魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
C.H.A.R.M.野外訓練区画B―7は、見渡す限りの草原だった。
魔法少女たちが魔法の訓練を行えるように用意された区画であり、その広さはちょっとした公園どころではない。
起伏の緩い地形。背の低い草。ところどころに埋め込まれた衝撃吸収板。遠方には、安全管理用の隔壁と観測設備が見える。
空は高く、風は強い。
上空には何十ものドローンが飛んでいた。
球形。羽虫のような小型。細長い観測特化型。魔力波形を拾うもの。衝撃値を測るもの。熱源を追うもの。高速度撮影用。
まるで訓練区画の上だけ、別の戦争が始まっているような光景だった。
Θ
厚い防壁に守られた観戦室の中で、エミカはガラス越しにその光景を見ていた。
「……お坊さんと手合わせするだけで、ここまで大げさにする必要ある?」
思わず、そう呟いてしまう。
室内には、赤司良介、氷野カズマ、風間カリン、ミププ、そしてエミカとC.H.A.R.M.の職員が数名いる。
全員がモニターと強化ガラスの向こうを交互に見ている。
その中で、一番生き生きしているのはカリンだった。
腹部の傷がまだ完全には癒えていないはずなのに、彼女は複数の端末を前に、研究者の顔でドローン群を調整している。
白衣の裾が揺れ、指が忙しく画面を滑った。
「必要よ」
カリンは振り返りもせずに言った。
「今回の手合わせで、メイクアップ・リグの謎と、五月女さん達の変身システムの一端が見えるかもしれない」
「一端、ですか」
赤司が補足するように言う。
「正式な魔法少女と、ゲキさんとローズさんでは、明らかに変身の成立条件が違います。そこへキヨナガさんのプロト・メイクアップ・リグまで加わる」
端末画面には、三つの魔力波形が並んでいる。
ピンク、赤、そしてキヨナガの白。
それぞれ、似ているようで明らかに異なっている。
「もしこの仕組みが解明できれば」
カリンが続ける。
「いずれ、人類だけで
エミカは、複雑な顔になった。
隣のミププも、耳を少し下げる。
「……なんか、そう言われると複雑ミプ」
「ええ、そうね」
カリンはあっさり認めた。
「でも人類は、あまりにも知らないことが多すぎるのよ」
ようやく彼女が振り返った。
眼鏡の奥の目が、妙に熱を帯びている。
「”異次元敵性存在”は、なぜ何度もこの世界を襲うのか。”悪魔”とはそもそも何なのか。なぜ彼らは地球を”
指先で端末を叩く。
「私たちが持っているのは、断片だけの情報。地球側にいる精霊たちの証言も、現場の戦闘記録も、敵の残骸も、どれも全体のごく一部でしかない。……挙げたらきりがないわ」
氷野が、低く咳払いした。
「風間」
「はい」
「C.H.A.R.M.は、あくまで魔法少女を支援する組織だ。研究欲が先走って、本分を疎かにされては困る」
カリンは反省した様子もなく、また端末へ向き直る。
「……そういう性分なので」
「開き直るな」
「努力はしています」
エミカは、そのやり取りを半目で見てから、ミププへ視線を向けた。
「ねえ、ミププ」
「なんミプ」
「前にも聞いたけど、精霊界ってどんな場所だっけ」
ミププは、少し胸を張った。
「キラキラした場所で、とても素敵な場所ミプ」
カリンがすぐに反応する。
「ほら、またそれ」
「何がミプ?」
「精霊はいつも精霊界のことを抽象的にしか答えないのよ」
「だって、本当にそうとしか言いようがないミプ!」
ミププは両手を広げた。
「すごく綺麗で、優しくて、懐かしくて、帰るとほっとして……でもそれだけじゃ足りないくらい素敵な場所ミプ!」
エミカは苦笑する。
「……まあ、ミププが好きなのは伝わるよ」
「当然ミプ!」
カリンが、少しだけ面白くなさそうに息を吐いた。
「精霊界へ実際に行ったことのある人間が、あまりにも少ない」
モニターの一つに、キヨナガの事前資料が映る。
「引退後、相棒精霊と共に精霊界へ移住したごく一部の元魔法少女と……あとは”迷い込んだ”というキヨナガさんくらい」
「キヨナガ、貴重なサンプルミプね」
ミププがぼそっと言う。
カリンは、眼鏡の位置を直した。
「本当なら、あの人を取り調べ室に閉じ込めて、小一時間ほど精霊界の社会構造について、事細かく聞きたいところだけど」
「こ、怖いこと言わないでください」
赤司が即座に止めた。
「キヨナガさんはそういうの、あまり組織相手には話さないでしょう」
「……でしょうね。性格的に」
カリンは、実に惜しそうだった。
エミカとミププは、そろって少しだけ引いた。
Θ
草原の中央では、すでに変身した三人が向かい合っていた。
ゲキ・マキシマム。
ローズ・アンリミテッド。
そして、白い試作衣装――どう見ても吊りパンにしか見えない姿のキヨナガ。
ローズ・アンリミテッドが、少し困ったように首を傾げる。
「本当に、その姿で続けるのね」
「試作ゆえ、これが完成形です」
「機能性重視……という分けなんだろうな」
ゲキ・マキシマムは腕を組んだ。
キヨナガは咳払いし、空気を引き締めた。
「本日の手合わせ、勝敗そのものに意味はありません」
白い魔力が、ふわりと揺れる。
「私が
ローズが目を細めた。
「二対一で、本当にいいの?」
「心配無用です」
キヨナガは静かに構える。
「二人まとめて受けてこそ、見えるものがあります」
ゲキが頷いた。
「なら、遠慮はしない」
「それで結構です」
「アタシも本気でいくわ」
三人が、互いに一礼した。
風が吹く。
次の瞬間。
――ドン!!
音が、遅れて来た。
最初に動いたのはゲキ・マキシマムだ。
大地を踏み抜く一歩。
草原が爆ぜ、土がめくれ上がり、ピンクの巨体が砲弾のように突っ込む。
ローズ・アンリミテッドも同時に地を蹴る。
赤い花弁を残しながら、弧を描くように回り込む。
二方向からの挟撃。
だがキヨナガは、一歩も退かない。
「――ふっ!」
白い魔力が膨れた。
次の瞬間、キヨナガの姿が消える。
いや、消えたように見えた。
ゲキの拳が空を切る寸前、キヨナガはすでに懐へ潜り込んでいた。
肘打ち。
ゲキの脇腹へ鋭くめり込む。
重い音。
「ぬっ」
しかしゲキ・マキシマムは止まらない。
体をひねり、その勢いのまま裏拳を薙ぐ。
キヨナガは身を沈めて回避。
今度はローズの『マジカル・ウィップ』が頭上から降る。
――ビシィッ!!
赤い茨が空を裂いた。
だがそれも、キヨナガは紙一重で躱す。
避けながら、地面へ手をつく。
その反動で身体をひねり、回転蹴り。
ローズがウィップを巻き戻して防ぐ。
赤い茨と白い足技がぶつかり、火花のような魔力が散った。
「速いわね……!」
「プロトタイプゆえ、魔法行使に余裕がないのです」
キヨナガは着地し、そのまま低く踏み込んだ。
「ゆえに!」
拳。
拳。
掌底。
膝。
それは僧侶の戦い方ではなかった。
むしろ、鍛え抜かれた格闘家のそれだった。
白い魔力を纏ったキヨナガの打撃は、風圧だけで草を薙ぎ払う。
ゲキが受ければ地面が沈み、ローズが捌けば花弁の軌跡が弾ける。
観戦室のガラス越しに、エミカが思わず引いた。
「……何あれ」
赤司が、端末を見たまま答える。
「模擬戦です」
「いや、そんなことは見れば分かるけど」
モニターの中では、三つの影がとっくに人間の目で追える速度を越えていた。
草原を蹴るたびに土柱が上がる。
接触のたびに衝撃波が走る。
上空へ跳ね上がったかと思えば、そのまま空中で何度も打ち合い、流星のように地面へ突っ込む。
ミププが半泣きで言う。
「ま、魔法少女の戦い方じゃないミプ! まるで少年漫画ミプ!」
「今さらでしょう」
カリンは半ば呆れたように言った。
「でも見て。キヨナガさんのプロトタイプの出力配分が極端だわ。魔力は魔法式じゃなくて、身体強化と近接格闘補助へ集中してる。ゲキさん達よりも」
「だからあんなに動けるのか」
氷野が言う。
カリンは端末を叩いた。
「ええ。洗練された魔法じゃない。魔力の出力をそのまま肉体へ押し込んでる」
その時。
草原の中央で、ゲキ・マキシマムが距離を取った。
両足を大きく開く。
右腕を後ろへ引く。
ピンクの魔力が、腕へ集まっていく。
「……ふむ」
キヨナガの目が細くなる。
ゲキが低く唸った。
「新技だ」
「その申告は親切ですな」
「避けられるなら、避けてみろ——!」
ピンクの光が、腕から奔流となって解き放たれた。
『マキシマム・マジカル波!!』
――ゴオオオオオオオッ!!
一直線の魔力砲。
地面を削り、草原を焼き払いながら進む破壊の光線。
どう見ても、どう聞いても、どこかで見たことのある類の必殺技だった。
観戦室で、エミカが立ち上がる。
「それ、どう見ても”
赤司が即座に端末へ打ち込む。
「暫定名称は保留にします」
「いや、別に保留にしなくていいよ!」
だが、キヨナガはその光線の真正面から一歩だけ横へずれた。
たったそれだけで、躱した。
ピンクの奔流が、背後の草原をえぐり取りながら遠くで炸裂する。
ローズ・アンリミテッドは、その隙へ赤いウィップを何重にも走らせた。
「マジカル・ウィップ――ローズ・ケージ!」
鞭が空中で交差し、檻のように閉じる。
正面、左右、頭上。
回避の余地を消すような連続包囲。
だがキヨナガは、白い残像を引いてその網をすり抜けた。
紙一重。いや、紙より薄い。
「避けるだけじゃない!」
ローズが鞭を引き戻す。
その瞬間、キヨナガはもう目の前にいた。
「——ならば、こちらから”問います”ぞ!」
「っ!」
掌底が、ローズの腹へめり込む。
ローズは衝撃を逃がすように後ろへ飛ぶ。
着地しながらも笑う。
「あら、急にお喋り?」
「ローズ殿!」
キヨナガの声は、戦闘中とは思えぬほど静かだった。
「何故、魔法少女になった」
ローズの目が、一瞬だけ揺れる。
だが次の瞬間には、ウィップが唸った。
「——夢だったの」
赤い花弁が舞う。
鞭の軌道が三つに分かれ、キヨナガへ襲いかかる。
「ずっと、ずっと――アタシの夢だった!」
その言葉に乗るように、薔薇の魔力が爆ぜた。
キヨナガはその連撃を受け流しながら、わずかに目を伏せる。
「……そうですか」
次に視線が向いたのは、再び踏み込んできたゲキだった。
「では、ゲキ殿」
ゲキ・マキシマムの拳が、真正面から迫る。
キヨナガはそれを両腕で受けた。
草原が割れる。
「あなたは何故、魔法少女になった」
「決まっている!」
ゲキの声は短い。
が、重い。
「娘のためだ」
その瞬間、ゲキの拳圧が一段増した。
ピンクの魔力が激しく燃え上がる。
受けたキヨナガの足元が、ずるりと地面を滑った。
「エミカを守るため」
ゲキはさらに押し込む。
「そして、娘が守ってきたものを、俺が守るためだ」
キヨナガは、そこで初めて小さく笑った。
「——なるほど」
白い魔力が膨れ上がる。
両者が弾けるように距離を取った。
「十分です」
その時、ローズが後方から大きく跳んだ。
上空で身体をひねり、赤い魔法陣を幾重にも咲かせる。
「ゲキ!」
「ああ!」
ゲキが腕を大きく引く。
ローズのウィップが螺旋を描く。
ピンクと赤。二つの魔力が、違う形で一つの方向へ収束していく。
観戦室の警報が鳴り始めた。
「出力上昇!」
「ゲキさんとローズさんの魔力同期率、急上昇してます!」
「B―7の地表耐久値、警戒ライン突破!」
赤司が叫び、エミカが焦る。
「ちょ、ちょっと、本当に模擬戦ですよね!?」
「今さら止めても遅いわ」
カリンは食い入るようにモニターを見た。
草原の中央で、二人の必殺級の一撃が同時に放たれる。
『マジカル・ギガインパクト!』
『ローズ・ハートブレイク!』
ピンクの巨大砲撃。
赤い螺旋状の砲撃。
それらが白い僧侶を、真正面から飲み込んだ。
――ズガアアアアアアアアアン!!
爆発。
衝撃波が草原を円形に薙ぎ払う。
土と草と砂煙が、空高く吹き上がり、ドローン群が一斉に後退、観戦室の防壁が唸りを上げた。
数秒。実際にはもっと短かったかもしれない。
誰もが、煙の向こうを見つめていた。
風が吹き、砂煙が割れた。
「……嘘」
エミカが、思わず声を漏らす。
そこに、キヨナガは立っていた。
無傷だった。
いや、正確には完全な余裕でもない。
白い魔力の揺らぎは先ほどよりも少し荒い。
だが、立っている。
正面から二人の必殺級を受けて、なお。
キヨナガは、二人を見た。
「使い方は荒い」
静かな声だった。
「力の流し方も粗削り。出力の制御も、まだまだ未熟」
ローズが息を整えながら、皮肉っぽく笑う。
「随分、厳しいわね」
「ですが」
キヨナガは続けた。
「確かに、そこにありました」
白い魔力が風に揺れる。
「フィフィナが目指した力が」
ゲキもローズも、黙って聞いていた。
「人の想いが、魔力を通し、形になる力。守りたいもののために、己を超える力」
キヨナガは、ほんの少しだけ目を細めた。
「私には
羨望だった。
ほんのわずかだが、確かに滲んでいた。
「……よろしい」
キヨナガは、静かに頷く。
「ゲキ殿。ローズ殿。あなた方を、私は認めま――」
——空気が変わった。
観戦室の計器が一斉に赤く染まる。
「な……悪魔反応!!」
赤司の声が響いた。
「B―7区画全域に、急速な悪魔空間展開!」
「出現座標、模擬戦エリア中央!」
エミカがガラスへ駆け寄る。
ミププの毛が逆立った。
「まずいミプ!」
草原の色が変わる。
青かった空が、みるみるうちに紫へ濁っていく。
足元の草は黒ずみ、風は重く、冷たくなった。
さっきまでの訓練区画が、一瞬で悪魔空間へ呑まれていく。
上空のドローンが警告音を鳴らしながら後退した。
大地が、盛り上がる。
黒い亀裂が走り、その中心から、何かがゆっくりと姿を現した。
人型。
胸部では赤紫の脈動が激しく明滅し、その全身には不吉な管が走っている。
黒い装甲。禍々しい空洞の胸。
そして、ただ立つだけで、周囲の”ポジティブ”を削っていくような気配。
三人の表情が、一瞬で戦場のものへ変わった。
ゲキ・マキシマムが拳を握る。
ローズ・アンリミテッドがウィップを構え直す。
観戦室ではカリンが端末を見ながら、思わず口元を吊り上げた。
「最悪のタイミング……でも、観測条件としては最悪なくらい最高ね」
氷野が即座に睨む。
「風間」
「はい、すみません。不謹慎でした」
悪魔空間の紫が、草原を完全に覆い尽くす。
白い僧侶は、低く息を吸った。
「……手合わせは終わりですぞ」
その声に、ゲキとローズが並ぶ。
目の前で、新たなデビガノイドがゆっくりと首をもたげた。
胸の脈動が、一つ、大きく鳴る。
月曜日まで投稿時間についてアンケートを取ります!
投稿してほしい時間帯
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