魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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4-6 無理ミプ

 

 夜のSAOTOME GYMは、昼間とは別の顔をしている。

 

 会員たちの声やマシンの音で賑わっていたジムも、夜更けになると、どこか静かだ。

 

 本来24時間営業だが、臨時休業の札を立てている。

 照明は必要最低限に落とし、ランニングマシンのモニターだけがぼんやりと光る。

 

 受付カウンターには、ゲキ。

 その向かいには、井原壮吉――ローズ。

 そしてカウンターの上には、小さな精霊ミププがいた。

 

 ローズは昼間と同じように、タンクトップとジャージ姿。だが、今のローズは昼間ほど華やかではない。

 いつもの艶のある笑みは薄く、真剣にミププを見つめている。

 

 ゲキは腕を組み、短く言った。

 

「話はした通りだ。ローズは魔法少女になりたいらしい」

 

「ええ」

 

 ローズは胸に手を当てる。

 

「アタシ、本気よ」

 

 ミププはローズをじっと見た。

 

 ……見た。かなり見た。

 

 頭の先から足元まで、何度も見た。

 そして、即答した。

 

()()()()

 

 真夜中のジムに、あまりにも早い判決が響いた。

 ローズは瞬きをした。

 ゲキも眉を動かした。

 

「ふむ……早いな」

 

「考えるまでもないミプ」

 

 ミププは両手を腰に当てる。

 

「無理なものは無理ミプ」

 

「そこまで即答しなくてもいいだろ」

 

「ゲキは黙ってるミプ。そもそもゲキがややこしい前例を作ったせいで、話が面倒になってるミプ」

 

 ミププはびしっとゲキを指差した。

 

「魔法少女は本来、適性のある女の子が精霊と契約して変身するものミプ。魔力回路の形、精神波形、精霊との同期率、全部が大事ミプ」

 

「それは前にも聞いた」

 

「何度でも言うミプ。男性には、基本的に魔法少女用の魔力回路が発現しないミプ。だから魔法少女にはなれないミプ」

 

 ミププは今度はローズを見た。

 

「……ローズの気持ちは分かったミプ。でも、気持ちだけでどうにかなる話じゃないミプ」

 

「……そう」

 

 ローズは小さく頷いた。

 

 その反応は、ゲキが思っていたよりずっと静かだった。

 

 もっと食い下がると思っていた。

 華やかな言葉で、熱く夢を語るのだと思っていた。

 

 だが、ローズはただ少しだけ目を伏せた。

 

 長い赤髪が、片目をさらに深く隠す。

 

「ゲキは、なんで魔法少女になれたの?」

 

 ローズが静かに尋ねる。

 

「ゲキは例外中の例外ミプ」

 

 ミププが即座に答える。

 

「正規の魔法少女とはかなり違うミプ。ゲキの体に魔力回路があるわけじゃない。コスチュームとメイクアップ・リグが、無理やり魔力回路の代わりをしているみたいな状態ミプ。詳しいことはまだ分からないけど、普通ならありえないミプ」

 

 ミププは少しだけ苦い顔をした。

 

「メイクアップ・リグがゲキの覚悟に反応した。エミカを守りたい、町を守りたいって気持ちに応えた。それはミププも認めるミプ」

 

「なら、アタシも――」

 

「だからって、誰でもなれるわけじゃないミプ!」

 

 ミププの声が強くなった。

 ジムの空気が、少しだけ張り詰める。

 

「ゲキは本当に異常ミプ。普通じゃないミプ。あんなのが何人も出てきたら、精霊界の常識が崩れるミプ」

 

「……」

 

「それに、危険ミプ。魔法少女になるってことは、戦うってことミプ。敵に狙われるってことミプ。怪我もするミプ。最悪、死ぬミプ」

 

 ローズは黙って聞いていた。

 ミププは続ける。

 

「エミカは今も怪我をし、魔力回路も傷ついてるミプ。ゲキだって、まだどういう負担が出るか分からない。そこにまた新しいイレギュラーなんて、ミププは嫌ミプ」

 

 その声は、ただの拒絶ではなかった。

 

 怒っている。

 怖がっている。

 そして、疲れている。

 

 エミカを失いかけた恐怖。

 ゲキという前例が生まれてしまった混乱。

 精霊として、これ以上誰かを危険に巻き込みたくないという焦り。

 

 それらが、ミププの小さな体から溢れていた。

 

 ゲキは何か言おうとした。

 

 だが、その前にローズが微笑んだ。

 

「——分かったわ」

 

 あまりにもあっさりとした言葉だった。

 ミププの耳がぴくりと動く。

 

「……分かったミプ?」

 

「ええ。分かった」

 

 ローズは、いつものように優雅に髪を払った。

 だが、その仕草には、少しだけ力がなかった。

 

「無理なのね」

 

「……ミプ」

 

「そうよね。アタシ、何度も聞いてきたもの。男は魔法少女になれないって」

 

 ローズは笑った。

 綺麗に笑った。

 ただ、その笑みはどこか薄かった。

 

「ちょっと、期待しすぎちゃったのかもしれないわ」

 

「ローズ」

 

 ゲキが低く呼ぶ。

 ローズは手を振った。

 

「いいのよ、ゲキさん。責めてないわ」

 

「だが」

 

「本当に」

 

 ローズは首を横に振った。

 

「ミププちゃんの言っていることは、正しいと思う。戦うって危ないもの。夢だけで飛び込んでいい場所じゃないって、あなたも言ってくれたわ」

 

 ゲキは言葉に詰まった。

 それは事実だ。

 だが、今のローズの顔を見ると、その正しさがやけに苦く感じる。

 

「それに、アタシは大人よ。無理なものを、子供みたいに泣いて駄々こねる年じゃないわ」

 

 ローズはカウンターの上のミププに視線を向けた。

 

「教えてくれてありがとう、ミププちゃん」

 

「……ミププは、別に」

 

「いいの。ちゃんと言ってくれた方が、ありがたいわ」

 

 ミププは目を逸らした。

 ローズは少しだけ肩をすくめる。

 

「じゃあ、ゲキさんのつてでC.H.A.R.M.に就職でもしようかしら」

 

「C.H.A.R.M.に?」

 

「ええ。魔法少女になれないなら、魔法少女を支える側に回るのも悪くないでしょう?」

 

 軽い調子の言葉だった。

 だが、その奥にある落胆を、ゲキは聞き逃せなかった。

 

「体は鍛えてあるし、荷物持ちでも、警備でも、救助補助でも、何かできるかもしれないわ」

 

「……ローズ」

 

「大丈夫」

 

 ローズは笑った。

 

「夢の近くにいられるだけでも、きっと幸せよ」

 

 ゲキは、何も言えなかった。

 励ます言葉なら、いくらでもありそうだった。

 

 諦めるな。

 まだ方法があるかもしれない。

 ミププも今は分からないだけだ。

 俺も協力する。

 

 だが、どれも軽く聞こえた。

 

 魔法少女になる方法を知らない自分が、簡単に「諦めるな」と言っていいのか。

 危険を知っている自分が、「やってみろ」と背中を押していいのか。

 

 分からなかった。

 

 ローズはゲキの沈黙を責めなかった。

 むしろ、少し安心したように目を細める。

 

「ゲキさんは優しいのね」

 

「いや、俺は何も」

 

「だからよ、無責任に励まさないところが、優しいの」

 

 ローズは立ち上がった。

 

「今日はありがとう。ジム、気に入ったわ」

 

「ああ」

 

「また来るわね。会員登録もしたし、月会費分はしっかり鍛えないと」

 

「それは歓迎する」

 

「じゃあ、次はもっと可憐なトレーニングウェアで来るわ」

 

「はは。トレーニングに可憐さは必要か?」

 

「必要よ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 いつもの調子で返したローズだったが、扉へ向かう背中は、昼間より少し小さく見える。

 鍛えられた背中は広い。なのに、その時のローズは、どこか遠くへ消えてしまいそうだ。

 

 ローズは入口で振り返った。

 

「ゲキ」

 

「なんだ」

 

「アタシ、あなたが魔法少女になってくれて嬉しかったわ」

 

 ゲキは黙っていた。

 

「それだけは、本当」

 

 ローズは微笑み、ジムを出ていった。

 自動ドアが閉まり、夜のジムに静けさが戻る。

 

     Θ

 

 しばらく、誰も喋らなかった。

 ゲキは閉じたドアを見つめていた。

 ミププはカウンターの上で、気まずそうに耳を伏せている。

 

「ミププ」

 

「……何ミプ」

 

「少し、言いすぎではなかったか」

 

 ミププは反射的に顔を上げた。

 

「言いすぎじゃないミプ。必要なことを言ったミプ」

 

「必要なのは分かる」

 

「じゃあ――」

 

「だが、もう少し言い方があっただろ」

 

 ミププは口を閉じた。

 ゲキの声は怒鳴ってはいなかった。

 だが、静かに重かった。

 

「あいつは本気だった」

 

「分かってるミプ」

 

「なら」

 

「分かってるから、言ったミプ!」

 

 ミププの声が跳ねた。

 小さな体が、震えていた。

 

「本気だから怖いミプ! ああいう本気の人は止まらない……エミカもそう! ゲキもそうミプ!」

 

「……」

 

「誰かが困ってたら行く。夢のためなら無茶する。そういう人は、放っておくと勝手に傷つくミプ」

 

 ミププは唇を噛むようにして、俯いた。

 

「ミププは、もう嫌ミプ」

 

 その声は小さかった。

 ミププは、ただ頑固に拒否していたわけではない。

 

 怖かったのだ。

 

 魔法少女を支える精霊として、誰かを送り出す責任を知っている。

 そして、その誰かが傷つく痛みも知っている。

 

「それに……」

 

 ミププは、ぽつりと言った。

 

「ゲキみたいな前例がまた出たら、本当にどうなるか分からないミプ」

 

「精霊界の常識が崩れるからか」

 

「それもあるミプ」

 

「それだけじゃないんだな」

 

「……ミプ」

 

 ミププは小さく頷いた。

 

「ゲキは今のところ無事ミプ。でも、男の体で()()()()()()()()()()()使()()()()。いつ反動が出るか分からないミプ。ローズも同じことになったら、誰が責任を取るミプ?」

 

 ゲキは答えられなかった。

 

 自分自身の変身も、まだ分からないことだらけだった。

 

 変身時間。

 魔力の消耗。

 肉体への負荷。

 精神への影響。

 

 C.H.A.R.M.が解析しているとはいえ、すべてが解明されたわけではない。

 

「……そうだな」

 

 ゲキは低く言った。

 

「お前の言うことは、間違ってない」

 

「ミプ」

 

「だが、ローズの顔は忘れるな」

 

 ミププが顔を上げる。

 

「あいつは、笑って帰った。でも、傷ついてないわけじゃない」

 

「……分かってるミプ」

 

 ミププは、今度は反論しなかった。

 

 ゲキは深く息を吐き、ジムの照明を少し落とした。

 

「営業再開の準備をする。人が来る前に部屋に戻れ」

 

「……ミプ」

 

 ゲキは臨時休業の札を取る。

 

     Θ

 

 SAOTOME GYMを出たローズは、夜の道を一人で歩いていた。

 

 昼間の熱気はもうない。時刻はすでに午前零時を回ろうとしている。

 人通りも少なく、遠くで車の音がかすかに聞こえる。

 

 ローズはゆっくり歩いていた。

 

 いつもなら背筋を伸ばし、舞台を歩くように進む。

 だが今は、少しだけ足取りが重い。

 

「無理、か」

 

 ぽつりと呟く。

 分かっていた。

 

 何度も聞いてきた言葉だった。

 

 男は魔法少女になれない。

 夢を見るのは自由だが、現実は違う。

 

 それでも、ゲキ・マキシマムを見た時、胸の奥で何かが燃え上がった。

 

 男でも、魔法少女になれる。

 

 そう思ってしまった。

 

 思いたかった。

 

「また、少しだけ子供に戻っちゃったのかしらね」

 

 ローズは苦笑した。

 そして、夜空を見上げ、母の顔を思い浮かべる。

 病室の白い天井と、細くなった手。

 

 それでも優しく笑っていた母。

 

『壮吉、夢は叶うのよ』

 

 あの声を、今でも覚えている。

 忘れたことはない。

 

 だからここまで来た。

 笑われても、鍛え続けた。

 諦めそうになっても、夢の形だけは胸に残してきた。

 

「ねえ、母さん」

 

 ローズは小さく呟いた。

 

「本当に、夢は叶うのかしら」

 

 風が吹いた。

 長い赤髪が、肩の上で揺れる。

 その時だった。

 

 足元の影が、紫色に染まる。

 

「……え?」

 

 ローズは立ち止まる。

 さっきまで普通の夜道だったはずだ。

 

 街灯の光。民家の窓。遠くの信号。

 それらが、一つずつ歪んでいく。

 

 空が紫に濁り、建物の輪郭が黒く滲む。

 空気は重く、胸の奥に冷たいものが入り込んでくる。

 

 ローズはゆっくりと周囲を見回した。

 そこはもう、いつもの雨玻町ではなかった。

 

 ——悪魔空間。

 

 ニュースで何度も聞いたことのある現象。

 その中心に、自分は立っていた。

 遠くで、何かが軋むような音がした。

 続いて、機械の声。

 

『ゲキ……マキシマム……』

 

 低く、歪んだ声が響く。

 

『俺を……舐めるな……』

 

 ローズの目が細くなる。

 

 恐怖はあった。

 だが、それ以上に、体が動く準備を始めていた。

 

 紫の闇の向こうで、赤黒い光が揺れる。

 ローズは拳を握った。

 

「……どうやら」

 

 暗い赤髪の奥で、片目が静かに光る。

 

「夢が叶うかどうか考える前に、やることができたみたいね」

 

 悪魔空間の奥で、禍々しい槍が光った。




個人的には「まほパパ」という略名を使っています。
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