魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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第5話……いよいよ坊主が登場。


5-1 精霊様を崇めよ!

 

 音駒町の夕方は、いつもなら明るい。

 駅前商店街には買い物帰りの人々が行き交い、学校帰りの子供たちが走り抜け。仕事を終えた大人たちが、疲れた顔で家路につく。

 

 そんな、ありふれた日常。

 

 ……のはずだった。

 

「なんか、もういいかな……」

 

 商店街のベンチに座っていた男性が、ぽつりと呟いた。

 手には、楽しみにしていたらしい映画館のチケットがある。

 けれど、その目には何の光もなかった。

 

「予約までしたのに……行くの、面倒になっちゃった」

 

 近くの女子高生も、友人へそう言った。

 

「今日、ケーキ食べに行く約束だったじゃん」

 

「別にいいよ。どうせ甘いだけだし」

 

「……どうしたの?」

 

「分かんない。何もしたくない」

 

 空気が、重い。

 誰かが泣いているわけではない。

 怒鳴り声がしているわけでもない。

 ただ、人々の心から、少しずつ何かが抜け落ちていく。

 

 喜び。楽しみ。

 それらを吸い上げるように。

 

 商店街のアーケードの上で、紫色の闇が蠢いていた。

 

『楽しいことなんて、なくなればいい』

 

『頑張っても無駄だ』

 

『笑っている奴が嫌いだ』

 

 闇に浮かぶ、赤い吊り目。

 人の形をしているようで、していない。

 紫の体は煙のように揺らぎ、腕らしきものは不自然に長い。

 

 異次元敵性存在――バッドデーモン。

 

 人の中にあるポジティブな感情を食らい、心を無気力とネガティブで満たしていく存在。

 そして、彼らが集団で現れれば。

 周囲には、悪魔エネルギー由来の小さな異常領域――悪魔空間が発生する。

 

 空は、うっすらと紫に濁っていた。

 

『もっと沈め』

 

『もっと嫌になれ』

 

『何もかも、嫌いになれ』

 

「――()()()()()()()

 

 高く、よく通る声が響いた。

 商店街の屋根の上から、ピンクと白の光が飛び込む。

 

 猫耳と大きなリボンと肉球を思わせる装飾。

 

 白いフリルとピンクのスカートを翻しながら、一人の魔法少女が軽やかに着地した。

 

「みんなの笑顔を盗む悪い子は、私たちが許さないニャ!」

 

 その隣へ、紫色の魔法少女が降り立つ。

 ふわりとした毛並みを思わせる装飾。

 気品のある衣装。

 

 しかし、その目つきは鋭かった。

 

「音駒町で好き勝手するなら、覚悟しな。あたしたちの町だぜ」

 

 さらに、街灯の上から、黄色い小柄な魔法少女が飛び降りる。

 くるりと一回転して、軽やかに着地。

 

「可愛い子たちの楽しい時間を邪魔するなんて、百年早いのだ!」

 

 三人は並ぶ。

 

 ピンクと白。

 

 紫。

 

 黄色。

 

 猫をモチーフにした三人組の魔法少女チーム。

 

「三色にゃんこが、悪い夢を引っ掻いて消すニャ!」

 

「マジルカニャンニャ、出動だぜ!」

 

「全力でお仕置きなのだ!」

 

 バッドデーモンたちが、赤い目を細めた。

 

『魔法少女』

 

『また来た』

 

『お前たちも疲れる』

 

『守っても、誰も褒めない』

 

「褒められるために戦ってるわけじゃないニャ!」

 

 ミケニャンニャが、両手を前へ突き出した。

 

「ミッケ!」

 

「任せるミケ!」

 

 彼女の肩に乗っていた、小さな三毛模様の精霊が飛び立った。

 光が弾ける。

 

「ミケ・ハッピー・リボン!」

 

 ピンクと白の光の帯が、何本も商店街を走る。

 それはバッドデーモンの腕へ巻きつき、紫色の体を縛り上げた。

 

『離せ!』

 

『お前も沈め!』

 

 バッドデーモンの赤い爪が、ミケニャンニャへ振り下ろされる。

 

 だが。

 

「ペルシャ!」

 

「見えてるぜ!」

 

 紫の影が、正面へ飛び込んだ。

 ペルシャニャンニャが片腕を振るう。

 紫の魔力が、巨大な猫の爪の形となって空を裂いた。

 

「ペルシャ・グレイス・クロー!」

 

 赤い爪と紫の爪がぶつかる。

 火花が散り、バッドデーモンの腕が大きく弾かれた。

 

「今だぜ、マンチカン!」

 

「任されたのだ!」

 

 マンチカンニャンニャが地面を蹴る。

 小柄な体が、黄色い光の軌跡を残して走った。

 バッドデーモンの足元をくぐり抜け、背後へ回り込む。

 

「マンチ・スピード・スクラッチなのだ!」

 

 黄色い爪の光が、紫の背中を切り裂いた。

 

『ギャアアアアア!』

 

 バッドデーモンの体が大きく揺らぐ。

 だが、倒れない。

 

 その胸元。

 

 黒い穴の奥で、赤紫の光が脈打っている。

 

 隠されたコア。

 

 バッドデーモンの肉体をどれだけ砕いても、あのコアを浄化しなければ、完全には消えない。

 

「三人とも、合わせるニャ!」

 

 ミケニャンニャが叫ぶ。

 

「当然だぜ!」

 

「やっちゃうのだ!」

 

 三人の前に、それぞれの相棒精霊が飛び出した。

 

 三毛模様の精霊ミッケ。

 

 ふわりとした長毛を持つ精霊ペシャ。

 

 丸い耳を揺らす精霊カンキチ。

 

 三体の精霊が、空中で手を重ねる。

 

「ミッケ!」

 

「ペシャ!」

 

「カンキチ!」

 

「一緒に行くニャ!」

 

 三人の魔法少女が、相棒の名を呼ぶ。

 

「「「マジルカ・スピリット・ピュリファイ!」」」

 

 ピンク。

 

 紫。

 

 黄色。

 

 三色の光が螺旋を描く。

 

 バッドデーモンたちの胸元にある異次元の穴へ、真っ直ぐに突き刺さった。

 

『やだ……』

 

『消えたくない……』

 

『もっと、もっと嫌な気持ちに……』

 

「駄目ニャ」

 

 ミケニャンニャが、まっすぐに言った。

 

「ここには、嫌な気持ちより大切なものがあるニャ」

 

 光が強くなり、紫色の体が、内側から白く染まっていく。

 赤い吊り目が揺れ、異次元側のコアが、小さく弾けた。

 

 次の瞬間。

 

 バッドデーモンたちは、夕暮れの空気へ溶けるように消えた。

 

     Θ

 

「やったニャああああ!」

 

 ミケニャンニャが、その場でぴょんと跳ねた。

 

「今日も音駒町の平和は、マジルカニャンニャが守ったニャ!」

 

「当然だぜ」

 

 ペルシャニャンニャは腕を組み、少しだけ口元を緩める。

 

「最後の連携も悪くなかった。マンチカン、少し突っ込みすぎだったがな」

 

「でも、ちゃんと避けられたのだ」

 

「相手の爪、髪に掠ってたぜ」

 

「掠っただけなのだ!」

 

 マンチカンニャンニャは頬を膨らませた。

 けれど、すぐに笑顔へ戻る。

 

「でも勝ったのだ! ミケもペルシャも、精霊たちも最高だったのだ!」

 

「そうニャ!」

 

 ミケニャンニャが、相棒のミッケを抱き上げる。

 

「今日の私たち、かなり完璧だったニャ!」

 

「……まあ、連携はよかったミケ」

 

 ミッケはそう答えた。

 しかし、声に少しだけ張りがなかった。

 ペシャも、宙に浮いたまま小さく息を吐いている。

 

「ふう……今日は、数が多かったペシャ」

 

「俺も、少しだけ疲れたカン」

 

 カンキチは胸を張ろうとして。

 その場で、ふらりと傾いた。

 

「カンキチ!?」

 

「だ、大丈夫だカン!」

 

「大丈夫じゃない動きだったニャ!」

 

「平気カン! 俺は強い精霊だカン!」

 

 小さな精霊は必死に羽を動かし、何とか姿勢を立て直した。

 ミケニャンニャたちは、心配そうに精霊たちを見る。

 

 その時だった。

 

「——ご苦労様でした、精霊様方」

 

 低く、よく通る声がした。

 三人が振り返る。

 

 商店街の入口。紫の法衣のような衣装をまとった、坊主頭の男が立っていた。

 年齢は四十代前半ほど。背が高く、背筋はまっすぐ、その立ち姿には僧侶らしい厳かな雰囲気がある。

 

 ……そこまではよかった。

 

 問題は、胸元。

 数珠のように見える飾り。

 だが近くで見ると、それは数珠ではない。

 

 様々な精霊を模した——ラバーストラップだった。

 

 犬のような精霊。猫のような精霊。鳥のような精霊。

 炎の精霊。水の精霊。

 

 どれも可愛らしい。

 しかも、大量だった。

 

 男が歩くたび。

 

 じゃら、じゃら、じゃら、と鳴る。

 

「精霊様を敬い……」

 

 男は小さく歌うように呟いた。

 

「精霊様を愛し……」

 

 じゃら、じゃら。

 

「そして、疲れた精霊様には、糖分と休息を……」

 

 マジルカニャンニャの三人が固まった。

 

「……誰ニャ?」

 

 ミケニャンニャが尋ねる。

 男は、三人の魔法少女には目もくれなかった。

 

 そのまま、ミッケ、ペシャ、カンキチへ深く合掌する。

 

「私はキヨナガ。精霊道を歩む者です」

 

「精霊道?」

 

 マンチカンニャンニャが首を傾げた。

 

「何なのだ、それは」

 

「宗教か?」

 

 ペルシャニャンニャは、露骨に警戒した。

 

「勧誘なら、お断りだぜ」

 

「……勧誘ではない」

 

 キヨナガはようやく三人へ視線を向けた。

 だが、その目にあったのは興味ではない。

 値踏みするような、冷たい視線だった。

 

「差し入れだ」

 

 キヨナガは、手に持っていた大きな紙袋を持ち上げた。

 袋の中には、高そうなクッキー。果物のゼリー。色とりどりの飴。小さなケーキ。

 

「お菓子ニャ!?」

 

「宝石みたいなゼリーなのだ!」

 

 ミケニャンニャとマンチカンニャンニャが、同時に一歩前へ出る。

 

 だが。

 

 ペルシャニャンニャが、二人の首根っこを掴んで止めた。

 

「待て」

 

「ペルシャ?」

 

「怪しい奴から、食べ物をもらうな」

 

「でも、絶対おいしいニャ……」

 

「ゼリーが、ものすごくおいしそうなのだ……」

 

「駄目だ。……もらう理由がないだろ」

 

 キヨナガは、わずかに眉を動かした。

 

「何を()()()している、魔法少女」

 

 三人が見る。

 

 キヨナガは紙袋を抱え直し、きっぱりと言った。

 

「これは精霊様方のための菓子。決してお前たちのものではない」

 

「「「精霊たちの!?」」」

 

 三人の声が揃った。

 

「当然だ」

 

 キヨナガはミッケ、ペシャ、カンキチを順に見た。

 

 その時だけ、声が少し柔らかくなる。

 

「ミッケ様には、魔力回復を促す蜂蜜のクッキーを」

 

 小さな包みを取り出す。

 

「ペシャ様には、精神疲労を和らげるハーブの飴を」

 

 次に、細長い袋を掲げる。

 

「カンキチ様には、腹持ちのよい果実ゼリーを。ただし、一度に全部食べてはいけません。お腹を壊します」

 

 カンキチの目が、きらきらと輝いた。

 

「カ、カンキチ専用だカン……!」

 

「な、なんで好みまで知ってるミケ……?」

 

 ミッケが少し引きながら尋ねる。

 キヨナガは、何でもないことのように答えた。

 

「精霊様を愛している故です」

 

「答えになってないニャ」

 

「なっている」

 

「なってないのだ」

 

 ペルシャニャンニャは、警戒を解かなかった。

 

「……あんた、何者なんだぜ」

 

「先ほど名乗った」

 

「精霊道のことを聞いてるんだ」

 

「精霊様を敬い、知り、共に生きる道だ」

 

「ますます分からないニャ」

 

 キヨナガは、少しだけ息を吐いた。

 

 そして。

 

 マジルカニャンニャの三人を、静かに見据えた。

 

「お前たちは、——精霊様を酷使しすぎている」

 

 空気が変わった。

 ミケニャンニャの笑顔が、少しだけ固まる。

 

「……こ、酷使?」

 

「今の戦闘……。」

 

 キヨナガは、まっすぐに言った。

 

「バッドデーモンのコアは異次元にある。人間界側の肉体を砕くだけでは、完全には消えない」

 

「それは知ってるニャ」

 

「異次元側のコアへ届き、浄化を成立させる。その役目を担っているのは誰か——。」

 

 キヨナガの視線が、精霊たちへ向く。

 

「魔法少女ではない」

 

 ミッケたちが、ぴくりと耳を動かした。

 

「——精霊様方だ」

 

 キヨナガの声は低い。

 

「人の負の感情。異次元に沈んだ悪意。そこへ触れ、コアを浄化する。それは、ただ魔力を使うだけではない。……心を削る」

 

 ペルシャニャンニャの表情が変わった。

 

「……」

 

「精霊様方は、お前たちを止めない」

 

 キヨナガは続ける。

 

「相棒だからだ。共に戦うと決めた者だからだ。お前たちが前へ進もうとすれば、疲れていても『大丈夫』と言う」

 

「……」

 

「その健気さに、甘えてはなりません」

 

 その言葉が。

 音駒町の夕暮れに、重く落ちた。

 

 ミケニャンニャは、ミッケを見た。

 ミッケは、目を逸らした。

 

「ミッケ……」

 

「だ、大丈夫ミケ」

 

 ミッケは慌てて言う。

 

「今日くらい、全然平気ミケ。ミケニャンニャが頑張ってたから、私も頑張っただけミケ」

 

「ペシャも同じペシャ」

 

 ペシャが言った。

 

「ペルシャが前に出てたから、後ろから支えるのは当たり前だペシャ」

 

「カンキチも平気だカン!」

 

 カンキチが、ゼリーの缶を抱えて胸を張る。

 

「マンチカンのためなら、カンキチは百回でも浄化するカン!」

 

「カンキチ……」

 

 マンチカンニャンニャの目が、少し潤んだ。

 

 すると。

 

 キヨナガの表情が、ごくわずかに揺れた。

 厳しい目元が、ほんの少しだけ緩む。

 

「……なんと、健気な」

 

 声は低かった。

 けれど、その言葉には、隠しきれない熱があった。

 

「疲弊を隠し、相棒を責めず、自らの意思で共に戦うと告げる」

 

 キヨナガは、静かに目を伏せる。

 

「精霊様とは、かくも尊き存在なのか……あぁ、尊い」

 

 胸元のストラップが、風もないのに小さく揺れた。

 

「己を削りながら、相棒を庇う。なんという愛。なんという忠義」

 

 そこで一度、言葉が止まる。

 キヨナガは深く息を吸った。

 そして、合掌した手を静かに下ろした。

 

「……失礼。少々、心が先走りました」

 

 声はもう、いつもの落ち着きを取り戻していた。

 

「精霊様方の健気さに触れると、どうにも平静を保ちにくい。精霊道を歩む者として、未熟ですね」

 

「自分で言うニャ……?」

 

 ミケニャンニャが小さく呟く。

 

「な、なんか怖いミケ」

 

「褒められてるのに、近づきたくないカン」

 

「分かるペシャ、何かしっとりしている」

 

 ペシャが真顔で頷いた。

 だが、キヨナガは気にしていなかった。

 

「心配はいりません、精霊様方。菓子は十分にあります」

 

「心配してるのはそこじゃないミケ」

 

「栄養補給の後は休息です。精霊様方は、今日はもう戦う必要はありません」

 

「え?」

 

「お前たちもだ、魔法少女」

 

 キヨナガは、今度は三人の魔法少女を見る。

 先ほどまで精霊へ向けていた柔らかな表情は、完全に消えていた。

 

「精霊様に無理をさせたくないなら、まずは彼らをよく見なさい」

 

「……私、全然気づいてなかったニャ」

 

 ミケニャンニャが、唇を噛んだ。

 

「みんなが大丈夫って言うから、大丈夫なんだって思ってたニャ。でも、私がリーダーなのに」

 

「——気づかなかった。知らなかった。その言葉で、精霊様方の負担が消えますか?」

 

「え?」

 

 ミケニャンニャが、顔を上げる。

 

 声音は荒くない。けれど、まっすぐ過ぎるほどに冷たかった。

 ミケニャンニャの表情が曇る。

 

「キヨナガ……さん?」

 

「……」

 

 キヨナガは、そこで一度目を閉じた。

 自分の言葉を、心の中でなぞるように。

 ほんの短い沈黙の後、彼はゆっくりと息を吐いた。

 

「失礼しました」

 

 三人が、わずかに目を見開く。

 

「精霊様方を思うあまり、……言葉が強くなった」

 

 キヨナガは、深く頭を下げる。

 

「お前たちが精霊様方を大切にしていないとは、言っていない」

 

「……」

 

「ただ、大切に思うことと、負担に気づけることは別だ」

 

 ミケニャンニャは、じっとキヨナガを見た。

 言われたことが、間違っていないのは分かる。

 

 けれど。

 

 自分たちが精霊を大切にしてきた気持ちまで、彼には届いていない気がした。

 

「キヨナガさんが、精霊たちを大事にしてることは分かるニャ」

 

 ミケニャンニャは、ゆっくりと言った。

 

「私たちのことを心配してるんじゃなくて、精霊たちが苦しむのが嫌なんだってことも」

 

「その通りだ」

 

 キヨナガは否定しなかった。

 

「でも、私たちも精霊たちを大事に思ってるニャ」

 

 ミケニャンニャは、ミッケたちを振り返る。

 

「今日、見えてなかったことは本当ニャ。だから、これからはもっとちゃんと見る。疲れてる時は休ませる。苦しい時は、戦わせない」

 

「……」

 

 キヨナガは、しばらく黙っていた。

 その時だった。

 

「キヨナガさん!」

 

 商店街の向こうから、女性の声が飛んだ。

 

 黒いジャケット姿の女性が、数人の職員とともに近づいてくる。

 

 胸元には、C.H.A.R.M.の職員証。

 

 音駒町担当のエージェントらしい。

 

 彼女は先に、携帯端末を取り出した。

 

 周囲の悪魔エネルギー残滓を計測し、三人の衣装や精霊の様子を短く確認する。

 

「悪魔空間の消滅を確認。三人とも、大きな怪我は?」

 

「大丈夫ニャ」

 

 ミケニャンニャは、少しだけ元気のない声で答えた。

 

「精霊たちも、今から休ませるところなのだ」

 

 マンチカンニャンニャが言う。

 

「それならいいけど……」

 

 女性エージェントは、キヨナガを見た。

 

「あなたは、また現場へ勝手に入ってきたんですか」

 

「戦闘は終わっていた」

 

「そういう問題ではありません」

 

 明らかに、顔見知りだった。

 

 ペルシャニャンニャが、腕を組む。

 

「この人、何者なんだぜ」

 

 女性エージェントは、少し困ったように息を吐いた。

 

「清永正。通称キヨナガ」

 

「——精霊道を歩む者だ」

 

「……本人はそう名乗っています」

 

「それは聞いたぜ」

 

 女性エージェントは、淡々と続けた。

 

「各地の魔法少女チームの前に現れては、精霊の扱いについて説教をする自称僧侶です」

 

「自称とは心外」

 

「魔法少女には厳しい」

 

「必要な厳しさ」

 

「精霊には異常に甘い」

 

「当然。精霊様方は麗しく、尊く、そして健気なのだから」

 

「そして、精霊界の事情に妙に詳しい」

 

 女性エージェントは、キヨナガを横目で見た。

 

「C.H.A.R.M.から何度か協力を打診していますが、全部断られています」

 

「組織に属する気はない」

 

「敵対行為はしていません。だから拘束もできません」

 

「そもそも、拘束される理由がない」

 

「戦闘現場の近くへ勝手に入るのは、十分に問題です」

 

「戦闘後だ」

 

「そこを細かく言い返さないでください」

 

 女性エージェントは、軽く頭を抱えた。

 マンチカンニャンニャが、ペルシャへ小声で尋ねる。

 

「……あの人、苦手なのだ」

 

「奇遇だな。あたしもだぜ」

 

 ペルシャニャンニャは、キヨナガから目を離さなかった。

 

 その隣で。

 

「私も、……ちょっと苦手ニャ。でも——悪い人ではない気がする」

 

 ミケニャンニャは苦笑した。

 

 だが、その笑顔はどこか寂しそうだった。

 キヨナガは、ミッケたちへ向き直る。

 

「精霊様方。今日は、どうかゆっくりとお休みください」

 

 三体の精霊が、こくりと頷く。

 

「あなた達」

 

 今度は三人の魔法少女へ。

 

「精霊様方に、これ以上の無理をさせるな」

 

 ミケニャンニャが、まっすぐにキヨナガを見る。

 

「……分かったニャ」

 

「分かったなら良い」

 

 キヨナガは紫の法衣を翻した。

 

「ま、待ってニャ、キヨナガさん!」

 

 ミケニャンニャの声が、背中へ届く。

 キヨナガは止まった。

 

 だが、振り返らない。

 

「私たち、精霊たちと一緒に強くなりたいニャ」

 

「……」

 

「精霊たちを守れる魔法少女になりたいニャ」

 

 少しの沈黙。

 夕暮れの商店街を抜ける風が、キヨナガの法衣を揺らした。

 

 そして。

 

 キヨナガは、振り返らないまま言った。

 

「……精霊様を守れない者に、精霊様と共に強くなりたいなどと言う()()はありません」

 

 そのまま。

 紫の僧侶は歩き出した。

 数歩進んだところで、胸元のストラップが大きく揺れた。

 

 じゃら、じゃら、じゃら。

 

 マンチカンニャンニャが、ぽつりと呟く。

 

「あれ、少しうるさいのだ」

 

「本人は気づいてなさそうだぜ」

 

 ミケニャンニャは、去っていく背中を見つめていた。

 

「分かり合えないのかなニャ……」

 

 ミッケが、そっと彼女の肩へ乗る。

 

 夕暮れの商店街を。

 紫の僧侶は、去っていった。

 

     Θ

 

 音駒町から雨玻町へ続く、人気の少ない河川敷。

 キヨナガは、夕焼けの下を一人で歩いていた。

 

 胸元の精霊ストラップが、風に揺れる。

 

 じゃら。

 

 先ほどの自分の言葉を思い返す。

 精霊を思うあまり、言葉が先に立った。

 

 あの三人を傷つけることが目的ではない。

 

 だが、精霊が疲弊している姿を見ると、どうしても心が静かではいられない。

 

「……未熟だな」

 

 小さく呟く。

 それでも。

 

 精霊が無理をしてまで、相棒を庇う姿は忘れられなかった。

 

 その時。

 スマホが震えた。

 

 画面に表示されたのは、魔法少女関連のニュース記事だった。

 

『雨玻町で二人目の成人男性魔法少女、確認』

 

『薔薇をモチーフにした新戦力、ローズ・アンリミテッド』

 

『男の魔法少女チーム、誕生か』

 

 キヨナガの足が止まる。

 

「……二人目」

 

 記事を開く。

 画面に映っていたのは。

 

 ピンクの衣装をまとった、筋骨隆々の巨漢。

 

 ——魔法少女ゲキ・マキシマム。

 

 赤い薔薇を思わせる華やかな衣装をまとった、長髪の大男。

 

 ——魔法少女ローズ・アンリミテッド。

 

 ローズ・アンリミテッドが確認されたのは、二週間前。

 

 雨玻町を覆った悪魔空間での戦闘記録。

 そこには、二人が並び、悪魔兵器を浄化する映像が残されていた。

 キヨナガは、しばらく無言で画面を見つめた。

 

「彼らにも——メイクアップ・リグが応えたと言うことか」

 

 ……本来ありえない。

 

 精霊と契約し、心と魂を重ね、精霊由来の力を、人の形へ正しく通す。

 それが魔法少女という存在だ。

 

 だが。

 

 画面の中にいる二人は、明らかに違う。

 

 強い。

 

 そして、おそらく。

 

 危うい。

 

「精霊と一心同体ではない者が、魔法少女の力を振るっている」

 

 キヨナガの目が、細くなる。

 それは怒りではなかった。

 

 警戒。

 

 そして、強い疑問。

 

「雨玻町か」

 

 キヨナガは、スマホと入れ替えるように、あるものを取り出す。

 

「彼らはどうやって、答えを、()()を得た?」

 

 夕焼けの向こうに、雨玻町が見える。

 

「その資格、見極めなければならない」

 

 紫の僧侶は、静かに——メイクアップ・リグを握りしめた。

 

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【休載】好感度が見えても上手くいくとは限らない(作者:かませ犬S)(オリジナル現代/恋愛)

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総合評価:853/評価:7.05/連載:25話/更新日時:2026年05月06日(水) 07:04 小説情報


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