魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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今週は様子見で夕方18時台に投稿します!
来週はもしかしたら朝8時台投稿になるかも。



5-12 思う心

 

「ミププ様、しっかりなされ」

 

 キヨナガは膝をつき、倒れたミププを両腕で抱えていた。

 

 熱血ぶりは抑えられている。

 大声で励ましたい気持ちはあるが、今のミププに必要なのは熱意ではなく、迅速な処置だ。

 

 竹の小水筒のキャップを開けると、甘い香りがふわりと漂う。

 金色の文字で、仰々しく『精霊活性霊験甘露』と書かれている、あの砂糖水だ。

 

 少し離れた場所で膝をついていたローズが、荒い息のまま顔を上げた。

 

「それ、本当に効くの?」

 

「ええ、効きます」

 

 キヨナガは即答した。

 

「精霊様は甘いものを摂ることで、魔力の回復を促せる場合があるのです。個体差はありますが、ミププ様には相性が良いはず」

 

 キヨナガはミププの小さな頭を片手で支え、ほんの少しずつ口元へ水を運ぶ。

 

「一気に飲ませてはいけません。弱った精霊に急な糖分は負担にもなりますゆえ」

 

「妙に医者っぽいのね」

 

「精霊様相手に関してのみ、心得があります」

 

 ミププの唇が、わずかに動いた。

 甘い液体をほんの少し飲み込み、小さく喉が鳴る。

 

「……あまい……ミプ……」

 

「ええ。それでよろしい」

 

 キヨナガは、ようやく小さく息を吐いた。

 だが、その手が震えていることに、自分で気づく。

 

「……っ」

 

 視線が、ミププの顔へ落ちる。

 

 力を使い果たし、薄くなった魔力。

 色が落ちた小さな体。

 それでもなお、誰かを助けようとした。

 

 その姿が、一瞬だけ、別の誰かと重なった。

 

 白い耳。

 ふわりと揺れる尾。

 優しい目。

 最後まで、自分より他者を思っていた、大精霊。

 

 キヨナガは強く目を閉じた。

 

 思い浮かぶ、精霊界に悪魔が押し寄せてきた日。

 多くの精霊が犠牲になった、あの戦い。

 

 恐怖が、傷口のように疼く。

 それでもあの日、精霊たちは故郷を守るため諦めなかった。

 

 自己犠牲。

 

 それはもう、何度も見てきた。

 ミププも、マジルカニャンニャの相棒たちも、自らの意思で前へ出る。

 相棒を支え、守り、共に戦うために、危険へ飛び込む。

 

 守られるだけではない。

 守られたいだけでもない。

 

 ――共に戦う存在。

 

 そこまでは、頭では理解している。

 

 だが同時に、胸の奥で別の声が叫んでいた。

 

 大切な存在が傷つく。

 失うかもしれない。

 また届かないかもしれない。

 また間に合わないかもしれない。

 

 それが、怖い。

 

     Θ

 

 その頃。

 

 ゲキ・マキシマムは、バッド・デビガノイドの爪を両腕で受け止めていた。

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃が、全身へ響く。

 

 精霊の力を受けて再変身したことで、明らかに打撃は通っている。

 拳で殴れば装甲の奥まで揺れ、蹴りを入れれば悪魔エネルギーの膜が削れ、苦しむ。

 

 だが、決定打にはならない。

 

『マキシマム・ナックル!』

 

 技を放ち、デビガノイドの外殻が砕ける。

 その下の煙めいたバッドデーモンの肉体が露出する。

 しかし次の瞬間には、コアの脈動と共に再生が始まる。

 

「……()()()()()()()

 

 ゲキは低く唸った。

 

 何故、マジルカニャンニャが三人でバッドデーモンを相手取っていたのか。体感で理解する。

 

 一人では足りない。

 

 誰かがエネルギーを削る。

 誰かが動きを封じる。

 誰かが浄化の力を通す。

 

 役割分担があって初めて成立する相手。

 

 それを今、一人で、しかも悪魔兵器と融合した上位互換じみた存在へ挑んでいる。

 

「……一人で全部やる相手じゃないな」

 

 拳を握り直した。

 器用な方ではない……だが。

 

「——やるしかない」

 

 新型デビガノイドが、黒い腕を大きく振るう。

 ゲキは身を沈めて避け、そのまま懐へ潜り込んだ。

 

「うおおおっ!」

 

 拳、肘、膝の連打。

 ピンクの魔力とミププの淡い光を乗せた攻撃が、怪物の胴を打ち据える。

 

 赤紫のコアが、大きく脈打った。

 

 効いている。

 

 だが、まだ浅い。

 

     Θ

 

 キヨナガは自問していた。

 

 自分は、何なのか。

 

 ――”精霊道”を歩む者。

 精霊を愛し、精霊を知り、精霊を守ろうとしてきた男。

 

 だが、それでどうした。

 

 今の自分に、守るだけの力はない。

 プロトタイプのリグは高密度の悪魔波動に負け、戦場から叩き落とされた。

 ローズも魔力を使い切り、ゲキが一人で戦っている。

 

 精霊を守りたいと願いながら、自分は何もできていない。

 

 今まで、魔法少女たちに説教し、注意を促し、無理をさせるなと語ることしかできなかった。

 だが、どれだけ説教しても、精霊たちは戦う。相棒のために、自分の意思で前に出てしまう。

 

 それが嫌だった。怖かった。……だから守りたかった。

 

 だが結局、その“守りたい”という思いは、自分の無力さを隠す言い訳でしかなかったのではないだろうか……。

「……私は」

 

 唇が、かすかに動く。

 

「私は、結局また……」

 

 また、守れないのか。

 

 ……その時だった。

 

 足元に置いている白いメイクアップ・リグが、淡く光った。

 控えめな、しかし確かな光だった。

 

 ローズが最初に気づく。

 

「キヨナガ……」

 

「何です?」

 

「リグよ」

 

「リグ?」

 

 だがキヨナガ自身は、まだ気づいていない。

 ミププの容態と、自分の心の揺らぎで、それどころではなかった。

 

 光は少しずつ強くなっていく。

 白い外装の内側で、何かが目を覚ますように。

 

 そして。

 

 キヨナガの意識は、一瞬だけ、別の景色へ沈んだ。

 

     Θ

 

 柔らかな光。

 優しく、懐かしい、あの光。

 

 目の前に、一人の精霊が立っていた。

 

 白く長い耳。ふわりと揺れる尾。

 眠そうなタレ目に、穏やかな笑み。

 普通の精霊とは違い、背が低い獣人のような姿。

 

 大精霊フィフィナ。

 

 もう二度と会えないはずの、その姿。

 

「……フィフィナ」

 

 キヨナガが呟く。

 

 彼女は怒っていなかった。悲しんでもいなかった。

 ただ、昔と変わらぬ優しさで、静かに見つめていた。

 

()()()()ってば、守ってばかりね』

 

 責めるような声ではない。

 けれど、その言葉は深く刺さった。

 

「精霊様を守らなければ……」

 

『うんうん。守りたいのでしょう?』

 

 フィフィナは頷く。

 

『でもね、それだけだと、あなたが傷つくよ』

 

 キヨナガは言葉を失った。

 

『共に歩むと、決めたんでしょう? それが精霊道なんでしょ?』

 

 その言葉と共に、視界の端にゲキの背中が映る。

 傷ついても、倒れても、なお立ち上がる父の背中。

 

 その向こうには、倒れたミププ。

 力を振り絞り、自分の意思でゲキへ残りの魔力を託した小さな精霊。

 

『精霊を庇うことだけが愛じゃないのよ』

 

 フィフィナの声は柔らかかった。

 

『ちゃんと信じて。ちゃんと支えて。共に傷ついて、共に立つことも、立派な愛なの』

 

「ですが、私にはそんな力がない……!」

 

 キヨナガの声が震える。

 

「私は無力だ! 結局、魔法少女たちへ説教して、注意を促すことしかできなかった! 精霊様方に無理をさせるなと叫ぶことしか……!」

 

『でも精霊たちは戦うよ』

 

「……っ」

 

『そうでしょう? そうだったでしょ?』

 

 フィフィナは静かに言った。

 

『あなたが何度止めても、相棒のためなら前へ出る。ミププちゃんも、あの子たちもね』

 

「……それが嫌なのです」

 

 キヨナガは、苦しむように言った。

 

「精霊様は我が子同然です。傷ついてほしくない。失いたくない。だから……!」

 

『うん。知ってる』

 

 フィフィナは微笑んだ。

 

『でもね、キヨっち。それ、守るって言いながら、怖がってるだけでもあるの』

 

 キヨナガの肩が震える。

 

『何のための精霊道なの?』

 

 優しい声だった。

 だからこそ、逃げ場がなかった。

 

『あなたの思いは、その程度なの?』

 

「――そんなことはない!」

 

 キヨナガは叫んだ。

 

「私は精霊を愛している! 誰よりも、深く、強く! 今も、これからも! それだけは、嘘ではない!」

 

 その声は、光の中へ響き渡った。

 フィフィナは、ようやく嬉しそうに目を細めた。

 

『なら、戦いなさいな』

 

 キヨナガは息を呑む。

 

「……どうやって」

 

『前に言ったよね?』

 

 フィフィナは、少し首を傾げた。

 

『「私達を思っていて」って』

 

 その言葉が、今度はまるで違う意味で胸へ落ちる。

 

『守るだけじゃないの。ちゃんと私達を支えて』

 

 フィフィナは一歩近づいた。

 

『それだけで嬉しいから。それだけで、私達の力になるから』

 

 キヨナガの目が、見開かれる。

 

「……そういう、ことでしたか」

 

『うん。そういうこと』

 

 フィフィナはくすりと笑った。

 

『まったく。何年も精霊道を歩んでいるのに、これっぽっちも分からないなんて』

 

 そして、少しだけ悪戯っぽく言った。

 

『相変わらず、頭がカッチカチね』

 

「……面目ないです」

 

『でも、そこが好き』

 

 その一言で、キヨナガの表情が揺れる。

 フィフィナの姿が、少しずつ光へ溶けていく。

 

『行って、キヨっち』

 

 最後に、彼女は微笑んだ。

 

『今度こそ、本当の意味で精霊達を守ってあげて』

 

     Θ

 

 キヨナガは、はっと目を開けた。

 

 目の前には、薄紫の光が静かに浮いていた。

 

「……こ、これは」

 

 手を伸ばす。

 掴んだ瞬間、光が一気に弾けた。

 

 手の中に現れたのは、()()()()()のクリスタル。

 

 同時に、白かったプロト・メイクアップ・リグの色が変わり始める。

 純白の表面へ、薄紫の輝きが染み込むように広がり、やがてゲキたちが持つリグと同じ、完成されたメイクアップ・リグの姿へ変わっていった。

 

「……っ!」

 

 ローズの目が、かっと見開かれる。

 

「キ、キヨナガ! それって……!」

 

「——ええ」

 

 キヨナガは、静かに立ち上がった。

 

 ミププはそっと草の上へ横たえた。

 呼吸は浅いが、まだ消えてはいない。

 

「ようやく……ようやく、見えましたぞ」

 

 ローズは疲労も忘れたように身を乗り出す。

 

「ちょっと、ちょっと待って! 今の、すごく大事な覚醒イベントじゃない!? すごいわよ! すごくそれっぽいわよ!」

 

「ローズ殿、少々お静かに」

 

「無理よ、こういう展開は興奮するに決まってるじゃない!」

 

 だが、キヨナガはもう前を向いていた。

 

 完成したメイクアップ・リグにクリスタルをはめる。

 薄紫の魔法陣が、足元から立ち上る。

 

「精霊を敬い、精霊を知り、精霊と共に歩む道――」

 

 魔力が螺旋を描く。

 白ではない。

 迷いの抜けた、澄んだ薄紫。

 

「今こそ、真の精霊道を示しましょう」

 

 光が、空へ昇る。

 

『マジカル・ケミカル・フィジカル・メイクアップ!』

 

 薄紫の閃光が、悪魔空間を照らした。

 

 次の瞬間。

 

 そこに立っていたのは、もう白い吊りパン姿ではなかった。

 

 薄紫を基調とした、引き締まったタイツスタイル。

 全身のラインは魔法少女らしい華やかさを残しながらも、装飾には僧侶らしい数珠の意匠が組み込まれている。

 肩から腰にかけての布は法衣めいて揺れ、胸元の円形クリスタルは淡く脈動していた。

 

 そして、その周囲を四つの火の玉が静かに舞っている。

 赤でも青でもない、浄かな薄紫の霊火。

 

「精霊様を敬い、心を澄ませ!

 悟りの光、今ここに開眼」

 

 薄紫のアイラインが入った瞼が開かれる。

 新たに誕生した魔法少女――いや、魔法僧侶は、静かに合掌した。

 

「魔法少女――キヨナガ・スピリット!」

 

 ローズが目を輝かせる。

 

「いいじゃない! すごくいいじゃない! ちゃんと魔法少女っぽいのに、僧侶味もある! 前の吊りパンより百億倍いいわ!」

 

 その時、ゲキ・マキシマムがバッド・デビガノイドの一撃を弾き返し、横へ飛んだ。

 そこへ、キヨナガ・スピリットが並ぶ。

 

「キヨナガ……。そうか、お前も魔法少女になったのだな?」

 

 ゲキが低く言う。

 

 「いいえ」

 

 キヨナガは、きっぱりと首を振った。

 霊火が、その周囲をゆっくり巡る。

 

「私は魔法少女ではありません」

 

「そ、そうなの?」

 

 ローズが即座に食いつく。

 

「真の精霊道を歩む魔法僧侶です」

 

 言い切った。

 妙に堂々と。

 

 ローズは、間髪入れずに突っ込む。

 

「さっき名乗りで魔法少女って言ったじゃない!」

 

「流れは流れです」

 

「そこ曖昧にしないでちょうだい!?」

 

 だが、キヨナガ・スピリットはもう怪物だけを見ていた。

 

 バッド・デビガノイドの赤紫の目が、こちらを睨む。

 コアがどくどくと脈打つ。

 

「ハッハッハ。どっちだっていいさ」

 

 ゲキが拳を握る。

 

「今はあの怪物を倒すことに専念しよう」

 

「ええ」

 

 キヨナガ・スピリットは静かに数珠飾りへ指を添えた。

 

「ミププ様を傷つけた罰当たりに、報いを」

 

「ああ、そうだな!」

 

 ゲキ・マキシマムが拳を鳴らし、キヨナガ・スピリットの火の玉が、ふわりと広がった。

 

 悪魔空間の空気が変わった。

 守るだけではない。信じるだけでもない。

 

 共に歩み、共に戦う。

 

 その答えを掴んだ僧侶が、今、ようやく本当の意味で戦場へ立った。




ローズのことたまに『彼女』と書いちゃうけど普通に『彼』です。指摘してくださるとありがたいです。
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