魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
C.H.A.R.M.本部、中央研究棟。
深夜の解析室。明かりは必要最低限まで落とされ、白い床に並ぶモニター群だけが青白く光り、空調の低い唸りが機械の熱を静かに攫っていく。
研究員の姿もほとんどない。電子機器の駆動音だけが、広い室内を薄く満たしていた。
「違う違う違う、そこじゃない。出力の問題じゃなくて制御経路よ。出力はむしろ安定してる。なんで安定してるのよ、魔法回路もないのに。……いや、ないんじゃない。正確には
風間カリンは、三枚目のモニターを指で弾きながら独り言を漏らした。
漏らした、というより、完全に声に出して考えていた。
黒髪を後ろでまとめ、白衣の下に黒いタイトな服を着た三十歳の女。
知的な眼差しと、少し吊り気味の目元。普段は冷静に見えるその顔も、今は明らかに熱を帯びている。
「キヨナガの覚醒直後、ゲキ・マキシマムの一戦目、ローズ・アンリミテッドの二戦目……全部おかしい。だって普通、あんな術式の立ち上がり方しないもの。魔法少女の変身システムはもっと繊細で、精霊と人間が魔力を噛み合わせて、ようやく成立するものなのに……」
カリンは椅子に腰掛けたまま、足元のキャスターを滑らせ、正面の大型モニターへ体を向けた。
そこには、いくつもの映像記録が並列表示されている。
雨玻町での戦闘記録。
ピンク、赤、薄紫の光。
展開する魔法陣。
変身完了直後の体表エネルギー分布。
敵へ踏み込む瞬間の骨格補助ライン。
そして、キヨナガが覚醒した時に一瞬だけ発生した、異常な術式波形。
「見れば見るほど変態的な設計思想ね……誰よ、こんなの作ったの」
カリンは呆れたように言い、すぐに首を振った。
「いいえ、違う。……
端末を操作する。
男たち三人の変身時データが重ねて表示された。
通常の魔法少女の契約式と比較した、魔力伝導経路の模式図。
一般的な契約式では、人間側の魔力回路へ守護精霊が生命エネルギーを変換しながら魔力を流し込み、その経路を補助し、暴走を抑えつつ変身と戦闘を成立させる。
だが、今映っている男たちのデータは違った。
「肉体側の魔力回路反応が薄い……その代わり、衣装表面に回路が走ってる。リボン、装飾、縫製ライン、胸部の紋章……ただの意匠じゃない。全部が回路。全部が制御系」
カリンの目が鋭くなる。
「つまり、彼らは
そこまで口にしてから、彼女は自分で一瞬黙った。
「……実戦向きすぎる」
小さく呟く。
従来の契約式が劣るわけではない。
あれはあれで、精霊と心を重ねるために必要な、繊細で完成された仕組みだ。
だが、今モニターの中にあるものは明らかに違う。
絆よりも運用。
共鳴よりも起動。
人と精霊が一心同体になるための儀式ではなく、もっと直接的に、もっと戦闘寄りの構造。
「これ……戦闘システムとしての完成度が高すぎる」
カリンは、自分でも気づかぬうちに立ち上がっていた。
「魔力回路が無くても、ある程度なら成立する。精霊との常時共有がなくても、瞬間的な魔法なら発動可能。しかも出力が安定してる。何よこれ、今までの理論体系を真正面から踏み抜いてるじゃない……!」
魔法少女は魔法を使うとき、”イメージ”という名の術式を作りだし発動する。
しかし、彼らは魔力を感覚だけで操り、魔法と同等の技を発動している。
声が大きくなる。
本人も分かっているのだろうが、止めない。止まらない。
「起動条件は何? 適性? 覚悟? 精神状態? それだけじゃない。絶対にそれだけじゃない。ゲキは娘のため、ローズは長年の願望、キヨナガは精霊への執着――共通項は“強い感情”だけど、それだけで変身できるなら苦労しない。何かがある。何か、
カリンは机の端に置かれたメモ端末へ手を伸ばし、勢いよく書き込む。
仮説一。既存メイクアップ・リグの隠された戦闘補助機能。
仮説二。精霊契約式とは別系統の緊急起動モード。
仮説三。適性喪失者、あるいは契約を失った者への再接続機構。
そこまで書いて、ペン先がぴたりと止まった。
「……再接続……ね」
その二文字を、カリンはじっと見つめた。
解析室の隅にある、古い金属キャビネット。
彼女はゆっくりと歩み寄り、その一番下の引き出しを開けた。
中に入っていたのは、ひび割れたメイクアップ・リグだった。
青いクリスタルが埋め込まれていたはずの部分は白くくすみ、外殻には細かな亀裂が走っている。
長く使われていないことは一目で分かった。だが、丁寧に保管されていたことも同じくらい明白だ。
その隣には、写真立てにも入れていない一枚の写真。
学校の制服でも、私服でもない。変身姿の少女たちが四人並んで写っている。
ピンクの魔法少女。
オレンジの魔法少女。
緑の魔法少女。
そして、一番端に立つ、青の魔法少女。
今より少し若い風間カリンの面影が、そこにあった。
四人とも笑っている。
傷だらけの戦いの後だったのか、衣装の端は少し汚れている。
それでも、笑っていた。足元には、それぞれの相棒だったのだろう、小さな精霊たちが寄り添っている。
カリンは指先で、青の魔法少女の肩のあたりをなぞった。
そこに触れた瞬間、指先が研究者のものではなく、かつてロッドを握っていた少女のものに戻った気がした。
「……もし」
独り言の声量が、少しだけ落ちる。
「もし起動条件が分かれば。もしこのシステムが、契約を失った者にも再点火できる術式なら。
その先を、口には出さなかった。
出さなかったが、目の色が変わっていた。
その時、机の上のスマートフォンが震えた。
カリンは一瞬だけ眉を寄せる。
こんな時間に個人端末へ直接連絡してくる相手は多くない。
画面を見る。
「……
懐かしい名前だった。
通話を取る。
「もしもし」
『あらあら。まだ起きてたのね……よかった』
聞こえてきた女の声は、穏やかで、少しだけ柔らかかった。
それでいて芯がある。
「そっちこそ。珍しいじゃない、こんな時間にかけてくるなんて」
『夜勤の休憩中なの。最近連絡できてなかったら、久しぶりに声を聴きたくなって。昔はあなたの方いっぱい夜中に連絡してきたのに』
「研究で閃いた時は、すぐ共有しないと気が済まなかったから」
『学生時代、わざわざ深夜の三時に“新しい必殺技の名前どう思う?”って聞いてきた時もあったわ』
「……よく覚えてるわね」
カリンは小さく笑った。
自然な笑いだった。研究室で一人、データと睨み合っていた時とは違う、少しだけ昔の自分に戻るような笑い方。
「元気そうじゃない、望音」
『あなたこそ。相変わらず独り言は大きいの?』
「……なんで分かるのかしら?」
『あなたは変わらないもの』
「失礼ね」
『褒めてるのに』
短い沈黙のあと、二人はほとんど同時に笑った。
長く会っていない時間が一瞬だけ縮まる。
「そっちはどう? 看守の仕事は慣れた?」
『んー……あんまりね。ずっとあんな
「真面目ね、望音は」
『あらあら。あなたにだけは言われたくないわ。現役の頃から、一番無茶してたのはカリンじゃない』
「前に出てたのは私だけじゃないわよ。そっちだって、音波砲みたいな魔法で壁ごと吹き飛ばす無茶してたじゃない」
『必要だったのよ』
「私だって必要だった」
また少し笑う。
だが、望音の声色がそこで変わった。
『……そうだカリン』
「なに?」
『……彼の死刑執行日が決まったわ』
空気が変わる。
今までの軽さが、すっと引いた。
“彼”と言われて、誰のことか分からないほど、二人は鈍くなっていなかった。
「……ようやくね」
カリンの声も低くなる。
「遅すぎるくらいだけど、まぁ、決まったならいいわ」
『そうね』
電話越しに、短い沈黙。
望音が監獄にいる理由。
カリンが研究棟で夜更けまで解析を続ける理由。
どちらにも、その男の影が落ちていた。
「立ち会うのかしら?」
『……最後まで見届けるわ。それが義務だもの』
「そういう所が真面目なのよ」
『カリンは? 執行前に一度面会する?』
「いいえ」
即答だった。
迷いはない。
「顔を見たら、たぶん冷静でいられない。今さら感傷もないけど、あれにだけは、最後まで優しい言葉をかける気になれない」
『……そうね』
望音はそれ以上言わなかった。
否定も慰めもしない。
そういうところが、昔から彼女らしかった。
「でも、ちょうどよかった」
カリンは視線を机の上へ向ける。
ひび割れたリグ。
古い写真。
大型モニターに映る、三人の男の変身データ。
「私からも報告があるの」
『報告?』
「ええ。まだ仮説段階だけど……もしかしたら」
カリンは一度息を吸った。
自分で言うことの重みを、十分すぎるほど理解した上で。
「――私たち、再び魔法少女になれるかもしれない」
電話の向こうで、望音が黙った。
無理もない。
それは冗談では済まない言葉だった。
若さゆえの夢でもない。
過ぎ去った時間を知った者が口にするには、あまりにも重い希望だ。
『……本気なの?』
「本気よ」
カリンはモニターへ歩み寄る。
「男の魔法少女……ゲキ・マキシマム、ローズ・アンリミテッド、キヨナガ・スピリット……彼らについてはどこまで知ってる?」
『キヨナガ……なんとかは初めて聞いたけど。あとの二人はC.H.A.R.M.の資料を少し読んだ程度』
「三人のデータを洗った。あれは従来の契約式じゃない。精霊と力を共有する方式とは、明らかに別系統の戦闘システムよ。衣装そのものが回路になっていて、肉体側の負担を肩代わりしてる。もし、この起動条件と術式構造が解明できれば……契約を失った私たちにも、リグの再起動の余地があるかもしれない」
『でも、もう……』
望音は言い淀む。
その先は、二人とも分かっていた。
もう、“あの子たち”はいない。
自分たちを支えた精霊も。
共に戦ったあの頃の形も。
そのままでは、戻らない。
「分かってる」
カリンは静かに答えた。
「昔と同じにはならない。あの子たちが戻るわけじゃない。私もそんな都合のいい奇跡を信じてるわけじゃない」
『……』
「でも、別の道ならあるかもしれない」
研究者の目だった。
同時に、戦場を知る女の目でもあった。
「もう精霊はいない。魔力回路も閉じてる。それでも、人間側だけで完結するシステムがあれば。もう一度だけ立ち上がるための道が残されているかもしれない」
望音はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
『あらあら……相変わらずね、カリン』
「?」
『一度、無理だって言われたことほど、余計に燃えるところ』
「諦めが悪いのよ……私は」
『知ってるわ』
少しだけ、二人のあいだに笑いが戻る。
『でも……もし本当にそんな道があるなら』
「ええ」
『聞かせてね』
望音の声は静かだった。
けれど、確かに揺れていた。
「必ず」
カリンは答えた。
通話が切れる。
解析室に静寂が戻った。
空調の音。モニターの微かな駆動音。誰もいない夜の研究棟の、無機質な静けさ。
カリンはスマートフォンを置き、もう一度だけ引き出しの中を見る。
ひび割れたメイクアップ・リグ。
四人の魔法少女たちの写真。
望音……オレンジ色の魔法少女の顔を眺め、次にその足元で笑っている、小さな四匹の精霊を見る。
「……もう、あの子たちはいないのよ」
声はかすかだった。
写真をそっと伏せる。
だが、引き出しは閉めない。
「でも」
カリンはひび割れたリグを手に取った。
亀裂の入った外殻が、冷たく掌に馴染む。
「私はまだ、終わるつもりはない」
モニターには、ピンク、赤、薄紫の男が止まっている。
異質で、無茶苦茶で、理論外の存在たち。
だが、その異常が今、彼女の前に道を開こうとしていた。
カリンは白衣の裾を翻し、再び端末の前へ立つ。
「起動条件。術式構造。回路展開。全部解明させる」
独り言は、もう元の大きさに戻っていた。
「失われた契約式に代わる戦闘システム。もし本当にあるなら、見つける。絶対に見つける。私は研究者だもの。理屈で閉じた道なら、理屈でこじ開けてみせる」
キーボードを叩く音が、静かな解析室に響く。
夜はまだ長い。
だが、風間カリンの目には、もう疲労の色はなかった。
そこにあるのは、執念だった。
かつて戦った者だけが持つ、諦めの悪さだった。
もう一度。
今度こそ。
再び、自分の足で戦場へ立つために。
これにて六話は完結です。ほぼ幕間回でしたが情報量が多いです。
来週からは七話からになります!良ければ評価の方もよろしくお願いします。