一刀がいなくなった世界の乙女たち ―― 魏国再臨 前日譚 ――   作:無月

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支え 恋を認める者 【桂花視点】

「華琳様、書簡をお持ちしました」

 そう言って入った執務室にはいつものように華琳様が休まれることもなく、筆を執っていた。声をかけたにもかかわらず、こちらに気づかれた様子もなく集中を続ける姿をかつての私なら『素晴らしい』と口にしたかもしれない。けれど、その姿はどこか辛そうに感じてしまう。

「華琳様、お茶もお持ちしました。

 なので、書簡を一旦この桂花に任せ、ひと息つかれてください」

 肩に触れながら半ば強引に書簡を遠ざけ、こちらへと視線を向けていただく。

「桂花・・・

 あなた、随分強引になったわね」

 一瞬だけ驚いたような表情を見せられ、茶を口にしてから立ち上がれる。

「家臣に気を使われるなんて、君主失格かしら?」

 どこか自嘲気味な笑みを浮かべられ、私を見る華琳様の目は・・・・ 一瞬、華琳様にこんな思いをさせているだろう馬鹿の顔が浮かび、そんなことやありえないと首を振った。

「いいえ、そんなことはありえません!

 華琳様はいつであろうと我々魏国の至高の王であり、三国一の王たる御方です!!」

「ふふっ、そうね。

 少し城内を歩いてくるわ、四半刻ほどで戻ってくるからそれまでは任せたわよ。桂花」

 私に触れながら、先程よりもずっと良い表情された華琳様に私は満面な笑みを向けた。

「はいっ! お任せください!」

 私の言葉と同時に扉の向こうへと消えていく華琳様を見送り、その瞬間に浮かんだのはここに居ない馬鹿への罵声(言葉)だった。

 

 なんで勝手に消えてんのよ、この馬鹿!

 アンタぐらいの馬鹿で、女ったらしな男を雇ってくれるような国なんて天にだってありゃしないわよ!

 本っ当に最低!

 自分のやりたいことだけやって、さぞ満足げに還ったんでしょうけどね。アンタがいないせいで警邏隊だけじゃなくて、あっちこっちがてんてこ舞いよ!!

 しかももう一年よ?!

 職務怠慢による給料減額、隊長から一兵卒への降格は覚悟できてんでしょうね!

 部屋もあのまま散らかしっぱなしだし、アンタ城の部屋を間借りしてた自覚あるわけ?!

 一つ一つあげたらきりがないほど、言いたいことがあるっていうのになんで当の本人であるアンタはここに居ないのよ!

 アンタなんか本当に最低よ・・・ 馬鹿。

 身勝手で、馬鹿みたいに優しくて、馬鹿の癖に自分が出来ること探して、人のことばっか心配して、自分のことなんか目もくれないで、結局自分の幸せより人の幸せ選んで!

 嫌だったなら逆らいなさいよ! 私たちにだってあんだけ減らず口叩いてきたんだから、天にだって噛みついてみせなさいよ!! 馬鹿男!!!

 

 咽喉まで出かかった多くの言葉を飲み込んで、罵声を声に出すこともしないまま、私は仕事机に向かう。見れば多くの案件が持ち込まれ、その山の一つである外交関係の書簡のいくつかを手にとった。

 今は領主が不在となり、警邏隊が何とか回している街をどうするか。

 職を失ったも同然の武官や兵たちのこれからの職をついて。

 警邏隊に関する知識等の共有要請や、身分差のない私塾『学校』への会議の書類。

 しまいには、蜀と呉の問題である筈の荊州の領土問題。

 何これ、怒っていいわよね?

「華琳様はあんたらの問題解決所じゃないってのよ!

 っていうか、自国で解決すべき問題の方が多いじゃない!!

 警邏隊に関しては自力で何とかしなさいよ! 『学校』なんて君主内で言いだしてたのは蜀でしょうが!

 あの馬鹿虎と能天気女! 少しは自分たちで考えるってことをしなさいよね!! っていうか、軍師の奴らは何やってんのよ?! あれだけ戦の時は謀略練っておいて、何で治政にその無駄知恵使わないのよ!!」

 おもわず書簡を投げ捨てかけるがどうにか堪え、机を叩くことで発散させる。

「それに警邏隊も、学校も私たちなんかよりよっぽど・・・・」

 『適任が居る』と口にしかけて、舌打ちと共に次の書簡を手にとる。そこに書かれていたのは『風車・水車の仕組みの説明、設置の協力要請』。

「真桜にでも、自分たちで頭を下げて頼みなさい!

 私たちから遠回しに指示させようとしてんじゃないわよ!!」

 風車も、水車もあいつが残した知識の一つであり、脱穀や、小麦を挽くことに水力や風力を使うことは効率がよいもの。川の多いこの大陸で実用化できれば労力の軽減が出来ることは明白であり、実用化へと向けて熱心に会議は行われた。その仕組みを理解しているのは私たち軍師を除けば、真桜だけで作成に関しても彼女の力は必須と言っていい。

 が、肝心の真桜が他国のこととなるとやりたがらず、技術的な協力がほとんどうまく出来ていないのが実情だった。しかもその件で稟から諍いがあったことは報告され、あの趙雲が蜀内部から動くことがわかっているけど、どうなるかはわからない。

「それもこれも、臥龍と鳳雛が呉とまで連携しておかしな噂を流してるせいじゃない!

 今更あいつの悪口? 魏は天の知識によって成り立ってる? ふざっけんじゃないわよ! あいつのくそ曖昧な知識を形にして! 歴史に関しては過ぎたことすら話すことを拒んでたあいつの知識が、一体何の役に立つってのよ!!

 大方、あのちびの軍師は天の妖術とかで私たちが勝ったとか、天の知識があったからこの一年で栄えたとか思ってんでしょうけどねぇ!」

 叫びかけた言葉は咽喉でとまり、再度机を強く叩く。

 あの日の私たちには、それ(仕事)しかなかっただけだ。

 行き場のない思いをぶつけた結果、この国を栄えさせることしか出来なかった。

 そうしても、あの馬鹿は帰って来やしないのに。

 それなのに、言葉にしなくてもあいつが望んでたことを私たちは誰よりも知っていた。

「そんなに戦争がしたいって言うんなら、自分たちが剣持って攻めてくりゃいいのよ」

 私たちの神経を逆撫でて、剣をとらせて戦の大義名分を得る。なおかつ、あいつ(天の知識)がいなければ(なければ)自分たちは勝てると踏んでるんでしょうけど、考えが浅いわね。

「敗残国でありながら何も失わなかった国(蜀)と、戦勝国でありながら古参の将を失いかける恐怖と、あんな奴でも実際に失った国(魏)じゃ、勝利への必死さが違うのよ。

 しかもその策としてあいつの悪口を流す? はっ、馬っ鹿じゃないの!」

 むしろその全てが逆効果、あの日から怒りに堪えてる凪と真桜、霞、秋蘭、稟は蜀も、協力してる呉さえも嬉々として潰しにかかるだろう。特に秋蘭、霞、稟の怒りは表に出されていない分、秘めている危険度も私たちが思っている以上と考えるべきだ。しかも稟にいたってはこの機を好機とすら思っている節があり、もし趙雲が止めに入っていなかったことを考えると頭が痛くなってくるわね。

 外交関係の書簡から一度目を離し、他にこなせそうな魏内部の書簡を片づけにかかる。一年経った今でも変わらずにあげられてくる警邏隊の報告書、収穫、経理などの物を片づけていく。

 誰がいなくなっても、どんなことが起きても変わらない、日々の仕事はなくならない。あいつがいなくたって太陽は昇って、落ちていく。季節は廻って、時間は過ぎる。何があろうともやるべきことはあって、私たちはここに居る。

 それなら何があっても立ち向かって、進んで行くしかないんだから。

 

 

 書簡作業を続けた私の元に何かが駆け込んでくる足音に気づいて顔を上げると、華琳様が風を連れて入ってくる。

「華琳様?! それに風まで・・・」

 二人が駆けてくるなんて、一体何が・・・

 そう続けようとした私は、華琳様の手に一つの書簡が握られていることに気づく。そして、ほんのわずかだが華琳様と風の目は赤くなり、それにもかかわらず二人の目はどこか嬉しそうに緩み、やる気に満ちていることが私をさらに混乱させた。

「桂花ちゃん、真面目にお仕事お疲れ様なのですよ。

 いえいえ、ちょっとお兄さんの部屋に行ったら面白い物を見つけまして、偶然いらした華琳様と共に熱くなってしまいましたよー」

「風、一度読んだあなたと私はこの内容をまとめ、具体的な案にする作業へと入るわよ。

 桂花、あなたは霞たちを呼んできなさい。

 他の仕事をしている場合もこの書簡を直接見せ、連れてくるように」

 いつもと変わらない風とは対照的に、華琳様はどこか急いだ様子で私へと書簡を投げ渡される。

 書簡の表に書かれたのは『三国同盟(仮)後 催し案』という題、子どもでももう少し的まともな字を書くような拙い字。

 その書簡には見覚えがあった。倒れた日、たまに意識を取り戻したあいつが書いていたそれは、様子を見に来た者にすら見るのを拒むように隠しながら書いていたものだった。あの時は『どうせろくでもない内容を書いてるんでしょ』と言ってさっさと寝るように怒鳴り散らしたが、何故今になってこの書簡が出てきたのだろうか。

「内容は呼びに行くときに確認なさい。

 集合は遅れてもかまわないわ、私と風の作業も時間はかかるもの」

 私を見て紡がれる華琳様の言葉は優しく、この内容を私たちが読んだとき時間がかかってしまうことだということが理解できた。

「集合場所は会議の間でよろしいでしょうか?」

「えぇ」

「それでは行ってまいります」

 内容を気にかけながら、私は執務室から離れたところで書簡を開く。

 そこに書かれていたのは、あいつらしいと思うと同時に酷く驚かされる内容だった。

 

 

 

 書簡を片手に霞を探す。

 あの日以降、霞はこっちが心配になるくらい仕事ばかりをして、しかも騎馬隊を有効的に使うためと言って、三国を繋げる運送業を自分で発案するなんて偉業を成し遂げた。

 それによって騎馬隊の者たちは仕事を得た上に、稟と協力して効率的な運送路の確保した。しかも自分が行った方が早いとか行って、行き来の不便な街道を直接確認して、整備の申請までしてくるのだ。

 あんなに酒好きで、サボり魔だった霞がここまで必死になっているのにはむしろ危うさすら感じてしまう。

「これならまだ、昔のダラダラしてた時の方が気が楽よ・・・」

 そう思って軽く戸を叩いてから霞の部屋に入ると、そこに彼女はいなかった。部屋の中は書簡が多く積まれ、その内容は運送業の業務に関するものと街道の不備まで報告書としてまとめられていた。

「・・・これで戦、ね」

 霞がこれをやったことに戦の意図がなくとも、今の魏の騎馬隊以上に地の利に長けた部隊はいないだろう。しかも霞と組んで行動しているのはあの稟である。街道だけでなく裏道すらも確認し、完全な大陸の地図を完成させる可能性は高い。

 本当に地に落ちたわね、臥龍も鳳雛も。

 机の上に『不在 城門にて休憩中 緊急要件以外お断り』と伝言が置かれ、軽い頭痛を覚える。

 皆そう、休憩と言って行く場所はあいつとの何らかの思い出があるだろう場所。そして私自身も休む場所はいつも・・・・

「あー! あの馬鹿!! こういう時に限っていないんだから!」

 考えかけたものを振り払って、私は城門へと向かって歩き出した。

 

 

 城門に腰かける霞に孫権が何かを言っている姿が見え、遠くから見ても霞が相手にしようとしていない。

「あの『神速の張遼』ともあろうものがこの体たらくか。

 落ちぶれたものだな、張遼」

「何とでもいい。

 妙な噂流して、他国に迷惑かけるようなことはしてへんし、あんたらに害があるわけでもないやろ」

「害はあるな。

 城下に流れているような女たらしの天の遣いや、そんな体たらくの将に祭が討たれたかと思うと腹立たしい。しかも当の天の遣いは姿を消しただと?

 祭を殺し、何の覚悟もせずに自分だけが逃げ帰ったような男にあの曹操殿は惚れたというのか? 信じられん。我々の策を見透かしたように、そうした好意もまた天の妖術だったのではないか?」

 安心していたが近づくにつれ聞こえた言葉を、私は聞き逃すことが出来なかった。

 あいつが何の覚悟もしなかった? あいつが逃げた? けれど一番許せないのは・・・・!

「ふざっけんじゃないわよ!!」

 怒鳴り声と共に、立ち上がろうとしていた霞と孫権の間に割って入る。

「城下でどんな噂を聞いたか知らないけどね、仮にも君主の身内がそんな噂に振り回されてんじゃないわよ!!

 えぇ、確かにあいつは女ったらしだったわよ! どうしようもないほど、魏の将全員と恋仲にあったわよ!!

 でもね! あいつは相手が持ってる身分や権力に頭下げてたわけでも、言葉を偽ってたわけじゃない!! まして、妖術なんか使えたわけでもない!

 ありのままの自分を見てくれるあいつに、こんな身分や権力縛られざるえない中でただの女として見てくれたあいつに! 心の底から惹かれたのよ!!」

 私の発言に霞まで呆気にとられた表情をしているけど、構うもんですか!

「あいつが覚悟しなかった? 逃げた?! 全っ然違うわよ!

 あいつはね、人を殺す覚悟なんか最後までしたくなかったのよ! 最後まで馬鹿みたいな理想を考えて、でもそう出来ないことを理解して! 目を逸らすこともなく黄蓋の最後を見届けたのよ!!

 最後まで生きたくて、ここに居たくてどうしようもなかったくせに! それでもあいつが優先したのは自分なんかじゃなくて、今ここに在る大陸の平和だった!!

じゃなきゃ、自分が消えかかってる中でこんな書簡残せるもんですか!!」

 そう言って孫権にあの書簡を投げつける。

 そこに書かれてたのは、あいつの夢。戦の最中では誰もが笑って馬鹿にするような、絵空事だった。

 

『●月×日

 最近、どうにも体調がおかしい。

 元々、この世界に来たのもおかしいことだったんだし、もしかしたら俺はある日突然消えるかもしれないなぁ。でも、俺が消えてきっと大丈夫。俺がしてることはみんなに比べれば大したことじゃないし、警邏隊だって凪たちに任せておけば安泰だろうしな。

 だからここには、俺がもし突然消えてなくなった時、三国が平和になった時の催し物案を書こうと思う。

 華琳なら呆れるかな? 桂花なら『馬鹿だ』って鼻で笑うかもしれないけど、戦のなくなった時、居なくなっていい人なんていない。だって、俺が見てきたこの大陸に生きる人たちは、みんな凄い人ばっかりなんだ。魏だけじゃない、蜀にも、呉にも、それぞれ考え方は違っても何かを必死に守ろうとすることが出来る、そんな優しくて、心の強い人たちなんだってことを俺は知ってるんだ。

 

案一『競馬』

 馬に乗ってある距離を走る競技。それの順位を観客は予想して楽しむっていったものなんだけど、霞は勿論蜀の馬超さん、公孫賛さんとか凄そうだよなぁ。でも、馬の体調も関わってくるし、呉の人たちだって負けてないと思う。予想に関しても盛り上がるし、将だけじゃなくて民だって一緒に楽しめると思う。

 

案二『将棋大会』

 象棋(シャンチー)があるのは知ってるんだけど、これは俺が知ってる国の奴。

 とった駒を利用できるよく爺様に付き合わされたものなんだ。覚えてる限りの配置や決まりは別の書簡に書いておくから、詳しくはそれを探してほしい。

 あー、でも見たいなぁ。蜀の孔明さんや鳳統さん、陳宮さん。それに霞が言ってた賈詡さん。呉の周瑜さんや陸遜さん、呂蒙さん。そこに桂花や稟、風が一つの盤を挟んで憎みあうんじゃなくて、楽しんで競い合う姿が凄く見てみたい。数か月に一度試合をして、将だけじゃなく、民にも広めて、大会をしたらきっと楽しいんだろうなぁ。

 

案三『武闘大会』

 これはある程度の広さのところから出たら負け、相手が降参した時点で試合終了。

 武術を人を殺す(すべ)としてじゃなくて、民の娯楽にしたらどうだろう? 武将たちの人たちはそれぞれの武に誇りがあるし、戦うことが目的じゃなくて楽しむことを目的にしたらいいと思う。自己の研鑽も出来るし、武術だって一つの文化として残すべきものだと思う。

 それにみんなが大切なものを守ろうとした力が、悲しいもの、危ないものとして思われるのは俺が嫌だ。

 それから実際に戦うことも一つだけど技の正確さや型の美しさ、飛距離、それに団体で出来る競技も将棋の決まり事とかを書いた方に記しておくから、使ってほしいかな。

 俺の国にあった娯楽なんだけど、だんだんとでいいから国とか関係なく仲間になったらきっと最高なんだろうなぁ。孫策さんは人を乗せるのがうまそうだし、孫権さんは真面目そうだからこそきっといいまとめ役になってくれると思う。足が速そうな甘寧さん、発想力がありそうな馬岱さん、でも凪たちほど連携が取れるところはそうそうないだろうけどな! なんて身内贔屓の部下自慢、かな?

 

案四『料理大会』

 これはその・・・ 俺が三国の料理が食べてみたい。地域ごとに全然料理が違うだろうし、華琳と流琉、秋蘭だって同じ料理を作っても味が違ったのが凄く印象的だったから思いついた案。

 多数決で優劣を決めてもいいし、決めなくてもそうした文化の交流が出来たらもっとお互いの良い所を知ることが出来ると思うんだ。仲良くなるきっかけにもなるし、料理を教え合ったりだって出来るんじゃないかな。新しい料理も出来るかもしれないし、美味しいものを一緒に食べるってそれだけで幸せだからさ』

 

 

 あいつが残したもの、あいつがやりたかったこと、あいつが見てたものが全部ここに書いてあった。

 馬鹿みたいに他陣営の将の名前まで並んでて、仲良くなるなんて夢物語を書いて、将だけじゃなくて、民にどう参加させるかなんて書いてある。本当に馬鹿みたい。

 

 

『明日はいよいよ運命をわける戦い。あの、赤壁の戦い。

 笑われるかもしれないけど、俺は誰にも死んでほしくない。魏のみんなは勿論だけど、蜀にも、呉にも、誰一人としていなくなってほしくない。魏の将としては間違っていても、黄蓋さんのあの策も実現しなければいい。それと叶うことなら、周瑜さんに病気などないことを祈ってる。性別も、年代も、人すらも俺の知ってるものと違うから、事態が起こらなければどうなるかわからないけど起こらなければいいなぁ。

 でももしその時が来てしまった時、俺は人の死から目を逸らさない。昨日まで顔合わせた兵が死ぬ、その家族が泣く姿も何度も見てきた。その全てが明日の戦いでなくなることを願うよ。

 体調はみんなの前じゃどうにか誤魔化しているけど、俺の終わりは確実に近づいてる。結果がどうなったとしても、俺は多分この戦が終わったら消えてしまうと思う。

 嫌だなぁ、ずっとみんなと居たい。平和な大陸でみんなと笑って、過ごしたいなぁ。

 霞と羅馬行く約束もしたし、天和たちの三国統一も見たい。春蘭に追いかけ回されて、秋蘭に呆れられて、桂花に怒られながら仕事して、凪たちと過ごして、風に突っ込み入れて、稟ともっと話をして、流琉の料理を季衣と一緒に食べたい。

 みんなと、華琳とずっと一緒にいたいなぁ』

 

 最後はもはや案じゃなくて、あいつの日記のようになっていた書簡。

 進むにつれて文字も滲み、徐々に読みにくくなっていくけれど、あいつの思いが全部語られていた。

「天の歴史や妖術なんて言う馬鹿が居たみたいだけどねぇ!

 年代も、性別も、居る存在すら違うのにどうやって使えっていうのよ!? あてになんかできっこないわよ! 大体! 天の歴史に天の遣いなんて存在居ないっていうのに、同じになるわけがないじゃない!!」

 どうしてあの馬鹿が、春蘭が片目を失った時、あんな悲しげな顔をしていたのか。どうして定軍山の時、あいつがあんなにも焦っていたのかが今ならわかる。

「わけもわからないところに突然落っことされて、それでも前向いて生きて! 当たり前みたいに人と接して笑顔ふりまいて! 自分が消えるかもしれないっていうのに、その先のことを考えて・・・」

 あの日からずっと、見てみぬふりをしてきた感情が溢れ出す。何かが顔を濡らしていく。

「もうえぇって、桂花。

 あんまし使わん咽喉使うと、酸欠でぶっ倒れんで? それにほれ」

 そう言って霞が示した先には、丁寧に頭を下げた孫権がいた。

「すまなかった。

 彼のことを何も知らずに侮辱したことを、深くお詫びする」

 そう言って頭をあげた彼女の顔は涙に濡れていて、その表情から噂の一件は蜀と呉の一部の軍師の独断かもしれないことが窺えた。

「あらあら、聞いたことのないお酒に興味を惹かれて城下で遊んできたから遅れたと思ったんだけど、こんなとこ(城門)で何やってんのよ。蓮華。

 それにしても、ずいぶん面白い話してたわね? 荀彧ちゃん。

 ちなみに天の歴史じゃ、私たちはどうなってたのかしら?」

 そう言って出てきたのは呉の君主である孫策は酒瓶片手に妹の手に在る書簡を覗き見て、複雑そうな顔をした。

「知らないわよ、頑なに話すこと拒んでたもの」

「ふぅーん?

 もしかしたら天の遣いくんが居たおかげで生きてたっていう子も居たのかしらね? 冥琳に病気・・・ これは見過ごせないわね」

「なら、さっさと華佗でも呼べばいいわ。

 魏のどこかに居を構えてるって話よ。ついでに噂の一件も、アンタたちが知らないんなら調べておいてほしいもんね」

 もしその体が病気で侵されているというのなら、この一件に乗った理由も多少は説明がつくのだけど。

 孫権から書簡を受け取り、何故か笑ってる霞を睨みつけておく。

「ありがたい情報と耳が痛い言葉、ありがとねー。

 それにしても意外よね、あなたが一番天の遣いのことを嫌ってるって話だったけど。そうでもなかったのかしら?」

 見定めるような目を向けながら笑う孫策に対して、私はあいつにしていたように仁王立ちをして睨みつけた。

「えぇ、大っ嫌いだったわよ。

 誰に対しても思わせぶりな言葉は吐くし、いつもへらへら笑ってるし、華琳様を誑かそうとするあんな男はいなくなって清々してるわ。

 けどね!」

 そこで私は背を向け、城内へと向かって歩き出す。霞も察してくれたのか、私の後について来て、私が振り向くと同時に孫策へと振り向いた。

「私が恋した男は、あいつだけよ」

 初めて会ったあの時からずっとわかってて、否定し続けた想いでも。

 私はきっと無自覚に、一生分の恋をあいつにぶつけてたんだ。


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