魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

28 / 45
5-10 手合わせ

 

 C.H.A.R.M.野外訓練区画B―7は、見渡す限りの草原だった。

 

 魔法少女たちが魔法の訓練を行えるように用意された区画であり、その広さはちょっとした公園どころではない。

 起伏の緩い地形。背の低い草。ところどころに埋め込まれた衝撃吸収板。遠方には、安全管理用の隔壁と観測設備が見える。

 

 空は高く、風は強い。

 

 上空には何十ものドローンが飛んでいた。

 

 球形。羽虫のような小型。細長い観測特化型。魔力波形を拾うもの。衝撃値を測るもの。熱源を追うもの。高速度撮影用。

 まるで訓練区画の上だけ、別の戦争が始まっているような光景だった。

 

     Θ

 

 厚い防壁に守られた観戦室の中で、エミカはガラス越しにその光景を見ていた。

 

「……お坊さんと手合わせするだけで、ここまで大げさにする必要ある?」

 

 思わず、そう呟いてしまう。

 

 室内には、赤司良介、氷野カズマ、風間カリン、ミププ、そしてエミカとC.H.A.R.M.の職員が数名いる。

 全員がモニターと強化ガラスの向こうを交互に見ている。

 

 その中で、一番生き生きしているのはカリンだった。

 

 腹部の傷がまだ完全には癒えていないはずなのに、彼女は複数の端末を前に、研究者の顔でドローン群を調整している。

 白衣の裾が揺れ、指が忙しく画面を滑った。

 

「必要よ」

 

 カリンは振り返りもせずに言った。

 

「今回の手合わせで、メイクアップ・リグの謎と、五月女さん達の変身システムの一端が見えるかもしれない」

 

「一端、ですか」

 

 赤司が補足するように言う。

 

「正式な魔法少女と、ゲキさんとローズさんでは、明らかに変身の成立条件が違います。そこへキヨナガさんのプロト・メイクアップ・リグまで加わる」

 

 端末画面には、三つの魔力波形が並んでいる。

 ピンク、赤、そしてキヨナガの白。

 それぞれ、似ているようで明らかに異なっている。

 

「もしこの仕組みが解明できれば」

 

 カリンが続ける。

 

「いずれ、人類だけで()()()()()()()()()()()()を手に入れられる可能性だってある」

 

 エミカは、複雑な顔になった。

 隣のミププも、耳を少し下げる。

 

「……なんか、そう言われると複雑ミプ」

 

「ええ、そうね」

 

 カリンはあっさり認めた。

 

「でも人類は、あまりにも知らないことが多すぎるのよ」

 

 ようやく彼女が振り返った。

 眼鏡の奥の目が、妙に熱を帯びている。

 

「”異次元敵性存在”は、なぜ何度もこの世界を襲うのか。”悪魔”とはそもそも何なのか。なぜ彼らは地球を”()()()()()()”と呼ぶのか。”他の世界(マルチバース)”と”精霊界”はどのような場所なのか……」

 

 指先で端末を叩く。

 

「私たちが持っているのは、断片だけの情報。地球側にいる精霊たちの証言も、現場の戦闘記録も、敵の残骸も、どれも全体のごく一部でしかない。……挙げたらきりがないわ」

 

 氷野が、低く咳払いした。

 

「風間」

 

「はい」

 

「C.H.A.R.M.は、あくまで魔法少女を支援する組織だ。研究欲が先走って、本分を疎かにされては困る」

 

 カリンは反省した様子もなく、また端末へ向き直る。

 

「……そういう性分なので」

 

「開き直るな」

 

「努力はしています」

 

 エミカは、そのやり取りを半目で見てから、ミププへ視線を向けた。

 

「ねえ、ミププ」

 

「なんミプ」

 

「前にも聞いたけど、精霊界ってどんな場所だっけ」

 

 ミププは、少し胸を張った。

 

「キラキラした場所で、とても素敵な場所ミプ」

 

 カリンがすぐに反応する。

 

「ほら、またそれ」

 

「何がミプ?」

 

「精霊はいつも精霊界のことを抽象的にしか答えないのよ」

 

「だって、本当にそうとしか言いようがないミプ!」

 

 ミププは両手を広げた。

 

「すごく綺麗で、優しくて、懐かしくて、帰るとほっとして……でもそれだけじゃ足りないくらい素敵な場所ミプ!」

 

 エミカは苦笑する。

 

「……まあ、ミププが好きなのは伝わるよ」

 

「当然ミプ!」

 

 カリンが、少しだけ面白くなさそうに息を吐いた。

 

「精霊界へ実際に行ったことのある人間が、あまりにも少ない」

 

 モニターの一つに、キヨナガの事前資料が映る。

 

「引退後、相棒精霊と共に精霊界へ移住したごく一部の元魔法少女と……あとは”迷い込んだ”というキヨナガさんくらい」

 

「キヨナガ、貴重なサンプルミプね」

 

 ミププがぼそっと言う。

 カリンは、眼鏡の位置を直した。

 

「本当なら、あの人を取り調べ室に閉じ込めて、小一時間ほど精霊界の社会構造について、事細かく聞きたいところだけど」

 

「こ、怖いこと言わないでください」

 

 赤司が即座に止めた。

 

「キヨナガさんはそういうの、あまり組織相手には話さないでしょう」

 

「……でしょうね。性格的に」

 

 カリンは、実に惜しそうだった。

 エミカとミププは、そろって少しだけ引いた。

 

     Θ

 

 草原の中央では、すでに変身した三人が向かい合っていた。

 

 ゲキ・マキシマム。

 ローズ・アンリミテッド。

 そして、白い試作衣装――どう見ても吊りパンにしか見えない姿のキヨナガ。

 

 ローズ・アンリミテッドが、少し困ったように首を傾げる。

 

「本当に、その姿で続けるのね」

 

「試作ゆえ、これが完成形です」

 

「機能性重視……という訳なんだろうな」

 

 ゲキ・マキシマムは腕を組んだ。

 キヨナガは咳払いし、空気を引き締めた。

 

「本日の手合わせ、勝敗そのものに意味はありません」

 

 白い魔力が、ふわりと揺れる。

 

「私が()()と言うまで。それがルールです」

 

 ローズが目を細めた。

 

「二対一で、本当にいいの?」

 

「心配無用です」

 

 キヨナガは静かに構える。

 

「二人まとめて受けてこそ、見えるものがあります」

 

 ゲキが頷いた。

 

「なら、遠慮はしない」

 

「それで結構です」

 

「アタシも本気でいくわ」

 

 三人が、互いに一礼した。

 

 風が吹く。

 

 次の瞬間。

 

 ――ドン!!

 

 音が、遅れて来た。

 

 最初に動いたのはゲキ・マキシマムだ。

 大地を踏み抜く一歩。

 草原が爆ぜ、土がめくれ上がり、ピンクの巨体が砲弾のように突っ込む。

 

 ローズ・アンリミテッドも同時に地を蹴る。

 赤い花弁を残しながら、弧を描くように回り込む。

 

 二方向からの挟撃。

 

 だがキヨナガは、一歩も退かない。

 

「――ふっ!」

 

 白い魔力が膨れた。

 次の瞬間、キヨナガの姿が消える。

 

 いや、消えたように見えた。

 

 ゲキの拳が空を切る寸前、キヨナガはすでに懐へ潜り込んでいた。

 肘打ち。

 ゲキの脇腹へ鋭くめり込む。

 

 重い音。

 

「ぬっ」

 

 しかしゲキ・マキシマムは止まらない。

 体をひねり、その勢いのまま裏拳を薙ぐ。

 

 キヨナガは身を沈めて回避。

 今度はローズの『マジカル・ウィップ』が頭上から降る。

 

 ――ビシィッ!!

 

 赤い茨が空を裂いた。

 だがそれも、キヨナガは紙一重で躱す。

 避けながら、地面へ手をつく。

 その反動で身体をひねり、回転蹴り。

 

 ローズがウィップを巻き戻して防ぐ。

 赤い茨と白い足技がぶつかり、火花のような魔力が散った。

 

「速いわね……!」

 

「プロトタイプゆえ、魔法行使に余裕がないのです」

 

 キヨナガは着地し、そのまま低く踏み込んだ。

 

「ゆえに!」

 

 拳。

 拳。

 掌底。

 膝。

 

 それは僧侶の戦い方ではなかった。

 むしろ、鍛え抜かれた格闘家のそれだった。

 

 白い魔力を纏ったキヨナガの打撃は、風圧だけで草を薙ぎ払う。

 ゲキが受ければ地面が沈み、ローズが捌けば花弁の軌跡が弾ける。

 

 観戦室のガラス越しに、エミカが思わず引いた。

 

「……何あれ」

 

 赤司が、端末を見たまま答える。

 

「模擬戦です」

 

「いや、そんなことは見れば分かるけど」

 

 モニターの中では、三つの影がとっくに人間の目で追える速度を越えていた。

 

 草原を蹴るたびに土柱が上がる。

 接触のたびに衝撃波が走る。

 上空へ跳ね上がったかと思えば、そのまま空中で何度も打ち合い、流星のように地面へ突っ込む。

 

 ミププが半泣きで言う。

 

「ま、魔法少女の戦い方じゃないミプ! まるで少年漫画ミプ!」

 

「今さらでしょう」

 

 カリンは半ば呆れたように言った。

 

「でも見て。キヨナガさんのプロトタイプの出力配分が極端だわ。魔力は魔法式じゃなくて、身体強化と近接格闘補助へ集中してる。ゲキさん達よりも」

 

「だからあんなに動けるのか」

 

 氷野が言う。

 カリンは端末を叩いた。

 

「ええ。洗練された魔法じゃない。魔力の出力をそのまま肉体へ押し込んでる」

 

 その時。

 

 草原の中央で、ゲキ・マキシマムが距離を取った。

 両足を大きく開く。

 右腕を後ろへ引く。

 

 ピンクの魔力が、腕へ集まっていく。

 

「……ふむ」

 

 キヨナガの目が細くなる。

 ゲキが低く唸った。

 

「新技だ」

 

「その申告は親切ですな」

 

「避けられるなら、避けてみろ——!」

 

 ピンクの光が、腕から奔流となって解き放たれた。

 

『マキシマム・マジカル波!!』

 

 ――ゴオオオオオオオッ!!

 

 一直線の魔力砲。

 地面を削り、草原を焼き払いながら進む破壊の光線。

 どう見ても、どう聞いても、どこかで見たことのある類の必殺技だった。

 

 観戦室で、エミカが立ち上がる。

 

「それ、どう見ても”()()()()()”じゃん!!」

 

 赤司が即座に端末へ打ち込む。

 

「暫定名称は保留にします」

 

「いや、別に保留にしなくていいよ!」

 

 だが、キヨナガはその光線の真正面から一歩だけ横へずれた。

 たったそれだけで、躱した。

 ピンクの奔流が、背後の草原をえぐり取りながら遠くで炸裂する。

 

 ローズ・アンリミテッドは、その隙へ赤いウィップを何重にも走らせた。

 

「マジカル・ウィップ――ローズ・ケージ!」

 

 鞭が空中で交差し、檻のように閉じる。

 正面、左右、頭上。

 回避の余地を消すような連続包囲。

 

 だがキヨナガは、白い残像を引いてその網をすり抜けた。

 紙一重。いや、紙より薄い。

 

「避けるだけじゃない!」

 

 ローズが鞭を引き戻す。

 その瞬間、キヨナガはもう目の前にいた。

 

「——ならば、こちらから”問います”ぞ!」

 

「っ!」

 

 掌底が、ローズの腹へめり込む。

 ローズは衝撃を逃がすように後ろへ飛ぶ。

 着地しながらも笑う。

 

「あら、急にお喋り?」

 

「ローズ殿!」

 

 キヨナガの声は、戦闘中とは思えぬほど静かだった。

 

「何故、魔法少女になった」

 

 ローズの目が、一瞬だけ揺れる。

 だが次の瞬間には、ウィップが唸った。

 

「——夢だったの」

 

 赤い花弁が舞う。

 鞭の軌道が三つに分かれ、キヨナガへ襲いかかる。

 

「ずっと、ずっと――アタシの夢だった!」

 

 その言葉に乗るように、薔薇の魔力が爆ぜた。

 キヨナガはその連撃を受け流しながら、わずかに目を伏せる。

 

「……そうですか」

 

 次に視線が向いたのは、再び踏み込んできたゲキだった。

 

「では、ゲキ殿」

 

 ゲキ・マキシマムの拳が、真正面から迫る。

 キヨナガはそれを両腕で受けた。

 

 草原が割れる。

 

「あなたは何故、魔法少女になった」

 

「決まっている!」

 

 ゲキの声は短い。

 が、重い。

 

「娘のためだ」

 

 その瞬間、ゲキの拳圧が一段増した。

 ピンクの魔力が激しく燃え上がる。

 受けたキヨナガの足元が、ずるりと地面を滑った。

 

「エミカを守るため」

 

 ゲキはさらに押し込む。

 

「そして、娘が守ってきたものを、俺が守るためだ」

 

 キヨナガは、そこで初めて小さく笑った。

 

「——なるほど」

 

 白い魔力が膨れ上がる。

 両者が弾けるように距離を取った。

 

「十分です」

 

 その時、ローズが後方から大きく跳んだ。

 上空で身体をひねり、赤い魔法陣を幾重にも咲かせる。

 

「ゲキ!」

 

「ああ!」

 

 ゲキが腕を大きく引く。

 ローズのウィップが螺旋を描く。

 ピンクと赤。二つの魔力が、違う形で一つの方向へ収束していく。

 

 観戦室の警報が鳴り始めた。

 

「出力上昇!」

「ゲキさんとローズさんの魔力同期率、急上昇してます!」

「B―7の地表耐久値、警戒ライン突破!」

 

 赤司が叫び、エミカが焦る。

 

「ちょ、ちょっと、本当に模擬戦ですよね!?」

 

「今さら止めても遅いわ」

 

 カリンは食い入るようにモニターを見た。

 草原の中央で、二人の必殺級の一撃が同時に放たれる。

 

『マジカル・ギガインパクト!』

 

『ローズ・ハートブレイク!』

 

 ピンクの巨大砲撃。

 赤い螺旋状の砲撃。

 

 それらが白い僧侶を、真正面から飲み込んだ。

 

 ――ズガアアアアアアアアアン!!

 

 爆発。

 

 衝撃波が草原を円形に薙ぎ払う。

 土と草と砂煙が、空高く吹き上がり、ドローン群が一斉に後退、観戦室の防壁が唸りを上げた。

 

 数秒。実際にはもっと短かったかもしれない。

 誰もが、煙の向こうを見つめていた。

 

 風が吹き、砂煙が割れた。

 

「……嘘」

 

 エミカが、思わず声を漏らす。

 そこに、キヨナガは立っていた。

 

 無傷だった。

 

 いや、正確には完全な余裕でもない。

 白い魔力の揺らぎは先ほどよりも少し荒い。

 

 だが、立っている。

 正面から二人の必殺級を受けて、なお。

 

 キヨナガは、二人を見た。

 

「使い方は荒い」

 

 静かな声だった。

 

「力の流し方も粗削り。出力の制御も、まだまだ未熟」

 

 ローズが息を整えながら、皮肉っぽく笑う。

 

「随分、厳しいわね」

 

「ですが」

 

 キヨナガは続けた。

 

「確かに、そこにありました」

 

 白い魔力が風に揺れる。

 

「フィフィナが目指した力が」

 

 ゲキもローズも、黙って聞いていた。

 

「人の想いが、魔力を通し、形になる力。守りたいもののために、己を超える力」

 

 キヨナガは、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「私には()()()()()()()()を……あなた方は、すでに掴んでいる」

 

 羨望だった。

 ほんのわずかだが、確かに滲んでいた。

 

「……よろしい」

 

 キヨナガは、静かに頷く。

 

「ゲキ殿。ローズ殿。あなた方を、私は認めま――」

 

 

 

 ——空気が変わった。

 

 

 観戦室の計器が一斉に赤く染まる。

 

「な……悪魔反応!!」

 

 赤司の声が響いた。

 

「B―7区画全域に、急速な悪魔空間展開!」

 

「出現座標、模擬戦エリア中央!」

 

 エミカがガラスへ駆け寄る。

 ミププの毛が逆立った。

 

「まずいミプ!」

 

 草原の色が変わる。

 

 青かった空が、みるみるうちに紫へ濁っていく。

 足元の草は黒ずみ、風は重く、冷たくなった。

 さっきまでの訓練区画が、一瞬で悪魔空間へ呑まれていく。

 

 上空のドローンが警告音を鳴らしながら後退した。

 

 大地が、盛り上がる。

 黒い亀裂が走り、その中心から、何かがゆっくりと姿を現した。

 

 人型。

 胸部では赤紫の脈動が激しく明滅し、その全身には不吉な管が走っている。

 黒い装甲。禍々しい空洞の胸。

 そして、ただ立つだけで、周囲の”ポジティブ”を削っていくような気配。

 

 三人の表情が、一瞬で戦場のものへ変わった。

 

 ゲキ・マキシマムが拳を握る。

 ローズ・アンリミテッドがウィップを構え直す。

 

 観戦室ではカリンが端末を見ながら、思わず口元を吊り上げた。

 

「最悪のタイミング……でも、観測条件としては最悪なくらい最高ね」

 

 氷野が即座に睨む。

 

「風間」

 

「はい、すみません。不謹慎でした」

 

 悪魔空間の紫が、草原を完全に覆い尽くす。

 白い僧侶は、低く息を吸った。

 

「……手合わせは終わりですぞ」

 

 その声に、ゲキとローズが並ぶ。

 

 目の前で、新たなデビガノイドがゆっくりと首をもたげた。

 胸の脈動が、一つ、大きく鳴る。




月曜日まで投稿時間についてアンケートを取ります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。