魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
続きはいつも通り18時30分です
雨玻町から離れた山林の奥にある廃工場。
デビデヴィ・クライシスの仮拠点へ、タカワラーイ婦人が戻ってきた。
いつものハイレグ衣装には、泥と草の葉がついている。
優雅さを保とうとしてはいるが、その表情には隠しきれない疲労が滲んでいた。
「……見つかりませんねぇ」
婦人は小さく息を吐いた。
ローズ・アンリミテッドによって吹き飛ばされたユーギは、いまだに行方不明。
痕跡らしきものは何度か見つけた。だが、辿り着く前に、なぜか消えてしまう。
まるで、こちらをからかうように、気配だけを残して
「まったく……面倒な猫ですこと」
婦人は苛立ちを隠さず呟いた。
ただでさえ状況が悪い上、戦力として計算していた存在まで行方不明になっている。
今日の捜索を諦め、婦人は拠点へ戻った。
そこで、眉をひそめる。
仲間の捜索にも出ず、イタヴリ博士が折り畳み机の前に座っていた。
白衣は薄汚れ、髪は乱れ、目の下には濃い隈がある。だが、その目だけは異様に輝いていた。
博士は、ノートPCのキーボードを凄まじい速さで叩いている。
「……な、何をしているんですか、博士」
「少々お待ちを! 今、非常に重要な局面です!」
「重要な局面?」
婦人は博士の背後へ回る。
画面には、匿名掲示板らしきサイトが表示されていた。そこには大量の書き込みが流れている。
『魔法少女って制度自体、もう古いだろ』
『子供に戦わせて美談にするの気持ち悪い』
『結局、派手な衣装着て目立ちたいだけじゃん』
『男の魔法少女とか女の魔法少女とか関係なく、全部いらん』
『魔法少女を持ち上げてる奴らも同類』
『怪我した魔法少女を感動話にしてるのも寒い』
婦人の目が細くなる。
博士はそれに対し、ものすごい勢いで返信を書き込んでいた。
『はいはい出ました、浅い意見! 魔法少女の歴史も仕組みも、まったく知らないでしょう?』
『全部いらないと言いながら、魔法少女たちの記事は読む! 素晴らしい矛盾です!』
『その程度の煽りではデータにもなりません! もっと悪意を込めてください!』
「……博士」
「はい!」
「私が給料をはたいて買ったPCで、何をしているんですか?」
婦人の声は静かだった。だが、静かすぎる声ほど怖いものはない。
博士は肩を震わせながら振り返った。
「ち、違います! これは遊んでいるわけではありません!」
「匿名掲示板で口汚く言い争っているようにしか見えませんが」
「違います! これはレスバトルではなく、悪意濃度の観測です!」
「……悪意濃度?」
婦人は怪訝そうに眉を上げる。
博士は待ってましたと言わんばかりに、画面を指差した。
「見てください、このコメント欄を!」
画面には、数えきれないほどの言葉が並んでいた。
好意的な言葉。応援の言葉。魔法少女たちへの感謝。
もちろん、魔法少女という制度への疑問や、戦い方に対する批判もある。
魔法少女の活動に問題点を感じ、議論をしている者も多い。
だが、その中にはそんな議論など初めから望んでいない言葉も混じっていた。
誰かを褒めるために、別の誰かを踏みにじる。
何も知らないまま、守ってきた者の価値を切り捨てる。
戦う者の苦しみを、安全な場所から嘲笑う。
誰かが傷つき、怒り、悲しむ姿を見るためだけに言葉を投げつける。
その言葉たちは、まるで小さな針だった。
一つ一つは小さい。
けれど、数が集まれば、人の心を簡単に傷だらけにする。
それだけの悪意が込められている。
「今、シータアースには膨大な悪意が溢れている。ネットの世界もしかり!」
博士は早口で語り始めた。
「匿名性、群集心理、承認欲求、劣等感、嫉妬、正義感の暴走! それらがネットワーク上で混ざり合い、無尽蔵に悪意の海を作っているのです!」
「……つまり?」
「これまで我々は、デビドールを一体ずつ生成していました。デヴィ・リグがあった頃は、それで数を揃えられた。しかし今は違います」
博士は悔しそうに歯を噛み鳴らした。
「デヴィ・リグは失われ、支援は減らされ、デビドール軍を作るだけの費用も確保できない。今まで単騎のデビガノイドをぶつけてきましたが、ことごとく、あの筋肉魔法少女たちに叩き潰されてしまう!」
「……悔しいですが、その通りですわ」
婦人は腕を組む。
ゲキ・マキシマム。
ローズ・アンリミテッド。
キヨナガ・スピリット。
戦力として異常な三人。
精霊と契約した従来の魔法少女ではない。
……しかし、厄介さは通常の魔法少女以上。
特に最近現れたキヨナガ・スピリットの浄化能力は、悪魔側にとって天敵だ。
「だからこそ、数です!」
博士の声が低くなる。
「一体一体の質ではなく、量で押す! ですが、デビドールを従来通り作るには費用がかかり、そして何より……悪魔エネルギーがまったく
博士はPC画面を叩くように指差した。
「そこで、このネット上の悪意です!」
画面の中では、今も言葉が流れている。
『魔法少女なんて税金の無駄』
『助けられた人間がいるとか知らん』
『正体隠して戦うとか自己満足だろ』
『結局、誰かが持ち上げるから調子に乗るんだよ』
婦人はそれらを眺め、少しだけ目を細めた。
悪意の言葉。無責任な言葉。
誰かの心に届くことなど、考えもしない言葉。
それは、悪魔エネルギーへ変換されるのを待つ原石のようにも見えた。
「ネットに流れる悪意を拾い上げ、圧縮し、実体化させる!」
博士は興奮した声で続ける。
「いわば、コメント欄から生まれる兵隊です! 悪意の書き込みを核にして、スラングドールを大量生成させる!」
「スラングドール?」
「はい! 言葉の悪意で動く、使い捨ての兵士です!」
「待ちなさい」
婦人が声を遮った。
「人間の書き込みを集めるだけで、悪魔兵器を作れると言うのですか? それが可能なら、我々はこれまで悪魔エネルギー不足に苦しむ必要などなかったでしょう」
「ええ、もちろんです!」
博士は人差し指を立てた。
「書き込みそのものが、悪魔エネルギーになるわけではありません!」
「では、どうするのです?」
「デモンコアを変換器として利用するのです!」
博士は画面へ、新たな設計図を表示させた。
中心にあるのは、不気味な球体。
その周囲に、PCの基板や複数の通信装置が接続されている。
「言葉に付着した微弱な悪意を、デモンコアへ集約する。集めた悪意を、デモンコア内部の悪魔エネルギーと反応させ、その場限りの不安定なエネルギーへ変換するのです!」
「なるほど……デモンコアを触媒にするのですね」
「その通りです!」
「ですが、そんな不安定なエネルギーで、まともな兵士が作れるのですか?」
「まともである必要はありません!」
博士は胸を張った。
「スラングドール一体一体の戦闘能力は、通常のデビドールより遥かに低いでしょう。形も不安定で、ネットとの接続が途切れれば維持はできない!」
「弱い上に、持続時間も短いと」
「しかし!」
博士は勢いよく身を乗り出した。
「ネット上で悪意ある書き込みが続く限り、次々と補充できます! 倒しても、倒しても、コメントが書き込まれる限り、新たな兵士が現れる! ネットとの接続を維持できる限り、その生成数に上限はありません!」
婦人は腕を組んだまま、設計図を見つめる。
「なるほど。
そこまでは認めた。
だが、すぐに視線を鋭くする。
「しかし、それをどうやって実行するのです? ただのPCと悪意だけで完成するほど、世の中は甘くありませんよ」
「ええ、もちろん分かっています」
博士は、にやりと笑った。
その笑みは、徹夜明けの研究者特有の危うさを含んでいた。
「ですから、最高のデモンコアが必要なのです!」
婦人の表情が変わる。
「博士」
「はい」
「まさか、新しく届いたデビルキーを使いたい、と言うつもりですか?」
「そのまさかです!」
博士は勢いよく立ち上がった。
「今回、私が設計している悪魔兵器は、PCをベースに作ります。しかし、ただのデモンコアではダメ!」
博士は画面上のデモンコアを指差した。
「ネットの悪意を拾い、解析し、兵隊に変換するためには、悪意そのものへ強く反応する人間のデモンコアが必要なのです!」
「……デビルキーは貴重です」
婦人の声が冷たくなる。
拠点の奥には、厳重に封じられた小さなケースがあった。
上層部から渋々送られてきた、新しいデビルキー。
今の彼女たちにとって、数少ない切り札。
「分かっています!」
博士は胸を張る。
「だからこそ、最高の素材を選別しました」
博士は再びPCへ向かう。
画面には、ある投稿者の書き込み履歴が表示されていた。
——それは、ひどいものだった。
朝から晩まで、魔法少女の記事に現れる。
新しい魔法少女が現れれば叩く。
怪我をした魔法少女の記事が出れば笑う。
引退した魔法少女の話題にも首を突っ込み、過去の戦いまで馬鹿にする。
男の魔法少女も、女の魔法少女も関係ない。若い魔法少女も、かつて戦っていた魔法少女も関係ない。
魔法少女という存在そのものを憎み、嘲り、貶める。
何かが好きだから語っているのではない。誰かを嫌わせるために言葉を使っている。
まるで自分の人生の空白を埋めるように、他人の居場所を踏み荒らす。
「この人物は、複数の掲示板と、魔法少女関連の記事のコメント欄に粘着しています」
博士が言う。
「投稿する場所ごとに名前は変えていますが、文章の癖、活動時間、接続経路から、同一人物だと割り出しました。SNSでの呟きも、素晴らしいほどに酷い!」
画面には、罵詈雑言が並んでいた。
「悪意濃度、攻撃性、執着性、反応速度、語彙の汚染度。どれを取っても高水準です」
博士の指が、キーボードの上で止まる。
「そして今、私が少し煽ったことで、さらに反応が激化しています」
「少し?」
婦人は画面を覗き込んだ。
博士の書き込みは、どう見ても少しではなかった。
『その程度の認識で魔法少女全般を語るとは、あなたの思考力は駄菓子以下ですね!』
『反論できないから人格攻撃ですか? 悪意だけは一人前ですね!』
『もっと書いてください! あなたの汚い本音を!』
婦人は額を押さえた。
「……博士。あなたも大概ですよ」
「作戦のためです!」
博士は胸を張った。
「相手を怒らせ、粘着させ、書き込み頻度を上げさせる。そこから接続経路を絞り、居場所を特定する!」
「本当にできるんですか?」
「すでに、絞れています」
博士がキーを叩く。
画面の端に、地図が表示された。
その中央に、雨玻町の一角が赤く示されている。
「古い集合住宅の一室です」
「そこまで調べていたのですか」
「当然です! 私は天才科学者ですから!」
婦人はしばらく黙った。
博士の作戦は悪趣味だった。
だが、博士らしいと言えば博士らしい。
人間が吐き出した悪意を、人間を襲う兵器へ変える。
言葉で人を傷つけた者を、言葉の怪物の核にする。
そして何より、今の自分たちには数が必要だ。
婦人は工場の奥へ向かう。
封印ケースを開けると、中から一本のデビルキーを取り出した。
黒く、禍々しい鍵。
先端には、小さな悪魔の顔のような意匠が刻まれている。
婦人はそれを博士へ差し出した。
「この一本で、必ず結果を出しなさい」
博士の目が、これ以上ないほどに輝く。
「失敗は許しませんよ、博士」
「お任せください!」
博士はデビルキーを受け取り、画面に映る集合住宅を見つめた。
その口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「最高の悪意を、最高の兵器へ変えてみせましょう!」
画面の中では、標的となった投稿者が、今もなお汚い言葉を書き込み続けていた。
実は第10話まで書き溜めています。でも9話のエピソードの一部は調整中です。