魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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5-8 私達を思っていて

 

「それは、二十五年前のことです」

 

 夕暮れのベンチで、キヨナガは静かに語る。

 スーパーの駐車場には、帰宅する車の音が絶えず響き、少し離れた場所では、買い物袋を提げた人々が行き交い、笑い声も混じっていた。

 そんな日常の風景の中で、キヨナガの声だけが、少し遠い場所から聞こえてくるようだった。

 

「当時の私は十六でした。親は厳格でして。娯楽は心を腐らせると、本も、遊びも、音楽も、ほとんど禁じられておりました」

 

 ゲキは黙って缶コーヒーを傾ける。

 

「朝から晩まで勉強。進路も、交友も、人生の道筋も、すべて親が決める。私はそれに従っておりました。従う以外のやり方を、知らなかったのです」

 

 キヨナガは小さく笑った。

 

「ですが、ある日ふと思ったのです。……自分は何のために生きているのだろう、と」

 

 その笑いは、明るくない。

 

「親の期待に応えるためか。言われた通りの人生をなぞるためか。もしそうなら、そこに自分自身はいるのだろか。考え始めると止まらなくなりまして。やがて、心も体もひどく疲れてしまった」

 

 夕風が、法衣の裾を揺らした。

 

「そんな折、私は迷い込んだのです。精霊界へ」

 

 ゲキが、わずかに眉を動かす。

 

「迷い込むものなのか。精霊界は?」

 

「迷い込む時は、案外あっさりです。人は、限界を越えると、時に思いもよらぬ境界を踏み越えるものなのかもしれません」

 

 キヨナガの目が少しだけ柔らかくなった。

 

「そこで私は、一人の精霊様に出会いました」

 

 少し間が空く。

 

「名を、”大精霊フィフィナ”と申します」

 

 その名を口にした瞬間、キヨナガの声が変わった。

 敬意と、懐かしさと、どうしようもない愛しさが滲んでいる。

 

「知的で、気高く、慈愛に満ち、あらゆる精霊様の母のようなお方でした。白く柔らかなで長い耳はぴこぴこと愛らしく、尾はふわふわと優雅で、しかも表情の一つ一つが――」

 

「……早く話を進めてくれ」

 

 ゲキが真顔で言う。

 キヨナガは咳払いした。

 

「……失礼。大変重要な情報でしたので」

 

「それは後で聞くさ」

 

「後で聞いてくださるのですか」

 

「まぁ、気が向いたらな」

 

 キヨナガは少しだけ嬉しそうにし、それから続きを語った。

 

「フィフィナ様は、精霊様をただ愛らしい存在として慈しむだけではなかった。弱き者を支え、傷ついた子を癒し、迷った者には居場所を与えておられた」

 

 ゲキは静かに聞く。

 

「しばらく共に過ごしていくうちに、あの方に問われたのです。『あなたは、何になりたいの?』と」

 

「……」

 

「その時の私は、答えられませんでした。何にもなれぬと思っておりましたから。ですがフィフィナ様は、笑ってこうおっしゃった。『答えがないなら、これから見つければいい。誰かを支える生き方だってある』と」

 

 キヨナガは、自分の両手を見た。

 

「私は、初めて思いました。誰かの期待に応えるためではなく、自分の意志で、誰かを支えたいと」

 

 その声は、穏やかだった。

 

「それからしばらく、私は精霊界でフィフィナ様のお側に仕えました。精霊様たちの世話を手伝い、弱い子を守り、傷ついた子に薬を運び、暴れん坊を諭し……忙しくも、充実した日々でした」

 

 キヨナガは、少しだけ照れたように笑う。

 

「やがて私は、フィフィナ様と夫婦の契りを交わしました」

 

 ゲキの視線がわずかに動いた。

 

「精霊と人間でも、結婚はできるのか」

 

「できます。もっとも、容易ではありませんが」

 

 キヨナガは空を見上げた。

 

「子は授かりませんでした。人と精霊では、そこはどうにもならなかった。ですが……それで不足を感じたことは、一度もありません」

 

「どうしてだ」

 

「精霊界には、あの方が守る精霊様たちがいたからです」

 

 キヨナガは、まっすぐに前を見る。

 

「私にとって、あの子たちは皆、我が子のようなものでした」

 

 ゲキは何も言わなかった。

 だが、その言葉の重さは十分に伝わった。

 

「そんな折、精霊界に一つの予言が下りました。……『遠からず、悪の魔が精霊界を汚しにくる』と」

 

「……悪の魔」

 

 空気が、少しだけ冷える。

 

「フィフィナ様は、すぐに動かれました。精霊界を守るため、人が魔力を扱えるようにする補助具の研究を始められたのです」

 

 キヨナガの視線が、遠い過去をなぞるように細くなる。

 

「それが、後のメイクアップ・リグへと繋がる器。人に魔力を通し、精霊界を守る戦力とするためのもの」

 

「……お前が持っている白いリグか」

 

「ええ」

 

 キヨナガは頷いた。

 

「ですが、開発は難航しました。理論はあっても、出力が安定しない。人の体に魔力を通すだけでも危うい。精霊界を守る戦力として形にするには、あまりにも時間が足りなかった」

 

 そこで、キヨナガは一度目を閉じた。

 

「……間に合わなかったのです」

 

 短い言葉だった。

 

「悪の魔……()()は、完成を待ってくれなかった。精霊界は襲われ、私たちも戦場へ引きずり出されました。丁度二十年前の事です」

 

 夕暮れの空の下、ベンチの周囲だけが少し静まり返ったようだった。

 

「フィフィナ様が襲われた時、私は未完成のメイクアップ・リグを掴みました。何とかすれば間に合うと思った。あの方を守れると思った。……ですが、現実は甘くなかった」

 

 ゲキは、静かに息を吐く。

 

「負けたのか」

 

「完膚なきまでに」

 

 キヨナガは苦笑する。

 だが、その目は笑っていない。

 

「未完成の力で、完成された悪意に勝てるほど、戦場は優しくなかった。私は倒れ、フィフィナ様は……最後の力で、私を人間界へ送り返しました」

 

 沈黙。

 

 駐車場を歩く家族連れの声が、遠く聞こえる。

 

「最後に、あの方はおっしゃいました」

 

 キヨナガの声は、驚くほど静かだった。

 

「『私達を思っていて』と」

 

 ゲキは、缶を握る手に少しだけ力を込めた。

 

「それが、今もあんたを動かしているのか」

 

「ええ」

 

 キヨナガは頷いた。

 

「私は、人間界へ戻ってからしばらく、最初の魔法少女が現れたと知りました。精霊王が、メイクアップ・リグを完成させたのだと」

 

「……」

 

「ですが、その完成形は、私たちが目指していたものとは違っていました」

 

 声が少し低くなる。

 

「人が精霊界を守るための補助具ではなく、精霊様と契約した少女が、精霊の力を通して戦う方式だった」

 

 ゲキは黙って聞いている。

 

「多くの世界や人々を救ってきたことは十分承知しております。結果として、正しかったのでしょう」

 

 キヨナガはそこで、一拍置いた。

 

「ですが、私は納得できなかった」

 

 まっすぐな言葉だった。

 

「精霊様を守るための力が、精霊様を戦わせる力になってしまったように思えたのです」

 

 夕暮れの空を見上げ、キヨナガは続ける。

 

「フィフィナ様が守ろうとした子らが、今度は前線で傷ついている。そう思うと、どうしても、黙っていられなかった」

 

「……それで、精霊道か」

 

「ええ」

 

 キヨナガは胸元のストラップを一つ撫でた。

 

「精霊様を敬い、知り、支え、見つめ、守る。それが、私なりの答えでした」

 

「魔法少女に長々と説教するのも、そのためか」

 

「未成年の少女は、良くも悪くもまっすぐで未熟です」

 

 キヨナガは真面目に言う。

 

「知らないうちに、精霊様に無理をさせる。それでも、精霊様は相棒を支えようとする。だからこそ、せめて人間側にもっと知ってほしいのです。気づいてほしいのです。精霊様の全てを」

 

 ゲキは、そこでようやく小さく笑った。

 

「なるほどな。少しだけ分かった気がする。俺とお前は——()()()()()()

 

 ゲキは缶コーヒーを置いた。

 

「俺も、妻を亡くした」

 

 キヨナガが顔を上げる。

 

「……」

 

「残された娘を守りたい——それが、どれだけ重いかも、どれだけ自分を動かすかも知っている」

 

 言葉は短い。

 だが、十分だった。

 

「だからか」

 

 ゲキは静かに言う。

 

「あんたが精霊のことを話してる時、妙に引っかかりを感じていた」

 

「引っかかり、ですか」

 

「いわば、シンパシーを感じたんだ。守りたいものを失って、残った大事なものを、今度こそ守ろうとしてる……そうだろ?」

 

 キヨナガはしばらく黙っていた。

 そして、小さく、しかし確かに頷いた。

 

「……ええ、その通りです」

 

 その時、ゲキのスマホが震えた。

 LOINEの通知音で、赤司良介からの連絡である。

 

『模擬戦の日程と場所が決まりました。明後日、午後三時。C.H.A.R.M.野外訓練区画B-7にて実施します』

 

 簡潔で、実に赤司らしい文面だった。

 ゲキは画面をキヨナガに見せる。

 

「来たぞ」

 

 キヨナガは目を通し、姿勢を正した。

 

「……いよいよですな」

 

「ああ」

 

 ゲキはスマホをしまい、キヨナガを正面から見た。

 

「手合わせ、全力で受ける」

 

 その目に、もう軽さはなかった。

 相手がただの変人僧侶ではなく、喪失を知り、それでも何かを守ろうとしている男だと知った今、その言葉は重みを持っていた。

 

 キヨナガも、深く頭を下げる。

 

「当日は、正々堂々お願いいたします」

 

「こちらこそ」

 

 二人の間に、奇妙だが確かな信頼が生まれていた。

 

     Θ

 

 しばらくして、キヨナガは立ち上がった。

 法衣の裾を整え、胸元のストラップを鳴らしながら一礼する。

 

「では、私はこれにて」

 

「ああ」

 

「本日は、本当に感謝いたします」

 

「気にするな」

 

「貴方という人物が少しだけ分かった気がします……話せてよかった」

 

「ああ」

 

 キヨナガは去っていく。

 坊主頭の背が、夕暮れの駐車場の向こうへ小さくなっていく。

 ゲキはその背中をしばらく見送った。それから、ふと視線を横へ向ける。

 そこには、さっきまでキヨナガが死闘を繰り広げていたガチャ筐体があった。

 

「……」

 

 少し考える。

 そして、買い物袋をベンチへ置き、ポケットから百円玉四枚を取り出した。

 

「一回くらいなら、いいか」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 一回、四百円。

 

 少し高い気がするが興味がある。

 お金を入れ、レバーを回す。

 

 ごとん。

 

 落ちてきたピンクのカプセルを拾い、何気なく開けた。

 

「……む」

 

 中から出てきたのは、小さなフィギュアつきストラップ。

 

 丸い耳。

 短い手足。

 ふわふわした尻尾。

 妙に見覚えのある、もふっとしたピンクの精霊。

 

 台紙を見る。

 

 ()()()()()() ()()()()()()()() ()()()()()()

 

 ゲキは、それをしばらく見つめた。

 それから、小さく笑う。

 

「お前がシークレットだったのか」

 

 夕暮れの風が、駐車場を吹き抜けた。

 ゲキはミププのストラップを、自分のスマホに取り付ける。

 さっさと帰ろう。家ではきっと、エミカとミププが待っている。

 

 




酒飲みたいけど酒飲んだら執筆できないんだよね
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