魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
その姿を見て、ゲキ・マキシマムは言葉を失っていた。
「ローズ……」
ローズ・アンリミテッドは、くるりと振り返る。
「どうかしら、ゲキ・マキシマム」
「……」
「可憐?」
ゲキ・マキシマムは、少しだけ目を細めた。
そして、親指を立てる。
「ああ。可憐だ」
ローズ・アンリミテッドの表情が、ふわりとほどけた。
「ありがとう」
その横で、ミププは両手で頭を抱えていた。
「またミプ」
小さな声だった。
「また男ミプ」
次の瞬間、ミププは絶叫した。
「また男の魔法少女が出たミプうううううううううう!?」
悪魔空間に、精霊の悲鳴が響いた。
「精霊界の常識が! また! 一つ! 死んだミプ!」
「ミププ」
ゲキ・マキシマムが言う。
「そこは重要じゃない」
「そこミプ! かなりそこミプ! でも今はそこじゃないのも分かるミプ!」
ミププは半泣きで宙をぐるぐる回った。
「ゲキだけでも大問題だったのに、二人目ミプ! しかも薔薇ミプ! すごくちゃんと魔法少女っぽいミプ!」
「あら、ありがとう」
「褒めてる場合じゃないミプ!」
ローズ・アンリミテッドは笑った。
その笑みは、戦場には不釣り合いなほど華やかだった。
だが、黒い人型兵器は待ってくれない。
『魔法少女……』
エリゴスが、低く唸った。
胸の赤いコアが激しく脈打つ。
『また……俺を……見下すのか……』
「いいえ、見下さないわ」
ローズ・アンリミテッドは前へ出た。
「あなたを助けに来たの」
『助け……?』
「ええ」
『嘘だ……』
黒い人型兵器が槍を構える。
『俺を……笑うなァ!』
槍が振るわれた。
赤黒い斬撃が、地面を裂きながらローズへ向かう。
ローズ・アンリミテッドは動いた。
速い。
先ほどまでの身体能力とは、明らかに違う。
魔法少女としての力が乗っている。
ヒールで砕けた道路を蹴り、花びらの残像を残して横へ舞う。
斬撃が空を切った。
ローズはそのまま回転し、黒い人型兵器の側面へ回り込む。
「マジカル・ステップ・アンリミテッド!」
足元に薔薇の魔法陣が咲く。
そこを踏むたび、ローズの体が花びらのように加速した。
攻撃を避けるだけではない。
黒い人型兵器の視線を引きつけ、動きを誘導している。
華やかに。
軽やかに。
だが、確実に。
ゲキ・マキシマムはその動きを見て、わずかに笑った。
「いい動きだ」
「ゲキ、見惚れてる場合じゃないミプ!」
その時、硬いブレーキ音が響いた。
黒いC.H.A.R.M.の車両が、紫の闇を切り裂くように停まる。
扉が開き、数人の職員が飛び出した。
その先頭にいたのは、白衣の女性——風間カリン。
だが、その足取りは万全とは程遠かった。
片手で腹部を押さえ、肩で息をしている。
白衣の下からは包帯が覗き、眼鏡の奥の目にも疲労の色が濃い。
それでも彼女は、護衛の制止を振り切るように前へ出た。
「主任、これ以上は危険です!」
「分かってるわよ……!」
女性は短く言い返し、携帯端末を開く。
画面には、エリゴスの魔力波形と、赤いコアの解析値が表示されていた。
「ゲキ・マキシマム!」
女性の声が、悪魔空間に響く。
ゲキ・マキシマムが振り返った。
「C.H.A.R.M.か? ここは危ないぞ!」
「十分に分かっています。私は調査主任の風間カリン。状況はドローン映像と魔力反応で確認済みです」
そう言った直後、カリンは小さく咳き込んだ。
膝がわずかに揺れる。
前回、ユーギ・ザムライ・ニャンタに叩きつけられたダメージが、まだ残っているのだ。
立っているだけでも無理をしているのが分かった。
「おい、怪我人じゃないのか。何しに来た?」
「……時間がありません」
カリンは顔を少し歪ませるが、すぐに引き締める。
「聞いて。あのデビガノイドのコアが急速に消耗している。このままだと、悪魔空間の完成か、その前後で中の少年の精神が燃え尽きる」
ゲキ・マキシマムの表情が険しくなる。
「なんだと? どうすればいい」
「以前のあなた一人の浄化では、残留悪魔エネルギーを完全には抜けなかった可能性があります」
「……」
「でも今は違う」
カリンは、ローズ・アンリミテッドへ視線を向けた。
その瞳に驚きは残っている。
だが、今はそれを分析している暇などない。
「そちらの新しい魔法少女。あなたがローズさん……でいいのよね?」
「ええ」
ローズ・アンリミテッドは、エリゴスから目を離さずに答えた。
「ローズ・アンリミテッドよ」
「分かったわ、ローズ・アンリミテッド」
カリンは端末を操作しながら、痛む腹部を押さえた。
額に汗が浮かぶ。
「あなたはさっき、コアに触れていた。中の少年の心に届きかけた。映像でも、魔力反応でも確認できたわ」
「心に……」
「ええ。あなたの魔力は、コアの内側へ入り込もうとしていた。ゲキさんとは違う方向の浄化反応よ」
ゲキ・マキシマムが眉を動かす。
「つまり?」
「ゲキ・マキシマムは外側の悪魔エネルギーを砕ける。ローズ・アンリミテッドは内側の心へ届く可能性がある」
カリンは一歩前へ出ようとして、足を止めた。
痛みで顔が歪む。
護衛が慌てて支えようとしたが、カリンは片手で制した。
「主任!」
「大丈夫よ」
カリンは乱れた息を整え、二人を見る。
「二人の力を重ねれば、コアの内部と外殻を同時に浄化できるはずです」
「なるほど。つまり二人で叩けばいいんだな」
「……雑に言えばそうよ。ただし、慎重に」
「そうか。なら、起こすように殴るさ」
「初対面でだいたい分かったわ。あなた、かなり大雑把な性格ね」
「ハハハ。よく言われる」
「でしょうね」
カリンの声に、ほんの少しだけ呆れた笑みが混じった。
だが、その顔色は悪い。
ローズ・アンリミテッドは、胸に手を当てた。
「アタシは、中の少年を呼び戻せばいいのね」
「そう。あなたは彼に言葉を届けて。強く、でも壊さないように」
「分かったわ……ゲキ・マキシマム」
「なんだ」
「外側は任せてもいいかしら」
「もちろんだ!」
ゲキ・マキシマムは拳を鳴らした。
「中は頼むぞ」
「ええ」
「よし。ミププ、合わせるぞ」
「同時浄化は魔法少女チームではよくやることミプ。けど、男の魔法少女でやるのは初めてミプ!」
ミププは少し涙目のまま、両手を上げた。
「でも、やるミプ。ゲキ、ローズ! 魔力の波長を合わせるミプ! ゲキはいつも通り気合と筋肉で押すミプ!」
「得意分野だな」
「ローズは心を強く思い浮かべるミプ! あの子を助けたいって願うミプ!」
「もちろんよ」
エリゴスが咆哮した。
『うるさい……』
胸のコアが赤黒く光る。
『俺を……助けるな……!』
槍が大きく振り上げられる。
悪魔空間中のエネルギーが、穂先へ集まり始めた。
最大出力。
今度こそ、町ごと薙ぎ払うつもりだった。
ゲキ・マキシマムが前へ出る。
ローズ・アンリミテッドがその横に並ぶ。
ピンクの巨体。
薔薇の魔法少女。
二人の足元に、それぞれ魔法陣が広がった。
ゲキの魔法陣は、ハートと拳を思わせる力強いピンク。
ローズの魔法陣は、薔薇の花弁が幾重にも開く赤。
その二つが、悪魔空間の中で重なる。
ピンクと赤の光が絡み合い、紫の闇を押し返していく。
「ローズ」
「ええ」
「行くぞ!」
二人は同時に地面を蹴った。
黒い人型兵器も突進する。
槍の穂先に、赤黒い破滅の光。
ゲキ・マキシマムが正面から受けた。
「おおおおおおっ!」
両腕で槍を挟み込み、力ずくで軌道を止める。
衝撃が走り、足元が砕ける。
だが、ゲキは退かない。
「ローズ!」
ローズ・アンリミテッドがゲキの背後から舞うように飛び出す。
花びらの足場が空中に咲いた。
一枚。
二枚。
三枚。
ローズはそれを踏み、黒い人型兵器の胸元へ迫る。
『来るな……!』
悪魔兵器が空いた腕を振るう。
だが、ゲキ・マキシマムがその腕を掴んだ。
「行かせるか!」
筋肉が軋む。
魔力が爆ぜる。
黒い人型兵器の動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
ローズ・アンリミテッドの手が、胸の赤いコアへ伸びる。
「もう、誰かを踏みつけなくていい」
彼は静かに言った。
「もう、強がらなくていい」
赤いコアの奥で、少年の声が震えた。
『うるさい……』
「夢を否定された痛みは、消えないわ」
『黙れ……』
「でも、その痛みで誰かを傷つけても、あなたの夢は戻らない」
『黙れェ!』
「だから、戻ってきなさい」
ローズの手が、コアに触れる。
赤い薔薇の光が、コアの内側へ流れ込んだ。
「マジカル・ローズ・ハートリーチ!」
同時に、ゲキ・マキシマムが拳を振りかぶる。
ピンクの魔力が拳に集まる。
破壊ではない。
叩き起こすための拳。
「マジカル・マキシマム……!」
ゲキの拳が、ローズの光を包むようにコアの外殻へ叩き込まれる。
「
ピンクの拳と、赤い薔薇の光が重なった。
衝撃は、爆発ではなかった。
それは花が開くような光だった。
悪魔空間の中心から、輝きが広がる。
エリゴスの装甲にひびが入る。
赤黒い悪魔エネルギーが、悲鳴のように噴き出す。
『嫌だ……』
少年の声が聞こえた。
『俺は……弱いままじゃ……』
「弱くてもいいのよ」
ローズが言った。
『駄目だ……弱いやつは……見下される……』
「見下す人が間違っているの」
『でも……』
「あなたの夢は、あなたをいじめるためにあったんじゃない」
ローズの声が、コアの奥へ届く。
「もう一度、手を伸ばして」
ゲキ・マキシマムの拳に、さらに魔力がこもる。
「ああ! 戻ってこい!」
光が弾けた。
エリゴスの胸から、赤黒いコアが浮かび上がる。
その中心に、小さな少年の影が見えた。
膝を抱え、怯えている影。
ローズ・アンリミテッドは、その影へ手を伸ばした。
「大丈夫よ」
彼は微笑んだ。
「今度は、見ているわ」
少年の影が、ゆっくりと顔を上げる。
次の瞬間、赤いコアが砕けた。
だが、それは破壊ではなかった。
黒い殻だけが割れ、中から白い光が溢れ出す。
エリゴスの装甲が崩れていく。
槍が砂のように砕け、赤い関節光が消える。
悪魔空間を覆っていた紫の闇が、内側から裂けた。
ビルの壁の赤黒い模様が消え、道路の亀裂が薄れていく。
紫の空の向こうに、朝日が昇り始めていた。
エリゴスは、最後に大きく震えた。
そして、完全に崩壊した。
その場に残ったのは、一人の少年だった。
意識を失い、道路の上に倒れている。
だが、胸は小さく上下していた。
生きている。
ローズ・アンリミテッドは、その場に膝をついた。
「……よかった」
その声は、小さく震えていた。
ゲキ・マキシマムもまた、深く息を吐いた。
「やったなローズ」
「ええ」
ローズは顔を上げる。
「アタシたち、助けられたのね」
「ああ」
ミププが二人の周りを飛び回る。
「完全浄化反応ミプ! すごいミプ! 本当に完全に抜けたミプ!」
「そうか」
「でも男の魔法少女二人で同時浄化とか、精霊界にどう報告すればいいミプ!?」
「そのまま報告すればいいのではないか?」
「そのまま報告したらミププの上司が混乱するミプ!」
「なに? 上司いるのか」
「いるミプ! 困惑する未来が見えるミプ!」
ローズ・アンリミテッドは、くすりと笑った。
笑った瞬間、変身したばかりの体に疲労が押し寄せる。
膝が少し崩れた。
ゲキ・マキシマムがすぐに支える。
「無理するなローズ」
「あら、紳士」
「立てるか」
「ええ。少しだけ……夢が重くて」
「ハハ、夢は重いか」
「ええ。でも、
ローズは少年を見る。
苦しみを抱えたまま歪んでしまった少年。
それでも、戻ってこられた。
完全ではない。
これから償わなければならないこともある。
向き合わなければならない痛みもある。
だが、少なくとも兵器として燃え尽きることはなかった。
その事実だけで、ローズは胸の奥が少し熱くなった。
Θ
少し離れたビルの屋上。
タカワラーイ婦人とイタヴリ博士は、目の前の光景に固まっていた。
D-15デビガノイド——エリゴス。
本部最新鋭の悪魔兵器。
無許可で持ち出し、最後の切り札として投入したそれが、完全に浄化された。
悪魔空間も崩壊している。
成果はない。
いや、町に与えた被害はある。
恐怖も生んだ。
だが、肝心の侵略成果としては大失敗だった。
しかも、男の魔法少女が増えた。
タカワラーイ婦人の扇子が、かたかたと震えた。
「……博士」
「はい」
「これは、どういう状況ですの」
「最悪です」
「分かりやすいですわね」
「本部最新鋭を無許可で使用し、破壊されました」
「な、何ですの、あの薔薇の魔法少女は!」
「男の魔法少女なんて魔法少女じゃないでしょうが! シータアースは、おかしな奴が無造作に生える土地なんですか!?」
「雑草みたいな例えですわね」
頭を抱える婦人と博士。
その横で、ユーギ・ザムライ・ニャンタだけは静かだった。
猫武者は、崩れていく悪魔空間と、ゲキ・マキシマム、ローズ・アンリミテッドの姿を見つめている。
その渋い声が、ぽつりと漏れた。
「……なるほど」
婦人が振り向く。
「ユーギ?」
「姫様。撤退を進言するでござる」
「い、言われなくても撤退しますわ!」
「ただし、
博士が瞬きをする。
「え? 収穫?」
「魔法少女ゲキ・マキシマム。そして新たな魔法少女ローズ・アンリミテッド」
ユーギの目が、わずかに細くなる。
「シータアースの不確定要素、その情報を得た」
婦人は一瞬、言葉を失った。
ユーギは非常に落ち着いていた。
エリゴスを失ったことに動揺していない。
むしろ、この失敗すら何かに使うつもりでいるようだった。
「ユーギ、あなた……」
「——姫様」
ユーギは静かに頭を下げる。
「敗北は痛手。しかし、情報は武器でござる」
イタヴリ博士が目を輝かせかける。
「つまり、報告の仕方次第では――」
「無断持ち出しの件は消えませんわよ」
「ですよね——ていうか持ち出したのユーギでしょ!?」
「ですわね」
婦人は深く息を吐いた。
眼下では、悪魔空間が完全に崩れていく。
長居は危険だ。
境界防衛隊が到着する前に離脱しなければならない。
「撤退しますわ」
「……はい」
タカワラーイ婦人は最後にもう一度、崩れゆく戦場を見た。
ピンクの巨体。
薔薇の魔法少女。
……二人の男の魔法少女。
馬鹿げている。
異常。
そして厄介。
「……本当に、忌々しい世界ですわ」
婦人はそう呟き、紫の残光の中へ姿を消した。