袁術ちゃん、そんなにかっ込まなくて大丈夫ですよ。
お替りもありますから、遠慮なく言ってください」
二人にそう言ってから、季衣が真面目な顔をして、小蓮ちゃんと何かをしゃべってました。
あれ? 小蓮ちゃんが何故か首を傾げて、不思議そうな顔で二人を見始めてる。どうしてだろう?
「ねー、張勲さん。
小蓮から少し話を聞いたんだけど、袁術ちゃんがそんなに毎食蜂蜜水を飲んだくらいで財政って圧迫されるものなのー?」
「そんなわけないじゃないですかー。
蜂蜜は確かに高価なものですけど、
「はぁ? じゃぁ何で・・・」
「それはまぁ、あははは~・・・ いろいろあったんですよね~、名家には。
ある意味私たちは、孫家に救われたとも言えるかもしれませんね」
問われると誤魔化すように笑う張勲さんの顔にはどこか悲しみがあって、その視線を向けたのは袁術ちゃん。
最初はからかっていたけれど、張勲さんが袁術ちゃんへと向ける視線はとても優しくて、もし私のお母さんが生きていたらこんな視線を向けてくれるかなってほんの少しだけ思ってしまう。
「さて、私たちをどうするんですかぁ?
助けてくださると言われても、正直私も美羽様もこれと言った取り柄もありませんし」
「はぁ?!
取り柄がない人相手に、孫家が四苦八苦なんてするわけないでしょ!
文官としてすっごく優秀で、あの雪蓮姉様と冥琳を手玉に取った手腕と度胸を引き抜かない手なんてないもん!
だから、どうせ行くところないんだろうし、文官として雇ってあげるわよ」
なんか今の言葉、凄く素直じゃなくて桂花様思い出して、おかしくて笑ってしまいました。小蓮ちゃんも素直じゃないなぁ。
「と言われましても、そうしたら美羽様はどうなるんでしょうー?
私が雇われても、美羽様の身の安全を保障されないのなら意味がありませんし」
「それも、心配ないみたいですよ?」
私たちがそうして視線を向けた先では、食事の終わった袁術ちゃんを囲む鈴々ちゃんと季衣の姿がありました。
「ねぇ、袁術はさ。
もし、自由に何か出来るとしたら何がしたい?」
「んー? 蜂蜜が欲しいのじゃ!」
「あはは、袁術は本当に蜂蜜が好きなのだ。
でも、蜂蜜は取るのが大変なのだ。まず巣を見つけて、蜂を倒してその巣を壊さないといけないのだ」
手をあげて、はっきりという袁術ちゃんを囲んで三人は楽しそうに会話していて、その姿に張勲さんは静かに涙を零して、口元を押さえていました。
「お嬢様が、あんな風に歳の近い方と楽しげにしているなんて・・・」
「ん・・・」
そんな張勲さんに小蓮ちゃんが布を渡してる姿も、なんだか微笑ましいです。
「んー・・・ だから蜂蜜って高いんだよね。
見つけるのも、採るのも大変だし、でも栄養価も高いから凄く貴重で・・・」
「そうじゃったのか!?」
「それに甘いから、とっても人気もあるのだ。
甘味屋でも使うから、高くても買うことがあるらしいのだ」
流石鈴々ちゃんと季衣、食べ物こととなると凄い知識があるよね。私もあまり人のことを言えないんですけど。
「ねー、流琉。
そういえば兄ちゃんが蜂蜜のことで、なんか言ってなかったっけ?
『よーほー』とか言う、蜂蜜を作る方法・・・」
「え・・・?
あぁ! 箱に細工して、蜂の巣の一部を定期的に分けてもらうあれ?」
「そうそう!
兄ちゃんの年棒じゃ土地が買えないし、花畑を管理しきれないからって、諦めかけてたあれ!!
それに兄ちゃんのことだから書簡残してるかもだし」
「吾、それやってみたいのじゃ!」
私と季衣が盛り上がってる中に割り込んできたのはまさかの袁術ちゃんで、そんな袁術ちゃんを私はまっすぐ見つめ返して言いました。
「とっても大変だよ?
私たちだって兄様の話でうろ覚えだし、もしかしたら書簡は残ってないかもしれない。そうしたら本当に一からやらなくちゃいけないの。きっと何回も失敗するし、時には人に笑われちゃうかもしれない。
それでもやる?」
「やるのじゃ!」
決心の硬いその目を見て、私は次に張勲さんを見る。
嬉しそうだけど少しだけ寂しそうな目、その目は私たちを送り出した時の華琳様の眼差しによく似ていて、一瞬だけ抱いてしまった考えを無礼だと思って振り払います。
「もー! そこの四人だけで世界を作らないでよ!!
シャオ達もしっかり混ぜなさいよね!」
「そうなのだ!
恥でも泥でも一緒に被って、蜂蜜を荊州の売りにしてみせるのだ!!」
二人が張勲さんごとこっちに突撃してきて、全員がぶつかりあってその場に倒れちゃいました。
「ぷっ・・・・ そうですね。
では、ご一緒させていただきますね。
これから美羽様共々、よろしくお願いします」
寝転がった姿ではどんな顔をしてその言葉を張勲さんが言ったかはわからないけれど、その声は優しく響きました。
兄様、見ていますか?
私と季衣が領主なんて、驚いてしまいますよね。
心配でしょう? 季衣が治政をするんですよ?
だから、兄様。
心配だったら、私の料理が食べたかったら、帰ってきてください。
兄様がいないと私の料理、何故か少しだけしょっぱくなっちゃうんです。
でも、兄様はきっと泣いてたら帰ってきてくれないんでしょうね。
兄様が帰ってくるその日まで私、頑張りますから。
帰ってきたら、私の料理をたくさん食べてくださいね。