魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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今週最後のエピソードです。


6-3 青の残響

 

 C.H.A.R.M.本部、中央研究棟。

 

 深夜の解析室。明かりは必要最低限まで落とされ、白い床に並ぶモニター群だけが青白く光り、空調の低い唸りが機械の熱を静かに攫っていく。

 研究員の姿もほとんどない。電子機器の駆動音だけが、広い室内を薄く満たしていた。

 

「違う違う違う、そこじゃない。出力の問題じゃなくて制御経路よ。出力はむしろ安定してる。なんで安定してるのよ、魔法回路もないのに。……いや、ないんじゃない。正確には()()()()()()()()()()()のか」

 

 風間カリンは、三枚目のモニターを指で弾きながら独り言を漏らした。

 漏らした、というより、完全に声に出して考えていた。

 

 黒髪を後ろでまとめ、白衣の下に黒いタイトな服を着た三十歳の女。

 知的な眼差しと、少し吊り気味の目元。普段は冷静に見えるその顔も、今は明らかに熱を帯びている。

 

「キヨナガの覚醒直後、ゲキ・マキシマムの一戦目、ローズ・アンリミテッドの二戦目……全部おかしい。だって普通、あんな術式の立ち上がり方しないもの。魔法少女の変身システムはもっと繊細で、精霊と人間が魔力を噛み合わせて、ようやく成立するものなのに……」

 

 カリンは椅子に腰掛けたまま、足元のキャスターを滑らせ、正面の大型モニターへ体を向けた。

 そこには、いくつもの映像記録が並列表示されている。

 

 雨玻町での戦闘記録。

 ピンク、赤、薄紫の光。

 展開する魔法陣。

 変身完了直後の体表エネルギー分布。

 敵へ踏み込む瞬間の骨格補助ライン。

 そして、キヨナガが覚醒した時に一瞬だけ発生した、異常な術式波形。

 

「見れば見るほど変態的な設計思想ね……誰よ、こんなの作ったの」

 

 カリンは呆れたように言い、すぐに首を振った。

 

「いいえ、違う。……()()()()()()()()()()()のかもしれない」

 

 端末を操作する。

 男たち三人の変身時データが重ねて表示された。

 通常の魔法少女の契約式と比較した、魔力伝導経路の模式図。

 一般的な契約式では、人間側の魔力回路へ守護精霊が生命エネルギーを変換しながら魔力を流し込み、その経路を補助し、暴走を抑えつつ変身と戦闘を成立させる。

 だが、今映っている男たちのデータは違った。

 

「肉体側の魔力回路反応が薄い……その代わり、衣装表面に回路が走ってる。リボン、装飾、縫製ライン、胸部の紋章……ただの意匠じゃない。全部が回路。全部が制御系」

 

 カリンの目が鋭くなる。

 

「つまり、彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()魔力をコントロールしてる。身体の中へ無理やり通してるんじゃない。外付けの疑似回路で包み込み、制御と保護を同時にやっている……」

 

 そこまで口にしてから、彼女は自分で一瞬黙った。

 

「……実戦向きすぎる」

 

 小さく呟く。

 

 従来の契約式が劣るわけではない。

 あれはあれで、精霊と心を重ねるために必要な、繊細で完成された仕組みだ。

 だが、今モニターの中にあるものは明らかに違う。

 

 絆よりも運用。

 共鳴よりも起動。

 人と精霊が一心同体になるための儀式ではなく、もっと直接的に、もっと戦闘寄りの構造。

 

「これ……戦闘システムとしての完成度が高すぎる」

 

 カリンは、自分でも気づかぬうちに立ち上がっていた。

 

「魔力回路が無くても、ある程度なら成立する。精霊との常時共有がなくても、瞬間的な魔法なら発動可能。しかも出力が安定してる。何よこれ、今までの理論体系を真正面から踏み抜いてるじゃない……!」

 

 魔法少女は魔法を使うとき、”イメージ”という名の術式を作りだし発動する。

 しかし、彼らは魔力を感覚だけで操り、魔法と同等の技を発動している。

 

 声が大きくなる。

 本人も分かっているのだろうが、止めない。止まらない。

 

「起動条件は何? 適性? 覚悟? 精神状態? それだけじゃない。絶対にそれだけじゃない。ゲキは娘のため、ローズは長年の願望、キヨナガは精霊への執着――共通項は“強い感情”だけど、それだけで変身できるなら苦労しない。何かがある。何か、()()()()()()()()()()()()が……」

 

 カリンは机の端に置かれたメモ端末へ手を伸ばし、勢いよく書き込む。

 

 仮説一。既存メイクアップ・リグの隠された戦闘補助機能。

 仮説二。精霊契約式とは別系統の緊急起動モード。

 仮説三。適性喪失者、あるいは契約を失った者への再接続機構。

 

 そこまで書いて、ペン先がぴたりと止まった。

 

「……再接続……ね」

 

 その二文字を、カリンはじっと見つめた。

 

 解析室の隅にある、古い金属キャビネット。

 彼女はゆっくりと歩み寄り、その一番下の引き出しを開けた。

 

 中に入っていたのは、ひび割れたメイクアップ・リグだった。

 

 青いクリスタルが埋め込まれていたはずの部分は白くくすみ、外殻には細かな亀裂が走っている。

 長く使われていないことは一目で分かった。だが、丁寧に保管されていたことも同じくらい明白だ。

 

 その隣には、写真立てにも入れていない一枚の写真。

 

 学校の制服でも、私服でもない。変身姿の少女たちが四人並んで写っている。

 

 ピンクの魔法少女。

 オレンジの魔法少女。

 緑の魔法少女。

 そして、一番端に立つ、青の魔法少女。

 

 今より少し若い風間カリンの面影が、そこにあった。

 

 四人とも笑っている。

 傷だらけの戦いの後だったのか、衣装の端は少し汚れている。

 それでも、笑っていた。足元には、それぞれの相棒だったのだろう、小さな精霊たちが寄り添っている。

 

 カリンは指先で、青の魔法少女の肩のあたりをなぞった。

 そこに触れた瞬間、指先が研究者のものではなく、かつてロッドを握っていた少女のものに戻った気がした。

 

「……もし」

 

 独り言の声量が、少しだけ落ちる。

 

「もし起動条件が分かれば。もしこのシステムが、契約を失った者にも再点火できる術式なら。()()()()()()()()()()()()()でも成立するなら……」

 

 その先を、口には出さなかった。

 出さなかったが、目の色が変わっていた。

 

 その時、机の上のスマートフォンが震えた。

 

 カリンは一瞬だけ眉を寄せる。

 こんな時間に個人端末へ直接連絡してくる相手は多くない。

 画面を見る。

 

「……望音(みおん)

 

 懐かしい名前だった。

 通話を取る。

 

「もしもし」

 

『あらあら。まだ起きてたのね……よかった』

 

 聞こえてきた女の声は、穏やかで、少しだけ柔らかかった。

 それでいて芯がある。

 

「そっちこそ。珍しいじゃない、こんな時間にかけてくるなんて」

 

『夜勤の休憩中なの。最近連絡できてなかったら、久しぶりに声を聴きたくなって。昔はあなたの方いっぱい夜中に連絡してきたのに』

 

「研究で閃いた時は、すぐ共有しないと気が済まなかったから」

 

『学生時代、わざわざ深夜の三時に“新しい必殺技の名前どう思う?”って聞いてきた時もあったわ』

 

「……よく覚えてるわね」

 

 カリンは小さく笑った。

 自然な笑いだった。研究室で一人、データと睨み合っていた時とは違う、少しだけ昔の自分に戻るような笑い方。

 

「元気そうじゃない、望音」

 

『あなたこそ。相変わらず独り言は大きいの?』

 

「……なんで分かるのかしら?」

 

『あなたは変わらないもの』

 

「失礼ね」

 

『褒めてるのに』

 

 短い沈黙のあと、二人はほとんど同時に笑った。

 長く会っていない時間が一瞬だけ縮まる。

 

「そっちはどう? 看守の仕事は慣れた?」

 

『んー……あんまりね。ずっとあんな()()()()()()にいたら、流石に気が滅入るわ。でも短い期間だから頑張ってる』

 

「真面目ね、望音は」

 

『あらあら。あなたにだけは言われたくないわ。現役の頃から、一番無茶してたのはカリンじゃない』

 

「前に出てたのは私だけじゃないわよ。そっちだって、音波砲みたいな魔法で壁ごと吹き飛ばす無茶してたじゃない」

 

『必要だったのよ』

 

「私だって必要だった」

 

 また少し笑う。

 だが、望音の声色がそこで変わった。

 

『……そうだカリン』

 

「なに?」

 

『……彼の死刑執行日が決まったわ』

 

 空気が変わる。

 今までの軽さが、すっと引いた。

 

 “彼”と言われて、誰のことか分からないほど、二人は鈍くなっていなかった。

 

「……ようやくね」

 

 カリンの声も低くなる。

 

「遅すぎるくらいだけど、まぁ、決まったならいいわ」

 

『そうね』

 

 電話越しに、短い沈黙。

 

 望音が監獄にいる理由。

 カリンが研究棟で夜更けまで解析を続ける理由。

 どちらにも、その男の影が落ちていた。

 

「立ち会うのかしら?」

 

『……最後まで見届けるわ。それが義務だもの』

 

「そういう所が真面目なのよ」

 

『カリンは? 執行前に一度面会する?』

 

「いいえ」

 

 即答だった。

 迷いはない。

 

「顔を見たら、たぶん冷静でいられない。今さら感傷もないけど、あれにだけは、最後まで優しい言葉をかける気になれない」

 

『……そうね』

 

 望音はそれ以上言わなかった。

 否定も慰めもしない。

 そういうところが、昔から彼女らしかった。

 

「でも、ちょうどよかった」

 

 カリンは視線を机の上へ向ける。

 ひび割れたリグ。

 古い写真。

 大型モニターに映る、三人の男の変身データ。

 

「私からも報告があるの」

 

『報告?』

 

「ええ。まだ仮説段階だけど……もしかしたら」

 

 カリンは一度息を吸った。

 自分で言うことの重みを、十分すぎるほど理解した上で。

 

「――私たち、再び魔法少女になれるかもしれない」

 

 電話の向こうで、望音が黙った。

 

 無理もない。

 それは冗談では済まない言葉だった。

 若さゆえの夢でもない。

 過ぎ去った時間を知った者が口にするには、あまりにも重い希望だ。

 

『……本気なの?』

 

「本気よ」

 

 カリンはモニターへ歩み寄る。

 

「男の魔法少女……ゲキ・マキシマム、ローズ・アンリミテッド、キヨナガ・スピリット……彼らについてはどこまで知ってる?」

 

『キヨナガ……なんとかは初めて聞いたけど。あとの二人はC.H.A.R.M.の資料を少し読んだ程度』

  

「三人のデータを洗った。あれは従来の契約式じゃない。精霊と力を共有する方式とは、明らかに別系統の戦闘システムよ。衣装そのものが回路になっていて、肉体側の負担を肩代わりしてる。もし、この起動条件と術式構造が解明できれば……契約を失った私たちにも、リグの再起動の余地があるかもしれない」

 

『でも、もう……』

 

 望音は言い淀む。

 その先は、二人とも分かっていた。

 

 もう、“あの子たち”はいない。

 

 自分たちを支えた精霊も。

 共に戦ったあの頃の形も。

 そのままでは、戻らない。

 

「分かってる」

 

 カリンは静かに答えた。

 

「昔と同じにはならない。あの子たちが戻るわけじゃない。私もそんな都合のいい奇跡を信じてるわけじゃない」

 

『……』

 

「でも、別の道ならあるかもしれない」

 

 研究者の目だった。

 同時に、戦場を知る女の目でもあった。

 

「もう精霊はいない。魔力回路も閉じてる。それでも、人間側だけで完結するシステムがあれば。もう一度だけ立ち上がるための道が残されているかもしれない」

 

 望音はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

 

『あらあら……相変わらずね、カリン』

 

「?」

 

『一度、無理だって言われたことほど、余計に燃えるところ』

 

「諦めが悪いのよ……私は」

 

『知ってるわ』

 

 少しだけ、二人のあいだに笑いが戻る。

 

『でも……もし本当にそんな道があるなら』

 

「ええ」

 

『聞かせてね』

 

 望音の声は静かだった。

 けれど、確かに揺れていた。

 

「必ず」

 

 カリンは答えた。

 通話が切れる。

 

 解析室に静寂が戻った。

 空調の音。モニターの微かな駆動音。誰もいない夜の研究棟の、無機質な静けさ。

 

 カリンはスマートフォンを置き、もう一度だけ引き出しの中を見る。

 ひび割れたメイクアップ・リグ。

 四人の魔法少女たちの写真。

 望音……オレンジ色の魔法少女の顔を眺め、次にその足元で笑っている、小さな四匹の精霊を見る。

 

「……もう、あの子たちはいないのよ」

 

 声はかすかだった。

 

 写真をそっと伏せる。

 だが、引き出しは閉めない。

 

「でも」

 

 カリンはひび割れたリグを手に取った。

 亀裂の入った外殻が、冷たく掌に馴染む。

 

「私はまだ、終わるつもりはない」

 

 モニターには、ピンク、赤、薄紫の男が止まっている。

 異質で、無茶苦茶で、理論外の存在たち。

 だが、その異常が今、彼女の前に道を開こうとしていた。

 

 カリンは白衣の裾を翻し、再び端末の前へ立つ。

 

「起動条件。術式構造。回路展開。全部解明させる」

 

 独り言は、もう元の大きさに戻っていた。

 

「失われた契約式に代わる戦闘システム。もし本当にあるなら、見つける。絶対に見つける。私は研究者だもの。理屈で閉じた道なら、理屈でこじ開けてみせる」

 

 キーボードを叩く音が、静かな解析室に響く。

 夜はまだ長い。

 

 だが、風間カリンの目には、もう疲労の色はなかった。

 

 そこにあるのは、執念だった。

 かつて戦った者だけが持つ、諦めの悪さだった。

 

 もう一度。

 今度こそ。

 再び、自分の足で戦場へ立つために。




これにて六話は完結です。ほぼ幕間回でしたが情報量が多いです。
来週からは七話からになります!良ければ評価の方もよろしくお願いします。
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