魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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4-5 暴走寸前の悪魔

 

 雨玻町の路地裏。

 そこは、夕方でも人通りのない場所だった。

 

 古い雑居ビルの裏手。錆びた室外機と積まれた段ボール。誰かが置き忘れたビニール傘。そして、いつからあるのか分からない自動販売機。

 

 ……そんな薄暗い路地の奥で、二人の悪党が座り込んでいた。

 

 デビデヴィ・クライシス先行部隊隊長、タカワラーイ婦人。

 そして悪魔兵器開発者、イタヴリ博士。

 

 二人は並んで、地面に体育座りをしていた。

 悪の幹部としては、かなり情けない姿。

 

「……終わりですわ」

 

 タカワラーイ婦人が、ぽつりと呟く。

 

 いつもの高笑いもない。扇子を広げる気力もない。

 銀髪縦ロールにも、どこか元気がない。

 

「終わりですね」

 

 イタヴリ博士も、力なく頷いた。

 白衣はすすけ、眼鏡は少しずれている。

 手には、半額シールの貼られた惣菜パンが握られていた。

 

「報告……しますの?」

 

「したら終わりますね」

 

「しなくても終わりますわ」

 

「では、報告しないまま終わりを先延ばしにするというのは?」

 

「現実逃避ですわよ」

 

「悪の組織には必要な技術です」

 

「小悪党ですわね」

 

 二人は同時にため息をついた。

 

 作戦は大失敗した。

 

 デヴィ・リグを失い、支援も削られ、残り少ない軍資金をつぎ込んだ新型デビガノイドも倒された。

 

 それだけではない。

 

 デモンコアにした少年も、ゲキ・マキシマムに浄化されてしまった。

 

 つまり、成果がない。何もない。

 あるのは損害と敗北の事実だけ。

 

「イヴィト副大隊長に報告したら……」

 

 博士が震える。

 

「どうなりますかね」

 

「首チョンパ……ですわ」

 

「ああ、やっぱり」

 

「確実に支援を切られますわ」

 

「支援だけで済みます?」

 

「いいえ、絶対済まないでしょうね」

 

「ですよねえ……」

 

 博士は惣菜パンを見つめた。

 

「婦人。最後の晩餐が半額惣菜パンというのは、さすがに寂しすぎませんか」

 

「わたくしに言わないでくださる? そもそも軍資金をすべて悪魔兵器につぎ込んだのは誰ですの」

 

「婦人です」

 

「ええ、その通り、わたくしですわ」

 

「潔い婦人!?」

 

「ただし、それを浪費したのはあなたですわ」

 

 婦人の目が細くなる。

 博士が顔を上げた。

 

「ろ、浪費ではありません。研究開発です」

 

「で、結果は?」

 

「芸術的でした」

 

「せ・い・か・は?」

 

「……惨敗です」

 

「なら浪費ですわ」

 

「婦人、それは科学者に言ってはいけない言葉です」

 

「では言わせていただきますわ。あなたの悪魔兵器が駄目だったのです」

 

「な、何ですって!?」

 

 イタヴリ博士は立ち上がった。

 

「僕の設計は完璧でした! 廃工場の限られた材料と軍資金から考えれば、あれは奇跡の出来です!」

 

「奇跡の出来なら、なぜ負けましたの? 対ゲキ・マキシマムのデビガノイドではなかったの? 思いっきりパワー負けしていましたわ」

 

「で、デモンコアが悪かったんです!」

 

「デモンコアのせいにしますの!?」

 

「そうです! あの少年の負の感情は根性が足りなかった!」

 

「人間素材に根性論を持ち込まないでくださる!?」

 

「デモンコアの質が悪かった!」

 

「上質なデモンコアだと評価していましたよね、あなた!?」

 

 タカワラーイ婦人も、ゆっくりと立ち上る。

 イタヴリ博士も負けじと白衣を払う。

 

「そもそも、婦人がもっと悪魔空間を濃く展開できていれば、ゲキ・マキシマムもあれほど自由に動けなかったはずです!」

 

「デヴィ・リグがないのですから仕方ありませんわ!」

 

「デヴィ・リグを壊されたのは婦人でしょう!」

 

「あ・な・た・もデヴィ・リグを壊されているでしょ!?」

 

「僕のは、不慮の事故です!」

 

「なら、わたくしのも事故ですわ!」

 

「婦人のは殴られて壊れたんです!」

 

「あなたのも殴られて壊れたでしょう! この()()()()()!」

 

「なにを……()()()!」

 

()湿()()()()()()!」

 

()()()()()()()()()

 

 婦人の拳が飛ぶ。

 

「由緒正しきタカワラーイ家の正装を侮辱するなんて……引っ叩きますわよ」

 

「引っ叩くというか……殴られたんだけど」

 

 目元に痣ができる博士。

 

「あら、まだ足りないのかしら」

 

「ぼ、暴力はいけない!」

 

 次の瞬間。

 同時に肩を落とした。

 

「……言い争っても、デヴィ・リグは戻りませんわ」

 

「ええ。軍資金も戻りません」

 

「本部の信用も」

 

「生活費も」

 

「副大隊長の機嫌も」

 

「僕の研究予算も」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 博士がそっと手を上げた。

 

「婦人」

 

「何ですの」

 

「泣いてもいいですか」

 

「三秒だけ許しますわ」

 

「短い」

 

「悪の幹部が路地裏で泣くなど、三秒が限界です」

 

「では、三秒で泣きます」

 

 博士が口を開きかけた。

 その時だった。

 

「——姫様」

 

 低い声が響いた。

 

 タカワラーイ婦人とイタヴリ博士が、同時に振り返る。

 

 路地の奥。影の中に、変わった人影が立っていた。

 

 丸い頭部と猫のような耳。

 着ぐるみじみた愛嬌のある輪郭。

 

 だが、その体には古めかしい日本甲冑が装着されている。

 

 腰には刀。

 

 そして、腕の中には、赤く脈打つ球体。

 

 デモンコア。

 

 イタヴリ博士が目を剥いた。

 

「な、な、な……!」

 

 タカワラーイ婦人も驚愕に目を見開く。

 

「ユーギ!?」

 

 猫武者は、静かに片膝をついた。

 

「御意。ユーギ・ザムライ・ニャンタ、ただいま参上つかまつった」

 

 その見た目に似合わない、恐ろしく渋い声だった。

 博士は震える指でユーギを指した。

 

「婦人! 何ですかこの渋い声の猫武者は!」

 

「わたくしの可愛いペット兼配下ですわ」

 

「ペットの情報量が多すぎる!」

 

「何か問題が?」

 

「ペットが甲冑を着て刀を差して渋い声で喋ってます!」

 

「可愛いでしょう?」

 

「可愛いと違和感が喧嘩しています!」

 

 ユーギは静かに顔を上げた。

 

「博士殿。拙者、怪しい者ではござらぬ」

 

「怪しい者はだいたいそう言います!」

 

「姫様の忠臣でござる」

 

「ペットでは!?」

 

「ペット兼忠臣でござる」

 

「兼業にも限度!」

 

 タカワラーイ婦人は一歩前に出た。

 

「ユーギ、あなた、なぜシータアースにいますの?」

 

「姫様の失敗を耳にし、心配になったゆえ」

 

「あなた、本来は別世界の侵略任務を任されていたはずですわね?」

 

「然り」

 

「その任務は?」

 

「抜け出したでござる」

 

「抜け出したのですか!?」

 

「姫様の危機とあらば、任務の一つや二つ」

 

「一つや二つで済む話ではありませんわ!」

 

 婦人は額に手を当てた。

 

 頭痛がする。

 

 だが、彼女の視線はすぐにユーギの腕の中へ向かった。

 

 赤い球体。

 

 それは、前回の戦闘でゲキ・マキシマムに浄化されたはずの少年のデモンコアだった。

 

「それは……」

 

「病院より回収して参った」

 

 ユーギは淡々と言った。

 

「再びデモンコアへ変換したでござる。浄化は不完全でござった。悪魔エネルギーの残滓が心の奥に残っていたゆえ、再び形を戻すことは難しくなかった」

 

 イタヴリ博士が息を呑む。

 

「デヴィ・リグなしで?」

 

「うむ」

 

「悪魔エネルギーを直接扱ったんですか?」

 

「多少の心得はあるゆえ」

 

「多少!?」

 

 博士は目を輝かせた。

 

「婦人、今の聞きました!? デヴィ・リグなしでデモンコアの再変換ですよ! これ、研究対象としては非常に――」

 

「黙りなさい、博士」

 

「はい」

 

「ユーギは()()()()()()です」

 

 タカワラーイ婦人は、ユーギを見つめた。

 

 そして、静かに言う。

 

「ユーギ」

 

「はっ」

 

「見事ですわ」

 

 ユーギの耳が、ぴくりと動いた。

 

「悪魔エネルギーを扱い、浄化されかけたデモンコアを再変換する。わたくしにも、今の状態では難しい芸当です」

 

 婦人は扇子を広げた。

 

「素直に褒めますわ。よくやりました」

 

 ユーギは深く頭を下げた。

 

「ありがたき幸せ」

 

「ただし」

 

 婦人の声が冷たくなる。

 

「任務を抜け出して来た件は褒めませんわ」

 

「む」

 

「そして、これ以上余計なことをしていないでしょうね?」

 

 ユーギは少しだけ沈黙した。

 

 タカワラーイ婦人の目が細くなる。

 

「ユーギ?」

 

「姫様」

 

「何ですの」

 

「もう一つ、持参したものがござる」

 

 ユーギが手を上げる。

 

 路地裏の地面に、黒い魔法陣が浮かんだ。

 そこから、大きな黒い棺のようなものがせり上がってくる。

 

 ——金属製の格納ケース。

 

 表面には、デビデヴィ・クライシス本部の紋章。

 そして、赤い文字で刻まれた型番。

 

 ——D-15。

 

 それを見た瞬間、タカワラーイ婦人とイタヴリ博士の顔から血の気が引いた。

 

「……ゆ、ユーギ」

 

「はっ」

 

「これは何ですの」

 

「本部最新鋭悪魔兵器、D-15デビガノイド——『エリゴス』でござる」

 

「な、なぜ、それがここにありますの」

 

「別世界侵攻時に使用する予定だった物を、持ってきたでござる」

 

「使用の許可は」

 

「ないでござる」

 

 沈黙。

 

 イタヴリ博士が、ゆっくりと後ずさった。

 

「あの、婦人。僕、今とても帰りたいです」

 

「どこへですの」

 

「過去へ」

 

「わたくしもですわ」

 

 タカワラーイ婦人は扇子を震わせた。

 

「無許可!? 本部の最新鋭を!? 別世界の侵略任務中に!? シータアースへ!?」

 

「然り、たまたま近くにあった故、失敬いたしました」

 

「失敬いたしました……ではありませんわ!」

 

「姫様、落ち着かれよ」

 

「落ち着ける要素が一つもありませんわ!」

 

 博士はケースの周りをうろうろしながら、青ざめた顔で笑っていた。

 

「D-15……本部製の最新鋭機。噂だけは聞いていました。高効率デモンコア接続機構、自律戦闘制御、悪魔槍装備、疑似人格抑制システム……ああ、分解したい」

 

「博士。分解は無しですわ」

 

「はい」

 

 博士は悔しそうに拳を握った。

 

「本部最新鋭が目の前にあるのに、分解できないなんて……科学者への拷問です」

 

「無許可で持ってきた時点で、我々全員への究極の拷問が始まっていますわ」

 

 ユーギは首を傾げる。

 

「姫様。案ずることはござらぬ」

 

「大いに案じますでござりますわ」

 

「エリゴスを用いてシータアースを落とせば、すべて武功で帳消しとなるでござる」

 

「――落とせなかった場合は?」

 

「腹を切るのみ」

 

「切る腹が足りませんわ!」

 

「拙者の腹も添えるでござる」

 

「そういう問題ではありません!」

 

 タカワラーイ婦人は頭を抱えた。

 

 だが、現実は変わらない。

 

 報告すれば終わり。

 

 逃げても終わり。

 

 何もしなくても終わり。

 

 そして目の前には、デモンコアと本部最新鋭の悪魔兵器がある。

 

 禁断の選択肢。

 

 だが、勝てばすべてがひっくり返る可能性もある。

 

 婦人は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……使()()()()

 

 博士が振り返る。

 

「本気ですか、婦人」

 

「本気ですわ」

 

「無許可ですよ」

 

「ええ、承知しています」

 

「失敗したらチョンパですよ」

 

「十分承知しています」

 

「成功すれば?」

 

「本部への報告はこう——」

 

 婦人は扇子を広げ、悪の女幹部としての顔を取り戻した。

 

「——現地判断により、緊急戦力としてD-15デビガノイドを投入。結果、シータアース侵略に大きく貢献した。以上ですわ」

 

「か、かなり強引ですね」

 

「勝てば通ります」

 

「負けたら?」

 

「どっちにしろ後がありませんわ」

 

 ユーギは満足そうに頷いた。

 

「さすが姫様。豪胆でござる」

 

「あなたのせいで豪胆になるしかないの!」

 

 博士が格納ケースに手を伸ばす。

 

「起動準備をします。婦人、デモンコアを」

 

「ユーギ」

 

「はっ」

 

 ユーギは、抱えていたデモンコアを博士へ渡す。

 

 博士はそれを慎重に受け取った。

 

 赤く脈打つ球体。

 

 中から、かすかな声が漏れる。

 

()()()()()()

 

 タカワラーイ婦人が眉をひそめる。

 

「まだ、人格が残っていますの?」

 

「残っているというより、かなり表に出ていますね」

 

 博士は興味深そうにデモンコアを見つめた。

 

「前回の浄化で、悪魔エネルギーが一部剥がれた。その結果、核になっていた少年の感情がむしろ露出しているのかもしれません」

 

「危険では?」

 

「ええ、危険です。でも強いです。負の感情の密度は前回以上です」

 

 デモンコアの中で、声が強くなる。

 

『俺は……下じゃない……』

 

『誰も……俺を笑うな……』

 

『俺は、弱くない……!』

 

 博士は顔を引きつらせながらも笑った。

 

「これは……いい素材です。ただし、制御は少し難しそうですね」

 

「正直なのは結構ですが、不安にさせないでくださいまし」

 

 格納ケースが開く。

 中から現れたのは、人型の悪魔兵器だった。

 これまでイタヴリ博士が作ってきたデビガノイドとは、まったく違う。

 

 重機のような粗さはない。廃工場の鉄くずを無理やり組み上げたような歪さもない。

 

 黒い装甲は滑らかで、関節部には赤い光が走っている。

 

 人間に近いシルエット。アンドロイドめいた無機質な顔。

 

 背中には折りたたまれた悪魔の翼のようなフレーム。

 

 右手には、禍々しい黒い槍が固定されていた。

 

「……これが、D-15デビガノイド『エリゴス』」

 

 タカワラーイ婦人が息を呑む。

 

 博士は悔しそうに唇を噛んだ。

 

「認めたくありませんが……美しい設計です」

 

「あなたの悪趣味悪魔兵器とは全然違いますわね」

 

「婦人、それは言い過ぎです」

 

「事実ですもの」

 

「僕の兵器には芸術性があります!」

 

「下品さの間違いでは?」

 

「婦人!」

 

 ユーギはエリゴスの前に立ち、静かに頭を下げた。

 

「これほどの兵器であれば、姫様の敵を討てるでござる」

 

「討つだけでは駄目ですわ」

 

 婦人はエリゴスを見上げる。

 

「シータアースを落とす。そのための成果を出すのです」

 

「では、接続します」

 

 博士がエリゴスの胸部装甲を開く。

 

 そこには、デモンコアを埋め込むためのスロットがあった。

 

 博士は手を止め、深呼吸した。

 

「本部最新鋭悪魔兵器D-15デビガノイド。高効率デモンコア接続、開始」

 

 赤い球体が、胸部スロットへ収まる。

 

 次の瞬間、エリゴスの全身に赤い光が走った。

 

 機械音。魔力の唸り。

 

『D-15エリゴス、起動』

 

 無機質な声が響いた。

 

 婦人と博士は身構える。

 

『侵略対象、シータアース』

 

『作戦目的、制圧』

 

『デモンコア接続率、九十二パーセント』

 

 博士の目が輝いた。

 

「九十二!? 僕のデビガノイドではそこまで――」

 

 次の瞬間。

 

 エリゴスの目の赤い光が、激しく揺れた。

 

『……見下すな』

 

 声が変わった。

 

 機械音に、少年の怒りが混ざる。

 

『俺を……下に見るな……』

 

 エリゴスの右手が震える。

 

 禍々しい槍が、壁に突き刺さり、路地裏のコンクリートが砕ける。

 

「ひっ!」

 

 博士が飛び退いた。

 

「は、博士、これは?」

 

「接続効率が高すぎます!」

 

「どういうことですの!」

 

「デモンコアの元人格が、制御系に干渉しています!」

 

「つまり?」

 

「すごく強いです!」

 

「それは結構!」

 

「でも、すごく言うことを聞きません!」

 

「全然結構ではありませんわ!?」

 

 エリゴスが一歩踏み出す。

 

 地面にひびが入る。

 

『俺は……弱くない……』

 

『誰も……俺を笑うな……!』

 

『俺を……舐めるなァ!』

 

 赤い悪魔エネルギーが噴き上がる。

 

 エリゴスの槍が振るわれ、路地裏の自動販売機が真っ二つに裂けた。

 

 缶ジュースが派手に飛び散り、婦人が扇子で顔を庇う。

 

「ちょっと! 暴れるのは敵の前にしてくださる!?」

 

「婦人、現在制御不能一歩手前です!」

 

「本部の最新鋭でしょう!?」

 

「最新鋭だからです! 素材の感情を高効率で拾いすぎています!」

 

「欠陥品ではありませんの!?」

 

「多分、仕様です!」

 

「本部の仕様、信用なりませんわ!」

 

 ユーギは刀の柄に手を置いた。

 

「姫様、必要ならば拙者が抑えるでござる」

 

「壊してはなりませんわよ! 無許可で持ってきた最新鋭ですのよ!?」

 

「では、半壊までに」

 

「半壊も駄目です!」

 

 エリゴスの胸でデモンコアが脈打つ。

 

 少年の声が、さらに濃くなる。

 

『俺は上だ……』

 

『俺が……一番……』

 

『誰も……俺を……』

 

 その声を聞いて、タカワラーイ婦人の表情が変わった。

 

 怒りではない。苛立ちでもない。

 

 それは、悪の女幹部としての冷静な観察だった。

 

「博士」

 

「はい!」

 

「このデモンコア、以前より力は増していますわね」

 

「はい。人格の露出が強い分、出力も上がっています」

 

「制御する方法は?」

 

「通常運用は厳しいですが、感情の方向性を誘導できれば使えます。彼の核は“舐められたくない”です。見下されたくない。上でいたい。馬鹿にされたくない。その感情に火をつければ、敵に向かって暴走します」

 

「やはり……つまり、ゲキ・マキシマムを挑発材料にすればいいのですわね」

 

 博士はにやりと笑った。

 

「さすが婦人」

 

 婦人はエリゴスを見上げる。

 赤い光を放つアンドロイド。最新鋭の悪魔兵器。

 だが、その中で暴れているのは、一人の未熟な少年の歪んだ自尊心だった。

 

「いいでしょう」

 

 タカワラーイ婦人は扇子を閉じた。

 

「D-15エリゴス。聞こえますわね」

 

 エリゴスの顔が、ゆっくりと婦人へ向く。

 

『……命令を、入力』

 

「——あなたを見下した者がいます」

 

 エリゴスの赤い目が強く光る。

 

『見下した……?』

 

「ええ。あなたを倒し、あなたを地面に転がし、あなたを弱者として扱った者」

 

 婦人は口元を歪めた。

 

「その名は——魔法少女ゲキ・マキシマム」

 

『ゲキ……マキシマム……』

 

 槍が震える。

 

『俺を……倒した……』

 

『俺を……見下した……』

 

『許さない……』

 

「そうですわ」

 

 婦人の声は甘く、冷たい。

 

「ならば証明なさい。あなたが弱くないことを。誰にも舐められない存在だということを」

 

『証明……する……』

 

「シータアースを恐怖で満たしなさい。ゲキ・マキシマムを引きずり出し、叩き潰すのです」

 

『叩き……潰す……』

 

 エリゴスの全身から、黒い霧が噴き出す。

 

 制御不能寸前だった悪魔エネルギーが、ひとつの方向へ向き始めた。

 

 博士が安堵と興奮の混じった声を上げる。

 

「いける……! 危険ですが、いけます! 暴走寸前の出力を、敵に向ければ最強の兵器として成立します!」

 

 ユーギが深く頷く。

 

「姫様の采配、見事でござる」

 

「ユーギ」

 

「はっ」

 

「今回の件、成功すればあなたの無断持ち出しも目をつぶります」

 

「ありがたき幸せ」

 

 エリゴスが槍を構える。

 

 ……その動きは滑らかだった。

 

 これまでのデビガノイドとは違う。

 重さで押し潰すのではない。

 速度と精密さ、そして殺意。

 

 デモンコアから溢れる歪んだ感情。

 

『ゲキ……マキシマム……』

 

『俺を……笑うな……』

 

『俺は……弱くない……!』

 

 エリゴスの背中のフレームが展開する。

 

 赤黒い光が翼のように広がった。

 路地裏の空が、紫に歪む。

 小さな悪魔空間が、じわじわと形成されていく。

 タカワラーイ婦人は震える扇子を握りしめた。

 

 恐怖もある。

 

 だが、それ以上に、ここで勝つしかないという覚悟があった。

 

「……もう、後戻りはできませんわね」

 

 イタヴリ博士が青ざめた顔で笑う。

 

「ええ。成功すれば大勝利。失敗すれば我々はチョンパです」

 

 ユーギ・ザムライ・ニャンタは、渋い声で静かに言った。

 

「ならば、勝つのみ」

 

 エリゴスの槍が、紫の光を帯びる。

 

 機械の声と、少年の怒りが重なった。

 

『作戦開始』

 

『俺を……舐めるなァァァァァ!』

 

 路地裏に、悪魔の咆哮が響いた。

 




仕事中の合間に執筆したほうが筆が乗るのよ。
で、家に帰って時間ができると何故か筆が止ま
る。

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