魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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5-9 悪魔のサイボーグ

 

 夜。迷惑客の中年男は、駅前の安い居酒屋を出た。

 足元をふらつかせ、頬は赤い。

 

「……クソが」

 

 吐き捨てるように呟いた。

 

 酒を飲んでも、腹の奥の苛立ちは消えなかった。

 むしろ、温まった体の中で、じわじわと広がっていく。

 

 頭に浮かぶのは、あのスーパーの()()だ。

 

 研修中の名札を下げた長身の女。

 貴和来姫。

 

 新人のくせに、落ち着いていて。

 こちらが怒鳴っても慌てず、媚びもせず、ただ正論で返してくる。

 

 しかも今日は、あの謎の筋肉男まで出てきた。

 

「……なんなんだよ、あいつら」

 

 道端の自販機を蹴ろうとして、少しよろめく。

 蹴りは当たらない。男は、ただ舌打ちした。

 

 自分が悪いわけではない。

 あの女が、生意気なのだ。

 あの店員が、客を客として扱わないからだ。

 自分はただ、当然のことを求めただけだ。

 

 ……なのに、恥をかかされた。

 

 礼まで言わされた。みっともない姿を晒した。

 

 思い出すだけで、顔が熱くなる。

 怒りとも、屈辱ともつかない熱だ。

 

「……あれは」

 

 男の目が細くなる。

 

 少し前方、街灯の下を歩いている女性の後ろ姿。

 見覚えがある。

 黒髪をまとめ、地味な服装。肩にはバッグ。

 

 間違いない。噂をすればなんとやらだ。

 

 貴和来姫だ。

 

 男は足音を殺すようにして、後をつけ始めた。

 

 夜道は人気が少ない。

 住宅街を外れれば、古い倉庫や空き地の多い区域になる。

 あの辺りなら、少し脅してやれば泣くだろう。

 謝らせてやればいい。いや、腕の一つでも掴んで、恐怖を教えてやればいい。

 あわよくば……。

 

 邪な考えがよぎった瞬間、胸の奥に甘い熱が灯った。

 

 自分より弱そうな相手を追い詰める時だけ感じる、あの感覚。

 優位に立てるという確信。人を見下ろせるという喜び。

 

 足取りが、少しだけ軽くなった。

 

 貴和来姫は振り返らない。

 まるで気づいていないように、夜道を歩いていく。

 

 人気のない路地へ入る。古びた建物の裏手。

 街灯は切れかけていて、辺りは薄暗い。

 

 男は、口元を歪めた。

 

「へえ……いい場所じゃん」

 

 貴和来姫が、立ち止まる。

 

 ゆっくりと振り返った。

 その顔には、スーパーで見せていた柔らかな笑みがあった。

 

「……ずいぶん、熱心なお客様ですこと」

 

 男の背筋に、ぞくりとしたものが走る。

 

「な、なんだよ……気づいてたのか」

 

「ええ」

 

 貴和来姫は、静かに頷いた。

 

「むしろ、こちらが気づいてほしかったくらいですわ」

 

「は?」

 

「夜道で一人の新人店員を追いかける。人気のない場所までついてくる。脅すか、殴るか、それとも”それ以上”か……」

 

 女の声が、少しだけ低くなる。

 

「分かりやすい殿方ですこと」

 

 男は一歩下がった。

 酔いが少し醒める。

 

「て、てめえ……何言って」

 

「ですから」

 

 貴和来姫は、にこりと笑った。

 

「これは、——罠ですの」

 

 直後。

 背後で、何かが音もなく着地した。

 

 男が振り返る。

 そこにいたのは――巨大な猫だった。

 

 いや、猫ではない。

 

 猫のような頭部に、日本甲冑。

 腰には刀。丸い耳のような兜飾り。

 そして、着ぐるみじみた愛嬌のある輪郭に似合わぬ、恐ろしく渋い声。

 

「……小悪党が」

 

 ユーギ・ザムライ・ニャンタは、静かに片膝を曲げる。

 

「本当の悪党とは何か、とくと教えてやろう」

 

「な、なんだお前は!?」

 

 月明かりが、甲冑の縁を鈍く照らす。

 

「姫様に牙を向けた時点で、貴様は詰みでござる」

 

 男は悲鳴を上げるより早く、拳を振り上げた。

 酔いと恐怖が混ざった、雑な一撃。

 

 だが、ユーギには届かない。

 

 甲冑の影が、ぬるりと動く。

 

 次の瞬間。

 

「ぎゃっ!?」

 

 男の腕が、ありえない方向へ捻り上げられていた。

 地面へ叩きつけられる。

 息が詰まり、咳き込む間もなく、腹に膝が入る。

 

「が、っ」

 

「あまりにも遅い」

 

 ユーギの声は低く、冷たい。

 

 男が起き上がろうとした瞬間、拳が頬へめり込んだ。

 さらに肩。脇腹。太腿。どれも急所は外している。

 だが、痛みだけは鮮烈だった。

 

 ユーギは、相手を殺さず壊す術を心得ていた。

 

「痛いか」

 

「や、やめ……」

 

「怖いか」

 

「ひっ……」

 

「理不尽でござろう?」

 

 猫武者は、男の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。

 

「貴様が今まで振り撒いてきたものだ。とくと味わえ」

 

 男の目に、涙が滲む。

 殴られた痛みだけではない。

 格上の暴力を前にした、どうしようもない恐怖だった。

 

「俺は……俺は悪く……」

 

「その台詞、弱き者を踏みにじる輩は皆そう申す」

 

 ユーギは冷たく言った。

 

「強き相手の前では縮こまる。……実に、小さい」

 

 男は悔しさに顔を歪めた。

 泣きそうな顔で、なおも睨み返そうとする。

 

「……その目」

 

 少し離れたところで、タカワラーイ婦人は扇子を開いた。

 

「ええ。いいですわ」

 

 恐怖と屈辱。

 見下されることへの怒り。

 自分より強いものへの逆恨み。

 

 熟していた。

 十分すぎるほどに。

 

 ユーギは、男の前にしゃがみ込む。

 甲冑の隙間から、ゆっくりと黒い鍵を取り出した。

 

 デビルキー。

 

 禍々しい悪意の結晶を思わせる、細い鍵だった。

 

「な、なんだよ、それ……」

 

「ご褒美でござる」

 

「や、やめろ……!」

 

「案ずるな」

 

 ユーギの声は、妙に優しかった。

 

「すぐに、もっとろくでもない気分になれる」

 

 黒い鍵が、男の胸へ突き立てられる。

 悲鳴が夜道を裂いた。

 

     Θ

 

 廃工場の外では、風に揺れるテントが二つ。

 薄暗い内部では、照明が機械の輪郭を不気味に浮かび上がらせていた。

 

 タカワラーイ婦人が、いつもの幹部の姿へ戻ったまま工場内へ入る。

 その後ろでは、ユーギが赤く脈打つデモンコアを抱えて続いていた。

 

 工場の中央には、大型の培養槽が置かれている。

 

 緑がかった培養液の中に、異形の影が浮かんでいた。

 

 人型。

 だが、機械が体中に取り付けられている。

 胸部は大きく抉られたように空洞になっており、そこへ何かを埋め込むためのスペースが作られている。

 細長い腕。鋭く曲がった脚部。関節ごとに走る黒い管。

 頭部は、バッドデーモンの吊り目を思わせる不吉な輪郭を残しながら、兵器として無理やり整えられている。

 

 まるで、悪魔を()()()()()()したような姿。

 

「……いつもより禍々しいですわね」

 

 婦人が扇子越しに言う。

 培養槽の横では、イタヴリ博士がタブレットを抱え、満足げに笑っていた。

 

「婦人が先に確保してくれていたバッドデーモンのお陰で、開発が捗りました。芸術的な仕上がりです」

 

 婦人は培養槽を見上げる。

 

「……で、いくら使いましたの?」

 

「大した額は……」

 

「博士」

 

「……そこそこ?」

 

「博士」

 

「……少し」

 

 婦人は、差し出された端末を受け取った。

 表示された金額を見て、額に手を当てる。

 

「た、高いですわ!」

 

「ですが見てください、この完成度を!」

 

「見た目の悪趣味さに予算を割きすぎではなくて!?」

 

「悪魔兵器に美学は必要です!」

 

「美学より今後の生活費ですわ!」

 

 婦人は本気で頭を抱えた。

 

 支援は細い。

 軍資金は慢性的に不足。

 テント生活から抜け出せる兆しもない。

 

「食料だけは、まぁスーパーの廃棄予定をくすねてどうにかなっておりますけれど……」

 

「姫様、本日の戦利品でござる」

 

 ユーギが静かに袋を差し出す。

 中には、おにぎり、サンドイッチ、期限間近の総菜パンがいくつか入っていた。

 

「助かりますわ……」

 

 婦人の声に、少しだけ情けなさが混じった。

 

「悪の幹部が、廃棄の確保で安堵する生活……!」

 

「でも飢えはしないでしょう婦人?」

 

「問題は、そこだけではありませんの!」

 

 博士は聞いていないふりで、培養槽の操作へ戻った。

 

「ともあれ、こいつは安上がりですよ。既存の悪魔もどき(バッドデーモン)をベースに、悪魔兵器として再設計しただけですからね」

 

「書類の額と矛盾していますわよ」

 

「研究費には夢も含まれます」

 

 博士は培養液の排出を始める。

 ごぼごぼと音を立て、緑色の液体が抜けていく。

 

 やがて、異形の兵器がゆっくりと姿を現した。

 濡れた黒い装甲が、鈍く照明を反射する。

 

「バッドデーモンは元々、人のポジティブを食って力に変える性質を持つ。そこへデモンコアを兵器の心臓として組み込み、互いに喰い合わせる」

 

「喰い合わせる?」

 

 婦人が目を細める。

 博士は楽しげに頷いた。

 

「そう。デモンコアは負の感情を燃料にする。バッドデーモンはポジティブを奪う。ならば、デモンコアから溢れる負を加速させるためにポジティブを奪わせ、その欠落でさらに負を煽る」

 

 博士は両手を広げた。

 

「奪う。枯れる。苛立つ。さらに奪う。悪循環です。実に美しい」

 

「性格が悪いですわね」

 

「悪の科学者ですので」

 

 ユーギが、赤いデモンコアを差し出す。

 博士はそれを慎重に受け取り、兵器の胸部へ埋め込んだ。

 

 瞬間。

 

 黒い装甲の隙間に、赤紫の光が走る。

 胸部の中で脈動が始まり、細い管がどくどくと脈打つ。

 異形の頭部が、ぴくりと動いた。

 

 空気が重くなる。

 

 婦人は扇子を少し下げた。

 

「……すごい出力」

 

「でしょう?」

 

 博士はうっとりしていた。

 

「バッドデーモンの核とデモンコアが、互いに奪い合い、喰い合い、その悪循環そのものを高出力へ変換しているのです」

 

「しかも、元がバッドデーモンということは」

 

「ええ」

 

 博士の眼鏡が怪しく光る。

 

「デモンコアも今はバッドデーモンのコアと同じになっています。つまり精霊の力がなければ、決定打になりにくい」

 

 そこで、婦人はふと眉を寄せた。

 

 ゲキ・マキシマム。

 ローズ・アンリミテッド。

 あの二人のすぐ側には、確かに小さな精霊がいた。

 

「……ですが」

 

 婦人は扇子で口元を隠す。

 

「ゲキ・マキシマムの隣には、精霊がいましたわよね」

 

 博士は、にやりと笑った。

 

「そこは問題ありません。ちょっとした工夫をしています」

 

 博士は兵器の胸部を軽く叩いた。

 内部で、何か機構が噛み合うような音がする。

 

「精霊さえ押さえれば、この個体は()()()()です」

 

 婦人は数秒、博士の顔を見た。

 

「期待していますわよ博士」

 

 培養槽の前で、新たなデビガノイドがゆっくりと目を開いた。

 

 赤紫の吊り目。濁った光。

 胸部で脈打つ、悪意と欠落の融合体。

 

 それは静かに立ち上がり、工場の空気が、さらに重く沈んだ。

 タカワラーイ婦人は、その姿を見上げて口元を歪める。

 

 扇子が、ぱちんと鳴る。

 

「次こそ、あの男たちに礼を返して差し上げましょう」

 

 新たな悪魔兵器は、呼吸のような不気味な駆動音を立て

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