魔法少女のパパだが、娘が怪我をしたら俺が出るしかないだろ。 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
C.H.A.R.M.雨玻町支部。
関係者専用区画の奥にある小さな会議室で、ゲキ、ローズ、キヨナガの三人は席についていた。
机の上には、三人分の資料が並べられている。
資料の表紙には、こう書かれていた。
『成人男性魔法少女三名の暫定チーム運用について』
赤司良介は、少し緊張した様子で資料を開いた。
「では、改めて説明します」
赤司は三人を見回す。
「C.H.A.R.M.から、ゲキ・マキシマム、ローズ・アンリミテッド、キヨナガ・スピリットの三名へ、正式な提案があります」
「正式な提案?」
ローズが身を乗り出す。
その目はすでに輝いていた。
嫌な予感を覚えたゲキは、黙って続きを待つ。
「はい。今後、三名を個別の協力者ではなく、正式な魔法少女チームとして扱わせていただきたいと考えています」
「正式な魔法少女チーム!」
ローズがぱっと顔を輝かせた。
「つまり、ついに正式な魔法少女チームということね!」
「興奮しすぎて、同じこと言ってるぞローズ」
「今後の扱いとしてはチーム単位になります。出動管理、情報伝達、支援物資の割り当てなどを一本化するためです」
ゲキは資料に目を落とす。
そこには、三人の活動記録がまとめられていた。
ゲキ・マキシマム。
ローズ・アンリミテッド。
キヨナガ・スピリット。
それぞれの出動履歴。
小規模事案への対応。
救助活動。
敵性存在への対処。
思っていた以上に、三人はこの数日で動いていた。
「なぜチームを組む必要がある」
ゲキは静かに尋ねた。
「管理しやすいから、だけではないだろう」
「はい」
赤司は頷く。
「大きな理由は五つあります」
赤司は資料を一枚めくった。
「一つ目は、出動管理です。現在、三名はそれぞれ独立して活動していますが、緊急時に誰がどこへ向かうかを判断するまでに時間がかかります」
資料には、簡単な地図と出動経路が記されていた。
「二つ目は、情報伝達です。敵の情報、被害状況、避難誘導の連絡を個別に送るより、チーム単位で共有した方が早い」
「なるほどね」
ローズが頷く。
「三つ目は、支援物資です。通信端末、応急処置用具、魔法少女用の補助装備。これらを三名それぞれに個別配備するより、チームとして割り当てた方が運用しやすい」
「現実的な話だな」
ゲキが言う。
「はい。そして四つ目ですが……」
赤司は少しだけ言いづらそうにした。
「世間的にも、三名はすでに一組として認識され始めています」
ローズが胸に手を当てる。
「町の人たちも、私たちをチームとして見始めているのね」
「はい。好意的な声も多いです。もちろん、戸惑いの声もありますが……」
ゲキは何も言わなかった。
その言葉で、ネットのコメントを思い出したからだ。
三人が認識されること自体は悪いことではない。
助けを求める者にとって、頼れる存在が増えるのは良いことだ。
だが、その影で誰かを傷つけるような言葉が生まれるのなら、何も考えずに喜ぶことはできなかった。
「そして五つ目」
赤司の表情が真剣になる。
「敵側も、三名をまとめて警戒し始めている可能性があります」
会議室の空気が少し変わった。
「デビデヴィ・クライシスは、すでにゲキ・マキシマムだけでなく、ローズ・アンリミテッド、キヨナガ・スピリットの存在を把握しています」
「当然だな」
ゲキが腕を組む。
「敵の親玉も、俺たちの存在を認識しているとみていいだろ」
「はい。だからこそ、個別に動くより、連携を前提にした方が安全です」
だが、それは正確ではなかった。
イヴィト副大隊長の
そんな敵側の事情を知る由もないゲキとC.H.A.R.M.は、組織全体に自分たちの存在を把握されていると考えていた。
赤司はゲキを見た。
「五月女さん。これは戦力として必要だから、という理由もあります。ただ、それだけではありません。三人をチームとして運用した方が、三人自身の安全も確保しやすいんです」
「……安全か」
ゲキは短く呟いた。
守るために戦う。
だが、自分たちが倒れれば、守れるものも守れない。
ならば、連携を整えることには意味がある。
「分かった」
ゲキは頷いた。
「必要なら協力する」
「ありがとうございます」
赤司がほっと息をつく。
「もちろん、強制ではありません。三名の私生活もありますから、出動可能時間や連絡体制については相談しながら――」
「つまり、チーム名が必要ということね!」
ローズが力強く言った。
赤司の説明が止まる。
「……え?」
「正式チームなんでしょう? なら、名前がいるわ!」
ローズの目は輝いていた。
その輝きは、戦闘時とは別の意味で危険だった。
「えー……いえ、正式な登録名については、後日でも――」
「後日なんて言っていたら、いつまで経っても決まらないわ。こういうのは勢いが大事なのよ」
「ローズ殿の言う通りですな」
キヨナガが重々しく頷いた。
「名は魂の器。名なき集まりは、志の輪郭を持ちませぬ」
「そう! 分かってるじゃない、キヨナガ!」
「無論です!」
ローズとキヨナガが、なぜか意気投合した。
ゲキは無言で資料に目を落とす。嫌な流れになってきた。
「まずは可愛さと華やかさが必要ね」
ローズは指を立てる。
「魔法少女のチームなんだから、名前を聞いただけで心がときめくものじゃないと!」
「ふむ。されど、我らは精霊と悪魔の戦いに身を置く者。荘厳さも必要です」
「荘厳さは大事だけど、可愛さも必要なのよ」
「可愛さと荘厳さ……深いですな」
赤司は困ったように笑っている。
ゲキはまだ黙っている。
「じゃあ、まず私から行くわ」
ローズは胸を張った。
「マジカルプリティメンズ!」
赤司のペンが止まる。ゲキの眉が少し動く。
キヨナガは真剣な顔で考え込んだ。
「ふむ。分かりやすいですな」
「でしょう?」
「だが、少々軽やかすぎるかもしれません」
「じゃあ、プリプリラヴビート!」
「……さ、さらに軽やかになったな」
ゲキが低く呟く。
「何よ、いいじゃない。心が弾む感じで」
「俺たちが名乗るにしては可愛すぎないか」
「なら、ローズハートラヴリーズ!」
「ローズ色が強い」
「私が考えたんだから当然でしょ」
「……」
ゲキは無言で返した。
赤司は必死に笑いをこらえている。
ローズは不満そうに頬を膨らませた。
「じゃあ、キヨナガは何かあるの?」
「あります!」
キヨナガは待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。
「精霊道三人衆!」
「いきなり道場感が出たわね」
「魔法同盟士!」
「かなり固いわ」
「精霊愛好会!」
「部活か」
ゲキが言った。
「では、愛護法会!」
「急に宗教団体感が増したわ」
「三霊結義!」
「三国志か」
「魔法修験同盟!」
「だから固いのよ!」
ローズとキヨナガが、互いに真剣な顔で案を出し合う。
「もっと可愛く!」
「もっと志高く!」
「ハートを入れましょう!」
「護法を入れましょう!」
「ラヴは必須よ!」
「精霊も必須です!」
話はどんどん本題から離れていく。
赤司は資料を片手に、どう戻せばいいのか分からない顔をしていた。
ゲキはしばらく二人を見ていた。
そして、静かに立ち上がった。
「二人で考えておいてくれ」
「え、ゲキも考えなさいよ」
「俺は少し用事がある」
「……逃げたわね」
「戦略的な撤退だ」
ゲキは真顔で言った。
「赤司。少し外す」
「あ、はい。まだ細かい説明は残っていますが、緊急ではありませんので」
「すぐ戻る」
ゲキは会議室を出た。
廊下に出ると、支部の空気は事務的で静かだった。
白い壁。整然と並んだ案内表示。遠くから聞こえる通信オペレーターの声。
会議室の中で繰り広げられていたチーム名会議とは、まるで別世界だった。
ゲキは廊下の端へ移動し、スマホを取り出した。
表示するのは、先ほど発信できなかった相手。
浅倉沙織。
エミカの親友。
魔法少女の事情を知っている、数少ない友人。
そして、服飾関係の店を実家に持つ少女。
ゲキは少しだけ息を整えた。
普段なら、誰かに頼みごとをすることに迷いはない。
必要なことなら、頭を下げる。
だが、今回はエミカの心に関わることだった。
父親の思いつきだけで進めていいのか。
余計なお節介にならないか。
エミカがさらに傷つかないか。
迷いはある。
それでも、何もしないままではいられなかった。
ゲキは発信ボタンを押した。
数回の呼び出し音の後、電話が繋がる。
『も、もしもし』
「沙織ちゃんか。五月女ゲキだ」
『お、おはようございます! エミカに何かありましたか!?』
電話越しの声が、一気に緊張する。
「いや、緊急ではない。エミカは無事だ」
『よ、よかった……』
沙織がほっと息を吐く音が聞こえた。
「ただ、少し協力してほしいことがある」
『協力、ですか?』
「ああ。エミカのためだ」
その一言で、沙織の声の雰囲気が変わった。
『聞きます』
短い返事だった。
迷いはない。
ゲキは窓の外へ目を向ける。
雨玻町の街並みが見えた。
「詳しいことは、今はまだ電話では話しづらい。ただ、君の得意分野だと思う」
『私の得意分野……絵とか、デザインとかですか?』
「近い」
『もしかして——』
Θ
「——
言葉にしてから、ゲキは自分の胸の中にあったものを理解した。
戦うためではない。
過去に縋らせるためでもない。
エミカが守ってきたものを、なかったことにしないため。
今のエミカにも、誰かの前に立てる形を渡すため。
「必要な費用は俺が出す。君の力を借りたいんだ」
しばらく、沙織は黙っていた。
やがて、電話越しに小さな笑い声が聞こえる。
『……ゲキさんって、すごく不器用ですね』
「よく言われる」
『でも、分かりました』
沙織の声は柔らかかった。
『エミカのためなら、もちろん協力します』
「材料の方は俺が探しておく」
『では、住所を送るので、音駒町のお店に行ってください。うちでは扱っていない特殊な生地も、あそこならそろっています』
「分かった、近いうちに音駒町へ行こう」
『お母さんにも話しておきますね』
ゲキは少しだけ肩の力を抜いた。
胸の奥にあった重さが、完全に消えたわけではない。
だが、進む方向が見えた気がした。
「ありがとう、沙織ちゃん」
『いえ。エミカのお父さんに頼られるの、ちょっと光栄です』
「また連絡する」
『はい』
通話が終わる。
ゲキはスマホを下ろし、静かに息を吐いた。
その時だった。
廊下の向こうから、足音が近づいてくる。
「五月女さん!」
赤司だった。
先ほどまでの落ち着いた表情は消えている。
顔には明らかな緊張があった。
「どうした」
「悪魔空間が発生しました」
ゲキの目が鋭くなる。
先ほどまで、父親として悩んでいた男の顔が変わる。
魔法少女ゲキ・マキシマムとしての顔だった。
「場所は」
「雨玻町北区の集合住宅付近です。規模はまだ小さいですが、拡大速度が異常です」
「敵は確認できているか」
「詳細は不明です。ただ、現場周辺で複数の小型敵性反応が増えています」
赤司は息を整えながら言った。
「それも、一体ずつではありません。数が増え続けています」
ゲキは一瞬だけ、窓の外を見た。
遠くの空が、わずかに紫色に濁り始めている。
「ローズとキヨナガを呼べ」
「はい!」
赤司が会議室へ戻ろうとする。
その前に、ゲキはもう一度スマホを見る。
通話履歴に残った、浅倉沙織の名前。
エミカのためにできること。
町のためにやるべきこと。
どちらも、投げ出すわけにはいかない。
ゲキはスマホをしまい、拳を握った。
「出動だ!」
低い声が、廊下に響いた。