魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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4-4 ローズの夢

 

「子供の頃からの夢なの」

 

 SAOTOME GYMの休憩スペース。

 

 昼の光が、窓から斜めに差し込んでいる。

 ジムの奥からは、ランニングマシンの低い駆動音、会員たちの小さな話し声が聞こえる。

 

 目の前にいる男は、冗談を言っているようには見えなかった。

 

 暗い赤色のロングヘアが、片目を隠し、残った片方の目は、静かにゲキを見ていた。

 

 ゲキほどの怪物じみた筋肉量ではない。

 だが、筋肉の付き方が美しい。無駄が少なく、密度が高い。

 一般の会員と並べれば、間違いなくトップクラスの肉体。

 

 …………そんな男が、真剣な顔で言ったのだ。

 

 魔法少女になりたい、と。

 

「……子供の頃から?」

 

 ゲキが聞き返す。

 

 ローズはゆっくりとうなずいた。

 

「ええ」

 

「魔法少女に、か」

 

「そうよ」

 

「いつ頃から」

 

「幼稚園の頃ね」

 

「早いな」

 

「夢って、だいたい早いものじゃない?」

 

「まあ、そうかもな」

 

 ゲキは腕を組んだ。

 

「何かきっかけがあったのか」

 

 ローズは少しだけ目を伏せた。

 長い赤髪が、頬にかかる。

 

「古いアニメがあったの」

 

「アニメ?」

 

「『()()()()()()()』っていう作品」

 

 ゲキは眉を寄せた。

 

「聞いたことはあるな」

 

「あら、本当?」

 

「エミカが小さい頃、再放送かなにかで見てた気がする」

 

「そう。それよ」

 

 ローズの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「アタシが初めて見た魔法少女。傷だらけになっても立ち上がって、笑って、みんなに言うの」

 

 ローズは懐かしむように目を細めた。

 

「『大丈夫。魔法は、諦めない心に宿るんだから』って」

 

「……いい台詞だな」

 

「でしょう?」

 

 ローズは嬉しそうに笑った。

 

「その時、思ったの。アタシも、ああなりたいって」

 

「魔法戦士美少女に?」

 

「ええ。強くて、可憐で、誰かに勇気をあげられる存在に」

 

 ゲキは黙って聞いていた。

 

 ローズの声は、いつもの華やかな調子を残している。

 けれど、その奥にあるものは軽くなかった。

 

「最初はね、ただ真似をしていただけだったわ。母のスカーフを借りて、マントにしたり。ほうきを持って、魔法の杖だって言ったり。鏡の前で変身ポーズを練習したり」

 

「子供なら、やるだろうな」

 

「問題は、そのままずっと続けたことね」

 

 ローズは自分で言って、少し笑った。

 

「小学生になっても、中学生になっても、高校生になっても、アタシはまだ魔法少女になりたかった」

 

「……ふむ」

 

「周りは当然、笑ったわ」

 

 その一言には重さがあった。

 

「男なのに、魔法少女になりたいなんておかしいって。女の子の真似をするなって。気持ち悪いって。そんな夢、叶うわけないって」

 

 ローズは水の入ったペットボトルを見つめる。

 

「子供の頃は、言い返していたわ。夢は自由でしょ、って。でも、年を重ねるほど、周りの目は変わっていった」

 

「厳しくなった」

 

「ええ。からかいだったものが、侮蔑になっていった」

 

 ゲキの拳が、わずかに固まった。

 ローズはそれに気づいたのか、ふっと笑う。

 

「あら、怒ってくれるの?」

 

「怒るだろ」

 

「優しいのね」

 

 ローズは、静かに続けた。

 

「でも、アタシは諦められなかった。だって、この世界には本当に魔法少女がいるんだもの」

 

「……そうだな」

 

「テレビの中だけじゃない。漫画の中だけじゃない。町を守って、怪物と戦って、傷ついて、それでも笑っている人達がいた」

 

 ローズの目に、強い光が宿る。

 

「可能性はゼロじゃないって思ったの」

 

「男は魔法少女になれないと、言われなかったか?」

 

「ええ、言われたわ。でも――それでもよ」

 

 ローズは胸に手を当てた。

 

「母が言ってくれたから」

 

 ゲキの目が少しだけ動く。

 ローズの声は、少し静かになった。

 

「アタシの母は、優しい人だった。体は弱かったけれど、いつも笑っていた。アタシが魔法少女になりたいって言っても、笑わなかった」

 

「馬鹿にしなかったのか」

 

「一度も」

 

 ローズは首を横に振った。

 

「母はいつも言ってくれたの」

 

 彼の声が、少しだけ震える。

 

「『()()()()()()()()()』って」

 

 ゲキは黙っていた。

 

「もちろん、子供向けの慰めだったのかもしれないわ。親が子供に言う、優しい嘘だったのかもしれない」

 

「……」

 

「でも、アタシには本物だった」

 

 ローズは長い髪を指で払った。

 

「母が亡くなる前にも、同じことを言ってくれたの」

 

 ローズは微笑んだ。

 その笑みは、少し寂しかった。

 

「『夢は叶う。だから、あなたはあなたのままでいなさい』って」

 

 ゲキは何も言わなかった。

 いや、言えなかった。

 それは、茶化していい話ではない。

 

 目の前の男が、どれだけ長くその言葉を抱えてきたのか。

 その重さだけは、ゲキにも分かった。

 

「だから、アタシは頑張ったわ」

 

 ローズは顔を上げた。

 

「まず山に籠って体を鍛えた」

 

「そこに行くのか」

 

「当然よ。魔法少女は戦うもの」

 

「魔法の練習とかじゃなく?」

 

「魔法は使えなかったもの」

 

「それもそうだったな……まずは筋トレからか」

 

「ええ」

 

 ローズは真顔だった。

 

「魔法が使えないなら、せめて体だけでも鍛えるしかないでしょう?」

 

「理屈は分かる」

 

「でしょう?」

 

「俺も似たようなものだからな」

 

「あら、やっぱり分かってくれるのね」

 

 ローズは少し嬉しそうに笑った。

 

「走り、跳び、ひたすら体を鍛えたわ。もちろん、ポーズも練習した」

 

「最後だけ方向が違わないか?」

 

「大事なことよ」

 

「大事なのか?」

 

「魔法少女は、立ち姿が命なの」

 

「……まぁ、分からなくもないか」

 

 その勢いに、ゲキは少し押された。

 

「でも、体を鍛えれば鍛えるほど、周りはまた笑ったわ。魔法少女になりたいと言っているのに、どんどん筋肉が増えていく」

 

「……」

 

「でもね、アタシは本気だった」

 

「ああ」

 

「本気で、いつか魔法少女になれると思っていた。いつか、アタシだけの変身アイテムが現れるんじゃないかって。いつか、精霊が迎えに来てくれるんじゃないかって」

 

 でも――。

 

「――来なかったわ」

 

 休憩スペースに、少しだけ沈黙が落ちた。

 ジムの奥から、誰かがダンベルを置く音が聞こえた。

 

 現実の音だ。

 

 ローズはその音を聞きながら、淡く笑った。

 

「それでも、しばらくは待っていたの。三十になっても、まだ心のどこかで待っていた」

 

「……根性あるな」

 

「夢だもの」

 

 ローズはそう言って、胸に手を当てた。

 

「でも、さすがに最近は思っていたわ。もう無理なのかもしれないって」

 

 ゲキは、静かにローズを見る。

 

「男だから、年齢的にも、今さらだから。夢は夢のまま、綺麗にしまっておくべきなのかもしれないって」

 

「……」

 

「この体も、ただの自己満足なのかもしれない。どれだけ鍛えても、魔法少女にはなれない。綺麗な衣装をまとって、誰かに勇気を与えることなんてできない」

 

 ローズは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「そう思い始めていた時だった」

 

「……()()()()

 

「ええ」

 

 ローズの目が、まっすぐゲキを射抜いた。

 

「あなたを見た」

 

 ゲキは少しだけ居心地悪そうに、腕を組み直した。

 

「あの動画か」

 

「ええ、あの動画よ」

 

 ローズの声に、熱が戻る。

 

「白とピンクの衣装。ハート。リボン。だけど、どう見ても成人男性。しかも、とんでもない筋肉」

 

「改めて聞くと、かなり変だな」

 

「いいえ、変じゃないわ」

 

 ローズは即答した。

 

「衝撃だった」

 

「まぁ、だろうな」

 

「希望だったの」

 

 ゲキは黙った。

 

「男でも、魔法少女になれる」

 

 ローズは言った。

 

「それを、あなたが証明してくれた」

 

「俺は……たまたまだ」

 

「たまたまでも、奇跡でも、何でもいいわ」

 

 ローズは身を乗り出した。

 

「アタシには、もう一度夢を見る理由になった」

 

 その言葉に、ゲキは返せなかった。

 

 ローズは冗談のような人物だ。

 

 声も、仕草も、言い方も、派手で濃い。

 だが、その奥にある夢は本物だった。

 

 幼い頃から笑われても、否定されても、母の言葉を胸に、鍛え続けた。

 

 魔法が使えないなら体を鍛える。

 精霊が来ないなら待ちながら鍛える。

 夢が叶わないかもしれないと思っても、それでも鍛える。

 

 ゲキは、思わずため息をついた。

 

「凄いな」

 

「え?」

 

「夢だけで、そこまで体を作ったのか」

 

 ローズは一瞬、きょとんとした。

 それから、少し照れたように笑った。

 

「褒めてくれるの?」

 

「ああ」

 

 ゲキは素直にうなずいた。

 

「普通は続かない。筋トレなんざ、きついし地味な道だ。成果もすぐには出ない。まして、叶うかどうか分からない夢のために何年も続けるなんて、簡単じゃない」

 

「……」

 

「大したもんだ」

 

 ローズの残った片目が、わずかに潤んだ。

 

 しかしすぐに、彼は髪を払って笑う。

 

「あらやだ。そんな真っすぐ褒められると、アタシ照れちゃうわ」

 

「照れてるようには見えないな」

 

「照れてるのよ。内側で。乙女心は複雑なの」

 

「……そうか」

 

 ゲキは深く追及しなかった。

 少し間を置いて、彼は問いかける。

 

「だが、ローズ」

 

「何かしら」

 

「あんたは、普通に戦うだけじゃ駄目なのか」

 

 ローズの動きが止まった。

 ゲキは続ける。

 

「確かにあんたの体は強い。身体能力も高い。戦う覚悟もある。なら、魔法少女じゃなくても、人を守る道はあるだろ」

 

「……」

 

「警察でも、防衛隊でも、C.H.A.R.M.の一般協力者でもいい。戦い方は一つじゃないだろ?」

 

 ゲキの声は、責めるものではなかった。

 現実的な確認だった。

 

 守りたいだけなら、いろいろな道がある。

 だからこそ、ゲキは聞いた。

 

 魔法少女でなければならない理由を。

 

 ローズは少しだけ目を伏せた。

 そして、静かに答えた。

 

「それだと、()()()()()()

 

「愛嬌?」

 

「ええ」

 

 ゲキは眉を寄せた。

 

「戦うのに愛嬌がいるのか」

 

「いるわ」

 

 ローズは即答した。

 

「魔法少女には、いるの」

 

「強ければいいわけじゃないのか」

 

「強いだけなら、兵器でいいでしょう?」

 

 その言葉に、ゲキは黙った。

 ローズは続ける。

 

「魔法少女は、ただ敵を倒すだけの存在じゃないわ」

 

「……」

 

「怖くて、苦しくて、逃げ出したくなるような時に現れて、笑ってくれる。大丈夫だって思わせてくれる。可憐で、華やかで、見ただけで心が少し軽くなる」

 

 ローズの声が、穏やかに熱を帯びていく。

 

「その姿に、子供たちは憧れる。大人たちは安心する。泣いていた誰かが、もう一度立ち上がれる」

 

 ゲキは、エミカのことを思い出した。

 

 ――フラワーメイデンとして戦っていた娘の姿。

 

 傷だらけでも、町を守ろうとした背中。

 応援する人々。

 その声で力を得る魔法少女。

 

「魔法少女は、強さだけでは駄目」

 

 ローズは言った。

 

「可憐でなくてはいけないの」

 

「なるほど……可憐、か」

 

「ええ」

 

「なら、俺もか?」

 

 ゲキが自分を指差す。

 ローズは真剣な顔でうなずいた。

 

「もちろんよ」

 

「……そうか」

 

「あなたは、とても可憐だったわ」

 

「ピンクの衣装を着た四十代の男だぞ」

 

「だからこそよ」

 

「だからこそ?」

 

「誰かを守るために、恥も外聞もなく立つ。その姿は、とても可憐だった」

 

 ゲキは返す言葉に困った。

 どう受け取ればいいのか分からなかった。

 

 普通に褒められているような気もする。

 だが、可憐と言われると、どうにも落ち着かない。

 

「……エミカが聞いたら頭を抱えるな」

 

「娘さん?」

 

「俺の娘だ」

 

「フラワーメイデンね」

 

 ゲキの目が鋭くなる。

 ローズはすぐに片手を上げた。

 

「ああ、ごめんなさい。そこも言いふらすつもりはないわ」

 

「……どこまで分かってる」

 

「ゲキ・マキシマムが、フラワーメイデンを守るために現れたことくらいよ。動画とニュースを見れば、そこまでは推測できるわ」

 

「推測でそこまで分かるとは」

 

「筋肉と愛があれば、だいたい分かるの」

 

「筋肉万能説を唱えるな」

 

「ものすごく便利なのよ」

 

 ゲキは頭を押さえた。

 目の前の男は、真剣なのかふざけているのか分からない。

 

 ……いや、違う。

 

 真剣だからこそ、言い方が濃いのだ。

 

「とにかく」

 

 ゲキは話を戻した。

 

「あんたの夢は分かった」

 

「本当?」

 

「ああ。少なくとも、軽い気持ちじゃないことは分かった」

 

 ローズの表情が少しだけ明るくなる。

 

「なら」

 

「——だが、俺には判断できない」

 

 ローズの顔が止まった。

 ゲキは続ける。

 

「俺は魔法少女になった。だが、なぜなれたのか、ちゃんと説明できるわけじゃない。俺自身、例外みたいなものだ」

 

「……」

 

「変身も、魔力回路も、精霊界の理屈も、俺はまだ分かってない。そういう話はミププがいないと無理だ」

 

 ゲキは辺りを見回した。

 当然、ミププの姿はない。

 

 小さな精霊は、今日はエミカの様子が気になると言って、こっそり学校の方へ向かっていた。

 

 ゲキは止めた。

 だが、ミププは「エミカが無茶しないか見張るだけミプ」と言って飛んでいった。

 今ごろ、私立ウィエーテル学院のどこかで、こっそりエミカを見守っているはずだった。

 

「ミププ……?」

 

 ローズが首を傾げる。

 

「精霊だ」

 

「精霊!」

 

 ローズの声が一気に華やいだ。

 

「本当にいるのね! 小さくて可愛くて、語尾が特徴的だったりするのかしら!」

 

「たしかに語尾は特徴的だな」

 

「会いたいわ!」

 

「今はいない」

 

「残念……」

 

 ローズは本気で残念そうだった。

 ゲキはため息をつく。

 

「そのミププがいない以上、今ここで答えは出せない」

 

「……そう」

 

「それに、昼間のジムで話す内容でもない」

 

 ゲキは、少しだけ声を低くした。

 

「魔法少女になるってことは、戦うってことだ。敵に狙われるってことだ。最悪、死ぬかもしれねえ」

 

 ローズは黙って聞いていた。

 

「夢だけで踏み込んでいい場所じゃない」

 

「……夢だけじゃ、駄目?」

 

「いや、夢は大事だ。そこは否定しない」

 

 ゲキはすぐに言った。

 

「だが、夢だけで誰かを戦場に立たせるわけにはいかない」

 

 ローズの目が、静かに揺れる。

 

 ゲキは真っすぐ見返した。

 

「あんたが本気だからこそ、俺も軽く答えられない」

 

「……」

 

「夜、もう一度ジムに来い」

 

 ローズが顔を上げる。

 

「夜?」

 

「ああ。人が少なくなってからだ。ミププも呼ぶ。ちゃんと話す」

 

「それは……面接かしら?」

 

「近いかもな」

 

「試験?」

 

「それもあるかもしれない」

 

「可憐さの確認?」

 

「そこは俺には分からん」

 

「大事なのに……」

 

「だからミププを呼ぶ」

 

 ローズは少し黙った。

 そして、胸に手を当てる。

 

「分かったわ」

 

 その声は、真剣だった。

 

「夜、来る」

 

「ああ」

 

「アタシ、しつこいわよ」

 

「見れば分かる」

 

「あら、どういう意味?」

 

「夢だけでそこまで鍛えた奴が、簡単に諦めるわけないって意味だ」

 

 ローズは、一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして、ふっと笑った。

 

「本当に、褒め上手ね」

 

 ローズは立ち上がった。

 

 長い赤髪が、肩から流れる。

 

 奇妙な男だ。

 

 だが、弱い男ではない。

 

 夢だけで体を鍛え上げた男。

 今夜のSAOTOME GYMは、きっと、妙なことになる。

 そしてその予感は、だいたい当たる。

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