魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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 今回長くなったので分けました! 今週最後は2話投稿します!!


6-2 邪悪な鎧

 

 異空間に浮かぶ巨大時空飛行戦艦——《デヴィ・フォートレス》

 その艦内にある会議室は、異様に重い空気が漂っていた。

 

 黒鉄のような鈍い光沢を放つ壁、赤い導光線が幾何学模様のように走っている床。天井は高く、何本もの梁が奥へ奥へと連なる。見る者にこの艦の異様な巨大さを思い知らせていた。

 窓と呼べるものは細長い観測スリットしかない。その向こうに広がるのは星空ではない。宇宙とも異空間ともつかぬ、様々な色が歪んだような風景。赤い雷が、まるで生き物の血管のように遠くを這い、時折、黒雲じみた何かがゆっくりと蠢く。

 

 この艦は移動要塞であり、侵略拠点であり、悪の巣である。

 

 だが、その会議室の中心に置かれた椅子だけは、どこか別の意味を持っていた。

 

 椅子というよりは、玉座。

 黒い巨石を削って作ったかのような、無骨で巨大な一脚。その肘掛けには無数の傷跡が走っている。意匠として彫られたものではなく、何者かが苛立ちのまま握り潰し、抉り、爪を立てた痕だ。

 

 その玉座に、男が座っていた。

 

 全身を漆黒の鎧で覆った大柄な男。

 肩当ては人の頭ほどもあり、籠手は鈍く重く、ただそこにあるだけで、周囲の空気まで圧し潰してしまいそうだった。

 顔は見えない。髑髏を思わせる兜が、最初から人間らしい表情など不要だと告げているようだ。

 

 沈黙の中で、男の指がゆっくりと肘掛けを叩く。

 

 ……ごつ。

 

 それだけの音が、妙に大きく響いた。

 

 会議室の後方には、兎の仮面を被った小柄な影が控えている。

 イヴィト副大隊長。

 金属の耳が天井の赤い光を鈍く反射し、仮面の奥の視線だけが静かに前を見据えていた。

 

 会議卓の上では、十数体のホログラムが青白く浮かんでいる。

 

 長い角を持つ女。

 半身を機械化した壮年の指揮官。

 甲虫じみた外殻を持つ異形の隊長。

 豪奢な衣装に身を包んだ上級貴族風の者たち。

 どれもデビデヴィ・クライシスの中枢を担う者たちだ。

 

 そして、その中央に、ひときわ大きなホログラムが鎮座していた。

 

 デビデヴィ・クライシス総司令官。

 

 黒と紫の礼装。胸元を飾る複雑な階級章。威圧感のある顔立ちと、長年無数の作戦を統括してきた者だけが持つ疲れた貫禄。

 本来ならば、その場の誰よりも強い権威を放っていて然るべき存在だった。

 

 だが、今この瞬間に限っては違った。

 

『……以上が、ここ数周期における貴様の戦果報告だ』

 

 総司令官が口を開く。

 低く、抑えた声音。

 怒気を込めているのは分かる。分かるが、その声にはわずかな硬さがある。

 

 視線は真正面を向いていない。

 鎧の男の顔を見ているようで、実際にはその手前に浮かぶ資料表示へ視線を逃がしている。指先で報告データを切り替えながら、あくまで淡々と告げる。

 

『シータアース侵攻の不首尾を払拭するため、貴様は複数世界への侵攻規模を独断で拡大した。小規模侵攻七件、中規模侵攻三件、悪魔空間の強制展開四件。さらに、制御実験の名目で二つの世界へ過剰な悪魔エネルギーを投入している』

 

 そこで総司令官は一拍置いた。

 咳払いでもするように喉を鳴らす。

 

『……好き勝手も大概にしろ』

 

 玉座の鎧は動かなかった。

 

「何が問題なんだ?」

 

 たった一言。

 それだけで、会議室の空気がさらに重くなる。

 

「世界を堕とし、敵を潰し、実験結果もプレゼントした。それで何が問題なんだと言うんだ」

 

 会議卓の端にいた副司令格のホログラムが、ほんのわずかに肩をこわばらせた。

 別の隊長格は、明らかに視線を逸らした。

 総司令官だけが何とか前を向き、口を開く。

 

『——()()()()()だ!』

 

「なに?」

 

『堕としすぎだと言った! 悪魔空間に飲まれた世界が増えれば、その分だけ悪魔エネルギーの総量は膨れ上がる。奴ら……悪魔そのものも活性化し、力を増す。現行の制御技術では、いずれ抑えきれん』

 

 総司令官の言葉はそこで少し速くなった。

 勢いをつけなければ最後まで言い切れないとでもいうように。

 

『分かるか。世界を堕とすことそのものが問題なのではない。過剰な悪魔空間の連鎖が問題なのだ。悪魔を肥え太らせすぎれば、いずれは侵略先だけでなく、我々にまで逆流する。最悪の場合、デビデヴィ・クライシスそのものが制御不能な悪魔の巣になる』

 

 玉座の男はしばらく黙っていた。

 それから、心底つまらなそうに、鼻で笑う。

 

「はぁ……なんだそりゃ」

 

 誰かが小さく息を呑む。

 

「天下のデビデヴィ・クライシスの総司令官が、その程度でびびっているのか。情けない話だな」

 

 一瞬、誰も何も言えなかった。

 

 総司令官の眉がぴくりと動く。

 怒りか、屈辱か、あるいはその両方か。

 だが真正面から怒鳴り返すことはしない。

 いや、できない。

 

『び、びびっているわけではない』

 

 咄嗟に否定した。

 だが、語尾がほんのわずかに詰る。

 

『これは臆病風ではなく、組織維持のための判断だ。貴様個人の戦果を軽んじているわけではない。むしろ戦果だけなら認めている。だが、それとこれとは話が別だ』

 

 総司令官は言葉を選ぶ。

 明らかに、慎重に。

 他の幹部に対する時のような、頭ごなしの命令口調ではない。

 

『貴様は最強の刃ではある。だが、刃が鋭すぎれば鞘ごと裂く。現状のデヴィ・リグ技術では、悪魔の膨れ上がる力を制御できん。このままでは我々の側が先に飲まれてしまう』

 

「知るか」

 

 男の籠手が肘掛けを握る。

 

 メキッ、と嫌な音がした。

 黒い金属が、粘土のようにへこむ。

 

「悪魔が強くなれば、なおさら戦えるだろうが」

 

『そういう問題ではないと言っている!』

 

 総司令官が声を荒げた。

 だが怒鳴りながらも、体がわずかに後ろへ引いている。

 ホログラム越しですら、その反射的な動きは隠しきれなかった。

 

『我々は悪魔を利用しているのであって、悪魔に食われるために組織を維持しているわけではない!』

 

「ならおつむの弱い技術屋どもを総入れ替えしろ」

 

『か、簡単に言うな!』

 

「簡単だろうが」

 

 そこで男が立ち上がった。

 

 玉座の影が大きく伸びる。

 ただ立ち上がっただけで、会議室の空気が一段と深く沈んだ。

 胸元の装甲の隙間から、黒紫の靄のような悪魔エネルギーがゆっくりと漏れ出している。

 それは熱でも冷気でもないのに、肌を刺すような錯覚を生んだ。

 

 副司令格の一人が、思わず口を開きかけた。

 

『そ、総司令官。やはりこの件は――』

 

『黙れ』

 

 男はそちらを見もしなかった。

 それでも、たった一言でそのホログラムは硬直した。

 もう二度と口を挟もうとはしない。

 

「俺はな、戦うためにここへ来た」

 

 男は言う。

 

「潰せる世界があるなら潰す。殴れる敵がいるなら殴る。壊せるものがあるなら全て壊す。……それだけだ」

 

 会議卓の上に浮かぶ資料表示が、漏れ出た悪魔エネルギーの干渉で乱れ始める。

 警告音が小さく鳴った。

 

「だが……戦うな、止まれ、待て。どいつもこいつも口を開けばそればかりだ。つまらん」

 

 総司令官の表情が変わる。

 怒りと焦りのあいだで揺れながら、それでも彼は踏みとどまろうとした。

 

『……だからこそ命じる』

 

 今度の声は、明確に力が入っていた。

 威厳を保つために、無理やり声音を張り上げている。

 

『新型デヴィ・リグが完成するまで、新規の大規模世界侵攻は中止だ! 追加侵攻、悪魔空間の強制展開、大規模実験のすべてを禁ずる! これは総司令部による正式決定である!』

 

 沈黙が落ちる。

 

 男は微動だにしない。

 ただ、兜の奥から見えない視線だけが、まっすぐ総司令官を射抜いていた。

 

「……それだと暴れられないじゃないか」

 

 静かだった。

 静かな分だけ、余計に危うかった。

 

『し、知るか!』

 

 総司令官は反射的に怒鳴り返した。

 怒鳴ってから、自分の言葉に自分で一瞬たじろいだように見えた。

 

『そ、それはそちらの都合だ! 決定事項は決定事項である! これ以上の悪魔エネルギー拡大は、組織運営上の損失が大きすぎる! 技術が追いつくまでは待て!』

 

 男の肩が、わずかに動く。

 

 その瞬間だった。

 

 轟音。

 

 会議卓が真っ二つに裂けた。

 男の全身から噴き出した膨大な悪魔エネルギーが、爆風のように周囲を薙ぎ払ったのだ。

 黒い床がめくれ上がり、投影装置が火花を散らし、壁面装甲が内側から打ち砕かれる。

 赤い導光線が一斉に明滅し、警報が鋭く鳴り響いた。

 

「ふざけるな!」

 

 男の怒声が、爆発に重なる。

 

「戦うなだと? 待てだと? 俺にそんなものを言うために、お前らはこの組織を作ったのか!」

 

 会議室の端で、補助端末が次々と破損していく。

 ホログラムの幹部たちがざわめいた。

 何人かは何か言おうと口を動かしたが、結局誰も言葉を発せなかった。

 

 総司令官の映像も、激しく乱れている。

 それでも彼は何とか姿勢を保った。

 

『こ、これは決定事項だ! 覆らん! これ以上逆らうと――』

 

 男が一歩踏み出した。

 

 たったそれだけで、総司令官のホログラムがぶつりと乱れた。

 映像越しの相手のはずなのに、総司令官は本能的に一歩下がっていた。

 その動きは、威厳ではなく恐怖そのものだった。

 

「これ以上は、何だ?」

 

 総司令官は答えられない。

 

 数秒の沈黙が流れる。

 会議室を満たすのは警報音と、漏れ出る悪魔エネルギーの不快なざわめきだけ。

 

 やがて総司令官は、ほとんど叫ぶように言った。

 

『以上だ! 会議は終了! 全隊、待機命令を遵守しろ! 新型デヴィ・リグ完成まで侵攻は中止! これは覆らん! 以上――通信終了!』

 

 最後の言葉は明らかに早かった。

 まるで反論を一秒たりとも聞きたくないかのように、言い切る前から切断処理に入っていた。

 

 総司令官のホログラムが消える。

 

 続いて副指令。

 隊長格。

 幹部たち。

 

 誰一人として最後まで残らない。

 全員が逃げるように回線を切っていった。

 

 最後に残った半機械化の指揮官が、ちらりと男を見て、何かを言いかける。

 だがその視線が兜に触れた瞬間、何も言えなくなったように口を閉ざし、そのまま消えた。

 

 沈黙。

 

 広い会議室に残されたのは、破壊された設備と、まだ紫電を走らせている黒い悪魔エネルギー。そして、玉座の前に立つ男と、その背後に控えていたイヴィトだけだった。

 

「……やれやれ」

 

 イヴィトがようやく口を開いた。

 

 いつもの軽い調子だ。

 だが、その歩みは慎重だった。砕けた床を踏み越えながら、男の真正面ではなく、少し斜めの安全圏へ立つ。

 

「落ち着きなよ。艦が本当に吹き飛ぶ」

 

「吹き飛べば作り直せばいい」

 

「無理言わないでよ」

 

 イヴィトは肩をすくめた。

 

「誰もが君みたいに、肉体と精神だけで悪魔を制御できるわけじゃないんだ。技術が追いつかない限り、飲まれるのは侵略先の世界じゃない。先にデビデヴィ・クライシスの方だよ」

 

「そんなものはどうでもいい」

 

 男は吐き捨てるように言って、歪んだ玉座にどかりと座り直した。

 背もたれがぎしりと軋み、さらにひびが広がる。

 

「いろんな世界で戦えると聞いたから入った。だがどうだ。どこへ行っても雑魚しかいない」

 

 兜の奥から聞こえる声には、怒りよりも退屈が強かった。

 

「軽く殴ってもすぐ壊れる。遠吠えだけは威勢がいい奴らが多いが、誰一人、俺のところまで拳を伸ばしてこない」

 

 男は片手を見下ろす。

 巨大な籠手を握り、また開く。

 

「いつになったら本気を出せる」

 

 その言葉が、妙に重く響いた。

 

「いっそのこと、この艦ごとデビデヴィ・クライシス本部を攻撃してやろうか。そうすれば総帥くらいは引きずり出せるかもしれんな」

 

 イヴィトは即座に首を横へ振った。

 

「やめておきなよ……三日以内にデビデヴィ・クライシスが崩壊する」

 

 イヴィトの声は軽いままだったが、内容はまったく軽くない。

 

「本部ごと吹き飛ばしたら、世界渡りの技術も、悪魔研究の資料も全部消える。君が暴れ回るための餌場そのものが消えるよ」

 

 男は数秒黙った。

 やがて、喉の奥で笑う。

 

「へっ……冗談だ」

 

「君の冗談は冗談に聞こえないから困るんだけどね」

 

 イヴィトは砕けた卓の破片を足先でどけながら続けた。

 

「ところでさ、気にならないの?」

 

「何がだ」

 

「シータアース」

 

 男の反応は、驚くほど鈍かった。

 

「ああ。あの世界か」

 

 その程度だ。

 ほんのわずかに思い出した、というだけの声音だった。

 

「君がお膳立てした侵略は失敗した。先行部隊はまだ生き残ってるけど、上層部からの支援は大幅に削られた。今は少ない戦力で、のんびり侵略を続けてるよ」

 

「ふん」

 

「優先順位も低い。めぼしい世界じゃなかったからね」

 

「当然だ」

 

 男は即答する。

 

「あの花の魔法少女が、その世界の最高戦力だと思った。だが、大したことはなかった」

 

 フラワーメイデンのことだ。

 最初の交戦で、一方的に叩き潰した少女。

 彼にとっては、それで終わった相手でしかない。

 

 イヴィトは頷きながら、声の調子を変えずに言う。

 

「その後、新しい魔法少女が現れたよ」

 

 男の兜が、わずかにこちらを向いた。

 

「新しい魔法少女?」

 

「うん。変わり種ではあるけど、所詮は地方戦力さ。見た目がちょっと妙なくらいで、君が気に留めるほどじゃない」

 

「面白そうな相手か?」

 

「——まさか」

 

 イヴィトは笑った。

 

「フラワーメイデンと同じようなものだよ。多少派手でも、君の拳が届く前に終わる程度さ」

 

 数秒の沈黙。

 男はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「……そうか」

 

 立ち上がる。

 玉座の肘掛けが、今度は完全に歪んだ。

 

「どこへ行くの」

 

「少し暴れてくる」

 

「艦内で?」

 

「荒廃した世界だ。たしか『シグママーズ』だったか?まぁ、何処だっていい。壊しても文句を言われん場所でやる」

 

「へー……それは助かるよ」

 

 壊れた扉の向こう、赤い導光線が走る長い通路が見えている。男はそちらへ歩き始めた。

 重い足音が、規則的に床を鳴らす。

 

 イヴィトはその背中を見ながら、いつもの問いを口にする。

 

「何か指示は?」

 

 男は足を止めずに答えた。

 

「いつも通り、適当にやれ」

 

 男はそのまま会議室を出ていく。

 壊れた自動扉の残骸を踏み越え、赤い通路の奥へと消えていく黒い背中。

 悪魔エネルギーの残滓だけが、その後に長く尾を引いていた。

 

 イヴィトはしばらくその背を見送った。

 兎の仮面の奥で、目を細める。

 通信記録の一部は切り捨てる必要がある。上には必要なことだけを報告する。余計なものは見せない。あの男にとって面白そうな情報も、しばらくは伏せておくべきだ。

 

 静まり返った会議室で、イヴィトは小さく呟いた。

 

「了解……イーヴィル・アーマー大隊長」

 




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