魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
「あの赤いコアに、触れさせて」
ローズの声は、悪魔空間の重さの中でも、まっすぐに響いた。
ゲキ・マキシマムはすぐには返事をしなかった。
目の前には、
そして胸には、赤黒く脈打つコア。
あれが弱点であることは、ゲキにも分かっていた。
以前のデビガノイドもそうだった。
胸の中心にある核。
そこに、人間が閉じ込められていた。
だが、今回のそれは前よりも危険に見える。
コアはまるで心臓のように激しく脈打ち、黒い人型兵器の全身へ赤黒い光が走る。
怒りと痛み、そして恐怖。
それらが、無理やり兵器の燃料にされているようだった。
「
ゲキ・マキシマムは低く聞き返した。
「ええ」
ローズは頷いた。
その体は傷だらけだった。
腕には擦り傷。
肩には破片がかすめた跡。
タンクトップもところどころ破れ、長い赤髪には粉塵が絡んでいる。
それでも、彼は立っていた。
魔法少女ではない。
魔力もない。
ただ、自分の足で。
「あいつの胸のコアに触れれば、暴走を抑えられるかもしれない」
「なぜそう思う」
「声が聞こえたの」
ローズは黒い人型兵器を見た。
「あの子、ただ怒っているだけじゃないわ。痛がってる。苦しんでる。助けてほしいって言えないまま、暴れている」
ゲキ・マキシマムは、黒い人型兵器へ視線を戻す。
『ゲキ……マキシマム……』
悪魔兵器が唸った。
機械音の奥に、少年の声が混じっている。
『俺を……見下すな……』
『俺は……弱くない……!』
ゲキ・マキシマムはローズの前に立った。
「かなり危険だ」
「分かってる」
「あの攻撃をまともに受けたら、今のあんたじゃ耐えられないぞ」
「それも分かってる」
「触れたところで、どうなるか分からない」
「ええ」
ローズは、ほんの少しだけ笑った。
「ゲキ」
「なんだ」
「アナタ、止める理由を並べるのは上手なのね」
「……」
「でも、助ける理由は一つで十分よ」
ローズは胸に手を当てた。
「あの子が苦しんでいる」
その言葉に、ゲキ・マキシマムは黙った。
ローズの声に、迷いはなかった。
怖くないわけではないはずだ。
傷ついていないわけでもない。
自分が無力だと突きつけられたばかりだ。
それでも、ローズは逃げない。
魔法少女になれなかった男が、魔法少女のように誰かを救おうとしている。
ゲキ・マキシマムは小さく息を吐いた。
「ミププ」
「駄目ミプ」
肩の上のミププは即答した。
「言わなくても分かるミプ! ゲキ、絶対に“あいつに賭けてみる”とか言う顔してるミプ!」
「……ハハ、よく分かったな」
「分かりたくなかったミプ!」
ミププはローズを見る。
「ローズ、危険ミプ。悪魔エネルギーが濃すぎるミプ。普通の人間がデモンコアに触れたら、心が引きずり込まれるかもしれないミプ」
「心に触れられるなら、それでいいわ」
「よくないミプ!」
「でも、外から声をかけても届かなかった」
ローズは穏やかに言った。
「なら、もっと近くに行くしかないでしょう?」
ミププは言葉を詰まらせた。
ゲキ・マキシマムは、拳を握った。
「……分かった」
「ゲキ!?」
「俺があいつを抑える。ローズ、お前は一瞬で触れろ。長くは無理だ。いいな?」
「ええ」
ローズは少しだけ笑った。
その笑みを最後に、彼の表情から軽さが消える。
周りに人はいない。逃げ遅れた人々は避難できたのだろう。
ゲキ・マキシマムは黒い人型兵器へ向き直る。
悪魔兵器は、槍を構えたまま震えていた。
胸のコアが、また激しく脈打つ。
『見下すな……』
『俺を……笑うな……』
『俺は……上だ……!』
「だったら、こっちを見ろ」
ゲキ・マキシマムは低く言った。
「俺が相手だ。
その声に反応し、黒い人型兵器の仮面がゲキへ向く。
『ゲキ……マキシマム……!』
怒りが膨れ上がった。
悪魔兵器が地面を蹴る。
速い。
黒い装甲の体が、一気に距離を詰めてくる。
禍々しい槍が、ゲキ・マキシマムの胸を狙って突き出された。
ゲキ・マキシマムは避けなかった。
両腕で槍の柄を受け止める。
衝撃。
足元のアスファルトが砕けた。
「ぐっ……!」
槍の勢いは重い。
単純な膂力だけではない。
悪魔エネルギーが槍から流れ込み、ゲキ・マキシマムの腕を焼くように軋ませる。
それでも、ゲキは踏みとどまった。
「行くぞ!」
ゲキ・マキシマムの腕に、ピンクの魔力が集まった。
力で押し返すのではない。
槍の軌道をずらし、体ごと懐へ入る。
ゲキ・マキシマムは一歩踏み込み、黒い人型兵器の腕を掴んだ。
「うおおおおっ!」
ゲキ・マキシマムの巨体が沈む。
腰を落とし、足裏で砕けた道路を踏みしめる。
次の瞬間、ゲキ・マキシマムは黒い人型兵器の上半身を抱え込むようにして、全力で押さえつけた。
悪魔兵器の体が軋む。
赤い関節光が激しく点滅する。
『離せ……!』
「離すか!」
『俺を……押さえるな……!』
「無理な相談だ、俺はしつこいぞ!」
ゲキ・マキシマムの筋肉が膨れ上がる。
ピンクの魔法少女衣装が、異様なほどの圧を放つ。
その姿は、可憐というよりも怪物同士の組み合いだった。
だが、その背中は確かに誰かを守るためのものだった。
「ローズ!」
ゲキが叫ぶ。
「今だ!」
ローズは走った。
砕けた道路を蹴り、悪魔エネルギーの渦へ飛び込む。
近づくだけで、肌が焼けるようだった。
胸が苦しい。
耳元で、無数の悪意が囁いてくる。
——無理だ。
——お前にはできない。
——男のくせに。
——夢なんか叶わない。
——笑われて当然だ。
聞き慣れた言葉だった。
ローズは歯を食いしばる。
「うるさいわね……!」
彼はさらに一歩踏み込む。
ゲキ・マキシマムがエリゴスの腕を押さえている。
しかし完全には止めきれていない。
黒い人型兵器は暴れ続けていた。
槍が地面を削り、脚がアスファルトを割る。
胸のコアは、今にも破裂しそうなほど赤く輝いている。
ローズはその光へ手を伸ばした。
「届いて……!」
指先が、赤いコアに触れた。
その瞬間。
世界が反転した。
Θ
ローズは、暗い場所にいた。
悪魔空間ではない。
もっと狭い。
もっと息苦しい。
湿った部屋。
散らかった床。
閉め切られたカーテン。
空の弁当容器。
洗われていない食器。
そこに、小さな少年がいた。
膝を抱えて座っている。
顔はよく見えない。
だが、その手には古びた野球ボールが握られていた。
『野球選手になりたい』
少年の声が聞こえた。
それは、今までの怒鳴り声とは違っていた。
小さく、か細い声だった。
『プロになって、すごい選手になって、みんなに見てもらいたい』
……映像が揺れる。
小さなグラウンド。少年がバットを振っている。
誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残っている。
手の皮がむけても、泥だらけになっても、ボールを追っている。
そこには、確かに夢があった。
だが、その夢は少しずつ汚れていく。
『グローブ? そんな金ない』
『練習? 勝手にやってろ』
『試合? はっ、行けるわけないだろ』
『夢なんか見てないで、現実見ろ』
大人の声が重なる。
顔は見えない。
ただ、冷たい声だけが響く。
少年は黙っていた。
怒ることもできない。
泣くこともできない。
家に帰っても、誰も話を聞いてくれない。
試合に出ても、誰も見に来ない。
欲しかった道具は買ってもらえない。
遠征費も、月謝も、いつも揉め事になる。
それでも少年は、しばらく夢を握っていた。
古びたボールを、何度も壁に投げた。
夜の公園で、一人で素振りをした。
誰かに見てもらえる日を、ずっと待っていた。
だが、待っても誰も来なかった。
『……無理だな』
誰かの声。
『無駄なことしないで』
別の声。
『夢なんか、金と才能があるやつのものだ。お前には才能がない』
少年の中で、何かがひび割れた。
映像が変わる。
学校。
廊下。
教室。
少年は、別の誰かを睨んでいる。
自分より弱そうな相手。
言い返せない相手。
怯える相手。
その顔を見ると、胸の奥の惨めさが少しだけ薄れた。
誰かを下に見れば、自分が上にいる気がした。
誰かを笑えば、自分が笑われていない気がした。
誰かを踏みつければ、自分が踏みつけられていない気がした。
『俺は弱くない』
少年の声が低くなる。
『俺は下じゃない』
黒い感情が、足元から湧き上がる。
『俺を見下すな』
その感情は、いつしか少年自身を飲み込んでいた。
夢を追えなかった痛み。
誰にも見てもらえなかった寂しさ。
諦めきれない悔しさ。
それらが全部、他人への攻撃に変わっていく。
ローズは、その中心に立っていた。
胸が苦しかった。
彼にも分かったからだ。
夢を笑われる痛み。
無理だと言われる悔しさ。
誰にも本気にしてもらえない孤独。
それは、ローズも知っている。
けれど。
「違うわ」
ローズは、暗闇の中で言った。
「その痛みを、誰かを踏みつける理由にしてはいけない」
少年が顔を上げる。
その表情は黒い影に覆われている。
だが、泣いているように見えた。
『じゃあ、どうすればよかったんだよ』
声が震えていた。
『誰も助けてくれなかった』
『誰も見てくれなかった』
『俺だって……俺だって、すごくなりたかったのに』
ローズは言葉を失う。
簡単に答えられる問いではなかった。
……努力すればいい。
……諦めなければいい。
……夢は叶う。
そんな言葉だけでは、届かない痛みがある。
環境に押し潰される夢がある。
誰にも支えられず、歪んでしまう心がある。
ローズはゆっくりと少年へ近づいた。
「あなたは、苦しかったのね」
『……』
「でも、もうこれ以上、自分も誰かも傷つけなくていい」
『うるさい』
「あなたの夢は、笑われるためのものじゃなかった」
『うるさい……』
その瞬間、暗闇が揺れた。
黒い棘のようなものが、少年の背後から伸びる。
悪魔エネルギー。
それが少年の心を縛っている。
『黙れ!』
少年の叫びと同時に、黒い波がローズを襲った。
「っ……!」
ローズの体が吹き飛ばされる。
視界が割れる。
暗闇が遠ざかる。
最後に見えたのは、膝を抱えた少年の姿だった。
泣きながら怒っている、ただの子供の姿だった。
Θ
ローズの体が、現実へ弾き戻された。
「ローズ!」
ゲキ・マキシマムの声が聞こえる。
ローズは道路の上を転がり、瓦礫に背中を打ちつけた。
息が詰まる。
視界が白くなる。
それでも、彼は赤いコアから目を離さなかった。
エリゴスは、さらに激しく暴れ始めている。
ゲキ・マキシマムが押さえ込んでいた腕が振りほどかれ、槍が大きく振るわれた。
ゲキは後ろへ跳び、直撃を避ける。
胸の赤いコアは、先ほどよりもさらに不安定に明滅していた。
少年の心に触れたことで、ローズには分かった。
このままでは、あの子は燃え尽きる。
怒りに飲まれたまま。
誰にも本当の痛みを見てもらえないまま。
悪魔兵器の核として使い潰される。
そんな終わり方を、させてはいけない。
「……ゲキ」
ローズは立ち上がろうとした。
膝が震える。
足に力が入らない。
それでも、立たなければならなかった。
「ローズ、動くな!」
「駄目よ」
ローズは息を切らしながら言った。
「あの子を……これ以上、苦しめちゃ駄目」
「何を見た」
「……夢を」
ローズは胸を押さえる。
「野球選手になりたかった男の子の夢。誰にも見てもらえなくて、支えてもらえなくて、潰れて、歪んでしまった夢」
ゲキ・マキシマムは黙った。
ミププも、言葉を失っていた。
「このまま、あの子の
ローズは黒い人型兵器を見つめる。
悪魔兵器が咆哮する。
『俺は……弱くない……!』
『俺を……誰も……!』
声は怒りに満ちている。
だが、ローズにはもう、そこに混じった泣き声が聞こえていた。
「力がいるわ」
ローズは呟いた。
「言葉だけじゃ届かない。普通の体では、あの悪魔のエネルギーは抜けない」
必要なのは、浄化の力。
人を兵器から戻す力。
誰かの心に巣食った悪魔を、痛みごと抱きしめて引き剥がす力。
魔法少女の力。
ローズは拳を握りしめた。
「お願い……」
それは誰に向けた言葉だったのか、彼自身にも分からなかった。
母か。夢か。
それとも、まだ見ぬ自分自身か。
「今だけでいい」
ローズの声が震える。
「アタシに、あの子を助ける力を……!」
その瞬間。
ゲキ・マキシマムの腰元で、
「何だ?」
ゲキが視線を落とす。
そこにあったのは、メイクアップ・リグ。
ゲキが変身に使っている、あの変身アイテム。
それが、
ただ光っているだけではない。
震えている。
まるで、ローズの願いに応えるように。
ミププの目が、限界まで見開かれた。
「ま、ままま、まさか……」
リグの光が強くなる。
赤い輝きの中に、花びらのような光が混じった。
ローズは呆然とそれを見る。
ゲキ・マキシマムもまた、言葉を失っていた。
悪魔空間の中で、メイクアップ・リグがローズへ向かって光を伸ばす。
夢を否定された男の願いに。
苦しむ少年を救いたいという祈りに。
魔法少女になりたいという、長すぎる夢に。
それは、確かに反応していた。
まるで、何かが芽吹こうとしているようだった。
「ミププ」
ゲキ・マキシマムは、腰元のリグを見下ろした。
「これは……」
「し、知らないミプ」
ミププは震える声で答えた。
「知らないミプ。こんなの、ミププ知らないミプ」
傷だらけの体。
破れたタンクトップ。
粉塵をかぶった長い赤髪。
片目を隠す髪の奥で、残った瞳がリグの光を見つめている。
彼の願いに、リグが応えていた。
魔法少女になりたいという夢に。
苦しむ少年を救いたいという祈りに。
そして、誰かを守るために立つ覚悟に。
ゲキ・マキシマムは、深く息を吸った。
「ローズ」
「……ええ」
「受け取れ」
ゲキは腰元からメイクアップ・リグを外した。
「ゲキ!?」
ミププが叫ぶ。
ゲキ・マキシマムは迷わなかった。
リグにはまっていたハート型のクリスタルを外し、そのままローズへ向かって投げる。
リグは空中で光の軌跡を描いた。
ローズは両手を伸ばす。
メイクアップ・リグが、その手の中へ収まった。
次の瞬間。
ローズの前に、赤い薔薇の形をしたクリスタルが浮かび上がった。
透き通るような赤。
花びらの一枚一枚が、魔力で編まれたように輝いている。
ローズは息を呑んだ。
「これは……」
胸の奥で、何かが応えた。
長い間、閉じ込めていた夢。
何度も笑われ、否定され、それでも捨てられなかった願い。
母の声が蘇る。
『夢は叶うのよ』
それは、優しい嘘ではなかった。
少なくとも今、この瞬間だけは。
赤い薔薇のクリスタルを掴み、リグの溝にはめ込む。
ローズはリグを胸の前に掲げた。
「アタシは……」
声が震える。
だが、それは恐怖ではなかった。
「アタシは、誰かに笑われるために夢を見たんじゃない」
ローズの足元に、赤い魔法陣が広がる。
「誰かを守るために」
花びらが舞った。
悪魔空間の紫を裂くように、赤い薔薇の花びらが夜空へ広がっていく。
「誰かに勇気をあげるために」
ローズの体を、光が包む。
長い赤髪がふわりと舞い上がる。
片目を隠す髪が、赤い光を帯びる。
鍛え上げられた体の輪郭に沿って、魔力のラインが走った。
「そして、苦しむ心に手を伸ばすために!」
ローズは叫んだ。
「マジカル・ケミカル・フィジカル・メイクアップ!」
薔薇の光が弾けた。
光の中で、タンクトップとジャージがほどけるように消える。
代わりに現れたのは、赤を基調にした魔法少女衣装だった。
だが、それは少女らしいフリルだけの衣装ではない。
体に沿った滑らかなスーツ。
薔薇の蔓を思わせる赤いライン。
胸元には、赤い薔薇のエンブレム。
脚には長いヒールブーツ。
肩や腕には、アメコミヒーローのような力強いシルエットがある。
可憐でありながら、強い。
華やかでありながら、戦うための姿。
額には薔薇の形の小さな飾り。
唇には赤いリップ。
長い赤髪は、魔力を帯びてさらに鮮やかに輝いていた。
ローズはゆっくりと目を開ける。
片目を隠す赤髪の奥で、瞳が強く光った。
彼は片手を胸に当て、もう片方の手を優雅に広げる。
「可憐なる夢を歩む!」
花びらが舞う。
「鍛え抜かれた乙女魂!」
ヒールが、砕けた道路を静かに踏む。
「魔法少女——
ローズは微笑んだ。
「ここに開花よ」
悪魔空間の中に、赤い薔薇の光が広がった。
ついに2人目登場です!