魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
キヨナガの性格がマイルドになりました。
音駒町の夕方は、いつもなら明るい。
駅前商店街には買い物帰りの人々が行き交い、子供たちが走り抜ける。
仕事を終えた大人たちは、疲れた顔で家路につく。
そんな、ありふれた日常。……のはずだった。
「なんか、もういいかな……」
商店街のベンチに座っていた男性が、ぽつりと呟いた。
手には、楽しみにしていたらしい映画館のチケットがある。
けれど、その目には何の光もなかった。
「予約までしたのに……行くの、面倒になっちゃった」
近くの女子高生も、友人へそう言った。
「今日、ケーキ食べに行く約束だったじゃん」
「別にいいよ。どうせ甘いだけだし」
「……どうしたの?」
「分かんない。何もしたくない」
空気が、重い。
誰かが泣いているわけではない。怒鳴り散らしているわけでもない。
ただ、人々の心から少しずつ、何かが抜け落ちていく。
喜びや楽しみ。明日への期待。
それらを吸い上げるように。
商店街のアーケードの上で、紫色の闇が蠢いていた。
『楽しいことなんて、なくなればいい』
『頑張っても無駄だ』
『笑っている奴が嫌いだ』
闇に浮かぶ、赤い吊り目。
人の形をしているようで、していない。
紫の体は煙のように揺らぎ、腕らしきものは不自然に長い。
異次元敵性存在――バッドデーモン。
人の中にあるポジティブエネルギーを食らい、心を無気力とネガティブで満たしていく存在。
そして彼らが現れれば、周囲には悪魔エネルギー由来の小さな異常領域――悪魔空間が発生する。
空は、うっすらと紫に濁っていた。
『もっと沈め』『もっと嫌になれ』『何もかも、嫌いになれ』
「――
高く、よく通る声が響いた。
商店街の屋根の上から、ピンクの光が飛び込む。
猫耳と大きなリボン。肉球を思わせる装飾。
白いフリルとピンクのスカートを翻しながら、一人の魔法少女が軽やかに着地した。
「みんなの笑顔を盗む悪い子は、私たちが許さないニャ!」
その隣へ、青紫色の魔法少女が降り立つ。
ふわりとした毛並みを思わせる装飾。気品のある衣装。
しかし、その目つきは鋭かった。
「音駒町で好き勝手するなら、覚悟しな。あたしたちの町だぜ」
さらに、街灯の上から黄色い小柄な魔法少女が飛び降りる。
くるりと一回転し、軽やかに着地した。
「可愛い子たちの楽しい時間を邪魔するなんて、百年早いのだ!」
三人は並ぶ。
ピンク、青紫、黄色。
猫をモチーフにした三人組の魔法少女チーム。
「三色にゃんこが、悪い夢を引っ掻いて消すニャ!」
「マジルカニャンニャ、出動だぜ!」
「全力でお仕置きなのだ!」
バッドデーモンたちが、赤い目を細めた。
『魔法少女』『また来た』『お前たちも疲れる』『守っても、誰も褒めない』
「褒められるために戦ってるわけじゃないニャ!」
ミケニャンニャが、両手を前へ突き出した。
「ミッケ!」
「任せるミケ!」
彼女の肩に乗っていた、小さな三毛模様の精霊が飛び立った。
『ミケ・ハッピー・リボン!』
ピンクと白の光の帯が何本も商店街を走る。
それはバッドデーモンの腕へ巻きつき、紫色の体を縛り上げた。
『離せ!』『お前も沈め!』
バッドデーモンの赤い爪が、ミケニャンニャへ振り下ろされる。
だが。
「ペルシャ!」
「見えてるぜ!」
青紫の影が、正面へ飛び込んだ。
ペルシャニャンニャが片腕を振るう。
魔力が、巨大な猫の爪の形となって空を裂いた。
『ペルシャ・グレイス・クロー!』
爪と爪がぶつかる。
火花が散り、バッドデーモンの腕が大きく弾かれた。
「今だぜ、マンチカン!」
「任されたのだ!」
マンチカンニャンニャが地面を蹴る。
小柄な体が、黄色い光の軌跡を残して走った。
バッドデーモンの足元をくぐり抜け、背後へ回り込む。
「『マンチ・スピード・スクラッチ』なのだ!」
黄色い爪の光が、紫の背中を切り裂いた。
『ギャアアアアア!』
バッドデーモンの体が大きく揺らぐ。
だが、倒れない。
その胸元の黒い穴の奥で、赤紫の光が脈打っている。
……隠されたコア。
バッドデーモンの肉体をどれだけ砕いても、あのコアを浄化しなければ完全には消えない。
「三人とも、合わせるニャ!」
ミケニャンニャが叫ぶ。
「当然だぜ!」
「やっちゃうのだ!」
三人の前に、それぞれの相棒精霊が飛び出した。
三毛模様の精霊ミッケ。
ふわりとした長毛を持つ精霊ペシャ。
丸い耳を揺らす精霊カンキチ。
三体の精霊が、空中で手を重ねる。
「ミッケ!」
「ペシャ!」
「カンキチ!」
「一緒に行くニャ!」
三人の魔法少女が、相棒の名を呼ぶ。
『『『マジルカ・スピリット・ピュリファイ!』』』
ピンク、青紫、黄。
三色の光が螺旋を描く。
それはバッドデーモンたちの胸元にある異次元の穴へ、真っ直ぐに突き刺さった。
『やだ……』『消えたくない……』『もっと、もっと嫌な気持ちに……』
「駄目ニャ」
ミケニャンニャが、まっすぐに言った。
「ここには、嫌な気持ちより大切なものがあるニャ」
光が強くなり、紫色の体が内側から白く染まっていく。
赤い吊り目が揺れ、異次元側のコアが小さく弾けた。
次の瞬間。
バッドデーモンは悪魔空間と共に、夕暮れの空気へ溶けるように消えた。
Θ
「やったニャああああ!」
ミケニャンニャが、その場でぴょんと跳ねた。
「今日も音駒町の平和は、マジルカニャンニャが守ったニャ!」
「当然だぜ」
ペルシャニャンニャは腕を組み、少しだけ口元を緩める。
「最後の連携も悪くなかった。マンチカンは少し突っ込みすぎだったがな」
「でも、ちゃんと避けられたのだ」
「相手の爪、髪に掠ってたぜ」
「掠っただけなのだ!」
マンチカンニャンニャは頬を膨らませた。
けれど、すぐに笑顔へ戻る。
「でも勝ったのだ! ミケもペルシャも、精霊たちも最高だったのだ!」
「そうニャ!」
ミケニャンニャが相棒のミッケを抱き上げる。
「今日の私たち、かなり完璧だったニャ!」
「……まあ、連携はよかったミケ」
ミッケはそう答えた。
しかし、声に少しだけ張りがなかった。
ペシャも宙に浮いたまま、小さく息を吐いている。
「ふう……なんか今日は、数が多かったペシャ」
「俺も、少しだけ疲れたカン」
カンキチは胸を張ろうとして。
その場で、ふらりと傾いた。
「カンキチ!?」
「だ、大丈夫だカン!」
「大丈夫じゃない動きだったニャ!」
「平気カン! 俺は強い精霊だカン!連戦なんて楽勝!」
小さな精霊は必死に羽を動かし、何とか姿勢を立て直した。
ミケニャンニャたちは、心配そうに精霊たちを見る。
その時だった。
「――お見事です!」
低く、よく通る声がした。
だが、厳かな声ではない。
妙に張りがあり、やけに熱い声だった。
「なんと美しい連携! なんと見事な信頼! そして何より――精霊様方の献身、実に
三人が振り返る。
商店街の入口。
紫の法衣のような衣装をまとった、坊主頭の男が立っていた。
年齢は三十か四十代ほど。
背が高く、背筋は真っ直ぐ。
立ち姿には僧侶らしい厳かな雰囲気がある。
……そこまではよかった。
問題は、胸元。
数珠のように見える飾り。
だが近くで見ると、それは——数珠ではない。
犬のような精霊。猫のような精霊。鳥のような精霊。
炎の精霊。水の精霊。見たこともない小動物型の精霊。
様々な精霊を模した”
男が歩くたび。じゃら、じゃら、じゃら、と鳴る。
「ええ、見事な浄化でした!」
男は両手を広げ、ミッケたちへ向けて大きく頷いた。
「己を律し、相棒を支え、悪意の渦へ踏み込む! ああ、なんと健気なことでしょう!」
じゃら、じゃら。
「精霊様を敬い……」
じゃら、じゃら。
「精霊様を愛し……」
じゃら、じゃら。
「そして疲れた精霊様には、糖分と休息を!」
マジルカニャンニャの三人が固まった。
「……誰ニャ?」
ミケニャンニャが尋ねる。
男は、三人の魔法少女には目もくれなかった。
そのまま、ミッケ、ペシャ、カンキチへ深く合掌する。
「私はキヨナガ。精霊道を歩む者です!」
「精霊道?」
マンチカンニャンニャが首を傾げた。
「何なのだ、それは」
「宗教か?」
ペルシャニャンニャは、露骨に警戒した。
「勧誘なら、お断りだぜ」
「安心なさい。勧誘ではありません!」
キヨナガは咳払いを一つ。背筋を伸ばした。
「差し入れです」
手に持っていた大きな紙袋を持ち上げる。
袋の中には、高そうなクッキー。果物のゼリー。色とりどりの飴。小さなケーキ。
「お菓子ニャ!?」
「宝石みたいなゼリーなのだ!」
ミケニャンニャとマンチカンニャンニャが、同時に一歩前へ出た。
だが、ペルシャニャンニャが二人の首根っこを掴んで止めた。
「待て」
「ペルシャ?」
「怪しい奴から、食べ物をもらうな」
「でも、絶対おいしいニャ……」
「ゼリーが、ものすごくおいしそうなのだ……」
「駄目だ。……もらう理由がないだろ」
キヨナガは、わずかに眉を動かした。
「何を勘違いしている、魔法少女諸君」
三人が見る。
キヨナガは紙袋を抱え直し、きっぱりと言った。
「これは精霊様方のための菓子。決してあなた達のものではありません!」
「「「精霊たちの!?」」」
三人の声が揃った。
キヨナガはミッケ、ペシャ、カンキチを順に見た。
その時だけ、声が少し柔らかくなる。
「ミッケ様には、魔力回復を促す蜂蜜のクッキーを」
小さな包みを取り出す。
「ペシャ様には、精神疲労を和らげるハーブの飴を」
次に、細長い袋を掲げる。
「カンキチ様には、腹持ちのよい果実ゼリーを。ですが一度に全部食べてはいけません。お腹を壊します!」
カンキチの目が、きらきらと輝いた。
「カ、カンキチ専用だカン……!」
「な、なんで好みまで知ってるミケ……?」
ミッケが少し引きながら尋ね、キヨナガは胸を張る。
「精霊様を愛している故です!」
「答えになってないニャ」
「なっていますとも!」
「なってないのだ」
ペルシャニャンニャは、警戒を解かなかった。
「……あんた、何者なんだぜ」
「先ほど名乗りました」
「精霊道のことを聞いてるんだ」
「精霊様を敬い、知り、共に生きる道です!」
「ますます分からないニャ」
「む……」
キヨナガは一瞬だけ言葉に詰まった。
ミッケ、ペシャ、カンキチ……三体の精霊を改めて見る。
呼吸。魔力の揺らぎ。姿勢。そして、無理に明るく振る舞っている様子。
キヨナガの表情から、先ほどまでの勢いが少しだけ消えた。
「……精霊様方」
声が静かになる。
「かなり無理をなさっている」
空気が変わる。
ミケニャンニャの笑顔が、少しだけ固まった。
「……え?」
「先ほどの戦闘」
キヨナガは、まっすぐに言う。
「バッドデーモンのコアは異次元にある。人間界側の肉体を砕くだけでは、完全には消えない」
「……それは知ってるニャ」
「異次元側のコアへ届き、浄化を成立させる。その役目を担っているのは誰か」
キヨナガの視線が、精霊たちへ向く。
「魔法少女ではない」
ミッケたちが、ぴくりと耳を動かした。
「――精霊様方です」
キヨナガの声は、低い。
「人の負の感情。異次元に沈んだ悪意。そこへ触れ、コアを浄化する」
「……」
「これは、ただ魔力を使うだけの話ではない。精霊様の心を削る行為」
ペルシャニャンニャの表情が変わった。
「精霊様方は、あなた達を止めない」
キヨナガは続ける。
「相棒だから、共に戦うと決めたからです。魔法少女が前へ進もうとすれば、疲れていても“平気”と言ってしまう」
「……」
「だからこそ、相棒である、あなた達が気づかなければならない」
その言葉が。
音駒町の夕暮れに、重く落ちた。
ミケニャンニャは、ミッケを見た。
ミッケは、目を逸らす。
「ミッケ……」
「だ、大丈夫ミケ」
ミッケは慌てて言う。
「今日くらい、全然平気ミケ。ミケニャンニャが頑張ってたから、私も頑張っただけミケ」
「ペシャも同じペシャ」
ペシャが言った。
「ペルシャが前に出てたから、後ろから支えるのは当たり前だペシャ」
「カンキチも平気だカン!」
カンキチが、ゼリーの缶を抱えて胸を張る。
「マンチカンのためなら、カンキチは百回でも浄化するカン!」
「カンキチ……」
マンチカンニャンニャの目が、少し潤んだ。
すると、キヨナガの表情がごくわずかに揺れた。
厳しい目元が、少しだけ潤う。
「……なんと、健気で尊い」
声が震えている。
「疲弊を隠し、相棒を責めず、自らの意思で共に戦うと告げる」
キヨナガは静かに目を伏せた。
「己を削りながら、相棒を庇う……なんという愛。なんという忠義。なんという尊さ……!」
じゃらじゃら。
胸元のストラップが小さく揺れる。
キヨナガは一度、深く息を吸った。
「精霊様とは、かくも麗しく、尊く、眩く、尊い存在なのか……!」
「……『尊い』四回くらい、言ったのだ」
マンチカンニャンニャが呟く。
キヨナガは合掌した手を、ゆっくりと下ろした。
「……失礼」
声は、もう落ち着きを取り戻していた。
「少々、心が先走りました……精霊様のことになると、ついつい」
「自分で言うニャ……?」
ミケニャンニャが小さく呟く。
「な、なんか怖いミケ」
「褒められてるのに、近づきたくないカン」
「分かるペシャ。何かしっとりしている」
ペシャが真顔で頷いた。
だが、キヨナガは気にしていなかった。
「心配はいりません、精霊様方。菓子は十分にあります!」
「心配してるのはそこじゃないミケ」
「栄養補給の後は休息です。今日はもう戦う必要はありません!」
「え?」
「あなた達もです、魔法少女諸君」
キヨナガは、今度は三人の魔法少女を見る。
先ほどまで精霊たちへ向けていた柔らかな表情は少し消えている。
ただし、その目は冷たいだけではなかった。
「精霊様に無理をさせたくないなら、まずは彼らをよく見なさい」
「……私、全然気づいてなかったニャ」
ミケニャンニャが、唇を噛んだ。
「みんなが大丈夫って言うから、大丈夫なんだって思ってたニャ。でも、私がリーダーなのに」
「……気づかなかったでは済みません」
キヨナガは即座に言った。
その声は、鋭かった。
「精霊様方が“平気”と言ったから安心する。疲れていても笑っているから問題ないと思う」
「……」
「それでは、相棒とは呼べません!」
ミケニャンニャの肩が小さく震えた。
キヨナガは、そこで口を閉じた。
自分の言葉を噛みしめるように、目を伏せる。
少しの沈黙。
そして、頭を下げた。
「……失礼しました」
三人が、わずかに目を見開く。
「精霊様方を思うあまり、また言葉が先に立ちましたね」
キヨナガは、顔を上げる。
「あなた達が精霊様方を大切にしていないとは言っていない」
「……」
「むしろ、大切だからこそ、彼らはあなた達のために無理をするのでしょう」
ミケニャンニャは、じっとキヨナガを見る。
「キヨナガさんが、精霊たちを大事にしてることは分かるニャ」
「ええ、当然です!」
「そこは即答するんだニャ……」
「精霊様方は尊いので! それが精霊道なので!」
「う、うん……それも分かる……と思うニャ」
ミケニャンニャは苦笑した。
「今日、見えてなかったことは本当ニャ。だから、これからはもっとちゃんと見る」
ミッケを抱く手に、少しだけ力が入る。
「疲れてる時は休ませる。苦しい時は、戦わせない。私たちが、ちゃんと気づくニャ」
キヨナガは少しだけ目を細めた。
「……良い返事です」
その時だった。
「キヨナガさん!」
商店街の向こうから、女性の声が飛んだ。
黒いジャケット姿の女性が、数人の職員とともに近づいてくる。
胸元には、C.H.A.R.M.の職員証……音駒町担当のエージェントらしい。
彼女は先に携帯端末を取り出した。周囲の悪魔エネルギー残滓を計測し、三人の衣装や精霊の様子を短く確認する。
「悪魔空間の消滅を確認。三人とも、大きな怪我は?」
「大丈夫ニャ」
ミケニャンニャは、少しだけ元気のない声で答えた。
「精霊たちも、今から休ませるところなのだ」
マンチカンニャンニャが言う。
「それならいいけど……」
女性エージェントは、キヨナガを見た。
「あなたは、また現場へ勝手に入ってきたんですか」
「戦闘は終わっていました!」
「そういう問題ではありません」
明らかに、顔見知りだった。
ペルシャニャンニャが腕を組む。
「この人、何者なんだぜ」
女性エージェントは、少し困ったように息を吐いた。
「清永正。通称キヨナガ」
「――精霊道を歩む者です!」
「……本人はそう名乗っています」
「それは聞いたぜ」
女性エージェントは、淡々と続けた。
「各地の魔法少女チームの前に現れては、精霊の扱いについて説教をする自称僧侶です」
「自称とは心外! 正真正銘、精霊道の僧侶です!」
「魔法少女には厳しい」
「必要な厳しさです!」
「精霊には異常に甘い」
「当然です! 精霊様なのですよ?」
「そして、精霊界の事情に妙に詳しい」
女性エージェントは、キヨナガを横目で見た。
「C.H.A.R.M.から何度か協力を打診していますが、全部断られています」
「組織に属する気はありませんから」
「敵対行為はしていません。だから拘束もできません」
「そもそも、拘束される理由がない」
「戦闘現場の近くへ勝手に入るのは、十分に問題です」
「戦闘後です!」
「そこを細かく言い返さないでください」
女性エージェントは、軽く頭を抱えた。
マンチカンニャンニャが、ペルシャへ小声で尋ねる。
「……あの人、苦手なのだ」
「奇遇だな。あたしもだぜ」
ペルシャニャンニャは、キヨナガから目を離さなかった。
その隣で。
「私も、……ちょっと苦手ニャ。でも、悪い人ではない気がする」
ミケニャンニャは苦笑した。
キヨナガは、ミッケたちへ向き直る。
「精霊様方、本日はお疲れ様でした。どうかゆっくりとお休みください」
三体の精霊が、こくりと頷く。
「あなた達」
今度は三人の魔法少女へ。
「今日のことを、反省だけで終わらせてはいけません」
三人が、キヨナガを見る。
「精霊様方を守ると言うなら、次は具体的に備えなさい。浄化後の休息。魔力の消耗を確認する習慣。危険な時に撤退する判断」
その口調は、厳しい。
けれど、一方的に責めるものではなかった。
「強くなるとは、ただ敵を倒せるようになることではない」
「……」
「相棒と、無事に帰るための方法を増やすことです」
ミケニャンニャは、まっすぐにキヨナガを見る。
「私たち、精霊たちと一緒に強くなりたいニャ」
「……」
「精霊たちを守れる魔法少女になりたいニャ」
少しの沈黙。
夕暮れの商店街を抜ける風が、キヨナガの法衣を揺らした。
「……ならば、言葉だけで終わらせないことです」
キヨナガは、振り返らないまま言った。
「次に会う時、精霊様方が今より健やかな顔をしていることを期待しています」
紫の僧侶は歩き出す。
数歩進んだところで、胸元のストラップが大きく揺れる。
……じゃら、じゃら、じゃら。
マンチカンニャンニャが、ぽつりと呟く。
「あれ、少しうるさいのだ」
「本人は気づいてなさそうだぜ」
ミケニャンニャンニャは、去っていく背中を見つめていた。
「……次に会う時は、精霊たちにもっと元気だって言ってもらえるようにするニャ」
「そうだな。今日は反省会じゃなくて、休養日だ」
「賛成ミケ」
「異論なしペシャ」
「ゼリーを食べながら休むカン!」
夕暮れの商店街に、少しだけ笑い声が戻った。
Θ
音駒町から雨玻町へ続く、人気の少ない河川敷。
キヨナガは、夕焼けの下を一人で歩いていた。
胸元の精霊ストラップが、風に揺れる。
じゃら。
先ほどの自分の言葉を思い返す。
精霊を思うあまり、また熱が入った。
あの三人を傷つけることが目的ではない。
むしろ、精霊様方と共に戦う者だからこそ、強くなってほしい。
魔法少女ではない、精霊道を歩む一人の人間としての思い。
「……まだまだ修行が足りませんな」
小さく呟く。
「精霊様方を敬う心は本物。しかし、人を導く言葉となると……どうにも難しい」
その時。スマホが震えた。
画面に表示されたのは、魔法少女関連のニュース記事だった。
『雨玻町で二人目の成人男性魔法少女、確認』
『薔薇をモチーフにした新戦力、ローズ・アンリミテッド』
『男の魔法少女チーム、誕生か』
キヨナガの足が止まる。
「……二人目」
記事を開く。
画面に映っていたのは。
ピンクの衣装をまとった、筋骨隆々の巨漢。
――魔法少女ゲキ・マキシマム。
赤い薔薇を思わせる華やかな衣装をまとった、長髪の大男。
――魔法少女ローズ・アンリミテッド。
ローズ・アンリミテッドが確認されたのは、二週間前。
雨玻町を覆った悪魔空間での戦闘記録。
そこには、二人が並び、悪魔兵器を浄化する映像が残されていた。
キヨナガは、しばらく無言で画面を見つめた。
「彼らにも……メイクアップ・リグが応えたと言うことですか」
本来、ありえない。
精霊と契約し、心と魂を重ね、精霊由来の力を人の形へ正しく通す。
それが、魔法少女という存在だ。
だが、画面の中にいる二人は、明らかに違う。
強い。そして、おそらく危うい。
「精霊と一心同体ではない者が、魔法少女の力を振るっている」
キヨナガの目が、細くなる。
それは怒りではなかった。
警戒、そして、強い疑問。
「雨玻町」
キヨナガは、スマホと入れ替えるように、あるものを取り出す。
白いメイクアップ・リグ。
「どのような
夕焼けの向こうに、雨玻町が見える。
キヨナガは、わずかに口元を引き締めた。
「……見極めなければなりません。精霊様を愛する者として」
紫の僧侶は、静かに。
けれど、どこか熱を帯びた足取りで、雨玻町へ向かい始めた。
更新は平日の夜で、休日は投稿をお休みにします。
最新話は今日の20:00以降投稿します。