魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
今回、情報量が多い回かも。
壁も、床も、天井も、すべてが白色。
塗ったような白ではなく、乾いていて、病室のようでもあり、無機質な白。
空気は妙に冷たい。
肌を刺すほどではない。だが、長くそこにいれば、体の芯から熱を奪われていくような錯覚を覚える。
音は反響しない。
壁を叩いても、声を出しても、普通の独房のような硬い跳ね返りがない。音はすぐそこで死ぬ。
この部屋そのものが、外界との繋がりだけではなく、存在の輪郭すら吸い取っていくようだった。
窓はない。時計もない。太陽も月も当然見えない。
昼と夜の区別は、運ばれてくる食事と看守の交代だけ。
意識していなければ、朝なのか夜なのか、何日経ったのかさえ曖昧になる。
この部屋に閉じ込められた者は、時間感覚から先に狂わされていく。
その白い牢の中に十四年間、男はいた。
囚人番号三二六九番。死刑囚。
実年齢は五十歳。
だが、簡易ベッドに腰掛けているその姿は、どう見ても三十代前半の男にしか見えなかった。
白髪。血のように赤い瞳。
整った顔立ちと、どこか人を食ったような薄い笑み。
そして彼の身体を包む囚人服すら、やはり真っ白だった。
この監獄では、囚人もまた部屋の一部になっている。
男は片手でゴム製のボールを弄び、壁へ放った。
ぼす。
鈍い音。
跳ね返ってきたそれを受け止める。
もう一度。
ぼす。
投げる。取る。投げる。取る。
一人きりのキャッチボールだった。
白い壁に向かって、白い囚人が、感情の見えない顔でボールを投げ続けている。
その姿は妙に静かで、妙に不気味だ。
「……どいつもこいつも、張り方が下手だな」
男が、ぽつりと呟く。
赤い瞳が、窓のない天井をぼんやり見上げた。
「悪魔エネルギーを撒き散らすだけ撒き散らして、空間の質は雑で薄い。形にもなってない」
ぼす。
またボールが壁に当たる。
「まあ……その程度で済んでるってことは、まだ大丈夫か」
指先でボールをくるりと回す。
男は、小さく笑った。
「奴らが来る気配はない。まだ安心だな」
その笑みは安堵のものだった。
だが、普通の人間が浮かべる安堵とは違う。
何かを恐れている。
何かを警戒している。
だが、それがまだ現れていないからこそ、心の底からほっとしている――そんな笑みだった。
その時。
牢の重い扉についた小窓が、横に滑る音を立てた。
「囚人番号三二六九番」
女の声だった。
どこか温かく、よく通る声。
「さっきからボールの振動がうるさいわ。もう少し静かにできなかしら?」
男はボールを受け止めたまま、視線だけを小窓へ向けた。
わずかな沈黙。
それから、口元がゆっくりと吊り上がる。
「……おや?」
赤い瞳が、面白そうに細められる。
「どこの誰かと思ったら」
男は、立ち上がらない。
ベッドに座ったまま、にやにやと笑った。
「俺を捕まえた魔法少女か。よもや再び、君の顔を拝めるとは」
男は続ける。
「たしか――
ようやく、女の眉がわずかに動く。
「懐かしい名前ね。でも、その呼び方はもうやめて欲しいわ」
「なんだ? 恥ずかしいの?」
「今の私は看守よ。魔法少女はとっくの前に引退したの」
女は告げた。
「あなたを死刑台まで監視する。その義務を果たしているだけよ」
男は、ふうん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。
そしてまた、壁へボールを放る。
ぼす。
「なるほど、転職か」
「まぁ、そんなところかしらね」
「相変わらず真面目だ。尊敬するよ」
ぼす。
「だが、もっと肩の力抜けばいい」
「あらあら。あなた相手に?」
「今の俺、何もできない」
男は白い壁を指先で叩いた。
「この上品な部屋は、俺の力を封じる。悪趣味なくらい徹底的に。おかげで退屈で仕方ない」
「果たしてそうかしら」
女の声は揺れない。
「そんな空間にあなたは狂いもせず十四年間もいた。本当に“何もできない”のかしら?」
男の手が止まった。
赤い瞳が、小窓の向こうを見据える。
「……どういう意味だ?」
「感じているんでしょう」
女は言った。
「外に蔓延っている悪魔の気配を」
数秒の沈黙。
それから男は、あっさり肩をすくめた。
「ああ、感じてるさ」
ぼす。
またボールを投げる。
「悪魔の力を使う者、悪魔になりそこなった者が、何か小競り合いをしていると感じる程度にね。」
「……」
「だが、俺が心配してる類のものじゃない」
男はボールを受け止め、軽く弾ませた。
「それに、ほっとしてる、安心しているんだ」
「あら?」
「魔法少女は頑張ってるみたいだ」
にやり、と笑う。
「ただし、努力の方向は完全に間違ってるがね」
女の目つきが冷たくなった。
「あらあらあら……テロリストにだけは言われたくないわね」
「ハッハハ。そりゃそうだ」
男はあっさり認めた。
認めてから、少しだけ楽しそうに笑う。
「必死に守ってる。抗ってる。けど、見てる方向が違う。備える相手も、何もかもがずれてる」
「あなたの妄言に付き合う気はないわ」
「妄言……か」
男は天井を見上げた。
白しかない天井。
時間も、空も、何も見えない天井。
「俺は割と真面目だ」
「聞く価値がない、と思うけど」
女はぴしゃりと言い切った。
「雑談は終わりにしましょう。あなたはもうすぐ死ぬの」
白い牢の空気が、さらに冷えたように感じられた。
「せいぜい、自分の罪を自覚して逝きなさい……三二六九番」
男は、しばらく黙っていた。
ボールを握る手が止まる。
さっきまでの軽薄そうな笑みが、ほんの少しだけ薄れた。
「……罪は自覚してるさ」
静かな声だった。
女は黙っている。
男はゆっくりと視線を上げ、小窓の向こうを見た。
「だからこそ、俺は救わなくちゃならない……この世界の人々を」
その言葉に、女の表情は一切動かなかった。
ただ、目だけがわずかに細くなる。
目の前の男は本気だ。
心の底から、本気でそう言っている。
だからこそ救いようがない――そんな目だった。
「……本当に、相変わらず、救いようがないわね」
女はそう言って、小窓を閉めた。
金属音。
再び、牢は白い静寂に閉ざされる。
廊下には冷えた空気が流れていた。
そこもやはり白い。
壁も床も、照明の色さえ冷たい。
女の隣には、若い男性の看守が一人控えていた。
この特殊監獄の空気にも慣れていないのか、顔が少しこわばっている。
彼は閉じられた扉を見つめながら、小さく呟いた。
「……三二六九番。彼が、十四年前の……」
女は、まっすぐ前を向いたまま答える。
「ええ、そうよ。」
その声には、私情がなかった。
だが、長い時間を経た者だけが持つ重みがあった。
「私が捕まえたの」
若い看守が息を呑む。
女は続けた。
「自称救世主のテロ組織の首領」
白い廊下に、その声だけが静かに落ちる。
「――質の悪い、
その言葉を最後に、女は歩き出した。
冷えきった白い廊下を、迷いなく。
背後では、真っ白な牢の中で、また鈍い振動が一つ。
ぼす。
音はやはり、少しも反響しなかった。
Ω
精霊界の泉は、今日も柔らかな光に満ちていた。
澄んだ水面は淡く発光し、湯気のように見える生命エネルギーが、ふわふわと空へ昇っていく。
丸い岩に腰掛けてのんびりしている精霊もいれば、水の中でぷかぷか浮かんで眠っている精霊もいる。
肩まで浸かって目を細める者、毛並みを整え合う者、果実を齧りながら世間話をしている者。
まるで温泉だった。
「ふぃ~……生き返るミプ……」
泉の浅瀬に、ピンク色の小さな身体がだらりと浮いていた。
ミププである。
両前足を縁に乗せ、力を抜いたままぷかぷか揺れている。
ここ数日の無理が溜まっていた。雨玻町での戦い。エミカのリハビリ補助。バッドデーモンの浄化。デビガノイドの檻から脱出する為の自爆技。精霊の力と魔力の譲渡。
精霊であるミププにとって、決して軽い負担ではない。一度は倒れてしまった。
「だいぶ色が戻ったピグね」
近くで湯浴み……もとい泉浴みをしていた水色の精霊が、のんびりと声をかけてきた。
「戻ったミプ。ここの泉はやっぱりすごいミプ」
「回復泉だもの。無茶した精霊には一番効くピグよ」
「無茶なんてしてないミプ」
ミププが即答すると、周りにいた何体かの精霊が一斉に同じ顔をした。
「……してるブル」
「してたペル」
「してるカンね」
「してると思うゾ」
「う、うるさいミプ!」
思わず身を乗り出すミププ。
だが、その拍子に足を滑らせて、ぽちゃんと鼻先まで沈んだ。
「ぶふっ……!」
「ほら、落ち着きがないピグ」
「元気そうで何よりカン」
くすくすと笑い声が広がる。
ミププは頬を膨らませたが、否定はしきれなかった。
ふと、視界の端に二つの影が映る。
泉の外縁に沿って、誰かが並んで歩いていた。
一人は精霊。花色の毛並みをした小柄な一般精霊。
もう一人は人間の青年だった。穏やかな笑みを浮かべながら、精霊に合わせるようにゆっくり歩いている。
何か話しているらしく、精霊が楽しそうに尻尾を振ると、青年もまた嬉しそうに頷いた。
「……ミプ」
ミププは、なんとなくその二人を目で追った。
精霊界には人間もいる。精霊と深く縁を結び、家族として、ここで暮らす者たちだ。
いつもの精霊界の光景。
しかし、それを見て、ミププの頭にふっと別の顔が浮かんだ。
――大精霊フィフィナは、キヨナガと結婚した。
人間と精霊が結婚する。それは非常に珍しい事で、精霊界で育ったミププでさえ、知らなかったことだ。
そこまではよかった。
問題は、その次だ。
何故か、何の脈絡もなく。
脳裏に浮かんだのは、あの筋肉だるまの顔だった。
五月女ゲキ。ゲキ・マキシマム。
エミカの父親で、娘のためなら躊躇なく魔法少女にまでなってしまった、あの規格外の男。
「み、みぷっ!?」
ミププの耳がぴんと立つ。
頬が熱い。泉の熱ではない。そもそも泉は冷たい。
たぶん違う。いや、違うはずだ。
「な、ないミプないミプないミプ!」
ミププは慌てて首を振った。
「何がないカプ?」「急にどうしたゾ」「のぼせたか?」
「のぼせてないミプ! 何でもないミプ! 本当に何でもないミプ!」
泉の中でばしゃばしゃと前足を振り回す。
周りの精霊たちは、そろって首を傾げた。
「……変なの」「疲れすぎたんじゃないプグ?」「少し長く浸かって頭がふわふわしてるペル」
「してないミプ! ミププは正常ミプ!」
そう言い張ったものの、自分でも説得力がない気がした。
ミププはぶくぶくと泉に沈み、顔だけを出して黙り込む。
ない。ないったらない。
あれはただ、精霊と人間が仲良さそうだったから、たまたま知ってる人間の顔が浮かんだだけだ。
そう。たぶん。それだけなんだ。
Ω
しばらくして泉から上がった頃には、ミププの毛並みはすっかり元通りになっていた。
ピンク色の毛はふわふわと艶を取り戻し、身体の芯まで満ちた生命エネルギーが魔力に変わり、じんわりと四肢へ行き渡っていた。
「よしミプ」
ミププは全身をぶるぶると震わせ水気を落とすと、勢い良く飛び立った。
精霊界の空は、今日も広い。
ビーナスベルトの大空には、シータアースをはじめとした様々な世界が、衛星のように浮かんでいる。どの世界もそれぞれ色も雰囲気も違い、遠くから見ても個性が分かる。
精霊界の中心には、六角形に築かれた巨大建物『精霊大宮殿』がある。その背後には、大宮殿に守られるように、虹色に輝く巨大な結晶――
エーテルクリスタルは無限の生命エネルギーを生み出す、精霊界の心臓であり、その光は精霊界全体を優しく照らし、周囲に広がる森や花畑、泉、町へ生命エネルギーを降り注いでいる。
さらにその外縁には、”四つの塔”が立っている。
精霊界に満ちる生命エネルギーを制御し、様々な世界へと送り届けるための塔だ。
見上げれば、虹色の流れが細い河のように空を走り、それぞれの世界へ注いでいくのが見えた。
「やっぱり、きれいミプ……」
ミププは小さく呟き、ふわりと一回転する。
風が毛並みを撫でていく。
泉から大宮殿までは、それなりに距離がある。
だが、精霊界の景色はいつ見ても飽きない。
森の上を越え、花畑の虹色を横目に進み、町の屋根を抜けていく。
やがて大宮殿の正門が見えてきた。
白い石で築かれた優雅な門。
金の装飾が施された巨大な扉。
中へ入ると、ひんやりとした大理石の床がまっすぐ奥へ続いていた。
宮殿の中には、様々な精霊たちが行き交っている。
小柄な精霊たちが書類を抱えて走り回り、知的な眼差しの守護精霊たちが静かに話し合い、侍女のような衣装をまとった精霊たちが花や茶器を運んでいた。
その中でも、ひときわ目立つ存在がある。
——『使徒精霊』
精霊たちより遥かに大きく、ほとんどが百八十センチを超える長身。
白と金の礼装をまとい、姿は人間に近いが、顔立ちは大型犬に似た獣人だ。
立ち耳の者、垂れ耳の者、毛色もさまざまだが、いずれも神々しい気配をまとっていた。
「お帰りダ」
「報告かフー」
「ずいぶん長かったなネ」
すれ違いざま、同僚の守護精霊たちが声をかけてくる。
「ただいまミプ。色々あったミプ……」
ミププが力なく答えると、みな一様に「そういう顔している」とでも言いたげな顔をした。
その反応に少しだけむっとしながらも、ミププは奥へ進む。
やがて、一つの扉の前で足を止めた。
黒と金の紋様が刻まれた扉。
ここが、ミププの直属の上司の執務室だった。
「……ふう」
小さく深呼吸する。
それから、扉を叩いた。
「入りなさい」
落ち着いた男の声が返る。ミププは扉を開けた。
部屋の奥、窓辺の机に、その上司は座っていた。
黒と金の礼装。白い毛並み。
耳が立った、
理知的な眼差しと、わずかに近寄りがたい静けさをまとった男。
ミププの上司——使徒精霊レゾンデートル。
「ご苦労だった。ミププ」
「た、ただいまミプ。レゾンデートル様」
ミププは姿勢を正し、前へ進み出た。
足元に魔法陣を展開し、その中から数枚綴りの報告書を取り出す。
「これが今回の報告書ミプ」
「うむ」
レゾンデートルはそれを受け取り、静かに目を通し始めた。ミププもまた、報告書の内容をなぞるように口頭で説明を加える。
「シータアース、雨玻町に悪魔エネルギーを使う組織が現れたミプ。名前はデビデヴィ・クライシス。幹部が複数いて、悪魔空間を広げたり、人間をデモンコア化させたりしてるミプ」
「ふむ。続けてくれ」
「相棒のフラワーメイデン……五月女エミカは、その戦いで大きな怪我を負ったミプ。魔力回路の損傷で、今は変身が難しいミプ」
レゾンデートルの視線は報告書に落ちたままだった。
だが、そこまではすでに読み取っていたらしく、表情はほとんど変わらない。
ミププは、ごくりと唾を飲んだ。
「そ、その後、エミカの父親が——魔法少女になったミプ」
ほんの少し、声が小さくなる。
「名前は、魔法少女ゲキ・マキシマム」
ぴくり、と。
レゾンデートルの耳が、わずかに動いた気がした。
ミププは慌てて続ける。
「そ、それだけじゃなくて、新しくローズ・アンリミテッドっていう男の魔法少女も現れたミプ。あと、精霊界に詳しそうな僧侶、キヨナガっていう人間もいて……彼もまた、メイクアップ・リグで変身したミプ」
ちらり、と。
ミププはレゾンデートルの顔色をうかがった。
静かだった。
静かなまま、報告書をめくっている。
だが、完全に無反応というわけではない。考え込むような沈黙が、その場に落ちていた。
「……なるほど」
やがてレゾンデートルは、ゆっくりと報告書を閉じた。
「精霊王様が聞いたら、ひどく動揺するだろうな。それに……」
そこで、彼は言葉を切った。意味深な間だった。
ミププが首を傾げる。
「……ミプ?」
レゾンデートルは、机の上に報告書を置いた。
「ミププ。大精霊フィフィナについて、どこまで知っている」
「フィフィナ様……ミプ?」
急に出てきた名前に、ミププは目を瞬かせた。
「ええと……キヨナガから少し聞いたミプ。フィフィナ様はメイクアップ・リグを研究開発した大精霊で、もともとリグは人間が魔法を使うための道具として作っていたけど、未完成で、それを精霊王様が今の契約式として完成させた……という感じミプ」
「……概ねその通りだ」
レゾンデートルは静かに頷いた。
「私も、あのシステムの研究支援に関わっていた」
「レゾンデートル様も、ミプ?」
「うむ」
彼は短く答える。その声音には誇りも懐古もなく、ただ事実だけを述べる冷静さがあった。
「フィフィナは、かつて精霊界のエネルギーバランスを保つ役目を担っていた重要な大精霊の一柱。そして同時に、人間と精霊界のエネルギーを正しく繋ぐ新たな仕組みを模索していた」
レゾンデートルは、窓の外へ目を向けた。
虹色に輝くエーテルクリスタルの光が、その白い毛並みに淡く差し込む。
「だが、"
その一言で、部屋の空気がわずかに張る。
「悪魔の襲撃により計画は中断され、フィフィナも行方不明となり、システムは未完成のまま残された」
「……ミプ」
ミププは小さく息を呑んだ。
予言の災害……ミププが生まれる前の出来事で、学校で習ったのは、精霊界を襲った大災害の一つ、という程度。
その裏で、そんな研究をしていたことなど当然知らなかった。
「その後、精霊王様が残された理論を元に、守護精霊と適正ある少女との契約式として再構築した。それが、現在のメイクアップ・リグだ」
レゾンデートルはそこで一度言葉を切った。
「だが今になって、
ミププの耳がぴんと立つ。
「男の魔法少女……ミプ?」
「そうだ。正確には、“人間が魔法を使うための戦闘システム”としての側面だ」
キヨナガも似たようなことを言っていた。
半信半疑だったそれを、上司の口から改めて聞かされると、衝撃は凄まじかった。
ゲキ・マキシマム。
ローズ・アンリミテッド。
キヨナガ・スピリット。
あの三人の存在が、二十年前に消えた大精霊へ繋がっている。
「彼らの出現は偶然ではないだろう」
レゾンデートルは淡々と言った。
「二十年間、沈黙していた機能が今になって目覚めた。ならば考えられる可能性は——」
「——フィフィナ様が、生きているかもしれないミプ?」
ミププが恐る恐る口にすると、レゾンデートルはゆっくりと頷いた。
「断定はできない。だが、可能性はある」
窓の外で、エーテルクリスタルが静かに輝く。
「良くも悪くも、彼らの出現は今後、精霊界に大きな波紋をもたらすだろう。私の方でも詳しく調べる」
ミププは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……ミププは、どうすればいいミプ」
「このまま、ゲキ・マキシマムたちのサポートに徹してほしい」
「ミプ」
「報告書を読む限り、彼には戦う覚悟がある。ローズ・アンリミテッド、キヨナガ・スピリットも同様だ。彼らは大人だ。自分の意思で戦場に立ち、自分の意思で責任を負うことができる」
レゾンデートルの声は、どこまでも落ち着いていた。
「彼らを支えろ、ミププ」
「……分かったミプ」
ミププは小さく頷いた。
だが、扉へ向かいかけた足が止まる。
「どうした」
「一つ、聞きたいことがあるミプ」
振り返る。
レゾンデートルの視線が静かに向けられる。
「精霊界の力で、エミカを治せないミプ?」
ミププの声は、先ほどまでより少しだけ小さかった。
「フラワーメイデンの魔力回路……精霊界なら何とかできないミプ?」
レゾンデートルはしばらく黙っていた。
やがて、静かに答える。
「治せる可能性はあるだろう」
「本当ミプ!?」
「だが、可能であることと、それが実行できることは別だ」
ミププの耳が、少し下がる。
「傷ついた魔力回路のまま精霊界ゲートを通ると、その膨大な魔力でかえって傷を広げる危険がある。地道にリハビリを重ねるしかないだろう」
ミププはしょんぼりとうなだれた。
病院で眠っていたエミカの姿。
汗を浮かべながら、痛みに耐えていたリハビリの姿。
それらが脳裏に浮かぶ。
「早く治してあげたいミプ……」
「……だが、優先度は
「……え?」
思わず顔を上げる。
レゾンデートルは、窓の外のエーテルクリスタルを見ていた。
「フラワーメイデンの治療は、現時点で最優先事項ではない」
「ど、どういう意味ミプ!?」
「そのままの意味だ、ミププ」
レゾンデートルの横顔は変わらない。
「戦えないのなら、このまま戦場から引き離すのが賢明だ。これ以上、未熟な少女達を我々の戦いへ加担させる必要はない」
ミププは息を呑んだ。
突き放している。
そう感じた。
だが同時に、その言葉が完全に間違っているとも言い切れなかった。
また傷つくエミカは見たくない。
もうボロボロになって運ばれる姿も見たくない。
そう思ってしまう自分が、確かにいる。
でも。
エミカがそれを望むだろうか。
「……でも、エミカは」
ミププの声が揺れる。
「エミカは、まだ守りたいって思ってるミプ」
「……それが魔法少女だ」
レゾンデートルは否定しなかった。
「だが、今後、戦わせるべきかどうかは別問題だ」
彼はようやくミププの方を見た。
「ゲキ・マキシマムたちは覚悟があり、強い大人だ。彼らが戦えば、傷つく少女は減るはずだ」
「……」
「ならば、彼らに任せればいい」
その言葉は、理屈としては整っていた。
整いすぎていて、かえって冷たく感じるほどに。
「だからミププ」
レゾンデートルは静かに命じた。
「今は彼らのサポートを優先しろ」
ミププはすぐには返事ができなかった。
胸の中が、もやもやと重い。
エミカのためを思えば、その方がいいのかもしれない。
でも、それで本当にいいのか。エミカの意思は。
自分は、相棒として何を選ぶべきなのか。
「……分かったミプ……レゾンデートル様」
ようやく絞り出した声は、少し元気がなかった。
ミププは頭を下げ、部屋を後にする。
扉が静かに閉まった。
残されたレゾンデートルは、しばらくその閉じた扉を見つめていた。
やがて、誰に聞かせるでもなく、低く呟く。
「……魔法少女の時代が終わるなら、
窓の外では、エーテルクリスタルが虹色に輝いていた。
精霊界を満たす光は美しく、そしてどこまでも静かだった。
『一般精霊』
精霊界に住む、ごく普通の精霊たちです。数が最も多く、精霊界の日常を形作る住人。
『守護精霊』
生命エネルギーを魔力へと変換し、魔法や精霊術を扱うことができる精霊。人間と深く関わり、魔法少女を支える存在。
『大精霊』
精霊界全体のバランスを保つ力を持つ、高位の精霊。一般精霊よりも知性が高く、外見は背の低い獣人のような姿。
『使徒精霊』
精霊神によって生み出された特別な存在。精霊界の管理や運営を担う立場にあり、精霊界の秩序を支えている。
『精霊王』
精霊たちの頂点に立つ長。精霊神と同等の力を持つ、精霊界でも特別な存在。