魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
廃工場の一角。 薄暗い空間の中で、紫色のモニターだけが不気味に明滅していた。
タカワラーイ婦人とイタヴリ博士は、その画面に映る戦闘記録を見つめていた。 何度見返しても、結果は変わらない。
新型バッド・デビガノイドの撃破。 デモンコアの浄化破壊。
そして何より――。
「なんなんですか、あれはぁぁぁぁぁ!!」
イタヴリ博士が、とうとう頭を抱えて叫んだ。 机の上の工具がびくりと跳ねる。
「何故! 何故また男の魔法少女が増えるんですか!? しかも今度のは何です!? 僧侶! おまけに
モニターには、キヨナガ・スピリットが四つの霊火を従え、浄化の炎で装甲を溶かす場面が映っていた。 博士は指を震わせながら、その映像を指差す。
「こんなのご都合主義です! あまりにもご都合主義でしょう! 新しく出てきた方に弱点の精霊の浄化能力があるなんて!」
「……」
婦人は扇子で口元を隠し、モニターを睨む。
「今回ばかりは、想定外ですわ……本当の本当に」
博士が、わずかに顔を上げた。 タカワラーイ婦人が、博士を慰めるようなことを言うのは珍しい。
「わ、私を慰めてます?」
「少しだけですわ。弱点を的確に突ける都合の良い存在が現れるなんて、想像がつかない。」
「婦人……」
「ただし調子には乗らないでくださいまし。あなたのその予算感覚のなさは、別問題です」
「はい……」
博士はしゅんとした。 婦人は扇子を閉じ、机の上へ置く。
「もう正面からぶつかるだけでは、押し切れませんわね」
銀の縦ロールが、わずかに揺れた。
「ゲキ・マキシマムに、ローズ・アンリミテッド。そして……キヨナガ・スピリットだったかしら? 雨玻町には、力押しで突き崩せない連中が揃い始めました」
「でも戦力差で押すしか……」
「それができるほど、こちらは豊かではありませんの」
婦人の声が低くなる。
「次は、ただの襲撃では駄目。もっと巧妙に。もっと嫌らしく。魔法少女たちが一番嫌がる形で攻める必要がありますわ」
博士が眼鏡を押し上げた。
「つまり、精神的な揺さぶりや、分断、消耗戦……」
「そういうことですわ」
婦人は悔しげに舌打ちするように息を吐いた。
「……デヴィ・リグさえ残っていれば、もっとやりようがありましたのに」
あの装置があれば作戦の幅も違った。 だが、ないものはない。 支援は細り、本部もあてにならない。
今ある手駒でやるしかないのだ。
「さて」
婦人は博士へ視線を向けた。
「撤退後、まず何をします?」
博士は即答した。
「研究です!」
「不正解」
「えっ」
「もう一度」
「え、ええと……追加改修?」
「不正解ですわ」
婦人は扇子で博士の額をぺしりと叩いた。
「まず必要なのは
「うっ」
「そして——ローズ・アンリミテッドに吹き飛ばされたユーギの
博士が、はっと顔を上げる。
「……そういえばユーギ!」
「あなた、忘れていましたの?」
「研究データの保存で手一杯で……」
「最低ですわね」
婦人は深く息を吐く。
「よろしいこと? 侵略も研究も、先立つものがなければ始まりませんわ。まずは金策。それから人員確認。その上で次の策を練るのです」
Θ
翌日。
五月女家の二階。 開いた窓から、初夏の風が静かに吹き込んでいた。
ミププは窓辺にちょこんと座り、自分の前足を見下ろしている。 少しだが、毛並みのピンク色が戻ってきた。 けれど、まだ完全ではない。
「……というわけで」
ミププは咳払いを一つした。
「ミププ、一週間ほど里帰りするミプ」
「一週間も?」
部屋着のエミカが不安そうに尋ねる。
「今回の件で、かなり力を使っちゃったから、精霊界の泉でちゃんと回復する必要があるミプ」
ミププは胸を張ったが、その声にはまだ少し疲れが残っている。
「……それに、これまでの件を上司である
「……それは、面倒そうだな」
ゲキが腕を組む。
ミププは遠い目になった。
「すごく面倒ミプ。男の魔法少女が二人出たと思ったら、キヨナガまで覚醒したミプ。どう報告書に書いても胃が痛いミプ」
エミカが少しだけ苦笑した。
「でも、ちゃんと休んできて。今回は本当に無茶したんだから」
「エミカに言われると複雑ミプ」
「そ、そこは素直に聞いてよ」
ミププは少しだけ頬を膨らませた。
だが、すぐにこくりと頷く。
「……分かってるミプ」
ゲキが、いつもの低い声で言った。
「焦らなくていい。しっかり休んでこい」
「うんミプ」
「戻ってきたら、また飯を作る」
「それは大事ミプ!」
さっきまでの神妙さが少し崩れる。
エミカが笑った。
「食い意地」
「食は生きる力ミプ!」
ミププは窓辺へ移動した。
朝の風が、カーテンを揺らしている。
窓の外には、いつもの雨玻町の空が広がっていた。
ミププは一度だけ振り返る。
「じゃあ、行ってくるミプ」
「うん。行ってらっしゃい」
エミカが手を振る。
「気をつけろよミププ」
ゲキも短く言った。
ミププは満面の笑みを浮かべた。 それから、小さな体を輝かせふわりと浮かせる。
窓から飛び出し、空へ上がる。 町の屋根を越え、風に乗り、光は少しずつ高く遠くなっていった。
やがてその小さな光は、空へ溶けるように消えた。
エミカは、しばらく窓の外を見ていた。 ゲキがその肩へ、そっと手を置く。
「……少し寂しいね」
「なに、すぐ帰ってくるさ」
「うん、わかってる」
エミカは小さく笑った。
Θ
ゲキは仕事へ向かうため、一階へ降りた。
今日は日曜日、いつもならこの時間、SAOTOME GYMにはほどよい活気がある。
マシンの音、会員の掛け声や会話など、日常の運動施設らしい音が聞こえてくるはずだった。
だが、今日は妙に静かだった。
「……?」
ゲキは眉をひそめる。
マシンの駆動音も少ない。
雑談もない。
妙に、空気が落ち着きすぎている。
いや、違う。
落ち着いているのではない。
停滞しているのだ。まるで時間が止まったかのように。
嫌な予感がした。
そのままジムの扉を開ける。
そして、ゲキは数秒、無言になった。
ジムの中央。
普段ならストレッチスペースとして使っている場所に、ヨガマットがきっちりと並べられていた。
その上に、会員たちが全員、座っている。
胡坐。
正座。
半端に崩れた謎の姿勢。
誰も彼も、目を閉じ、難しい顔をしている。
静かではあるが、明らかに正しい静けさではない。
瞑想という名の迷走だ。
その最前列に、キヨナガが立っていた。
紫の法衣姿。
胸元の精霊ストラップが今日もじゃらじゃらしている。
しかも警策を持ち、やたら堂々としている。
「吸って――吐く」
キヨナガの低くよく通る声が、静かに響く。
「雑念を捨てる必要はありません。雑念があることを認め、囚われぬことです」
会員たちが、真顔で呼吸を整えている。
「筋肉は肉体を鍛える。しかし心を整えねば、真の力は生まれません」
うんうんと頷いている会員までいた。
「精霊様に恥じぬ清らかな心を――」
「待て待て待て」
ゲキが即座に口を挟んだ。
ぴたり、と空気が止まる。 会員たちがうっすら目を開けた。
ストレッチスペースの端では、ローズが腕を組み、呆れたように壁へ寄りかかっていた。 彼だけが坐禅に参加していない。
「あら、おはようゲキ」
「おはようじゃない、ローズ」
ゲキは正面からキヨナガを見た。
「何をしている、キヨナガ」
キヨナガは、まったく悪びれずに答えた。
「坐禅教室です」
「……見れば分かる。何故うちのジムでやっている」
「私は決めたのです」
キヨナガは胸を張った。
「これからはゲキ殿のジムへ通いながら、新たな精霊道を歩むと」
「ちょっと何言っているか分からない……どういう意味だ?」
「心身を鍛え、精霊様を敬い、精霊様と共に歩む者として、まずはこの場から精神修養の輪を広げていこうかと」
「……」
「理解していただけましたか?」
「全然だ……ああ、全然意味不明だぞ」
ゲキは即答した。
「ただ……俺のジムを勝手に精霊道の
会員たちが、一斉に目を開けた。 何人かは吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。
キヨナガは静かに目を伏せる。
「……ふむ、まだ早かったですか」
「早いとか遅いとかの問題ではない」
「ですが心の鍛錬も大切です」
「……それは否定……しないが」
「ならば」
「坐禅教室を開くなら、まず俺に許可を取れ!」
「そこでしたか」
「ああそこだ!」
ローズが、とうとう堪えきれずに笑った。
「ふふっ……ああもう、最高じゃない。筋トレジムで朝から坐禅大会なんて、濃すぎるわよ」
ゲキは深くため息をついた。 キヨナガは少しだけ考えてから、会員たちへ向き直る。
「では本日の精霊道入門――」
「待て待て、やめろ!」
ゲキのツッコミが、SAOTOME GYMに響いた。
こうして――。
戦いを終え、少しだけ日常へ戻った雨玻町で。 五月女ゲキのジムには、新しく騒がしい仲間が増えていくのだった。
これにてキヨナガ編完結です。
キヨナガ・スピリットのビジュアルを描きたい思ったのですが、最近忙しくてまだかけてないです。いずれ描いて公開しますのでお待ちいただければ!
6話は各人々の反応や動きなどです。