魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
激安スーパーは今日も騒がしく、貴和来姫はレジ業務に追われていた。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
バーコードを通し、袋の要不要を確認。品物の向きを整え、表情は柔らかく、声色は穏やか。
いつも通りの働き。
――相変わらず平和ですわね。
行列を捌きながら、心の中で呟く。
デビデヴィ・クライシス先行部隊の幹部としては、いまだ支援削減の余波が重い。
テント暮らしに最低限の補給。失敗の許されない綱渡り。それに比べれば、人間界の接客業はずいぶん秩序立っていた。
……客が常識的であれば、の話だが。
見覚えのある脂ぎった頭が、レジ列の向こうに見えた。
「……また来ましたの」
貴和来姫の笑顔は崩れない。
崩れないが、内心では冷ややかに見ていた。
例の迷惑客である。
少しでも思い通りにならなければ威張り散らす、実に質の良い小悪党。
前回は店長に出禁のイエローカードを切られ、買い物をせず退店した男。
今日は、最初から機嫌が悪そうだ。
相変わらずカゴを乱暴にレジ台へ置き、鼻を鳴らしながら、貴和来姫の顔を見る。
「あんた、まだ研修中なんだ」
「いらっしゃいませ」
「ずいぶん長い研修だねえ」
「まだまだ学ぶことが多いものですから」
「へえ。じゃあ、今日はちゃんと融通きかせてくれる?」
「規則の範囲内であれば」
「その言い方がもう偉そうなんだよなあ」
男はわざとらしく肩をすくめ、菓子の袋を指で弾いた。
「これさ、ちょっと破れてるから安くなる?」
「なりません」
「じゃあこれ、昨日別の店で安かったけど、同じ値段にして」
「当店は当店の価格です」
「じゃあポイント二倍に――」
その時だった。
低い声が、すぐ後ろから聞こえた。
「店員を困らせるのが趣味か?」
男の肩がびくりと跳ねる。
振り返った先にいたのは、買い物かごを片手に持った大男だった。
岩の胸板。大木の腕。首バキバキ。腿パツパツ。百九十三センチ。存在感ドーン。
——五月女ゲキ。
男は一瞬で黙った。
貴和来姫もまた背筋に、冷たいものが走る。
――ゲキ・マキシマム!? よりによって、ここで。
店員としての微笑みを崩さぬまま、内心の動揺を抑える。
この男は、こちらの正体に気づいていない。今ここであの筋肉魔法少女と余計な接触はしたくない。
「きゃ、客には関係ないだろ」
迷惑客が虚勢を張る。
ゲキは、静かに男を見下ろした。
「関係あるさ」
「は?」
「会計は順番だ。お前が無駄な注文をばかりしていると、いつまで経ってもこちらの番に回ってこない」
ゲキは淡々と言う。
「それに……揉め事を起こしたいなら、俺が相手になってやろう。どうだ?」
「……っ」
言葉そのものは乱暴ではない。だが、その圧が凄まじかった。
迷惑客は何か言い返そうとして、結局何も言えなかった。喉が鳴り、視線が泳ぐ。
そして男は、おとなしくなった。
「……べ、別に揉めてないし」
「そうか。ならさっさと会計しろ」
ゲキはそう言って、婦人のレジ台へ自分のかごを置いた。
「すまんな。続けてくれ」
「……かしこまりました」
貴和来姫は、あくまで新人店員として答えた。
バーコードを通す。袋詰めをする。男は一言も文句を言わない。
流れるように会計は終わった。迷惑客はレシートをひったくるように受け取り、そのまま逃げるように去ろうとする。
だが。
「待て」
ゲキの声が飛び、男の背中が止まる。
「会計をしてもらったら、言うことがあるだろう」
「……え?」
「なんだ、分からんのか」
ゲキは首を傾げた。
「お礼だ」
「……っ」
「ほら」
男は、ものすごく嫌そうな顔をした。
だが、ゲキの視線に負けた。
観念したように、男は貴和来姫へ向き直る。
「……ありが……とうございます」
「またお越しくださいませ」
貴和来姫は、完璧な笑みで返した。
迷惑客は顔を真っ赤にし、そのまま足早に去っていく。
自動ドアが閉まり、しばらくの間、レジ周辺に妙な静けさが残った。
ゲキは、ふうと小さく息を吐いた。
「仕事中に悪かったな」
「いえ」
貴和来姫は首を振る。
「ご配慮、ありがとうございます」
ゲキは本当に申し訳なさそうだった。
その態度に、婦人はわずかに目を細める。
――気づいていない。
当然と言えば当然だ。
今の自分は、潜伏用の人間姿。
デビデヴィ・クライシスの幹部『
「会計を頼む」
かごの中には、食器用洗剤、サラダチキン、長ねぎ、きのこ、卵、プロテインバーなど。まったくもって普通の買い物だった。
婦人は内心で少しだけ首を傾げる。
この男は、本当に妙だ。
筋肉の塊で、魔法少女で、しかも客としては無駄に礼儀正しい。
敵としては厄介極まりないが、人間として見ると妙に筋が通っている。
「袋はご利用になりますか?」
「一枚頼む」
「かしこまりました」
「ありがとう」
貴和来姫は何事もなかったように会計を終えた。
ゲキもまた、何事もなかったように頭を下げて立ち去っていく。
その背中を見送りながら、婦人は小さく息を吐いた。
――油断なりませんわね。
迷惑客とは別の意味で。
あの男は、どうにも調子が狂う。
Θ
買い物を終えたゲキは、袋を提げたまま駐車場へ向かった。
客の出入りは多く、カートの音や子供の笑い声が耳に入る。
……その一角、店の入口脇に置かれたガチャコーナーが妙な緊張感に包まれていた。
「……」
ゲキは足を止めた。
見覚えのある
紫の法衣。胸元でじゃらつく精霊ストラップ。
そして、ガチャ筐体の前に仁王立ちし、微動だにしない男。
……キヨナガだった。
ただし、その姿は普段の妙に暑苦しい僧侶というより――。
決戦前の武人だった。
筐体の中で回るカプセルの気配。投入口の硬貨の重み。レバーの感触。
そして、後ろに並ぶ子供たちの視線。それらすべてを見極めるように、キヨナガは真剣な顔で筐体を見つめていた。
ゲキはその異様な光景に少し考えてから、話しかけることにする。
「……何をしている」
「静粛に」
キヨナガは振り向きもせずに言った。
「今、駆け引きの最中です」
「ガチャでか?」
「ガチャだからこそ、です」
キヨナガの指先には、百円玉が四枚。
その持ち方が、妙に厳かだった。
ゲキは筐体へ目を向ける。
透明なカバーの中に、色とりどりの丸いカプセルが入っている。
貼られたPOPには、可愛らしくデフォルメされた小さな魔法少女の精霊たちのイラストが載っていた。
犬のような精霊。
鳥のような精霊。
猫のような精霊。
見たことのあるものも、ないものも混じっている。
タイトルは、こうだ。
『
ゲキは眉をひそめた。
「……これ、非公式グッズだろう」
その瞬間。
キヨナガの目が、ぎらりと光った。
「とんでもない!」
声が大きい。
並んでいた子供が、びくっと肩を揺らした。
「れっきとした公式です!」
「公式なのか?」
「ええ!」
キヨナガはようやくゲキを見た。
目が本気だった。
「意匠利用については、精霊様方ご本人に正式な許可申請が行われております!」
「ちゃんと許可を取っているのか」
「当然でしょう!」
キヨナガは胸を張った。
「精霊様方のお姿を、無断で商品化するなど言語道断! 無礼千万! 不敬の極み!」
「そ、そうだな」
「加えて、これはC.H.A.R.M.監修の公認グッズです」
「C.H.A.R.M.が?」
「ええ。監修の結果、可愛らしさと尊厳の均衡が保たれ、素材感も悪くない。彩色も丁寧。量産品としてはかなり誠実です」
「C.H.A.R.M.はそんな仕事もしているのか」
キヨナガは筐体の中を見つめる。
「……ただし……ただし」
「ただし?」
「シークレットが出ません!!」
重かった。
言葉だけでなく、空気が重かった。
キヨナガは再び、筐体へ向き直る。
その背中には、これから四百円で運命へ挑む者の覚悟があった。
後ろには、小学生くらいの男の子と女の子が二人並んでいる。
「おじさん、まだ?」
「早くしてよー」
キヨナガは、すっと半身で振り返った。
「待たせてしまい、申し訳ない」
真顔だった。
「しかし、これが最後の四百円とは限らぬ以上、ここで退くわけには参りません」
「知らないよー」
「代わりにダブりを差し上げますゆえ!」
そう言って、キヨナガは法衣の袖から小さな包みを取り出した。
中には、同じストラップが三つ四つ。
「ほら。ミッケ様の通常版と、ペシャ様の寝そべり版です」
「わーい!」
「やったー!」
子供たちは一瞬で機嫌を直した。
ゲキは呆れたように缶コーヒーの自販機を見た。
「餌付けじゃないのか、それ」
「善意の譲渡です」
「大体同じだろ」
だがキヨナガはもう返事をしなかった。
静かに四百円分の硬貨を投入口へ入れた。
硬貨が落ちる音が、小さく響く。
――カチリ。
レバーに手をかける。
その動作は、やけに遅い。
呼吸を整え、手首の角度まで調整している。
ゲキは少しだけ感心した。
「そこまで気合いを入れるものか」
「筐体ごとに癖があります」
「あるのか」
「あります」
キヨナガは断言した。
「パチンコじゃないだろ」
「カプセルの重心。内部での偏り。落下位置。巡り合わせ。すべてを読むのです」
「……読めるのか」
「読める時もあります」
「ダメじゃないか。読めない時は?」
「祈ります」
ゲキは腕を組んだ。
「結局、最後はそこか」
「精霊道とは、理と祈りの両輪です」
「……ガチャの話だろ?」
キヨナガは答えず、ゆっくりとレバーを回した。
ごとん、カプセルが落ちる。その音を聞いた瞬間、キヨナガの眉がぴくりと動いた。
子供たちも、なぜか息を呑む。ゲキだけが、微妙に置いていかれていた。
「……なんなんだこの空気は」
「静かに」
キヨナガは両手でカプセルを拾い上げる。重さを確かめるように、わずかに揺らす。それから慎重に開けた。
「……」
沈黙。
子供たちが身を乗り出す。
「出た?」
「シークレット?」
キヨナガは、中身をつまみ上げた。
小さなフィギュアつきストラップ。
柔らかく丸い、三毛模様の精霊。
「……ミッケ様、通常版」
「あー」
「また、ダブりだー」
キヨナガは目を閉じた。
数秒、そのままだった。
それから、ゆっくりと膝をつく。
「な、なんということでしょう……」
じゃら、と胸元のストラップが悲しげに鳴る。
「読んだつもりでした。巡りも、重心も、落下も……ですが、まだ足りぬとは……」
「ただの運だろう」
「違います!」
キヨナガは真顔で言った。
「これは、試されているのです!」
「誰に」
「精霊様方に」
「ガチャで?」
「ガチャで!」
「……ミププはそんなことしないだろ」
ゲキは少しだけ空を見た。
もうツッコむのも面倒になりつつある。
子供たちはダブりのストラップを受け取って喜んでいた。
「おじさん、ありがとー!」
「次は出るといいねー!」
「……うむ」
キヨナガはうなだれたまま答えた。
「精霊道の道は……険しい……」
ゲキはしばらくその姿を見ていたが、やがて小さく息をついた。
「はぁ……来い」
「……どちらへ」
「ベンチだ。少し茶でも飲め」
キヨナガが顔を上げる。
「よろしいのですか」
「このままもう一度回そうとする顔をしている」
「……否定は……できません」
「なら、連行だ」
Θ
スーパーの外れ、自販機の近くにあるベンチ。
キヨナガは、両手でペットボトルのお茶を持ち、妙に神妙な顔で座っていた。お茶はゲキが奢ったものだ。
「かたじけない」
「大げさだな」
ゲキは隣に腰を下ろし、自分の缶コーヒーを開けた。
しばらく、夕方の風だけが二人の間を通り過ぎる。
やがて、ゲキが低く口を開いた。
「……純粋に聞くが」
「はい」
「何故そこまで精霊に執着するんだ?」
キヨナガは、ペットボトルを口元へ運びかけて止めた。それから、少しだけ遠い目をする。
「……話が長くなりますぞ」
「構わんさ」
「大抵の者は、途中で聞くのをやめてしまいます」
「俺は聞きたい」
ゲキはあっさりと言った。
「幸い、今日は常温品しか買っていない。少し長くなっても腐らんだろう」
キヨナガは、ぽかんとした。
それから、じわじわと表情を変える。
「……」
「なんだ?」
「いえ」
キヨナガは静かにペットボトルを握り直した。
「最後まで聞きたいと、そう言ってくださる方は……あまり多くないのです」
「そうか」
「大体は、私が精霊様の話を始めた時点で半分引きます」
「まあ、分かる。精霊に対する話になると熱がこもってるからな」
ゲキは真顔で頷いた。
「……だが、それでも聞きたいさ」
キヨナガはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……ならば、お話ししましょう」
紫の法衣の僧侶は、夕暮れのベンチで静かに息を吸った。
「私が、なぜ精霊様方をここまでお慕いしているのか」
その声音は、先ほどまでガチャに敗北していた男のものとは少し違っていた。
「それは、——二十五年前のことです」
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