魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
来週はもしかしたら朝8時台投稿になるかも。
「ミププ様、しっかりなされ」
キヨナガは膝をつき、倒れたミププを両腕で抱えていた。
熱血ぶりは抑えられている。
大声で励ましたい気持ちはあるが、今のミププに必要なのは熱意ではなく、迅速な処置だ。
竹の小水筒のキャップを開けると、甘い香りがふわりと漂う。
金色の文字で、仰々しく『精霊活性霊験甘露』と書かれている、あの砂糖水だ。
少し離れた場所で膝をついていたローズが、荒い息のまま顔を上げた。
「それ、本当に効くの?」
「ええ、効きます」
キヨナガは即答した。
「精霊様は甘いものを摂ることで、魔力の回復を促せる場合があるのです。個体差はありますが、ミププ様には相性が良いはず」
キヨナガはミププの小さな頭を片手で支え、ほんの少しずつ口元へ水を運ぶ。
「一気に飲ませてはいけません。弱った精霊に急な糖分は負担にもなりますゆえ」
「妙に医者っぽいのね」
「精霊様相手に関してのみ、心得があります」
ミププの唇が、わずかに動いた。
甘い液体をほんの少し飲み込み、小さく喉が鳴る。
「……あまい……ミプ……」
「ええ。それでよろしい」
キヨナガは、ようやく小さく息を吐いた。
だが、その手が震えていることに、自分で気づく。
「……っ」
視線が、ミププの顔へ落ちる。
力を使い果たし、薄くなった魔力。
色が落ちた小さな体。
それでもなお、誰かを助けようとした。
その姿が、一瞬だけ、別の誰かと重なった。
白い耳。
ふわりと揺れる尾。
優しい目。
最後まで、自分より他者を思っていた、大精霊。
キヨナガは強く目を閉じた。
思い浮かぶ、精霊界に悪魔が押し寄せてきた日。
多くの精霊が犠牲になった、あの戦い。
恐怖が、傷口のように疼く。
それでもあの日、精霊たちは故郷を守るため諦めなかった。
自己犠牲。
それはもう、何度も見てきた。
ミププも、マジルカニャンニャの相棒たちも、自らの意思で前へ出る。
相棒を支え、守り、共に戦うために、危険へ飛び込む。
守られるだけではない。
守られたいだけでもない。
――共に戦う存在。
そこまでは、頭では理解している。
だが同時に、胸の奥で別の声が叫んでいた。
大切な存在が傷つく。
失うかもしれない。
また届かないかもしれない。
また間に合わないかもしれない。
それが、怖い。
Θ
その頃。
ゲキ・マキシマムは、バッド・デビガノイドの爪を両腕で受け止めていた。
「ぐっ……!」
衝撃が、全身へ響く。
精霊の力を受けて再変身したことで、明らかに打撃は通っている。
拳で殴れば装甲の奥まで揺れ、蹴りを入れれば悪魔エネルギーの膜が削れ、苦しむ。
だが、決定打にはならない。
『マキシマム・ナックル!』
技を放ち、デビガノイドの外殻が砕ける。
その下の煙めいたバッドデーモンの肉体が露出する。
しかし次の瞬間には、コアの脈動と共に再生が始まる。
「……
ゲキは低く唸った。
何故、マジルカニャンニャが三人でバッドデーモンを相手取っていたのか。体感で理解する。
一人では足りない。
誰かがエネルギーを削る。
誰かが動きを封じる。
誰かが浄化の力を通す。
役割分担があって初めて成立する相手。
それを今、一人で、しかも悪魔兵器と融合した上位互換じみた存在へ挑んでいる。
「……一人で全部やる相手じゃないな」
拳を握り直した。
器用な方ではない……だが。
「——やるしかない」
新型デビガノイドが、黒い腕を大きく振るう。
ゲキは身を沈めて避け、そのまま懐へ潜り込んだ。
「うおおおっ!」
拳、肘、膝の連打。
ピンクの魔力とミププの淡い光を乗せた攻撃が、怪物の胴を打ち据える。
赤紫のコアが、大きく脈打った。
効いている。
だが、まだ浅い。
Θ
キヨナガは自問していた。
自分は、何なのか。
――”精霊道”を歩む者。
精霊を愛し、精霊を知り、精霊を守ろうとしてきた男。
だが、それでどうした。
今の自分に、守るだけの力はない。
プロトタイプのリグは高密度の悪魔波動に負け、戦場から叩き落とされた。
ローズも魔力を使い切り、ゲキが一人で戦っている。
精霊を守りたいと願いながら、自分は何もできていない。
今まで、魔法少女たちに説教し、注意を促し、無理をさせるなと語ることしかできなかった。
だが、どれだけ説教しても、精霊たちは戦う。相棒のために、自分の意思で前に出てしまう。
それが嫌だった。怖かった。……だから守りたかった。
だが結局、その“守りたい”という思いは、自分の無力さを隠す言い訳でしかなかったのではないだろうか……。
「……私は」
唇が、かすかに動く。
「私は、結局また……」
また、守れないのか。
……その時だった。
足元に置いている白いメイクアップ・リグが、淡く光った。
控えめな、しかし確かな光だった。
ローズが最初に気づく。
「キヨナガ……」
「何です?」
「リグよ」
「リグ?」
だがキヨナガ自身は、まだ気づいていない。
ミププの容態と、自分の心の揺らぎで、それどころではなかった。
光は少しずつ強くなっていく。
白い外装の内側で、何かが目を覚ますように。
そして。
キヨナガの意識は、一瞬だけ、別の景色へ沈んだ。
Θ
柔らかな光。
優しく、懐かしい、あの光。
目の前に、一人の精霊が立っていた。
白く長い耳。ふわりと揺れる尾。
眠そうなタレ目に、穏やかな笑み。
普通の精霊とは違い、背が低い獣人のような姿。
大精霊フィフィナ。
もう二度と会えないはずの、その姿。
「……フィフィナ」
キヨナガが呟く。
彼女は怒っていなかった。悲しんでもいなかった。
ただ、昔と変わらぬ優しさで、静かに見つめていた。
『
責めるような声ではない。
けれど、その言葉は深く刺さった。
「精霊様を守らなければ……」
『うんうん。守りたいのでしょう?』
フィフィナは頷く。
『でもね、それだけだと、あなたが傷つくよ』
キヨナガは言葉を失った。
『共に歩むと、決めたんでしょう? それが精霊道なんでしょ?』
その言葉と共に、視界の端にゲキの背中が映る。
傷ついても、倒れても、なお立ち上がる父の背中。
その向こうには、倒れたミププ。
力を振り絞り、自分の意思でゲキへ残りの魔力を託した小さな精霊。
『精霊を庇うことだけが愛じゃないのよ』
フィフィナの声は柔らかかった。
『ちゃんと信じて。ちゃんと支えて。共に傷ついて、共に立つことも、立派な愛なの』
「ですが、私にはそんな力がない……!」
キヨナガの声が震える。
「私は無力だ! 結局、魔法少女たちへ説教して、注意を促すことしかできなかった! 精霊様方に無理をさせるなと叫ぶことしか……!」
『でも精霊たちは戦うよ』
「……っ」
『そうでしょう? そうだったでしょ?』
フィフィナは静かに言った。
『あなたが何度止めても、相棒のためなら前へ出る。ミププちゃんも、あの子たちもね』
「……それが嫌なのです」
キヨナガは、苦しむように言った。
「精霊様は我が子同然です。傷ついてほしくない。失いたくない。だから……!」
『うん。知ってる』
フィフィナは微笑んだ。
『でもね、キヨっち。それ、守るって言いながら、怖がってるだけでもあるの』
キヨナガの肩が震える。
『何のための精霊道なの?』
優しい声だった。
だからこそ、逃げ場がなかった。
『あなたの思いは、その程度なの?』
「――そんなことはない!」
キヨナガは叫んだ。
「私は精霊を愛している! 誰よりも、深く、強く! 今も、これからも! それだけは、嘘ではない!」
その声は、光の中へ響き渡った。
フィフィナは、ようやく嬉しそうに目を細めた。
『なら、戦いなさいな』
キヨナガは息を呑む。
「……どうやって」
『前に言ったよね?』
フィフィナは、少し首を傾げた。
『「私達を思っていて」って』
その言葉が、今度はまるで違う意味で胸へ落ちる。
『守るだけじゃないの。ちゃんと私達を支えて』
フィフィナは一歩近づいた。
『それだけで嬉しいから。それだけで、私達の力になるから』
キヨナガの目が、見開かれる。
「……そういう、ことでしたか」
『うん。そういうこと』
フィフィナはくすりと笑った。
『まったく。何年も精霊道を歩んでいるのに、これっぽっちも分からないなんて』
そして、少しだけ悪戯っぽく言った。
『相変わらず、頭がカッチカチね』
「……面目ないです」
『でも、そこが好き』
その一言で、キヨナガの表情が揺れる。
フィフィナの姿が、少しずつ光へ溶けていく。
『行って、キヨっち』
最後に、彼女は微笑んだ。
『今度こそ、本当の意味で精霊達を守ってあげて』
Θ
キヨナガは、はっと目を開けた。
目の前には、薄紫の光が静かに浮いていた。
「……こ、これは」
手を伸ばす。
掴んだ瞬間、光が一気に弾けた。
手の中に現れたのは、
同時に、白かったプロト・メイクアップ・リグの色が変わり始める。
純白の表面へ、薄紫の輝きが染み込むように広がり、やがてゲキたちが持つリグと同じ、完成されたメイクアップ・リグの姿へ変わっていった。
「……っ!」
ローズの目が、かっと見開かれる。
「キ、キヨナガ! それって……!」
「——ええ」
キヨナガは、静かに立ち上がった。
ミププはそっと草の上へ横たえた。
呼吸は浅いが、まだ消えてはいない。
「ようやく……ようやく、見えましたぞ」
ローズは疲労も忘れたように身を乗り出す。
「ちょっと、ちょっと待って! 今の、すごく大事な覚醒イベントじゃない!? すごいわよ! すごくそれっぽいわよ!」
「ローズ殿、少々お静かに」
「無理よ、こういう展開は興奮するに決まってるじゃない!」
だが、キヨナガはもう前を向いていた。
完成したメイクアップ・リグにクリスタルをはめる。
薄紫の魔法陣が、足元から立ち上る。
「精霊を敬い、精霊を知り、精霊と共に歩む道――」
魔力が螺旋を描く。
白ではない。
迷いの抜けた、澄んだ薄紫。
「今こそ、真の精霊道を示しましょう」
光が、空へ昇る。
『マジカル・ケミカル・フィジカル・メイクアップ!』
薄紫の閃光が、悪魔空間を照らした。
次の瞬間。
そこに立っていたのは、もう白い吊りパン姿ではなかった。
薄紫を基調とした、引き締まったタイツスタイル。
全身のラインは魔法少女らしい華やかさを残しながらも、装飾には僧侶らしい数珠の意匠が組み込まれている。
肩から腰にかけての布は法衣めいて揺れ、胸元の円形クリスタルは淡く脈動していた。
そして、その周囲を四つの火の玉が静かに舞っている。
赤でも青でもない、浄かな薄紫の霊火。
「精霊様を敬い、心を澄ませ!
悟りの光、今ここに開眼」
薄紫のアイラインが入った瞼が開かれる。
新たに誕生した魔法少女――いや、魔法僧侶は、静かに合掌した。
「魔法少女――キヨナガ・スピリット!」
ローズが目を輝かせる。
「いいじゃない! すごくいいじゃない! ちゃんと魔法少女っぽいのに、僧侶味もある! 前の吊りパンより百億倍いいわ!」
その時、ゲキ・マキシマムがバッド・デビガノイドの一撃を弾き返し、横へ飛んだ。
そこへ、キヨナガ・スピリットが並ぶ。
「キヨナガ……。そうか、お前も魔法少女になったのだな?」
ゲキが低く言う。
「いいえ」
キヨナガは、きっぱりと首を振った。
霊火が、その周囲をゆっくり巡る。
「私は魔法少女ではありません」
「そ、そうなの?」
ローズが即座に食いつく。
「真の精霊道を歩む魔法僧侶です」
言い切った。
妙に堂々と。
ローズは、間髪入れずに突っ込む。
「さっき名乗りで魔法少女って言ったじゃない!」
「流れは流れです」
「そこ曖昧にしないでちょうだい!?」
だが、キヨナガ・スピリットはもう怪物だけを見ていた。
バッド・デビガノイドの赤紫の目が、こちらを睨む。
コアがどくどくと脈打つ。
「ハッハッハ。どっちだっていいさ」
ゲキが拳を握る。
「今はあの怪物を倒すことに専念しよう」
「ええ」
キヨナガ・スピリットは静かに数珠飾りへ指を添えた。
「ミププ様を傷つけた罰当たりに、報いを」
「ああ、そうだな!」
ゲキ・マキシマムが拳を鳴らし、キヨナガ・スピリットの火の玉が、ふわりと広がった。
悪魔空間の空気が変わった。
守るだけではない。信じるだけでもない。
共に歩み、共に戦う。
その答えを掴んだ僧侶が、今、ようやく本当の意味で戦場へ立った。
ローズのことたまに『彼女』と書いちゃうけど普通に『彼』です。指摘してくださるとありがたいです。