魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
薄紫の閃光が、悪魔空間を貫いた。
厚い防壁に守られた観戦室。
強化ガラスの向こうで新たな魔法少女が誕生した瞬間、室内の空気が一変する。
「清永さんまで……!?」
赤司良介が思わず声を上げた。
隣でエミカも、目を見開いたまま固まっている。
「えっ……えっ、ちょっと待って噓でしょ。お坊さんも変身したの!? 」
さっきまでの白い吊りパン姿ではなかった。
薄紫を基調とした装束。
数珠の意匠。
胸元の円形クリスタル。
そして、周囲を回る四つの霊火。
どう見ても、完成された姿だ。
一方で。
「全ドローン、覚醒時データを最優先保存! 魔力組成の変化、リグ外装の自己変質、クリスタル生成過程、全部取って!」
風間カリンだけが、明らかに別の熱量で端末を叩いていた。
眼鏡の奥の目が、危ういほどに輝いている。
「白いプロト・メイクアップ・リグが、完成型へ自己進化……。しかも覚醒者の精神変化と同時に。こんなデータ、二度と取れないかもしれない……!」
複数のモニターに、薄紫の波形が咲くように広がっていく。
ゲキのピンク、ローズの赤、そして新しく生まれたキヨナガの薄紫。
三つの魔力波形は似ているようでいて、どれも別物だった。
カリンの口元が、わずかに吊り上がる。
「……
その呟きは小さかった。
だが、氷野カズマは聞き逃さなかった。
彼は腕を組んだまま、端末へ没頭するカリンを静かに見た。
研究者としての興奮。そこに混じる……別の何か。
氷野は何も言わない。
ただ、その横顔を黙って見つめていた。
「長官……?」
赤司が小さく呼ぶ。
「何でもない。今は戦況を見ろ」
氷野は低く言った。
Θ
ゲキ・マキシマムが拳を握り直した。
その隣に、キヨナガ・スピリットが静かに立つ。
遠くでは、ローズが片膝をつき、息を整えながらその様子を見守っていた。ミププもまた草の上で小さく呼吸を繰り返している。
今、この状況を打破できるのは二人だけ。
バッド・デビガノイドの赤紫の眼が、ぎらりと光る。
胸部の奥で、デモンコアがどくどくと脈打った。
次の瞬間、怪物が地を蹴る。
――速い。
バッドデーモン由来の細い脚部が、不気味な軽さで巨体を前へ運ぶ。黒い爪が大きく振り上げられ、ゲキの頭上へ叩き落とされる。
「っ!」
ピンクの巨体が真正面から踏み込む。
避けない。受けるのでもない。叩き潰すための前進だ。
しかし、その爪が届く寸前。
「――止まりなさい」
キヨナガ・スピリットが、静かに合掌した。
薄紫の魔力が、音もなく空間へ広がる。
目には見えない圧力が、怪物の右腕と肩、胴へ同時に食い込んだ。
バッド・デビガノイドの動きが、一瞬だけ鈍る。
「む?」
爪の軌道がずれた。
わずか数十センチ。
だが、その差は致命的だった。
「いい隙だ!」
ゲキの拳が唸る。
ピンクの魔力をまとった右ストレートが、怪物の胸部へ直撃した。
――ドゴォッ!!
鈍く重い衝撃音が、悪魔空間へ響く。
装甲がひしゃげ、内側の機構が悲鳴を上げるように火花を散らした。
バッド・デビガノイドの体がのけぞり、地面を滑る。
だが、倒れない。
胸の奥でコアが脈動し、抉れた装甲の隙間から黒い管がうねり、再生を始める。
「やはりしぶとい」
キヨナガの額に、うっすらと汗が滲む。
合掌したままの腕がわずかに震えていた。
”念力による拘束”は万能ではない。重量も出力もある相手を止められるのは、一瞬だけ。
だがゲキにとって、その一瞬は十分だった。
バッド・デビガノイドの赤紫の視線が、ぎろりと動く。
――原因を理解した。
怪物の殺意が、ゲキからキヨナガへ切り替わる。
「来ますぞ!」
「分かっている!」
バッド・デビガノイドが、地面を抉って突進した。
胸部の黒い穴が歪み、両腕から刃のような悪魔エネルギーが伸びる。
狙いはキヨナガただ一人。
その時だった。
キヨナガの周囲を回っていた四つの薄紫に燃える霊火が、同時に揺らいだ。
炎の表面に、顔が浮かぶ。
犬のような精霊。
猫のような精霊。
鳥のような精霊。
そして、丸い耳を持つ名も知らぬ小動物型の精霊。
どれも一瞬だけ現れ、一瞬だけ笑った。
「行きなさい」
キヨナガは合掌の姿勢を崩さないまま命じる。
「道を照らし、邪を祓うのです」
四つの霊火が、一斉に飛んだ。
薄紫の火球が、怪物の胸、肩、顔面、脚部へそれぞれ体当たりする。
爆発ではない。浄化の衝撃だった。
悪魔エネルギーの膜がばちばちと悲鳴を上げ、バッド・デビガノイドの突進が半歩だけぶれる。
「まだです」
キヨナガが、さらに低く告げる。
『ピュリファイング・フレイムズ!』
次の瞬間。
四つの霊火が口を開いた。
――ゴォォォォォッ!!
火炎放射のごとく、”浄化の炎”が吐き出される。
だが、その色は破壊の赤ではない。
澄んだ薄紫。
熱ではない。装甲や肉体に融合した悪魔エネルギーを焼き、崩す炎。
炎を浴びた装甲が、じゅうじゅうと音を立てて溶け始めた。
黒い金属が泡立ち、悪魔エネルギーの膜ごと崩れていく。
『熱いぃぃぃぃ!?』
怪物が、初めて明確な苦鳴を上げた。
観戦室でカリンが身を乗り出す。
「浄化係数が精霊の魔力と一致……!」
端末上の数値が跳ね上がる。
「あの霊火、ただの炎魔法じゃない! 精霊由来の浄化と同じ位相で悪魔エネルギーを分解してる!」
エミカがガラスの向こうを見た。
「じゃあ、あれって……」
「ええ」
カリンは食い入るようにモニターを見つめる。
「キヨナガさんは、精霊そのものを従えていない。けれど、精霊界で得た理解と想いを経由して、同質の浄化現象を
その声には、研究者としての興奮が滲みきっていた。
Θ
装甲を焼かれたバッド・デビガノイドが、後ろへ跳ぶ。
逃げるつもりだった。
だが。
「逃がさん!」
背後からゲキ・マキシマムの両腕が伸び、怪物の腰へ回す。
そのまま、一歩。
二歩。
踏み込み、勢いよく持ち上げる。
巨体と巨体が、ぶつかり合うように空へ浮いた。
「ぬおおおおおおっ!!」
ゲキの背筋が、大きく弓なりに反る。
次の瞬間、バッド・デビガノイドの体が頭から地面へ叩き落とされた。
『マジカル・マキシマム・バックドロップ!』
草原が爆ぜた。
衝撃吸収板の埋まった地面が、それでも耐えきれずに沈み、土と草が津波のように跳ね上がる。
怪物の首から背中にかけて、凄まじい衝撃が走った。
胸部装甲がさらに割れ、デモンコアの脈動が剥き出しになる。
「効いているわ!」
ローズが叫ぶ。
しかし、そこで終わらないのが悪魔兵器。
バッド・デビガノイドの胸部の下、あの黒い穴が再びぐにゃりと歪む。
中から飛び出したのは、ミププを封じたのと同じ触手。
「またそれか!」
何本もの触手が、今度はゲキの腕と胴へ巻きついた。
締め上げる力は強い。筋肉の上からでも食い込み、ピンクの装束を軋ませる。
「ぐっ……!」
ゲキの動きが、一瞬止まる。
このまま異次元側の穴へ引きずり込まれれば危険だ。
「退きなさい!」
キヨナガが一歩踏み込んだ。
合掌を解き、片手を前へ出す。
指先から薄紫の魔力が走る。
『キヨキ・発勁!』
——発勁。
空気そのものを叩くような衝撃が、胸部下の黒い穴の根元へ突き刺さった。
破裂音にも似た振動が走り、触手の巻きつく力がわずかに緩む。
「今です!」
四つの霊火が、すぐさまそこへ飛び込む。
口を開き、浄化の炎を噴いた。
触手が焼ける。
紫の膜が焦げ、異次元の穴へ繋がる力そのものが崩れていく。
『ギャアアアアア!!』
怪物が絶叫し、触手を引っ込めた。
ゲキが地面へ着地し、腕を振って残った触手を払い落とす。
「助かった」
「礼は結構」
キヨナガの声は静かだった。
だが、その呼吸は明らかに荒くなっている。
霊火の制御、念力、発勁。どれも消耗は小さくない。
それでも、彼は前を向いた。
バッド・デビガノイドの吊り目が、再びキヨナガへ向く。
脅威を理解したのだ。
こいつを潰さなければ、自分の力は削られ続ける。
怪物は地面を蹴った。
一直線。
悪魔エネルギーを全身へ纏い、キヨナガの喉笛を裂かんと爪が伸びる。
キヨナガは動かない。
右手を前へかざす。
「――そこです」
薄紫の光が、空間そのものへ打ち込まれた。
見えない楔が、怪物の胸と肩、首へ同時に食い込む。
バッド・デビガノイドの巨体が、寸前で止まる。
爪先はキヨナガの喉元まであと数センチ。
しかし、それ以上は進めない。
空気が軋む。
キヨナガの腕が小刻みに震える。
無理やり止めているのだ。
ただ止めているだけで、骨まできしむような負荷がかかっていた。
『マジカル・マキシマム・ナックル!』
横から、ピンクの巨体が飛び込んだ。
ゲキ・マキシマムの拳が、怪物の側頭部へ叩き込まれる。
念力で止められ、逃げ場を失った頭が、まともに衝撃を受けた。
――ドォン!!
バッド・デビガノイドが、横殴りに吹き飛ぶ。
何度も地面を跳ね、草原の向こうでようやく止まった。
土煙の中で、二人が並ぶ。
ゲキ・マキシマム。
キヨナガ・スピリット。
一人は拳を握り、一人は静かに合掌する。
戦い方は違う。
だが、前へ出る者と支える者。その噛み合いは明確だった。
「やれるな、キヨナガ」
「ゲキ殿も」
「次で最後だ」
「ええ」
キヨナガの四つの霊火が、ふわりと広がる。
Θ
観戦室の警報が、一段高くなった。
「二人の出力、急上昇!」
「デモンコア反応も増大しています!」
赤司が叫ぶ。
カリンはモニターを見つめたまま、息を呑んだ。
「来るわよ……!」
草原の中央。
ゲキ・マキシマムが腰を落とし、両腕を引く。
ピンクの魔力が、掌の間へ圧縮されていく。
対するキヨナガは、合掌を解いて両手を胸前へ。
四つの霊火が彼の周囲を高速で巡り始めた。
円を描く。
さらに速く。
さらに密に。
薄紫の軌跡が輪となり、その中心へ魔力が吸い込まれていく。
胸元の円形クリスタルが脈動し、そこから細い光が両手の間へ流れ込む。
バッド・デビガノイドが、起き上がった。
溶けた装甲の奥、異次元へ通じる黒い穴の中で、デモンコアの赤紫の脈動が見えた。
穴を隔てる膜は、もう薄い。後がないと悟ったのか、怪物は残った悪魔エネルギーをすべて胸へ集め始めた。
黒と赤紫が膨れ上がる。
「喰らえ!」
ゲキが吠えた。
『マキシマム・マジカル波!!』
ピンクの奔流が、一直線に放たれる。
空気を裂き、草原を削り、真正面から怪物へ突き進む破壊の光。
同時に。
「四霊よ――道を開きなさい」
キヨナガが、両手を前へ押し出した。
『スピリット・極光破!!』
高速回転していた四つの霊火が、中心の魔力へ一斉に飛び込む。
薄紫の輪が収束し、一本の光線へ変わった。
それは炎であり、祈りであり、浄化そのものだった。
ピンクの魔力砲へ重なるように、薄紫の光線が走る。
二本の光が、一つの道になる。
バッド・デビガノイドの胸部へ命中。
悪魔エネルギーの膜が耐える。
軋み、そして砕ける。
浄化の光が、デモンコアへ届いた。
『アアアアアアアアアアッ!!』
怪物の悲鳴が、悪魔空間全体を震わせる。
黒い装甲が内側から崩れ、赤紫の脈動が制御を失う。
デモンコアの周囲を、ピンクの衝撃が押し広げ、薄紫の浄化が貫いた。
――バァンッ!!
胸部が弾けた。
赤黒い光の塊が、空中へ浮く。
それは小さな心臓のように脈打ち、ひび割れ、崩れた。
同時に、怪物の体が後ろへ大きくのけぞる。
装甲が剥がれ、悪魔エネルギーが霧のように抜け、内側から一人の男が転がり出た。
中年男だった。
あの、スーパーで騒ぎを起こしていた迷惑客。
「なっ……!?」
ゲキの目が見開かれる。
「お前は……あの時の男か」
男は気絶しているようだ。
デモンコアを失ったバッド・デビガノイドはやがて砂のような粒子となり、空気中へと溶けていった。
ローズが草の上で息を吐いた。
「……やったわね。カッコいいじゃないキヨナガ。」
観戦室では、緊張がようやく解けた。
赤司が安堵の息を吐き、エミカは強化ガラスへ額がつきそうなほど身を乗り出す。
「お父さん……よかった!」
カリンは、まだ端末を見つめていた。
その目は勝利よりも、むしろ記録された波形へ向いている。
小さく、笑う。
「やっぱり、彼らのシステムは……」
「風間」
氷野の低い声が、その先を止めた。
カリンは、ようやく顔を上げる。
眼鏡の奥で、一瞬だけ危うい光が揺れた。
「……今は勝利を喜ぶべきでしたね」
「そうだ」
氷野は短く答えた。
その視線は、変わらず静かだった。
Θ
悪魔空間が晴れ始める。
空の紫が、ゆっくりと夕焼け空へ戻っていく。
風が吹き、草原を撫でた。
ゲキ・マキシマムは、倒れた男を見下ろしていた。
「人間を、こんなふうに使うとは……」
低い声が漏れる。
悪魔兵器は人間をコアに使っている。
しかし、何故あの迷惑客がコアになったのか。数多くいる人間の中で、自分が知っている人がコアになるなどの
ゲキの中に小さな違和感が生まれる。
その後ろで。
キヨナガ・スピリットは、静かに目を閉じた。
薄紫の霊火が、ゆっくりと彼の周囲を巡る。
風の中に、誰の姿もない。
けれど彼は、確かにそこに向かって口を開いた。
「……フィフィナ」
声は、穏やかだった。
「ありがとうございます。私も貴女を永遠に愛しております」
キヨナガは胸の前で合掌する。
勝ったからではない。
変身できたからでもない。
ようやく、自分が歩むべき道の意味を掴めたことへ。
それを教えてくれた存在へ。
感謝を込めて。愛を込めて。
薄紫の霊火が、優しく揺れた。
実は外伝のプロットを練っています。
ある程度話が進んだら、そっちも進めたいなと思ったり。